伊藤剛の発言 (国際経済・外交に関する調査会)

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○参考人(伊藤剛君) よろしくお願いいたします。明治大学政治経済学部で国際政治学を教えております伊藤と申します。
 実は、五年ほど前にもここへ呼んでいただきまして、そのときは日米関係について述べる機会を得ました。今回は、海洋安全保障といいます、この海をめぐる課題について話をするというのが私に与えられた役割でございます。
 実は、この海洋安全保障に関しましては、もうかれこれ十年ほどになりますが、様々な官庁、それから海外の政府も含めていろいろなところから補助金をいただきながら、もうこの十年ばかりこの海洋安全保障について研究を進めているというわけでございます。
 私の場合は、国際法の専門家でもなければ、あるいは特に海洋に関する物流に仕事として従事をしたというわけではなくて、研究者としてこの海洋安全保障をどのように考えるべきであるかという点について二十分ほどお話を申し上げたいというふうに考えております。
 参考文献といいますか、一番新しいものとして書きましたのは、資料にも掲げましたこの修親という雑誌に書きましたアメリカに関する論評、それから大阪府の堺市のジャーナルに掲載しました南シナ海問題における中国のアプローチということについて書きましたものが主な出発点というふうになっております。
 従来、この海洋安全保障とか、海が荒れるという状態は、なぜそんなことが起きるかといいますと、元々は、覇権国であるアメリカ、アメリカのみならず、十九世紀であればイギリスといったような形で、覇権国の力がやっぱりだんだん衰退をしてくると大体海が荒れてくるというような状況というのは明らかであるわけであります。
 特に、グローバル化に伴って人や物等々が海を渡っていくということになりますと、海賊、それから密輸、密漁、テロといったような事柄が起きているというのは御存じのとおりであるかと思います。既に日本でも長らくの間、沖縄の辺りにおける、あるいは北方領土辺りをめぐる、いわゆるその統計では表れない密漁等々はもう多くの方々が知っているところでありまして、こういったものをどのようにして、地域の住民との協力及び地域の住民を食べさせるということを考えながら考えていくかということは大きな課題となっていくわけであります。
 そもそもその覇権国というのは、当然ですが、海を広く使いたいという考え方が従来からずっと考えていて、航行の自由等々のように、自分たちは力があるわけですから、海を大きく使いたい、と同時に、自分の国周辺というのは排他的に使用したいというふうに考える傾向があると。で、そもそも沿岸国というのは、海に面しているということもありますので、自分たちの権益をできるだけ伸長したいということ、海を広く使いたいということを考えていると。で、沿岸国になっていない、いわゆる海に面していない国というのは、やはりその公海というものを広く唱えて、自分たちのパワープロジェクションができるわけではないけれども、海洋空間というのをできるだけ広く使いたいという考え方を取っているわけであります。
 結局、現在生じているような、中国のようなだんだん力を有してきてパワープロジェクションを近隣諸国に対してやっているという国に対して、それをどうやって抑えるかという視点というのはなかなか発展しないまま現在まで至っているという状況であります。
 やはり、次第に厳しくなる国際環境というのは誰の目にも明らかでありまして、私は大学で国際政治学を教えていますが、国内政治と何より大きく違う点は、警察が有効に機能しないという状況で自分たちの安全をどう考えるかというのが出発点であって、国内とは違うんだということをまず最初に強調をするようになりました。
 最近私思うんですけど、日本の国内、警察自体もちゃんとうまく機能しているのかなと思うところもややありまして、なかなか法律と違う運用を取っているところもあるようで、これに関してはかなり私もちょっと警察に関しては批判的な考え方を持っておりますが、出発点としては、国際関係というのは警察が有効に機能しないところでどうやって自分の安全を確保するかということであります。
 悪魔は大体天使の顔をして近づいてくるわけでありまして、中国の言う公共管理と、海の使用に関する公共管理というのは、大体本当に公のものになっているわけではなくて、中国の中国による中国のための管理であるという、リンカーンの言葉をもじったようなことをよく言うわけでありますが、そういうところがあるわけであります。
 一体、じゃ、中国の論理というのはどういうものであるかといいますと、これも多くの方々は御存じであるかと思いますが、今から五年半ほど前の二〇一六年七月十二日の国際仲裁裁判所に関しては、これはごみくずであるという表現をしたわけであります。
