井戸まさえの発言 (法務委員会)
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○参考人(井戸まさえ君) 民法772条による無戸籍児家族の会代表の井戸まさえでございます。
本日は、参考人として意見を述べる機会をいただき、ありがとうございます。
私たちの団体は、本日議題になっている民法の嫡出推定規定により推定される父親と実際の父親が違うことから出生届を出せず無戸籍状態になった子又はその子を養育する親たちで結成され、嫡出推定のみならず何らかの事情で無戸籍になっている人々の支援を続けています。二十四時間無料での電話、メール相談や、自治体での窓口交渉、裁判手続に関する情報提供を、無戸籍問題を考える若手弁護士の会などの弁護士の皆さんとも連携しながら行っています。
これまでに相談を受けた無戸籍者は約三千人余り、家族を含めると一万二千人以上の無戸籍問題に並走してまいりました。本日は、その経験から、上程された法律案についての意見を述べたいと思います。
まず、無戸籍者をめぐる状況について共有させていただきます。
二〇〇六年末の新聞報道をきっかけに、それまでなかなか可視化されなかった無戸籍者の方々の存在が社会問題化しました。母親たちの多くはDV被害に遭い、逃げているうちに新たな出会いを得て出産。しかし、生まれた子供は、出生届を出すと前夫にその存在を知られてしまい、どんな危害が加えられるかも分からない。もちろん、子供が無戸籍になると大変です。しかし、それ以上に悲惨なことが起こると想定されるからこそ、やむを得ず無戸籍となっている人が大半なのです。
そんな無戸籍者に対して行政はどのように対応しているのでしょうか。登録できないというのは生きる基盤を得ることができないということです。無戸籍者たちは本来、国や地方自治体からの保護を最も必要とする人々なのに、存在しない子、離婚のペナルティーと言われ、社会福祉の外に置かれてきました。
無戸籍者の実態が明らかになり、国や行政から様々な通知が出されています。国の通知は、離婚後三百日問題が話題となった二〇〇七年と、成人無戸籍者問題として取り沙汰された二〇一四年以降に集中しています。一覧は資料一を御覧ください。
現在、法務省のホームページでは、この通知などを基に、無戸籍でも住民票やパスポート、結婚もできるとして紹介されています。皆さんもホームページ、ちょっとアクセスをしてみて確認してみてください。
もちろん、実際できなくもありません。しかし、資料二の一のように、法務省が把握している無戸籍者でも住民登録は限定的で、四割から五割の人は登録できていない状況です。私たちの団体への相談は、基本的には住民登録はなく、行政サービスも十分には受けていない人々です。行政が把握していない無戸籍者が一定数いることは常に意識しなければいけないと思います。
資料二、資料一のように、婚姻もようやくできるようにはなったものの、望む人全てができるとは言えない現状が資料からも見て取れます。国ができるできると言っても、できない現実が間違いなくあるのです。
次は、司法の対応についてです。
無戸籍者たちが戸籍を得るためには裁判所で何らかの手続をしなければなりません。しかし、その裁判所でも対応のばらつきがあります。資料三は、無戸籍問題を考える若手弁護士の会の高取、尾野弁護士が作成した、無戸籍に関する父子関係の司法手続のうち取下げに着目をして作られたものです。
認知の取下げ率を見てください。ほかに比べて二倍になっています。なぜなのでしょうか。家庭裁判所自体が、血縁上の父を相手とする認知が本来できるにもかかわらず、長年窓口で認知の受付を拒否したり、元夫を相手とする手続を行うように取下げ勧告をするといった不当な対応が横行していることが数字として表れているのです。無戸籍だとこうして国民の裁判を受ける権利の侵害に遭うのだと、当事者や現場で支援する弁護士たちからの批判の声が上がりました。
家庭裁判所は無戸籍問題に対する理解に欠けていると見られても仕方がないのではないでしょうか。法務省もこのことは把握をしており、現在では若干改善をしているものの、こうした過酷な状況の中で、子供の戸籍、そして自らの戸籍を取得することがどれだけ難しいのかお分かりいただけますでしょうか。
こうした状況を踏まえた上で、今回の改正案についての意見を述べます。
まず、再婚後に出生した子は再婚した夫の子とするということについてです。確かに、再婚者が司法手続によらず戸籍窓口に出生届を提出するだけでよいとなれば、これまであったような負担は軽減され、歓迎すべきことだと捉えることもできるでしょう。しかし、出生がたとえ一日でも再婚よりも前であれば前夫の子というのは果たして妥当なのでしょうか。
どちらも前婚中の懐胎です。前夫の嫡出推定を破る基準が再婚の届出と日付で、蓋然性、公平性は保たれるのでしょうか。そもそも、母の再婚の有無で子の父を決めることに対しては違和感があります。子供は親の婚姻状態を確認して生まれてくるわけではありません。今回の立法趣旨に立ち戻り、法に退けられる子供たちを増やしてはならないと思います。
