川口大司の発言 (予算委員会公聴会)

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○川口公述人 東京大学の川口と申します。
 本日は、このような場で意見を述べさせていただく機会を与えていただき、ありがとうございます。
 資料の二ページに私の略歴が書いてありますけれども、東京大学経済学研究科に設置されました政策評価研究教育センターのセンター長を務めておりまして、この五年ほど、エビデンスに基づく政策決定、いわゆるEBPMの実践に関わってまいりました。
 そのような立場から、予算編成過程におけるEBPMの必要性についてお話をさせていただければと存じます。EBPMの実践例として、コロナ禍での政策対応を例に取り、EBPMにおけるエビデンスが具体的にどのようなものであり、EBPMを実践する上でどのようなことが課題になっているか、お話しさせていただければと思います。
 資料の三ページを御覧ください。
 二〇二〇年の二月頃から新型コロナウイルス感染症が拡大する中、政府や自治体は次々に対応するための政策を行ってきました。第一義には公衆衛生上の政策対応だったわけですけれども、行動自粛に伴う経済的なダメージを和らげるための経済政策も数多く行われてきました。
 こちらに挙げたのはそのうちの数例ですが、最初の例は、雇用調整助成金、持続化給付金といった、ダメージを受けた事業者に対する補助金の給付であります。また、予算的により大きいのは、政府による利子補給や債務保証を通じた特別貸付けの実施です。この中では、実質無利子無担保のいわゆるゼロゼロ融資も行われてきました。
 今日は、この政策の評価について御紹介させていただきます。
 次の例は、公衆衛生上の政策であるとともに経済政策でもある、自治体が実施する飲食店における感染予防対策の認証制度についての評価でございます。今日は、山梨県が実施した認証制度の効果を評価した例を御紹介させていただきたいと思います。
 このほかに、より重要な経済政策として、二〇二〇年四月より行われた、一人当たり十万円を配る定額給付金政策というものがあるわけですけれども、これについては、早稲田大学の研究者のグループが、銀行口座の出入金状況や家計簿アプリであるマネーフォワード社のデータを用いて、十万円がどのように使われたのか、どのように貯蓄に回ったのか、大変興味深い研究を行っていますが、時間の関係で割愛させていただきます。参考文献を下の方につけておりますので、御関心がある向きにおかれましては御参照いただければと思います。
 さて、既に定着した感のあるEBPMという言葉ですが、内閣府によると、EBPMとは、政策の企画をその場限りのエピソードに頼るものではなく、政策目的を明確化した上で合理的根拠(エビデンス)に基づくものとすることとされています。このエビデンスを提示するという作業に経済学者が関わることが多いということです。
 エビデンスとしては、二種類、大きく分けてございまして、一つは、その政策が想定している人々に的確に届いているかという、ターゲティングについて評価するものであります。もう一つは、政策が所期の目標を達成しているかを調べるプログラム評価ということになります。
 資料の四ページを御覧ください。
 最初の例は、企業支援策の評価です。
 コロナ禍の中で企業支援が大きく拡大していて、それはあたかも当たり前の対策であるかのように行われていますが、実を言うと、経済学的に考えると、本来は、企業を支援するのではなくて、ダメージを受けた個人や世帯を助けるというのが、政府が国民に対して保険を提供する、こういう観点からは望ましいということになります。
 その中で、企業を支援するという政策を正当化しようとすると、企業が、取引ネットワークですとか労働者のスキルですとか、こういった無形資産を持っていて、一度倒産してしまうとその無形資産が不可逆的に散逸してしまう、これを防ぐために企業の存続を一時的に助ける、こういった理屈が必要になってきます。
 もしも企業を労働や資本といった有形資産の集合体だというふうに考えてしまえば、企業が一旦倒産しても、その企業に仮に存在意義があるとすればまた復活するということがあり得ますし、仮に、もとより業績が余り振るわないような企業であれば、倒産することによって、そこに存在していた労働や資本がほかの企業に移るという形によって経済の新陳代謝が起こるというふうに考えられます。
 もちろん、企業が潰れて次の企業に行くまでに労働者は失業を余儀なくされるわけで、資産を十分に持たない人々は塗炭の苦しみを味わうことになります。ただ、この痛みを和らげるためには失業保険を充実させた方がよくて、必ずしも企業を守るという話にはなりません。
 このように、経済理論が考える望ましい経済政策は複雑なのですが、政策評価という観点からは、比較的単純に整理することができます。
 一つは、企業支援策が適切な対象に当たっているかというターゲティングの視点になります。
 コロナ前には健全であったものの、一時的に売上げ減となっていて存続が難しくなっている企業を助けるというのが望ましいターゲティングだと考えられますけれども、もとより不健全な経営を行っていた企業がどさくさに紛れて支援策を受け、生き延びるということがあるとすれば、それは望ましくないということになります。
