有村治子の発言 (政府開発援助等及び沖縄・北方問題に関する特別委員会)

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○有村治子君 熾烈な戦闘、飢餓や混乱の中で、最も犠牲が多かったのは無辜の沖縄県民であり、次いで地元沖縄県出身の軍人軍属であられたことを心に刻みます。
 同時に、沖縄県以外の四十六都道府県からも多くの兵士六万六千人が沖縄戦で散華をされており、沖縄以外で戦没者が最も多いのは、実は沖縄から最も離れた北海道でありました。私が調べた限り、どの都道府県においても数百人から数千人、北海道では一万人を超える沖縄戦の戦没者がおられます。戦争末期、国内最大の激戦地となった沖縄に文字どおり全国各地から兵士が集結されていた当時の様子が伝わってまいります。
 続いて、外務省に伺います。
 昭和二十年の終戦以降、独立国家としての主権を失った日本は、アメリカを始めとする戦勝国によって六年八か月のGHQの占領下に置かれました。当時、既に沖縄の戦略的重要性を認識していた連合国、とりわけアメリカやイギリスは、沖縄に対してどのような統治をすべきだと考えていたのでしょうか。また、イギリスやアメリカの方針に対し、当時の日本政府はいかなる対応を取ったのでしょうか。

発言情報

speech_id: 120815359X00620220330_010

発言者: 有村治子

speaker_id: 22113

日付: 2022-03-30

院: 参議院

会議名: 政府開発援助等及び沖縄・北方問題に関する特別委員会