進藤金日子の発言 (農林水産委員会)
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○進藤金日子君 おはようございます。自由民主党・国民の声の進藤金日子でございます。
本日は、質問の機会をいただきまして、理事の皆様方、委員の皆様方に感謝申し上げたいと思います。
今日は土地改良法の改正ということでございますので、インターネット中継含め、全国の土地改良の関係者、ずっと見ておられると思います。しっかりとした審議をさせていただきたいと思いますので、是非ともよろしくお願い申し上げたいと思います。
私の専門の土地改良に関する法案審議ですので、まずは近代の土地改良、農業土木につきまして、お手元の資料を御覧いただきたいと思います。
この写真の人物が上野英三郎先生であります。先生の経歴は資料のとおりでございますけれども、現在の三重県津市久居の御出身で、農業土木学の創始者と言われております。上野先生こそが忠犬ハチ公の飼い主でありまして、ハチ公と出身が同じ秋田県である私には感慨深いものがあるわけであります。
資料の二ページを御覧いただきたいと思います。めくっていただきたいと思います。
これが、「耕地整理講義」でございます。この図書によりまして多くの技術者が養成されて、そして全国の農地が整備されていったわけであります。
資料の三ページ、見てください。
三ページ、四ページが、これが、人口、耕地面積の推移等と耕地開発の年表なわけであります。我が国に稲作が導入されて以来、本当に、これ先人たちの大変な労苦の中で、水を引き、農地を開いてきたわけであります。
四ページの方にありますように、この江戸時代の初期から中期にかけて、治水なり利水の技術が進歩してきまして、それで新田開発が急速に進んで、明治に入って各地で耕地整理が進む中で、一八九九年、耕地整理法が制定されました。そして、一九〇五年が先ほどの上野先生の「耕地整理講義」、これによりまして全国で農地の整備が進められるようになったわけであります。
しかしながら、戦前の地主制の下では、かんがいだとか排水の整備による土地生産性の向上に力点が置かれたわけであります。農地の区画整理や、水路や道路の配置を最適化して労働生産性の向上を図る、これは上野先生の技術論なわけでございますが、この上野先生の技術論は、むしろ戦後の農地解放後の耕地整理、そして一九六三年、創設されました圃場整備事業に色濃く反映されたと言われているわけであります。
今回、改正内容が審議される土地改良法は、一九四九年、昭和二十四年でございますけれども、これは資料にありますように、耕地整理法を母体にして、北海道土功組合法、水利組合法、そして農地開発法が統合されて制定されたものであります。これによりまして、戦後の我が国の食料生産基盤の形成に大きく貢献してきた法律なわけであります。
そこで、金子大臣にお尋ねしたいと思います。
これまでの土地改良事業の評価と今後期待する役割につきまして、どのような見解をお持ちでしょうか、お聞きいたします。