中室牧子の発言 (予算委員会公聴会)

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○公述人(中室牧子君) 本日は、公述をさせていただく機会を賜り、誠にありがとうございます。
 経済財政運営に関して、中でもとりわけ人への投資の効果をどう高めるかという観点で、私の専門であります教育経済学の研究成果に基づいてお話をさせていただきます。
 資料の一ページ目、こちらを御覧ください。
 これは、二〇二〇年に経済学の最も権威ある国際学術誌の一つであるクオータリー・ジャーナル・オブ・エコノミクスに掲載された論文の図表であります。
 これは、過去五十年間にアメリカで行われた百三十三の公共政策の費用対効果を算出したものです。縦軸に費用対効果、横軸に政策の対象となる個人の平均的な年齢を取ったグラフです。費用対効果の高い政策は左側の上部、すなわち政策の受益者の年齢が低いときに行われているものに集中していることが分かります。公共政策は当然、社会保障、職業訓練、現金給付など多岐にわたりますけれども、その中で最も費用対効果が高いのは子供の教育と健康への投資であるということになります。この論文では、子供の教育や健康への投資を行った政府の政策の多くは、子供が大人になった後の税収の増加や社会保障費の削減によって初期の支出を回収できていることも示されています。
 しかし、子供の教育や健康について行われる支出であったとすればどのようなものでも費用対効果が高いというわけではありません。経済学では需要と供給の理論を用いて多くの経済現象を説明します。教育についても例外ではありません。
 このため、私たちは、教育政策には教育の需要を喚起するような刺激策や再分配政策と教育の質を高めるような供給側への投資というものを分けて考えます。教育需要を喚起するような政策は当然、時として有効なこともあります。例えば、開発途上国で就学率が低い場合に、主に貧困世帯の子供たちの学費を無償化することによって就学率を一気に向上させたというような事例は枚挙にいとまがありません。
 しかしながら、このような教育需要を喚起する目的で行われた再分配政策は、子供の学力や学歴に与える影響は一時的で、かつ費用対効果に優れないということを示す研究も少なくありません。今の日本においても、再分配政策が余りうまく機能していない可能性があります。
 資料の、こちら三ページの方を御覧ください。
 こちらは、兵庫県尼崎市から提供を受けた、市内の保育所に支払われる保育料の分布でございます。一番下にあります緑の分布は二〇〇〇年のもの、一番上の黄色が二〇一五年のものです。これを見ると、二〇〇〇年時点では保育料の利用料はゼロ円のところが最も高くなっているということが分かります。
 保育所は、御承知のとおり、児童福祉施設の一つであり、保育料は応能負担となっていますから、二〇〇〇年の時点では経済的に苦しい御家庭における子供の養育を支援する福祉的な役割を担っていたということが分かります。しかし、二〇一五年になってみると、今度は最も保育料の高い家計が多くなっているということが分かります。これは、この十五年の間に保育所の役割が福祉から共働き世帯のサポートへと変化してきたということを意味します。
 このような状況で一律に幼児教育の無償化が行われると何が起こるのでしょうか。
 二〇一九年十月に開始された幼児教育無償化の支出の多くは高所得世帯への再分配となったと考えられます。同様のことは他の自治体でも生じており、例えば、東京大学の山口慎太郎教授らによれば、神奈川県横浜市では、世帯年収一千百三十万円以上の世帯が幼児教育無償化によって受けた恩恵は一年間で約五十二万円、一方、三百六十万円の世帯では十五万円程度であったということです。
 このように世帯の経済状況を把握することなく一律の無償化を行えば、再分配の機能を果たし得ないことが分かります。我が国の財政状況が極めて厳しい中では、高所得世帯ほど手厚い再分配を受けるということは国民の理解を得られないものというふうに考えます。
 一方、真に必要な人には十分な支援が行われているのかというと、この点にも疑問が残ります。
 資料の、こちら四ページの方を御覧ください。
 これは、私の研究室でNPO法人カタリバとともにコロナ禍における経済困窮家庭の小中高生を対象にした調査の結果です。これを見ると、経済困窮以外の問題を同時に抱える世帯が実に全体の四〇・二%に上っています。経済困窮に加えて、一九%が発達障害、七%に身体障害があり、一三%が不登校となっています。このように複数の問題が同時に生じると一気に困難な状況に陥ります。