 次に、プログラム評価の視点では、企業支援策を受けた企業が、支援策が想定するように存続し、かつ雇用を維持しているかどうかを調べることが必要になります。
 資料の五ページを御覧ください。
 まず、ターゲティング評価の例を紹介します。
 同僚の星岳雄教授とコロナ対策について話をしているうちに、どのような企業が支援を受けているのか、違った仮説を持っていることに気づきました。星さんは、よくない企業の方が支援を受けているというふうに思っておられて、私は、よい企業の方が情報のアンテナ感度が高くて、事務処理能力も高くて、支援策を受けているのではないか、こういう仮説を持っておりました。もう一人、共同研究者に植田健一教授がいるんですけれども、彼の仮説も、どちらかというと星さんの仮説に近かったように思います。
 そこで、実際にデータでどういう企業が支援策を受けているかを調べる必要があるということになったわけですけれども、残念ながら、二〇二〇年秋の時点で、どのような企業が支援策を受けているかを示すデータはございませんでした。
 そこで、我々のセンターがふだんから共同研究をしている東京商工リサーチ、略してTSRというふうに言いますけれども、TSRと共同してアンケート調査を行うことにしました。このアンケートへの約五千社からの回答を整理して、コロナが起こる前の各企業のいわゆる評点と呼ばれるものと支援策受取の関係を分析いたしました。
 ここで、評点とは、TSRがつけた各企業への評価で、民間企業が取引先に与信をするかどうかを決める際に広く使われている指標になります。この評点が五十点を下回る企業を、TSRは一応警戒すべきだというふうに言っています。
 資料の六ページを御覧ください。
 ここに出ているグラフは、横軸に二〇一九年十二月時点の評点を取り、縦軸に特別貸付けへの申込みや承認の有無を取ったものになります。上のグラフが申込みの確率で、下のグラフが承認の確率を示すものになっております。特別貸付けが行われる経路というのは幾つかの金融機関を通してということになるんですけれども、ここでは、日本政策金融公庫、商工中金、民間金融機関をそれぞれ考えております。
 これは、御覧いただくと、どのグラフにおいても関係は右下がりになっています。左側にある企業というのは、評点が低い企業なんですね。コロナ前の評点です。低い企業の方が、特別貸付けに申し込んでいる、かつ、それが認められている、こういう傾向が認められます。右下がりですので、評点が高い企業の方がこのような融資を受けていないというようなことが明らかになっております。このことは、元々経営が健全でなかった企業ほど支援策を受ける可能性が高いということを示唆しております。
 また、貸出額についてのデータもございますので、このアンケートが聞いた二〇二〇年九月までの貸付総額の何割がいわゆる要警戒と呼ばれる企業に向かったのかというところを調べますと、約二割の貸出しは、そのような、TSRが要警戒だと言っているような企業に貸し付けられているということが分かりました。
 資料の七ページを御覧ください。
 次に、企業支援策、特に、特別貸出しを受けた企業が雇用を維持しているかどうかを調べようとしました。
 データを分析すると、特別貸出しを受けた企業ほど雇用を削減していることが分かりました。ただし、これは、足下の売上げが落ち込んだ企業が雇用を減らす一方で特別融資を受けていることの結果かもしれません。つまり、これは単なる相関関係であって、特別貸付けを受けると雇用が減る、そういう因果関係を示すものとは言えません。実証経済学の手法を用いるとこのような状況でも因果関係を推定することができるのですが、残念ながら、五千社のデータでは正確な結果を導くことができませんでした。
 この問題を解決するためには、より大きなデータセットが必要で、例えば特別貸付けの貸付先の全リストが必要です。このようなデータがあれば、どのような産業、企業規模、地域で政策の効果が大きいのかを知ることもできそうです。
 資料の八ページを御覧ください。
 これまでの結果から、金融支援策が市場をゆがめるという懸念について、これは多く語られてきたことだと思いますけれども、経営状態がもとより悪い企業に特別貸付けが行われる傾向があるということを示すことによって、定量的な証拠を得ることができたというふうに考えております。
 これは、最終的に国が債務保証をすることで金融機関の貸出し規律が緩んでしまい、そのことの当然の帰結としてこういったことが起こってしまった可能性があるということだと思います。この資金配分のゆがみは、コロナ後も長期にわたって日本経済の停滞をもたらすことにつながりかねないことであり、十分に警戒が必要だというふうに考えております。
 一方で、特別貸付けや雇用調整助成金といった企業の支援策が、現在の雇用を維持することに役立った可能性も否定できません。この点については、今後、よりよいデータを使って実証分析を深めていく必要があります。貸出先のリストというのは、とてもセンシティブな情報であることは間違いありませんが、今後の政策の望ましい在り方を見定めるためには必要な情報です。このようなデータを、個別企業の秘密を守りつつ統計分析に使えるように、環境を整備することが必要だと思います。
 資料の九ページを御覧ください。
 もう一つのエビデンスを紹介させてください。
