松井孝治の発言 (予算委員会)
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○松井参考人 一時間ぐらいいただければ存分にお話しするんですけれども、そういうわけにもまいりませんので。
そこで書かせていただいた「行政改革の理念と目標」ですね、私が書いたというよりも、私も書いたんですけれども、佐藤幸治先生という京都大学の、今は名誉教授の憲法学の権威、佐藤先生のお宅に上がり込んで私が一緒に書かせていただいた文章であります。私がそこで書かせていただいたのは、やはり、最終的に、被統治者意識というものを国民が持っている以上この問題は解決しないのではないかということを、その文章の中でも書かせていただきました。
要するに、私たちは治められている立場で、いろいろな要求をし、不満をぶつけるんだというふうに国民が思っていたのでは、いつまでたってもエリートも育たないし、国民はいつまでたっても依存し、そして不平不満を言うと。だから、公共の世界を自分たちがつくっているんだというふうに国民が認識しなければ絶対に日本という国は豊かにならないと思いました。その意識は私は今もそんなに大きく変わっていません。
例えば、当時私が勤務していたときの官邸に比べて今の官邸の危機管理機能とかは飛躍的に増していますし、それから、やはり、NSCのようなものができて、とても外交、安全保障が現実的に機能している、物すごく進歩をしていますけれども、例えばこんなことを私が、今日は午前中の参考人じゃないので、言うのは申し訳ないんですけれども、例えば、ある一定の空気ができてしまうと、それにあらがえないという国民性がやはり残っていると思うんです。
恐らく先生方も、皆さん大学の教員の先生方ですから同じ思いかもしれませんが、例えば、これだけオミクロン株が支配的になっても、海外から来る人は、それは全部、行動管理を大学の方で責任持ってします、あるいはオーケストラで責任持ってオペラハウスでしますと言っても、その一人の人間をなかなか入れられないという、その問題をちゃんと議論していただける国会であってほしいと思います。
やはり、僕らはどうしても、自分も含めて、空気による支配に弱いです。それは、空気を読むというのは日本人の一つの特性かもしれないし、優れた面もあるかもしれないけれども、やはり、あえて空気を読まないで、いろいろな議論をしていただいて、そして同意できる点を見出していくような国会であってほしいと思います。
それから、多くの国民に今日の国会の議論なんかは恐らく、今日私は自分のゼミ生を一人随員として入れていただきましたけれども、今日の議論をちゃんと聞けば先生方が真摯に国会で議論されているというのは分かるんですが、例えば、ふだんのテレビ中継の、国会の一部分だけを切り取ってまた報道される、その部分だけを見ると、あたかも憎しみ合った人々が日本国の将来ということよりも党派的な議論を先に置いているように見えてしまっている、そうすると国民が国会に対して不信を抱く。
要するに、パブリックなるものに対して、自分たちの、我が物ではない、むしろあそこに関わりたくない、都合のいいときだけそこに要求したい、そういう意識をいかに国民から払拭して、これは我々の代表者の議論なんだ、反対意見であってもそれをリスペクトするんだ、そういう国会であってほしい。そこから変えていかなければ、国民のパブリックに対する意識は変わらないのではないかと思っております。