 例えばですが、一人親で経済的に困窮しているというのに、学齢の小さい子供が不登校になり学校に通わなくなってしまったら、親は昼間、子供を一人に置いたまま就労することは難しいでしょう。しかし、発達障害や身体障害は保健部局、不登校は教育委員会、経済困窮は福祉部局の担当であり、行政の縦割りによって保健、教育、福祉の所管横断的な情報共有が妨げられ、重層的な課題を抱える子供に対する支援が十分に行われているとは言えません。
 この結果、私たちの分析では、この四ページで示されているとおりですけれども、複数の課題を抱えている世帯の子供というのは、経済困窮のみの世帯の子供と比較すると、学力や非認知能力、問題行動などの面において不利になっていることが分かります。そもそも経済困窮世帯の子供たちは、そうでない世帯の子供たちと比較すると様々な面で不利になっているにもかかわらず、それよりももっと不利になっているということが分かるわけです。
 以上のようなことを踏まえますと、私たちは、高所得世帯ほど恩恵があるような再分配を行ったり、あるいは縦割り行政によって真に支援の必要な子供に対して十分な支援が行われていないというような状況を改めなければなりません。必要な人に必要なだけの支援を迅速に届けるということが必要です。
 五ページの方を、こちら御覧ください。
 このことを実現するために今アメリカで起こっている新たな動きが参考になります。ノーベル経済学賞の最右翼とみなされているハーバード大学のラージ・チェティらの研究グループ、オポチュニティーインサイツがCOVID―19の影響を計測することを目的に開発したエコノミックトラッカーという仕組みがあります。
 これは、複数の民間企業から匿名化されたデータの提供を受け、個人消費、雇用、売上げなどに関する日次のデータを用いてリアルタイムに経済状況を把握することができるようになっています。これらを目的に応じて公的統計や行政記録と照合し、分析を行っています。
 この皆さんに見ていただいております五ページの図表というのは、バイデン政権下で行われた現金給付の効果を明らかにするために行われた分析です。緑のグラフ、こちらはバイデン政権下で行われた一回目の現金給付の効果になっています。御承知のとおり、バイデン政権では三回にわたり現金給付が行われており、二〇二〇年三月にまず一回目、千二百ドルの支給を決定し、同年十二月に六百ドルの追加給付が決定しています。
 チェティ教授らの研究グループは、クレジットカードの支出データを分析をして、この緑のラインで表されている一回目の給付が行われた直後にほとんど全ての所得階層で消費が増加しているということを明らかにしています。しかし、オレンジのバー、二回目の現金給付が届き始めた頃、七・八万ドルを超える高収入の家計はほとんど支出を変化させていません。同時に、雇用のデータを使って、二回目の現金給付が行われる頃には高所得世帯の雇用状況というのはV字回復していて、ほとんどCOVID―19の悪影響から脱出したということも示しています。この分析は、アメリカで行われた三回目の、この後行われた三回目の現金給付で、八万ドル以上の家計は支出対象外として所得制限を設ける根拠となったというふうに言われています。
 このように、例えばCOVID―19のようなショックが、いつ、誰に、どのような影響をもたらしたのかということを詳細に分析し、次の打ち手に生かすデータ掛ける政策の動きが加速をしています。データが蓄積されれば、単なる所得によって支援を受けるかどうかの線引きをするだけではなく、雇用状況や家族構成にも配慮した必要な支援を届けることができるようになるでしょう。
 子供や保護者のプライバシーに配慮して個人情報保護法を遵守しつつも、様々なデータの連携をすることで、子供に対する支援にもメリットがあります。
 第一に、データによって複数の困難を抱える子供を特定して、必要な支援をプッシュ型で迅速に行うことができるようになるということです。申請手続が面倒くさいと、貧困世帯の成績優秀な高校生が大学に進学するための出願書類を出すことを諦めてしまうという有名な研究がありますから、このようなことが起きないよう、行政が国民側からの申請を待つのではなく、能動的に支援を届けるプッシュ型の支援というのは非常に重要です。
 また、予防的な介入を行うことも重要です。例えば、母親のストレスホルモンであるコルチゾールの上昇にさらされた胎児は、生まれた後の健康や学歴に悪影響があるということを示した研究があります。学歴の低い母親ほど妊娠中のコルチゾールのレベルが高く、貧困の世代間連鎖に影響している可能性があります。子供が生まれてからではなく、生まれる前から、貧困状態にある母親への支援を行うことの重要性が示唆されます。
