有村治子の発言 (政府開発援助等及び沖縄・北方問題に関する特別委員会)

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○有村治子君 日本国憲法も適用されず、日本円も流通しない、国旗日の丸を掲揚することを禁じられ、その後も制約を受け、かといって米国の一部でもない、琉球国という国家が当時存在したわけでもない、まさに主権が発揮できない状態であり、国際的にも極めて不安定な立場を余儀なくされた沖縄でありました。
 昭和四十年、佐藤内閣で佐藤首相が初めて米国統治下の那覇に飛び立たれ、沖縄の祖国復帰なくして日本の戦後は終わりません、この思いは日本国民全ての思いですということを演説された、まさにそれは当時の国民感情であったんだろうというふうに思います。
 終戦から二十七年掛かりましたが、ともかくも、日米両国共に銃声を聞かれることもなく、ついに昭和四十七年、沖縄返還が実現しました。復帰の日、今日から日本人と教室の黒板に書かれた沖縄県内小学校の様子を当時の新聞は高揚感を持って伝えています。
 そもそも、戦争に勝った国が負けた国の国土や国民を統治し、その後、両国の平和的な外交交渉によって本来の祖国に領土、主権、統治権が返還されるという事案は、国際社会、国際政治において間々あることなんでしょうか。時に起こり得ることなのか、ほかに似たような事例というのはあるものでしょうか。

発言情報

speech_id: 120815359X00620220330_016

発言者: 有村治子

speaker_id: 22113

日付: 2022-03-30

院: 参議院

会議名: 政府開発援助等及び沖縄・北方問題に関する特別委員会