紙智子の発言 (政府開発援助等及び沖縄・北方問題に関する特別委員会)

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○紙智子君 日本共産党の紙智子でございます。
 五月十五日で沖縄の本土復帰から五十年を迎えます。一九七二年の五月十五日が沖縄の本土復帰の日ですが、そこに至るまでの経緯について調べてみました。その前年、一九七一年十一月に国会で議論されていた沖縄返還協定は、復帰前の軍事基地を安保条約の下でそのまま存続させるというものでした。
   〔委員長退席、理事北村経夫君着席〕
 当時、琉球政府の屋良朝苗主席が、このままでは米軍の統治下と何も変わらなくなるという思いから、建議書を作って政府に提出しようと十七日に上京しました。ところが、羽田空港に到着する直前、当時衆議院の沖縄特別委員会で、沖縄返還協定は、瀬長亀次郎、当時沖縄人民党、そして安里積千代、沖縄の社大党の両議員の質問の直前に、自民党が緊急動議を出して強行採決をされています。屋良主席は、到着するなりそのことを報道陣から知らされて、愕然としたといいます。しかし、屋良主席は、桜内義雄、当時の特別委員長にこの建議書を提出して強行採決に抗議をし、その後、記者会見で全国民に向けての抗議の意思を表明しています。
 西銘大臣は、この経過については御存じですよね。

発言情報

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発言者: 紙智子

speaker_id: 14955

日付: 2022-04-27

院: 参議院

会議名: 政府開発援助等及び沖縄・北方問題に関する特別委員会