大島敦の発言 (経済産業委員会)

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○大島委員 一方で、難しいのは、国が関与することとなった場合、事業経営、とりわけ現場のモチベーションをどうやって維持していくのか。これは、国が関与しなくても、現場のモチベーションをどうやって維持していくのかということが大切だと考えています。
 これまで、日本の電力会社で働く社員には、現場主義を根底にして、自らが携わる発電プラントや送配電設備への帰属意識、責任感を強く持ち、それらの設備を象徴する会社への健全な愛社精神を持っていた人が多いと感じています。そして、そうした会社で一生懸命に働くことが、地域の安定供給、暮らしを支えることにつながるという公の心、気概を強く持っています。これは一朝一夕には育まれるものではなく、我が国が世界に誇るべき得難い財産であると思います。私が危惧するのは、電力自由化やその後の分社化等の動きによって、こうした風土が失われていくことでした。
 一方で、これまでの電力経営はどうだったでしょうか。現場たたき上げの幹部がマネジメントに十分携わる体制になっていたでしょうか。いわゆる下請、孫請の協力会社も含めて、組織を一体的に運営していくためのマネジメントが持てていたでしょうか。
 私は、土光敏夫氏、一九八一年、臨時行政調査会会長、一九六七年、日本経済団体連合会会長、この土光敏夫氏に経団連の会長だった時代にお仕えしていた経団連の職員の方から聞いた話がありまして、経団連会長として、他社であっても、事故が起きると、その会社の経営者、社長を、経団連までお越しいただいて、事故について詰問されたそうです。要領が得ないと、もう一度詳しい方を同行させて、事故の原因を聞いたそうです。
 こういう経営者が僕は必要だと思う。社長自らが細かい事故に対しても全部把握している。こういう経営者がいらっしゃらないと、なかなか原子力全体を任せ切らないかなと思っています。
 たとえ経営の安定が国によって制度的に保障されても、経営が現場の肌感覚で理解できなければ、動的な安全の確保を含めて、そこにリソースを十分に割き、様々な関係者のモチベーションに配慮した判断をすることは難しいと考えます。会社によっては、かつての総括原価の下でも、こうした問題が少なからずあったのではないかと考えています。
 このように、国がしっかりと責任を負う形を取りながらも、民間の能力、モチベーションを適切な形で活用する、経営の自由度とのバランスには気をつけることも肝要であり、そうした視点に立った事業環境の整備が必要と思います。
 具体的なイメージでいうと、例えば、これは私の考えですけれども、偶発的な事故を起こさないためにも、安全を確保するコストは国が責任を取る。特に、再処理、バックエンド等の国がより責任を負うべき事業については、国主導で責任を持って行う体制に組み替える。そして、その上に、現場からの乖離を防ぐために、原子力事業の運営については、私は、電力会社、プラントメーカー、下請会社など、従業員全員が一つの会社に出向するかあるいは社員になって、同じ身分で、同じ制度で、同じ制服で、指揮命令と責任を明確にして発電所の操業とメンテナンスに当たる。また、現在稼働していない原子力発電所の職員については、稼働している発電所での訓練により、動いている発電プラントでの経験値の維持を行うことが必要だと考えます。
 このように、まずは安全確保のコスト、バックエンドの責任は国が負う、同時に、現場主義で経験値を維持強化する運営体制をつくる、こうした複眼的な取組が今後も日本が原子力を活用していくならば確実に必要であるし、そうでなければ原子力の安全は維持できないと考えます。そのためには、国も電力会社の経営者も相当な意識改革が迫られることになると考えます。
 こうした、国が安全確保、バックエンドに果たす責任を強化するとともに、電力事業が現場と一体となった事業運営ができるような環境をつくり出す、そうしたシナリオを具体化していくことが求められます。もちろん簡単ではありませんし、今からしっかりと検討を始めるべきではないかと考えます。大臣の御所見を伺いたいと思います。

発言情報

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発言者: 大島敦

speaker_id: 9944

日付: 2023-04-12

院: 衆議院

会議名: 経済産業委員会