 山梨県が行った飲食店の感染予防認証制度、いわゆるグリーンゾーン認証制度と呼ばれる制度の評価についてです。
 現在、我が国では、コロナ対策をめぐって、新規感染の抑制を優先すべきか、経済活動の維持を優先すべきかの議論が交わされています。この飲食店の感染予防認証制度は、飲食店が換気などの感染予防対策を取っているかどうかを実地調査して認証することによって、感染拡大を抑えつつ経済活動も維持しようとする、二兎を追うことを目的とした意欲的な政策です。
 この政策の効果は山梨県の政策担当者もよく分かっていなかったわけですけれども、本学の公共政策大学院で正木祐輔准教授と共同担当している授業において、山梨県と協力してプログラム評価に取り組みました。グリーンゾーン認証に関するデータは山梨県様から御提供いただき、新規感染者数はNHKのウェブサイトからダウンロード、飲食店の売上げに関するデータはポスタス社のデータを御提供いただきました。その他、官民のデータを統合して分析を行っています。なお、データ収集やデータ分析を担当したのは修士課程の学生たちです。
 資料の十ページを御覧ください。
 左の図は、新規感染者数のグラフで、赤い線がグリーンゾーン認証制度がなかった場合の新規感染者数です。これは仮想の値ということになります。緑の線がグリーンゾーン認証制度があった場合の新規感染者数です。これは実際の値ということになります。赤の線と緑の線の間の薄く色がついている部分が、グリーンゾーン認証制度のプログラム効果ということになります。計算してみると、グリーンゾーン認証制度の導入は新規感染者数を四五・三%減少させたことが明らかになりました。
 右の図は、売上げの推移を示したものです。赤の線はグリーンゾーン認証制度がなかった場合の仮想的な売上げ、緑の線はグリーンゾーン認証制度があるときの売上げとなります。これを見ると、グリーンゾーン認証制度は飲食店の売上げを増加させたことが分かります。計算してみると、売上げ増加の効果は一二・八%となることが分かりました。
 実は、このような大きな効果をこの政策が持っていたということに、政策担当者自身も驚いておられるようでした。
 資料の十一ページを御覧ください。
 この分析結果は、感染防止と経済活動の両立を実現する政策があることを示しています。山梨県の政策が他の都道府県の類似政策に比べてユニークだったのは、行政機関が立入調査をした上で認証をするという形で、行政のコミットメントが深かった点が挙げられます。その分、認証制度の信頼性が高かったと言うことができると思います。
 手前みそとなってしまいますけれども、この例は、データと適切な指導があれば大学院生でも役に立つプログラム評価ができることを示しています。なお、この授業では、内閣府が行ったアンケート調査で個人レベルの回答が公開されているデータを御提供いただきまして、リモートワークに関する分析を行い、山梨県の方に結果を御報告いたしました。
 回答者個人や回答企業の秘密を守るのは重要ですが、ある程度の地理的な単位で集計したり、個人が特定できないような匿名化を施したデータを公開することで、統計分析のためには有用なデータを提供することができます。このように、データをオープンな形で公開することは、エビデンスづくりに多様な人々が参加できる仕組みをつくることであり、自由闊達な政策論議のためには欠かすことができません。
 資料の十二ページを御覧ください。
 本日は、皆様の貴重な時間をいただき、EBPMのエビデンス例二つを紹介させていただきました。このように、過去の経験を振り返り、次の予算編成に生かしていくということは、厳しい財政状況の中、限られた予算を適切に配分するためには欠かすことができません。また、国が行う政策には、様々な規制など、財政支出を伴わないものもありますが、EBPMはそのような政策立案にも有用です。
 EBPMを進めていくためには周到な準備が必要で、エビデンスがない政策は行わないというのはばかげておりますけれども、これから行う政策をどう評価するか、こういったことに関してはあらかじめ考えておく必要があります。エビデンスを得るためにはスキルのある人と解像度の高いデータが必要であり、それらを手当てするために、あらかじめ予算措置をすることが必要だと思います。例えば、事業費全体の〇・一%から〇・五%程度をあらかじめ評価のためのコストとして計上しておくなどの工夫があり得るかと思います。
 同時に、政府が収集するデータを、できる限りオープンデータとして公開することも有用です。ワクチン接種状況を記録したVRSシステムは、そのデータを日時、都道府県別に集計して、ダウンロードできるように公開しています。これを成功事例として、他の行政データにも取組を広げていくことが求められていると考えます。
 最後に、資料の十三ページを御覧ください。
 現在は経済産業研究所長の森川氏が五年前に書かれた文章です。ここでは、国会における質疑内容がEBPMの普及に対して強い影響を与えるということが述べられています。私も同じ思いでございますので、是非御検討いただければというふうに思います。
 長い時間にわたり御清聴いただきまして、誠にありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 川口大司

speaker_id: 34348

日付: 2022-02-15

院: 衆議院

会議名: 予算委員会公聴会