佐久間亜紀の発言 (文部科学委員会)

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○佐久間参考人 皆様、おはようございます。慶應義塾大学の佐久間でございます。
 本日は、このような機会を与えていただき、本当にありがとうございます。
 私は、教員政策に関する国際比較研究を専門にしておりまして、その立場から、大学で教員養成に取り組み、多くの教え子を教員として学校現場に送り出してきました。その立場から、本日は、以下四点について意見を述べさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
 まず一点目は、教員免許更新制に関する規定の削除についてです。
 これについては、多くの教え子たちから、もう待ちに待っていました、やっとですかという声が聞かれました。私としても高く評価させていただきたいと思っております。むしろ、ここ数年の教え子たちの疲弊ぶり、あるいは学校現場の実態を見てきた立場からすれば、もっと早くに廃止していただきたかったとすら考える次第です。
 以下、それがなぜかを申し上げたいと思います。
 そもそも、なぜ更新制が導入されたのでしょうか。当初は、不適格な教員を排除するということを目的として導入が検討され始めていました。しかし、それには問題が多過ぎるため、結局のところは、教員の質を向上させることを目的とした制度、新たな研修制度として導入されたという経緯がございました。
 現在の状況を見ますと、当初の目的だった不適格教員の排除につきましては、昨年、多くの議員の先生方の御協力を得て議員立法で成立した、いわゆるわいせつ教員対策法のように、改善が進んでおります。
 一方、教員の資質向上につきましても、日本は、巨大な予算を使って、世界でも類例を見ないほど多種多様な教員研修をもう十分に整備しています。これは、国際比較の立場からも明らかです。むしろ、更新制導入の前からあった十年者研修、二十年者研修と更新講習との重複が、重い負担としても、費用対効果としても問題になっていました。
 したがいまして、更新制度につきましては、ただ削除し、すっきりと廃止にするべきと私としては考えます。発展的解消として、別の何かをつけ加える必要はありません。今回は、教育職員免許法の改正だけにすることが学校や教員を励ますことになるのであって、教育公務員特例法の改正は必要ないというのが私自身の見解でございます。
 ところが、今回は、更新制度の発展的解消として、新たに教育公務員特例法の改正も提案され、新たな学びの姿を実現するために、研修記録の義務化が提案されています。
 中央教育審議会答申でまとめられている、教員が探究心を持って自律的に学ぶ研修が望ましいという理念には大変賛同いたします。もしも、一人一人の先生が、自分が学びたいことを学べるチャンスをきちんと与えられ、そして、自分が何をどのように学んだかを子供のために振り返り、そして記録し、次の研修に効果的に活用していくのなら、その記録は大変有意義だろうと思います。
 しかし、この法案を拝読しますと、いきなり研修記録の義務化というのが登場してきます。一体誰のための、何のための記録なのか、そして、なぜ記録が義務づけられなければならないのかが分かりません。
 したがいまして、どうしても、もしも発展的解消として研修記録を義務化するというのでしたら、以下二点が重要だと考えます。
 まず一点目といたしまして、中教審答申及び文部科学大臣の御提案理由に書かれた本法案改正の目的を法文の中に明記する必要があると考えます。具体的には、第二十二条の五に目的条項を加えるか、目的を示す文言を挿入していただきたいのです。
 研修記録を義務づける目的は、大臣の御説明の中でも、あるいは中教審答申でも、教員自らが主体的、自律的に、継続的に学び続けられるようにするためであると、繰り返し繰り返し述べられています。
 つまり、教員を管理、統制するために記録を義務化させるのではなくて、先生方が、教員が主体的、自律的に学ぶ機会を保障するための記録なんだという目的を明確にしていただくことが、今後の本法の安定的運用のために極めて重要になると考えます。
