阿部知子の発言 (環境委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○阿部(知)委員 果たして十分にそういう意味で地方自治体との情報共有や理解の促進が進んでいるのかどうかということで、私は懸念を持つものです。
皆様のお手元の一枚目には、先ほど参考人がお述べくださいました改正法制度の概要が述べてございます。これは大事な改正と思いますし、広く住民や知事の意見を聞くということもございますし、説明会の開催などもここには述べられております。
一方で、開いて二枚目、これは現在行われております明治神宮の外苑の再開発でございまして、このポンチ絵のようなものを見ていただきましてお分かりのように、大変高層ビル、百八十五とか百九十メートルの、のっぽの高層ビルが相並んで建てられて、景観も変わってまいりますし、その他もろもろ、自然系にも影響を及ぼすということでございます。この再開発ということは既に東京オリンピックの国立競技場の建築のときから始まっておりますが、ここに来て、いよいよそれが拡大をしておるさなかというところでございます。
では、さて、明治神宮外苑の歴史を遡ってみますと、ここは、今でいうクラウドファンディングというような形で全国約七百万人の方から寄附が寄せられて、筆頭には渋沢栄一さん、そして、お一人お一人からは、本当に個々人から、明治天皇あるいは昭憲皇太后の遺徳をしのんでということもございますし、多くの寄附が寄せられました。
続いて、三枚目を御覧をいただきたいと思いますが、これは、最近、山梨県の韮崎市の江戸から明治にかかる頃の蔵の中からいわゆる募金の名簿が見つかったという記事であります。山梨の民家に献金者名簿ということで、五月三十日の東京新聞の記事でございますが、これを読みますに、本当に、大正時代に、貧富を問わず、お金のある人も、それから、例えば十銭からの寄附というのがあって、それは、当時、おそばは、かけそば一杯が四銭だったということで、かけそば二杯分のお金も寄附されたというようなことが記録に残っております。
西村大臣は、明治神宮外苑がこうした経過ででき上がったということを、これまでも私もお尋ねしましたので御存じとは思いますが、改めて、こういう記事を御覧になってどのようにお思いでしょう。お願いいたします。