 中国の場合、よくあることは、いわゆる大陸棚であるのかあるいは二百海里であるかということに関して、日本に対しては大陸棚によって自分たちの排他的経済水域を主張してくることが多いと。当然、中国と日本との間は、中国からだんだんとその大陸棚が延長してきて日本のところで深く沈むという構造を取っています。ですので、自分たちに有利な大陸棚を言ってくることが多いと。他方、ベトナムに対しては、中国の側に海溝が存在しているので、逆にその二百海里という自分たちに都合のいい論理を展開してくるということが多いわけであります。
 私もコロナになる前はよく中国に国際会議に行ったのですが、ひところこんなことがありました。私がもしも中国の研究者であれば、アメリカにとってハワイとかグアムのように自分の本土から遠いところに領土を持っていると、同じようにフランスはポリネシア等々において自国から遠いところに領土を持っていると、イギリスにとってみればフォークランドのように、同じようなことが言えるわけであります。オランダにとってはアンティルという考えですから、もしも私が中国人であれば、南シナ海のように自分の領土の近くで何をやっていようと、欧米諸国に比べればはるかにましではないかというふうに主張をしますねと言いますと、新華社の方が、是非先生、インタビューをしたいということを言ってきまして、インタビューに答えたことがあります。その際に、私が中国人ならばこうこうですよと答えたんですが、同時に、私がベトナム人だったらこうこう答えますと言ったら、ここから以下は全部割愛されまして、なかなか難しいなというふうに思ったことが何度もございました。
 私も、その今回の資料に掲げた堺ジャーナルの中にちょっと書いておりますが、近年、日本には中国からの留学生が非常に多くやってきております。私のところにも十五年くらい前から毎年毎年とにかくかなりの大学院生がやってきていて、その中で、中国はだんだん力が強くなっているから周辺諸国とあつれきが生じるのは当然だというふうな発言を平気でする中国からの留学生が多くなりまして、それを一生懸命、それは違うでしょうというふうに言うのが私の役目というふうになっているというわけであります。
 余談ですが、いつも日中関係のことを中国の留学生は中日関係と言うので、何、君、野球のことについて論文書くのというふうに言うように意図的にしていると。中米関係と言う場合はコスタリカのこと、ホンジュラスのことというふうにわざと言うようにしているというわけでありますが、日本語を正しく使いましょうということで、私だって中国に行った場合は日中関係とは言わなくて、中日、チュン・リー・グワンシというふうに言いますから、そういう言葉が大事ではないかと。
 このように、いわゆる法が政治的に利用されるということが非常に多くなりました。尖閣に関しては、棚上げをしたと主張する中国の側が船舶を実際にはがんがん入れてきていると、棚上げなどしていないというふうに言う日本側が相手方を挑発するのをできるだけ防止して遠慮をしているというのはやっぱり変だなというふうに思うわけであります。
 近年ウクライナ、近年というか最近ウクライナが問題になっていますが、力による現状変更ということに関して、「歴史としての冷戦」という研究者が読まなければならない本がありますが、その中に、防衛線としての東ヨーロッパと。つまり、なぜソ連が東ヨーロッパを占領していったか、衛星国にしていったかという文脈で、同じようなことが中国にとって防衛線としての南シナ海ということを中国に参りますと会議でよく言われると。対日認識、歴史認識と南シナ海というのがパラレルに語られるということの証拠ではないかということになっています。
 こうなると、もういわゆる東シナ海、南シナ海問題というのがだんだん法という形ではなかなかうまく捉え切れないというところが出てきまして、ベトナムほか東南アジア、まあ東南アジア、ASEAN諸国を離間戦略といいますか、できるだけ中国に近い国家と中国から遠い国家、プロ・チャイナとアンタイ・チャイナに分ける離間戦略というのは常に行われているということも文献の中に掲げておきました。
 こういった欧米諸国がつくった秩序を破壊しようという活動は一生懸命やるんですが、じゃ代わりに中国は一体どういう国際海洋上の秩序をつくり上げるかという点に関しては、いまだにはっきりしないということが非常に多いわけであります。概して中国の場合は、海であってもそこを利用するという論点よりは、自分たちの所有といいますか、好きにしたいという論点というのが非常に大きく利いているというのが現状ではないかと思います。
 国際仲裁裁判所の判決は、中国の行動の不法性を際立たせることには確かに役立ったわけですけど、あれから五年以上たちましたが、現状は何が変わったのであろうかと。しかも、二〇一六年七月十二日の翌日に、南シナ海の主要な諸島、島嶼部に中国というのは戦闘機を着陸させるということをやっていると。
 私自身は、この国際法のアプローチというのは、現状打破をもくろむ勢力の行動自体をなかなか変えることはできないというふうに考えていまして、私はこういうのは駄目だ駄目だアプローチと意図的に呼ぶようにしていて、これやったら駄目でしょう、あれやったら駄目でしょうと言うけれども、実際になかなかその駄目だということで現状を変えることはできないのではないかというふうに考えております。