 二点目といたしまして、中教審答申に書かれていますとおり、教員が勤務時間内に研修できるように、具体的な措置を急いで講じる必要があると考えます。是非、この具体的に政策を急ぐべきだということを附帯決議なりに明記していただきますよう要望いたします。
 先ほどの参考人の御意見にもありましたが、今、小学校教員の三割、中学校教員の六割が過労死寸前の状態です。私自身、多くの教え子が、子供のためにと一生懸命働く余り、病気になったり、心を病んだり、家庭を壊したりして退職に追い込まれるのを本当につらい思いで見てきました。
 教員が心に余裕を持って子供に関われるようにすること、子供の学びを本当の意味で充実させていくためにも、教員自身が人間らしい生活を送れるようにすることが必要です。そのためにも、研修が勤務時間内に行われるようになることが必要不可欠です。
 そのためには、資料にデータでお示ししてありますとおり、教員一人当たりの担当授業時間数を現行の三分の二以下に減らしていかなければなりません。
 二〇一六年に、まさにこの衆議院文部科学委員会でも、一時間の授業を行うためには一時間の準備時間が必要だという前提が確認されていることが議事録からもうかがえます。しかし、二〇〇六年の調査の時点で既に、小学校の先生は十四分、中学校では二十分しか実際の授業を準備する時間がありません。事務的な準備をする時間すらないのです。
 じっくり探究的に学び、研修する時間をどのように捻出したらよいのでしょうか。それほど、教員の仕事が増やされ過ぎ、教職員数が減らされ過ぎているという実態があります。この実態を放置したまま教員にもっと学べと要求するのは、余りにも理不尽です。
 教員に研修せよと求めるなら、その前提として、教員一人当たりの担当持ちこま数を減らす必要があります。そのためには、人手を増やさなければなりません。是非ともそのための予算措置を講じていただけるよう、国会で決議していただきたいと強く強く要望いたします。
 三つ目に、なぜ更新制を発展的解消ではなく、ただ廃止にするべきなのかということにつきまして、更新制が教育現場また社会全体に対して、直接間接にどのような影響を与えてきたのかを、四点に絞り、申し述べます。
 まず、更新制の導入によって、十年に一度、学校教員は失職する可能性が生じました。身分の保障が大きく損なわれてしまったのです。実際に、子供に一生懸命向き合う中で、自分自身の身を守るために教員免許更新手続を、うっかり忘れて、すばらしい先生なのに急に教壇に立てなくなってしまったという事例が相次ぎました。
 二つ目に、生涯有効だったはずの教員免許が期限付になり、その価値がいわば下げられてしまいました。これは、意図せざる結果として、社会全体に対して国が、教員は前よりも信頼できなくなったんですよという負のメッセージを発信する結果になったと言えます。保護者たちからは学校へのクレームが増え、学校が保護者の信頼を得ることが難しくなっている時代に、ますます状況を難しくする影響をもたらしたと考えられます。
 三つ目に、教員の多忙化に拍車をかけました。
 それから四つ目に、ここは大変強調したいところなんですけれども、免許の失効によって、特に非常勤講師の人材源が失われ、教員不足を深刻化させているということが今大きな問題になっています。
 資料の六ページの図を是非御覧いただきたいと思います。
 これが、ある自治体の小中学校の非常勤講師の任用状況になります。文字が小さくて大変恐縮なのですが、左から二十代、三十代、四十代、五十代、六十代、七十代というふうに、棒グラフになっています。見ていただければお分かりのとおり、右から二番目の三つの棒、つまり六十代の先生方、そして七十代の先生方が、今、非常勤講師の主力になっているということでございます。
 ところが、この先生方は既に退職しておられて、そして免許の更新期限が切れてしまいます。そうすると何とおっしゃるか、いや、もういいですよ、三万円以上お金を払って更新するのはちょっと勘弁していただきたいということで、ますます非常勤講師の人材源になる人たちが失われているという状態です。教育委員会の皆さん、大変苦慮なさっておられます。
 要するに、更新制を廃止しなければ授業が成り立たない、学校を運営できないところまでその影響が出てしまっているということが申し上げられます。
 一体なぜ、六十代や七十代の高齢の皆さんに頼らなければ学校現場が回らない状況になってしまったのでしょうか。
