大島敦の発言 (憲法審査会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○大島委員 憲法審査会委員の大島です。
憲法審査会での皆様の御発言に、心より敬意を表します。
憲法改正と党議拘束の関係について、私の意見を述べます。私の考えに基づく発言であり、会派を代表しての意見でないことは御理解いただければ幸いです。
ふだん、私たち国会議員は、政党政治の下、政党会派単位で活動を行っており、法案の採決に当たっては党議拘束がかけられています。しかし、このふだんの政治活動のありようは、憲法改正議論には完全にはなじまないのではないかと考えます。
そもそも憲法とは、いかなる政党が政権に就いたとしても守らなければならない共通のルールを定めた国家の基本です。つまり、立法政策や行政統制をめぐる日々の政治を行うための土台を形作るのが憲法ですから、その改正議論は与野党対決型の通常の議論とは一線を画するものです。
したがって、憲法改正議論は、党派性を重んじながらも、与野党の枠を超えた個々の議員の識見の積み重ねによるべきだと考えます。
この点、我々には、かつて、党議拘束を外して採決に臨んだ経験があります。二〇〇九年の臓器移植法の制定、採決の際、死生観に関わる問題は政党政治では国民意識を酌み取りにくいとして、多くの政党で党議拘束が外されました。我々国会議員は、法案への賛否をふだんからよく考えて決めておりますが、このときは、党議拘束が外されたことから、特によく考えたこと、そして大いに悩んだことをよく覚えています。まさに個々の議員の識見が発露された瞬間でした。
臓器移植の在り方は個人の倫理観によるところが大きいことから、また、憲法改正は選挙で争われにくい国のありようを問うものであることから、いずれも個々の議員の識見によるべきだという点で共通しています。
また、憲法学においても、議員と国民の近接性が民主主義にとって重要であるとの見解があり、我々国会議員は、選挙区の人々との結びつきを強く意識せざるを得ない立場にあります。しかし、憲法改正議論に当たっては、選挙で自分に投票していただいた人も、そうでない人も、今を生きる世代も、将来生まれてくる世代も含め、国民のもろもろの各層全体を代表する立場であることを自覚した上で、個々の議員が日本のありようをよく考え、よく悩むことが欠かせません。
そのためにも、憲法改正原案の採決には党議拘束を外すべきとの意見を述べて、私の意見といたします。
私の考えに基づく意見であり、会派を代表しての意見ではないことは御理解いただければ幸いです。