 多くの研究が、予防的な介入は、問題が生じた後の政策介入よりも効果が大きく、コストが小さいことを示しています。加えて、虐待、自殺など、放置すれば生命の危険に及ぶ異変を速やかに察知し、介入を行うことも重要でしょう。
 我が国でこうした動きを加速するため、私自身も非常勤でデジタルエデュケーション統括として関わるデジタル庁では、子供に関する各種データの連携による支援実証事業において、個人情報保護条例を遵守した上で、自治体とともに保健、教育、福祉などの所管を超えたデータ連携の実証事業を開始します。令和五年度以降は、創設が予定されるこども家庭庁の司令塔機能の下で、ニーズに応じたプッシュ型の支援につなげていきます。
 人への投資をより効果的にするため、データを活用した効果的な政策を実施していただきたいというふうに思います。
 最後に、一つ強調したいことがあります。六ページの方を御覧ください。
 こちらは、先ほど、教育需要を喚起するために再分配政策は費用対効果に優れないということを申し上げましたが、一方で、教育の質を高める供給サイドへの投資は費用対効果に優れていることを示す研究は多くあります。
 これについて、我が国では、教育の質の担保を目的として、例えば保育所設置認可に代表されるような事前の規制というものが非常に重視されてきました。設置認可においては、施設の面積や保育士の数などが細かく規定され、それを満たしていないと設置が認可されません。しかし、一旦認可を受けると、その後の事後的な評価というのはほとんど行われません。その結果、育ち盛りの園児にスプーン一杯しか御飯を与えなかったという認定こども園に批判が集まったことは記憶に新しいところです。
 どう考えても、入口の規制よりも出口における質保証に力を注ぐべきです。これは、幼児教育のみならず、我が国の全ての教育段階で同じことが言えると思いますが、ここでは具体的に幼児教育のデータを用いて説明します。
 当然、自治体において保育の質を高める取組は様々に行われていますが、その一つである第三者評価の結果を見てみると、ほぼ横並びという結果になっているものが少なくありません。
 この六ページの一番上の図表を御覧ください。
 これは、関東のある自治体の全認可保育所の第三者評価の結果ですが、ほとんど保育所間の差は見られないという結果になっています。本当に保育の質に差はないのでしょうか。
 下の左側の図を御覧ください。
 これは、私たちの研究グループが、全く同じ自治体で全く同じ年に発達心理学分野で開発された保育環境評価スケールという指標を用いて、トレーニングを受けた調査員が保育所の観察調査の中で約四百五十程度の項目を評価した指標です。これを見ると、保育所によってかなり大きなばらつきがあるということが分かります。
 そして、下の右の方の図を御覧ください。
 これは、関東の別の自治体で三年にわたって認可保育所の保育の質の評価を行ったものです。そうすると、保育所間はもちろんのこと、年によってもばらつきがあるということが分かります。同じ自治体から認可を受けた保育所で同じ保育料が設定されているにもかかわらず、保育所によって質に差があるばかりか、入園した年によっても差があるという状況になってしまっているのです。
 アメリカやイギリス、ニュージーランドでは、私たちがここで用いたような学術的に妥当な指標に基づいて幼児教育の質をモニタリングする政府機関があり、全国規模で幼児教育の質を向上させる取組を行っています。我が国においても同様の取組を行うことが急がれます。
 経済学では、二〇〇〇年にノーベル経済学賞を受賞したジェームズ・ヘックマンらの研究業績を中心に、質の高い幼児教育が子供たちの将来の成果にプラスの影響を及ぼすことを明らかにした研究もあります。一方で、カナダのケベック州で実施された保育料の大幅な値下げの後、子供たちの発達や学力、行動に悪影響があったということを示す研究もあります。
 教育、特に幼児教育は、その質が高かった場合、プラスの効果が長期にわたって持続すると言えますが、逆に質が低かった場合、そのマイナスの効果も長期にわたって持続をします。この意味においては、私たちが人への投資の効果を高めるために何よりも注力すべきは教育の質の向上だというふうに思います。
 七ページ目は、本日のまとめになります。
 御清聴どうもありがとうございました。

発言情報

speech_id: 120815262X00120220308_002

発言者: 中室牧子

speaker_id: 34648

日付: 2022-03-08

院: 参議院

会議名: 予算委員会公聴会