鈴木庸介の発言 (法務委員会)
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○鈴木(庸)委員 そうなんですよ。まさに今おっしゃったように、最高裁判所事務総局の裁量権が物すごく大きいんですよね。
そうなるとどうなるかというと、一番大事な裁判官の内面の独立というものの担保というところになってくると思うんですけれども、ちょっとまた引用させていただきます。
西川伸一さんの二〇一〇年に発刊された「裁判官幹部人事の研究」という本があります。ここでも、裁判官の間には官僚制的な階層的秩序が堅牢なまでに形成されていて、上の覚えを気にかける傾向がはびこっているとの指摘があります。個々の事件を裁くに当たって、官僚として合理的な視点で心証形成がなされるとするならば、それは裁判というよりは行政処分に近くなるのではないかと指摘しているんですね。
つまり、最高裁判所事務総局が内部を官僚的に統制すればするほど、司法権の独立は形式的には保たれるかもしれないんですけれども、その統制が裁判官の独立を犠牲にした形で展開されてしまっているならば、裁判官の皆さんは気概をそがれてしまって、実質的には司法権の独立というのは十分に機能しなくなるのではないかとこの方は喝破しているんですね。
また、新藤宗幸さんが、二〇〇九年の著書「司法官僚 裁判所の権力者たち」では、こんなタイトルの本が本当にいっぱいあるんですけれども、戦後司法制度改革は、何よりも司法権の独立を裁判官の内面の独立にあるとの理念の下に進められてきたのではないか。そして、この独立と自治を基本的に支えているのは、裁判官が何人によっても地位を脅かされることがなく審理に当たれるということだ。こんな判決を出したら、勤務地やポスト、報酬に影響するといったことが裁判官の脳裏をかすめていたのでは、裁判官の独立もままならず、ひいては各級裁判所の分権と独立も機能しないのではないかとおっしゃっているんですね。
裁判官の皆さんがこのように常に上の顔をうかがっているのが事実とするならば、組織人ですからね、一定顔色をうかがうのは仕方ないことではあるんですけれども、例えば、裁判官の皆さんの場合だと、懲戒処分一つ取っても裁判官分限法といった法律で、特別な地位に基づいていろいろなものが認知されている。
こうした、裁判官の皆さんの内面の独立が脅かされている、こういった評価が蔓延していることについて、最高裁はどうお考えになっていらっしゃいますでしょうか。