次に、母と子の嫡出否認権への付与についてです。これについては、本会議でも、衆議院、参議院本会議でも委員会でも無戸籍問題の切り札のように言われていますけれども、極めて効果は薄いと思います。
まず、資料四の一を御覧ください。資料三同様、無戸籍事案に関わる司法手続一覧です。これまで司法の場では母と子の嫡出否認はできませんでしたが、親子関係不存在の訴えが利用されてきました。
親子関係不存在の訴えは出訴期間の制限はありません。ただ、嫡出否認も親子関係不存在の訴えも、たとえ父が前夫でないとの裁判所が確定しても、実はその前夫に対して司法手続を行ったこと、つまり前夫の名前が子供の戸籍に記載されます。家裁で苦労して父は前夫ではないという審判を取っても、そうした思わぬ落とし穴があるとは知らず、戸籍ができてから驚き、そして失望します。なぜ前夫の名前が戸籍に入るかという問いに法務省は、前夫が父でないことを強調するためと答えています。これは必要なんでしょうか。
こうしたことは戸籍法の規則で定められているものなので、今回、嫡出否認を母や子に広げること、これが無戸籍解消の突破口であるというのならば、少なくとも施行までに変えないと効果を上げられないと思います。
二〇〇三年、それまで認められてこなかった、前夫が収監されたり海外渡航中以外で、前夫の関与なしで事実上の父を父と定める強制認知の裁判が確定します。画期的な解決方法となるこの先例は、過去の類似判例を基に私がつくりました。この前夫を絡ませないで司法手続を行うことができる強制認知の調停や裁判は広く知られるようになって以降は、親子関係不存在の訴えの件数は激減しました。
資料四、その二のグラフを見ていただければ、特に二〇〇八年以降の激減ぶりを見ていただきたいと思います。その分は認知数の増加という形で反映されています。先ほど見たように、裁判所の認知調停の受取拒否や取下げの勧奨があったとしてもこの数なんです。出生届を出すことができない母親たちにとっては、前夫を絡ませないで嫡出を外せる強制認知は福音だったことが分かると思います。
ただ、御覧のとおり、無戸籍者の数という意味では、無戸籍者たちはこれらの司法手続の中を行き来するだけで、嫡出否認を母子に広げても効果は限定的というのはこの理由からです。
加えて、母と子の嫡出否認権の実効性を担保するために、オンラインであれば会わなくてもいい、法テラスで弁護士を付ければいい、費用の負担等についてもそこで配慮をしていく、こういったことが大臣や民事局長から幾度も答弁が出ています。実際の裁判手続の運用やDV被害の実態が分かっていないのでこういう話になるんだと思います。ある意味、それは夢物語と私たち当事者そして弁護士さんたちは思っています。なので、以下、オンラインについて反論します。
現在、先行して民事、商事事件のオンライン裁判手続が試行されていますけれども、これには条件があるんです。まず、双方に弁護士が付いていること、かつ双方がオンラインに同意したときしか認められません。つまり、こちらが希望しても相手方が拒否したらできないのです。そもそも、家事事件手続のIT化は現在検討段階で、法案とさえなっていません。今回の民法改正案では施行は一年半以内とありますが、施行日に家事事件のIT化は間に合うんでしょうか。
また、現状の家事事件のIT化案件では弁護士代理の案件はないようですが、実際に産後間もないお母さんたちが弁護士を付けずにこなせるのでしょうか。法テラスで弁護士を付けるとしても、当然無料ではなく償還義務があり、DV被害者の生活実態からすれば弁護士の費用負担は大き過ぎます。
また、DV被害者であることの配慮や手続を裁判所にしてもらうためには、DV夫にもその主張が知られるため、逆上を恐れる余り、現実的には母や無戸籍の子は主張できないことでしょう。DV夫がオンラインに反対した場合は、結局そのDV夫と直接会うことになるのです。
このように、家事事件のIT化といったところで、実際の家庭裁判所の手続は使いづらく、当事者に元夫相手の法的手続を求めることは現実的ではありません。家庭裁判所で元夫を相手にするのではなくて、嫡出推定の例外として救済する範囲を広げ、前夫を絡ませない届出受理や司法手続を確保、拡大するしかないのです。
そう言うと、必ず、推定を受ける夫への手続保障として必要だと言われます。しかし、そもそも離婚した妻が自分の子を妊娠しているかもしれないという自覚が前夫にあるならば、別れた後も何らかの接触はするでしょう。生まれるまで知らないとか、何年も何十年もその存在を認識していないなどという事実自体が前夫の嫡出否認に相当するのではないでしょうか。
