西田昌司の発言 (財政金融委員会)

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○西田昌司君 おはようございます。自民党の西田昌司でございます。
 今日は、いろいろ多岐にわたって質問させていただきますが、まず、今、現下の円安ですね、円安が百五十円を割り込むなど三十数年ぶりだということでいろいろ報道がされているわけでありますけれども、しかしまあこの問題、よく考えてみると、元々、昭和六十年、一九八五年のプラザ合意がされるまでは日本は円相場は二百五十円ぐらいだったと思いますね。今より随分円安だったわけです。そして、その当時の日本の経済というのは実は非常に好調だったという記憶をしております。
 それで、このプラザ合意ですけれども、元々アメリカ側の理由で、財政の赤字と経常収支の双子の赤字ということがずっと言われてきましたけれども、その赤字に悩むアメリカからの要請でこのドル安ということを容認すると、これがプラザ合意だったと思うんです。その結果、それ以降急激に円高になったわけですね。
 だから、三十数年ぶりと言っている、円高、百五十円行っていますが、その前はもっと安くって、その後ずっとどんどんどんどん円高に行っています。これたしか八十円を割り込むほど円高にもなったわけで、今の倍ぐらいの金額ですよね。
 だから、そもそもそういうことがあったということを考えていただきたいんですが、その結果、円高になった結果何が起こったかというと、生産拠点が海外に移っていくわけですよね。そして、日本の方では経済が空洞化ということで、あの当時、非常に円高不況ということが言われて大変日本の経済心配されたんですが、そのときに、一方で、だから外需に頼っているんではなくて内需主導でいこうということになって、あの当時は内需拡大というのが国際公約にもなったわけですよ。一年で四百三十兆円とかいう公共事業やるとかいう話もあったと思います。そして、金融緩和をして民需がまた増えるようにということで財政出動と金融緩和が実施されたと。で、結果的に日本は空前の好景気になったわけです、昭和のこの終わりの方にですね。そして、財政のこの赤字国債発行から脱却もしたというのがこのプラザ合意後の経済の状況だったと思うんですよ。
 そうすると、以上の事実を考えれば、私は、まあ現在円安でいろいろ言われていますけど、急激にこの環境が変わることは当然様々な影響があるので警戒をしなければなりませんが、基本的に円安というのはそんな悪いことではないと、むしろこの円安を奇貨として、生産拠点をもう一度国内に回帰させると、さらにはインバウンドなど外需をどんどん拡大することができるじゃないかと、それから、金融緩和を継続して財政出動を拡大すれば内需も増えると、それによって経済を回復させて、結果的にはあのプラザ合意後の日本のように財政再建ができるというふうに考えますが、まず、この辺の認識について財務大臣の見解を伺いたいと思います。

発言情報

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発言者: 西田昌司

speaker_id: 19213

日付: 2022-11-01

院: 参議院

会議名: 財政金融委員会