中嶋哲彦の発言 (内閣委員会)

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○参考人(中嶋哲彦君) こんにちは。今日は貴重な機会を与えていただきまして、ありがとうございます。感謝申し上げます。
 私は、大学で法学部を出まして、その後、教育学を学びました。今、両方に足を掛かるような形の仕事をしてきています。
 今日は、泉参考人それから清原参考人、お二人からはまさにこういう迫力のある話があるだろうなと思いまして、地方の実態や施策、必要な施策については、何というか、具体的で詳細なお話があるというふうに思いましたので、私はそれとは違った観点から発言をしたいというふうに思っています。
 皆さんにはレジュメもお配りしてありますけれども、ところどころ順番が変わったりするかなと思います。
 まず、私が考えるところ、まず子供のために今何が必要なのかということから出発して考えなければならないだろうなというふうに思っています。
 一つは、子供の生命、人格の尊厳、それから成長発達の保障、これが必要だろうなと、改めて、まあこれは当たり前だと言うかもしれないけれども、やっぱり大事だと思います。
 ユニセフのイノチェンティ・レポートカード16によれば、身体的幸福度は一位です。それに対して、精神的幸福度、三十七位です。これ、三十八位が最下位ですから、ほぼ最下位ですね。自殺率が、十五歳から十九歳の自殺率が極めて高い。それから、生活満足度、これが極めて低い。その結果がこの精神的幸福度の低さとして表れています。このアンバランスは一体何だということをユニセフは指摘しています。
 それから、スキル。これは、その下へ書いておきました。数学や読解力で基礎的習熟に達している割合、これは世界五位です。まあトップグループということですね。その一方で、社会的スキルを身に付けている割合は三十七位。このアンバランスは何だということも指摘しています。
 ここに向き合う必要があるなというふうに思います。委員の先生方にも、このアンバランスは一体何を意味するのか、この事実にどう向き合うのかということを是非考えていただきたいというふうに思います。
 もう一つ、次の論点ですが、親が子供を安心して産み育てられる社会環境を確保していただきたいということです。
 今回の立法はそれに向けて行われるというふうに説明されていると思います。政府は、ごめんなさい、親はですね、子供の養育について主体的な責任遂行、この責任はあると思います。これは、子どもの権利条約十八条でも親の第一義的責任ということを言っておりますし、民法八百二十条で監護、教育権を定めています。これは、親にとって責任であると同時に権利でもあるということを言ったものであるというふうに思います。
 親はやっぱり子供をしっかり育てたいと思っているわけですね。あるいは、親は子育てを通じて親になっていくというものだと思います。それが困難に今直面している。その困難をやっぱり社会的に支えていかないと、親は親になっていかれないということだと思います。子供を育てる親や家庭に対する公的支援が必要です。
 その一方で、虐待がある場合には介入が必要になる場合もあると思います。ただ、それを、一律に道徳や規範を押し付けるというようなことになってはいけない。やはり多様性をしっかりと保障するということが必要ではないかと思います。
 三番目に、これが私が今日言いたい中心の話になるんですが、子供の人格と権利主体性を認める、あるいは育てるということが必要であろうと思います。
 今議論しているのは、子供のためにどういった社会をつくるのか、あるいはどういった法制度をつくるのか、それを議論していらっしゃると思うんですね。
 今、手元に岩波文庫のイェーリングの「権利のための闘争」という本があります。これは、法学部の学生、入学したらすぐ読めと言われるような本です。この中でこんなふうに言っています。
 世界中の全ての権利イコール法は闘い取られたものである。重要な法命題は全て、まずこれに逆らう者から闘い取られなければならなかった。要するに、権利、法というものは闘い取るものなんだと。あらゆる権利、法は、一国民のそれも個人のそれも、いつでもそれを貫く用意があるということを前提としている。権利、法は、単なる思想ではなく、生き生きした力なのであるというふうに言っています。
 つまり、ここで言っているのは、権利や法というのは、国会で定めていただいて、あるいは地方公共団体で制度をつくっていただいて、その中で生きていくということが権利ということではないということを言っているんですね。自らの権利は自ら認識し闘い取るものなんだ、これが近代的な法意識の基本になっているんだろうと思います。このことは、子供のことを考えるときにも重視しなければならないことだと思います。
 先生方のお手元には、二ページ、資料の二ページに字で書いた、手書きのものがありますね。これは、私が中学校一年生のとき、中学校一年のときに書いたものです。いまだに残しています。これ、一ノ二の憲法といいます。一年二組で作った憲法です。
 この中で、御覧いただきたいのは第六条です。自分の損になることは黙っていないという条文です。これ実は、私たち、私、この憲法の起草委員長だったんですね。で、べからず集作っちゃっていたんです。これこれしてはいけないとか、そういうものを作っていた。そこへ先生がやってきて、いや、君たちは何かそんなこと、やっちゃいけないということばっかり考えているんだね、いや、憲法ってそういうことじゃないよという一言を言ってくださったんですね。それで、ああ、そうかと考えていくと、あっ、こういうことかなということで書いたのが、自分の損になることは黙っていないというものでした。これは、その権利利益、あるいはその侵害について認識し、自分自身が権利というものの主体となって動くと、自分自身で行動するということをこの教師、教えてくれたんだと思っています。
 もう時間がないですから今日は省きますけれども、この二ページの一番下のところにあるように、子供たち、この子供たち、私たち自身ですが、二年後に学校が競争心向上のために定期試験ごとに実名と点数と順位を貼り出そうとしたんです。それに対して反対運動を起こして、連休明けまでほとんど授業させませんでした。やってくる教師たちに対して、いや、おかしいだろうと。それで、撤回させました。これがこの教師がまいてくれた種だなと思っています。