 そこで、四つ目の意見といたしまして、これまでの日本の教員政策を振り返り、今、日本の教員政策には何が必要かについて、私の考えを述べさせていただきたいと思います。
 私、先月、スタンフォード大学の客員研究員の任期を終えまして、帰国してきたところなんですけれども、諸外国の教員政策と比較すれば、今、日本の教員政策に足りないのは、多くの心ある教員を励ます政策、つまり教員の身分や待遇を改善するための具体的な政策であり、予算措置であると言えます。
 OECD参加国の多くは、教員の資質や専門性を向上させるために積極的な財政出動を行っています。教員の質を上げたいなら、待遇も上げなければならないというのが、世界で今一般的な教育政策の方向性となっています。なぜなら、子供たちのために、優秀な志願者を教職に、特に公立学校の教職に引きつけなければならないからです。
 二〇一九年発表のOECDの調査を見ましても、実際に、二〇〇五年から二〇一八年では、参加国の教員給与の平均は大きく上昇しています。この点につきましても、資料の八ページにグラフを載せてございますので、是非御高覧いただきたいと思います。
 この間に教員給与を下げた国は僅かしかないと書かれています。ところが、何と日本はその例外的な国の一つなのです。世界最悪の下落幅だったのは財政破綻したギリシャで、二五%以上下落させています。次に下げ幅が大きかったのは連合王国の中のイングランドと日本のみで、最低でも一〇%の下げ幅だというふうに指摘されています。
 それもそのはずで、日本では、二〇〇五年どころか一九七〇年代以来、教員の待遇を改善する政策は凍結されてきています。
 昭和四十年代には、当時の自民党の西岡武夫先生ら、主に自民党の文教部会の諸先生方の尽力で、給特法やいわゆる人材確保法が制定されていました。
 これら一連の政策は、あめを与える代わりに、例えば教員組合の分裂を促すなど、いわばむちの面も伴っていました。しかし、確かにあめはあったのです、教員の給与の上昇と残業代の支給は実現していました。何よりも、学校教員は一般の地方公務員よりも優遇される大事な存在なんだというメッセージがこのとき国民に発せられたことは、大きな意味を持っていたと言えます。
 ところが、昭和四十九年以降、教員の待遇改善は一切据置きとなっています。給特法の四%もその後時代に合わせて改善されることなく、現在では、実態にそぐわないまま放置されて、今大きな問題になっています。
 要するに、世界的に見ましても、日本は教員に冷たく当たり過ぎだと考えます。あめばかりももちろんよくありませんが、むち打つばかりでの政策では、もう教員も学校も壊れてしまいます。
 今、日本に最も必要な政策は、研修の記録を義務化するといった政策ではなく、教員の努力を認め、励まし、せめてOECD平均並みの、平均給与の水準を取り戻す政策だということは、諸外国の状況から見ても明らかだと考えます。そうでなければ、幾ら民間からの人材活用といっても、優秀な人が今ある自分の仕事を辞めて教職に就きたいと思ってくれるはずがありません。
 大規模な財政出動が難しいというのであれば、まずは教員免許更新制度をすっきりと廃止するだけで、教員の負担感を解消し、学校現場を励ます効果が期待できます。これ以上むちを打ち、代わりの負担を強いる政策は必要ありません。世界の流れに逆行し、子供たちに悪影響をもたらす、逆効果をもたらすだけになると考えます。
 もしも、どうしても新たに負担を要求する、例えば、教員研修の記録を義務化するというのなら、それは教員が児童生徒のために学びたいことを主体的に学ぶ機会を保障するための政策なんだということがはっきり分かるようにしていただきたい。そうすれば、先生方にも一定のメッセージが伝わると思います。
 そして、その前提として、勤務時間内に研修が終わるよう、教員一人当たりの担当授業時間を減らすこと、そのためにも教職員定数を増やす措置を講じていただきたいと、強く強く要望いたします。
 御清聴ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 佐久間亜紀

speaker_id: 31781

日付: 2022-04-01

院: 衆議院

会議名: 文部科学委員会