青山繁晴の発言 (政府開発援助等及び沖縄・北方問題に関する特別委員会)

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○青山繁晴君 林大臣、ありがとうございます。
 報道の自由にも触れていただき、的確な答弁をいただきました。ただ、具体的に、身柄が拘束されますように、ロシアの内政問題とはいえ、是非御努力を外交ルートでお願いいたしたいと思います。
 それでは、通告いたしました質問に入ります。
 皆さん御承知のとおり、沖縄はこの五月についに祖国復帰五十年を迎えます。
 僕は、子供の頃に祖国という言葉を聞いたのはこの沖縄の運動が最初でありました。僕は、小さい頃はまだ祖国という言葉も実は日本ではタブー視されていたわけです。その思い出もあり、不肖私は、二十六歳のときに、訪れる人もなかった、当時はですね、訪れる人のなかった白梅学徒看護隊の自決ごうを訪ねてから、不肖ながら、沖縄のことをライフワークの一つとしてきました。長い時間を掛けまして信頼関係を築いてきた白梅学徒看護隊の生き残りの方々、当時は十五、十六、十七の方々ですが、今九十歳をもちろん超えている方もいらっしゃいます。妙なことを言うようですが、この自決ごうの前でハグをすると、もう九十を超えたおばあ様方が本当に十五に戻る感じが実はします。
 その方々、今は白梅同窓会と言っていますけれども、白梅同窓会の会長で中山きくさんという沖縄では大変知られた、多分大臣御存じだと思いますが、語り部の方がいらっしゃって、長い交流の中で信頼関係ができてから、不肖私が、五月十五日、復帰の日を日本国の祝祭日にしませんかと提案いたしましたところ、この自決ごうの前でこの中山きくさんがおっしゃったのが、いや、米軍基地込みの返還でありましたから、とても祝う気持ちになれないんですということをおっしゃいました。もちろん、無理強いとかそういうことではなくて、その後もじっくり話し合ってきたんですけれども、五十年となりまして、この米軍基地があるということも含めて、沖縄県民と国民の理解を求めて、いよいよ国民の祝祭日にすべきではないでしょうか。
 今年、記念式典は当然予定されているんですが、正直それでは足りないと思います。祖国復帰運動の苦しみ、その後の沖縄の大きな負担、それを克服していくためにも、大臣、是非、是非御努力をお願いしたいと思うのですが、いかがでございましょうか。

発言情報

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発言者: 青山繁晴

speaker_id: 30559

日付: 2022-03-15

院: 参議院

会議名: 政府開発援助等及び沖縄・北方問題に関する特別委員会