 自分の損になることは黙っていない、こういう子供たちを育てたいというふうに思います。それは様々な子供施策、どういった子供施策を展開するのかというときに、子供自身がやっぱり声を上げると、これは私にとって幸福です、これは幸福ではありませんということを子供自身が言えるということが大事なことじゃないでしょうか。それは将来の主権者を育てていくということでもあるし、それから法というものは、やっぱり権利を認識することによって法が形成されるし、法を遵守する国民が生まれてくると思います。その意味では、やはり権利意識をしっかり育てることが大事であろうというふうに思います。
 次のところへ行きたいと思います。資料では三ページのところです。
 私が期待しているのは、今回の立法によって子供施策を充実させるということだけではありません。今お二人の参考人がおっしゃったように、子供施策を抜本的に充実させていくことは必要なことであると思います。大賛成です。でも、それだけにとどまってはいけないというふうに思います。
 一つは、じゃ、何が足らないのか。それは、子供と親の権利行使を促進すること。これ、今申し上げたところです。それからもう一つは、子供の権利を、行使を支えていく仕組み、これをつくるということ。この二つは、残念ながら今の参議院で御議論なさっている法案の中には見られないように思います。
 こども家庭庁設置法の第三条には、子供の意見を尊重しという文言が書かれています。これについて、衆議院の参考人の御発言を聞いていると、ここを大変高く評価されている方もいらっしゃったと思います。でも、私はそういう気持ちにはなれません。なぜならば、これはこども家庭庁の所掌事務の管理執行に当たって子供の意見を尊重すると言っているにすぎないからです。限定しています。その場面だけに限定してはならないはずです。
 こども基本法案、これも第三条に、子供の意見を表明する機会であるとか多様な社会の活動に参画する機会が確保されることと書かれています。これも高く評価される意見があります。しかし、これを子供施策の中に閉じ込めてはいけないと思います。要するに、政府が行うあるいは地方自治体が行う子供施策の中に、その立案とか実施とか評価の場面でだけ意見を聞きますというような意味にこれを解釈してはならない。子どもの権利条約はもっと広い範囲で、子供に関する全ての事柄について子供は意見を言う権利があるということを子どもの権利条約定めていますので、是非そういう趣旨に生かしていっていただきたい。
 ですから、この設置法とかこども基本法にこのことが書いてあるからといって、子どもの権利条約の定めが無効になるわけではありませんので、そこはしっかりと今後も生かしていく必要があるかなと思います。
 ただ、衆議院の議論の中で、政府参考人の御発言で、学校教育に関してこんな発言があったようですね。児童個人に関する事項については子供は発言することができるけれども、校則やカリキュラムの編成などについては、これは子どもの権利条約第十二条一項の対象にはならないという発言をなさっています。
 これは、どうしてそんなことが言えるのかというのは非常に疑問でありまして、国連における審議やその後の子供の意見表明権についての展開というのは全然そんなものではない。子供が社会に参加していく、これを促進しよう、その中で子供の意見を述べる権利を保障していこうと言っているわけで、自分のことについてだけ言っているわけではありません。もちろん、自分のことについて発言できるというのは十二条第二項に定めがありますので、そちらの話に限定してしまっては、これは権利条約の趣旨に逸脱することになるのではないかなというふうに思います。
 最後に、私は、これができたらいいなというふうに期待していたのですけれども、政府から独立した人権擁護機関、これがやっぱりつくられていくべきではないかと思います。IHRICというふうに表現されて、私は勝手にイーリックって読んでいるんですけれども、その読み方でいいかどうか分かりませんが、政府には子供の権利を擁護し保障する責任があります。これは、この今回の立法があろうとなかろうとその責任があるわけですよね。これは、もちろんこども庁だけではなくて、他の省庁もそれぞれの所掌事務の管理執行を通じて子供の権利保障に意を用いていただかなければならないと思います。
 そのことは確認した上で、しかしながら、では、行政機関が行う行政が全て正解なのかというと、そうじゃないだろうと思います。
 子供の権利利益に対する無理解であるとか、誤認あるいは誤解に基づいて権利や利益を侵害してしまうということはあり得ることです。それから、施策や制度の不備に起因して権利が侵害される、不利益を受けるということもあり得ることです。それから、執行機関の過誤や不正によって不利益を受けることもあります。そういった場面で、私は、子供自身が声を上げるべきだということを先ほど言いましたが、しかしながら、発達途上にある子供についてその権利行使をサポートする仕組み、これは必要だと思います。
 先ほど、清原参考人が声を上げられる人だけではないというふうなことをおっしゃいました。私もそう思います。声を上げる権利と意思を形成していくこと、これが必要です。その上で、声を上げようとする人をサポートする人、こと、それから声を上げられない人をサポートすること、それから自分自身の権利や利益が侵害されているということに気付かない人、これをサポートすること、これが必要なことなんですよね。そういう役割を果たす政府から独立した機関、これを是非必要としているのではないかと思います。
 これは、別に政府と闘おうという話をしているわけではなくて、政府の仕事を政府のパートナーとして支えていく一つの仕組みとして必要なんだということであります。
 じゃ、時間になりましたので、これで終わらせていただきます。
 ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 中嶋哲彦

speaker_id: 22503

日付: 2022-06-07

院: 参議院

会議名: 内閣委員会