子の出生時は婚姻解消後なので子は前夫に家族として養われる生活も送らないにもかかわらず、生涯、子の嫡出推定が及び続けることに違和感を覚えます。そう思うには理由があります。私の相談者の中の二十六歳の成人無戸籍者が、この夏ようやく戸籍が取れる見込みになりました。前夫が死亡したからです。前夫が亡くなることを待たなければ戸籍が作れないという現実を委員の皆様にお伝えすることにちゅうちょがありましたが、そうした例は珍しくありません。それが無戸籍の現実だということを御理解いただければと思います。
続いて、離婚後三百日規定の温存についてです。
二十一世紀の今、妊娠期間を三百日と記したものは医学書から母子手帳までどこにもないでしょう。にもかかわらず、この規定を残すことの理由の一つが、法制審議会で専門家の意見を聞いたら妊娠期間が三百日になる人もいるということだったからとも伺いました。しかし、現実的に、法的離婚後三百日で出産する人はどれほどいるんでしょうか。その具体的数を示した上で立法はされるべきです。誠に希有な例外を実数も分からないまま基準とすることで、弊害の大きい推定を残してはいけないと思います。予定日を大幅に超える場合は、二〇〇七年の通達同様、医師の証明書で対応すべきです。
三百日、温存することで懸念されるのは無戸籍問題にとどまりません。医学的、科学的裏打ちされた通常の妊娠期間よりも一か月以上も長い推定期間を置くこと自体で、国家が離婚女性に対して性交渉の相手を前夫と公的に推定をし、離婚後一定期間は前夫の性的拘束下にあることを認めているという別のメッセージを世界に向けて発信することになります。
今年十一月九日の衆議院法務委員会では、葉梨前大臣が三百規定に関して、婚姻中にも不貞行為は自由だという形になってはならないので、やはり三百日という推定はあるんですよと発言しています。つまりは、三百日の規定は今回の改正でも不貞行為の抑止として、若しくは懲罰的効果として置かれ続けるのだという内容の発言です。法律が女性への差別を裏書したとも取られかねません。これは、日本の女性たちが直面するこの国の後進性とも関わるのです。
以上を踏まえて、私の意見をまとめます。
この改正案の趣旨説明や衆議院での質疑で、新旧大臣、法務省民事局長は、無戸籍ゼロを目標にし、それを実現するのが使命だと明確におっしゃっています。ならば、いつまでにゼロにするのか、そのためには原因ごとにどんな方策を講じる予定なのかというロードマップをしっかりと示すべきです。
今回、認知無効の訴えの出訴期間の改正に伴い、国籍法第三条第三項が新設され、国籍取得が無効になることで無国籍者が生じるのではないかと不安が広がっています。本来、この民法七百七十二条嫡出推定規定の改正とともに提出するべきは、存在そのものに対する排除が懸念される法律ではなく、七百七十二条以外の無戸籍者、そして無国籍になるおそれがある場合も含めて、まずは何よりも先に登録されるという法律的枠組みだったのではないでしょうか。
加えて、大臣も民事局長も、今回の法改正では不十分であることは認識しているとの見解を示し、経過を見た上で更なる法改正も必要であれば検討するとの発言もされています。断言しますが、取り残される類型があることが明らかである以上、このままでは更なる対応が必要となることは間違いありません。
法改正までとはいかずとも、例えば今回、嫡出否認権を母や子に拡大するならば、せめて外国法と日本法で嫡出が異なるときに行われてきた、前夫に確認なしで父欄に父未定と記載した上で母の戸籍に登録を認める、又は内密出産のガイドラインの応用を行い、首長の職権での戸籍作成など、今ある法的資源を駆使、運用することでも状況を改善することは可能だと思います。
今回の意見を述べる中では、登録制度としての国籍制度そのものの在り方への意見を述べることが時間の関係上できません。事実婚や同性婚、パートナーシップ婚など婚姻の在り方も、また生殖補助医療なども含めて、子供の出生に至る過程は既に多様化しています。その中で、子の父親が誰か、母は誰かを改めて検討しなければいけない時期は早晩やってきます。いえ、既に今その要請は高まっています。一刻も早く、現在の婚姻家族単位となっている戸籍編製や個人籍など、国民登録簿としての戸籍の改革について、予断を持たず、真剣な議論が開始されなければなりません。
無戸籍者たちの苦悩は、戸籍ができたから終わりではありません。そこから新たな闘いが始まります。学校に行けなかったこと、仕事に就けなかったこと、結婚できなかったこと、自分が誰か分からないこと。戸籍ができた後も、国家に拒絶をされたという強烈な体験は一生消えず、彼らの人生に大きな負荷を残し続けます。
無戸籍は、尊厳を傷つけられたというレベルの話ではないんです。戸籍ができた後も、彼らが貧困、人間関係、家族、職場での様々なトラブルに巻き込まれている姿を見ると、何よりも、登録され、社会がその存在を認め、共に生きるという覚悟をこの法改正においても示すことが必要なのだということを改めてお伝えして、私の意見とさせていただきます。
ありがとうございました。