2022-03-30
参議院
有村治子
政府開発援助等及び沖縄・北方問題に関する特別委員会
有村治子の発言 (政府開発援助等及び沖縄・北方問題に関する特別委員会)
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○有村治子君 今の御答弁では、当時まれであったというふうに理解をしておりますが、通告のときに伺っている限りは、世界において最も外交をよく知っている外務省において、そのような事例はほかに承知していないという御答弁をいただいております。
すなわち、沖縄戦では米国側も一万二千人、先ほどの御答弁ですと一万三千人とありましたが、私が調べた自らのデータでは一万二千人を超える兵士の命をなくしています。戦火を交えて勝った国と負けた国ではそれぞれの戦没者遺族がおられ、全く異なる国民感情や歴史認識が出てきます。
戦争によって他国に占領された領土、とりわけ、その後の朝鮮戦争などもあり、沖縄の戦略的重要性を誰よりも理解している米国を相手にして行う返還交渉は、難易度が極めて高い国際交渉であったと思われます。事実、歴代の総理が沖縄返還の夢を胸に抱きつつも、佐藤栄作内閣が昭和四十七年に沖縄返還を実現するまでには長い年月を要しました。
では、なぜこれほどまでにハードルの高い沖縄の本土復帰が実現できたのでしょうか。