 公共財と言うわけですが、一体誰がその火中のクリを拾うのかと。公共財と言うのは簡単であるが、実際に公共財を負担するにはなかなか理論的には困難な話であります。公共財を提供することによるメリットがないといけないということから、やはりその覇権国、つまり一番であるということがここからも重要であるというふうになるわけであります。
 公、公共性、公海の論点というのは、排他的利用と利己的利用という二つが考えられるわけでありまして、例えば分かりやすい例として、公園にあるごみ箱をみんなのものだから大事にしようという論点、これが大体日本的なアプローチかなと思いますが、みんなのものだから、特に特定の人に迷惑になっていないからがんがんごみを捨てるというのが中国の論点かなというふうに思います。つまり、同じ公共という言葉を使いながら、その公の、みんなのものだから大事にする、みんなのものだから何をやってもいいというふうな、実際の使われ方というのが全く異なっているというのが現状ではないかというふうに考えるわけであります。
 アメリカは近年、バイデン政権もそうなんですが、オバマ以降明らかになっていることは、アメリカは世界の警察官ではないということを言う傾向が非常に強くなりまして、まあ確かに南シナ海で航行の自由の作戦はやるわけでありますが、その公海というものが南シナ海に存在するならば、別に航行の自由作戦だけではなくて別にいかりを下ろしたって問題はないはずであるけど、そこまではやらないということで、アメリカの安全保障に対するコミットメントもある一定以上にはなかなか伸長していないというのが現状ではないかというふうに考えるわけであります。
 実際には、こういう海をめぐる課題というのは、多国間の外交の中で決められていくというものが通常であるかと思いますが、実際に中国がやっていることは、離間戦略、オフショアバランス、そしてサラミをスライスするように小出しにする、大国のふりをして、途上国のように振る舞う、あるいはそのマルチ、一帯一路なんかは典型的にそうですけれども、実際には中国とどこかの国、中国とスリランカ、中国とどこかの国のような、実際にはマルチではなくてバイの関係がたくさん集まったものにすぎないので、マルチのようなふりをしたバイラテラルな状況であると。お金による債務のわな等々を通じて、チェックブックディプロマシー等々、多国間の協調を制限させる方法というのは実際には数多く存在するし、学問上の業績もとにかくたくさんあるわけであります。
 多国間の協調というのは、アメリカの研究者、カリフォルニア大学の先生ですが、デビッド・レイクが、この以下の三つの要件がない限りはなかなか多国間の協調というのは実現しないんだよということを言っているわけです。一つは、組織や制度から得られる利益というのが存在をすること。二つは、フリーライド、ただ乗りが存在しないこと。必ず多国間の協調になりますと、一体どこの誰が公共財を負担するのかということで、必ずフリーライドの問題というのは生じるわけであります。同時に、その多国間の協調に対してマネジメント、つまり維持をしていくのにあんまりコストが掛かるようだと、やはりしんどくなって、そこから一抜けた、二抜けたというような形で多国間の協調が崩れていくわけであります。
 いわゆるその大国クラブに入りたいという要求はどこの国も存在しているわけですが、実際に大国としての役割を履行しなければいけない義務との間にそごが存在していて、中国もその状況は同じであるというふうに言えるわけであります。
 つまり、近年では、面と向かって対立をする状況も存在すれば、まあ後ろ向きというふうに私は表現することが多いのですが、いや、実は中国というのはとても悪いんだよねということを中国に直接言うのではなくて、後ろ向きのような形でけんかをしているということが最近非常に多くなりました。中国と台湾なんていうのはその典型であるし、中国と日本なんかもそういうところがあるのではないかと思います。つまり、後ろ向きになって相手の悪口をほかの国に対してたくさん一生懸命叫ぶというのが現状ではないかと思います。
 さて、時間もなくなってまいりましたので、じゃ、今後一体どんなふうに展開していくのかなということを述べて、私の報告は終わりにしたいと思います。大体二つくらい考えられるんではないだろうかと。
 一つは、これはよく言われることでありますが、グレーゾーンにしっかり対処しようということは、防衛省を始め多くの安全保障に従事している方が言うことであります。しかし、同時に思うことは、例えばオーストラリアの中国との関係が今非常に史上最悪と言われるくらい悪くなっていますが、では、オーストラリアと中国の間に新しいビジネスの契約はだんだんなくなっていますが、では、中国の企業は今はアメリカとの間で新規契約を結んでいるということで、結局のところ二国間の関係、日中関係にも言えることでありますが、中国の関係は非常に痛しかゆしでありまして、簡単に崩してしまうと逆に日本ではないどこかの国が得をするということになってしまいます。つまり、毒まんじゅうをどうやってうまくよけて食べるかということが大事になっていくと。
 もう一つ、地政学リスクということで、台湾の重要性。それは単にアメリカのクレディビリティーとか、台湾が中国から、中国とは違う政権を持っているとかいう話ではなくて、日本にとっても東シナ海と南シナ海を、やっぱりこの台湾が中国になった場合、つなげてしまうという危険性をはらんでいるわけですから、やはり台湾というのは政治的及びアメリカの外交のみならず日本の安全保障にとっても大事で、重要であることは言うまでもないわけであります。
 ロシアにとってのウクライナ、中国にとっての台湾、私、山猫ストライキというか、あちこちでストライキが起こる状態、山猫ストライキというんですけど、ロシアがそのウクライナを攻め立てると。中国も台湾を攻め立てる。つまり、あちらこちらで、反アメリカ勢力があちこちでその紛争を起こしていくと、アメリカだって集中して資源を投入することができないということになっていきますので、そういう意味では、非常に日本にとってもアメリカにとってもしんどい状況というのが起こっていくのではないかと思います。
 不作為によって被るリスクってやっぱり多いわけでありまして、アメリカに賛同する国はもちろん多いです。フリーでオープンで民主主義で透明性。しかし、その体制はただでは実現できないわけであります。そして、積極的にそのフリーでオープンで透明性が高いところに、積極的に自分たちも国際公共財を提供しようという国はそんなに多くはなくて、やっぱりリスクが高いというふうに考える国もやっぱり存在しているわけであります。
 中国やロシアは、アメーバ的な行動原理を持っているところが多くて、こちら側が抑止をしていないと勝手にぶわぶわっと、こう自然に影響力が大きくなっていくところがあるわけであります。そういうのをうまく抑止していくということも重要であることは言うまでもないと。
 同時に、アメリカに対抗して、また、賛同できない国もそれなりに多いことは確かであります。そして、アメリカがそれらを完璧に抑えることができるほど近年のアメリカは強くはなくなってきたというのが現状であるかと思います。
 さて、一体、国家として、日本の国家として一体何がどこまでできるのかということをちょっと五月雨式に考えてみました。
 やはり法的な整備、それから民間との協力、そして民間が自由に動けるような制度設計というのはこれからも必要ではないかというふうに考えるわけであります。
 有事のときに逃げろと命令するしかない現状の日本の自衛隊、こういうのではいけないと。それから、国家のために命を懸けることができるという存在、自衛隊というのが重要であろうと。地球平和も重要であるけれども、やはり、国家のために命を懸けるということをやらない限り、なかなか死活利益というのが守れないというふうに考えるわけであります。
 その他、このテーダ・スコチポルの、アメリカの研究者ですが、そもそも、戦争と同時に社会制度、社会保険や社会政策がだんだんと進展してきたと同時に、やはりその安全保障に従事する人たちの職業及びその背景にある家族の安全等々をやっぱり盤石にしておくということが重要だろうと。
 それから、海洋安全保障ですから、海洋知識の普及と教育。例えば、基本的な用語はたくさん挙げられるわけであります。本当、領海から始まり、その排他的経済水域等々の非常に基本的な知識、それから、コミュニケーションにおける知識等々をきちんと普及させていくということ。
 海洋情報のネットワークの確立。
 私、常に思うんですが、いわゆる水族館にいるイルカってどこから来るのかなといつも思っていまして、あるいはその主権が届かないところでいろんなドラッグ等々の取引がされていると、これは魚もそうでありますが、そういうのをどうやってうまく管理していくか。
 それから、BRIというのは一帯一路でありますが、それとFOIPの間、重なるところが多いので、それをきちんとすみ分けをして、どうやって日本の政策を確立していくかということ。
 それから、役立つ民間人の利用と養成であります。n構造の構築というのは、単にお金を、予算を配分するというだけではなくて、やっぱりインセンティブを与えて民間人がうまく働けるような環境を、制度設計をしていくということが重要であろうと。
 海洋世論の形成のように、海というのはみんなのものであって利用が大事だということをどんどん広めていく。
 ちょっと考えただけでもたくさんやっていかなければならないことは浮かぶわけであります。そういったものが自国の安全保障と同時にネットワークをうまく使った海洋空間の安定性というものにつながっていくのではないかというふうに考える次第です。
 以上です。ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 伊藤剛

speaker_id: 12652

日付: 2022-02-09

院: 参議院

会議名: 国際経済・外交に関する調査会