長谷部恭男の発言 (憲法審査会)
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○長谷部参考人 本日は、このような場、話をする機会を与えていただきまして、どうもありがとうございます。
レジュメをお配りをしておりますが、時間の制限もございますので、この中全てお話をすることはできません。幾つかかいつまんでお話をすることにいたします。
まず第一、レジュメで申しますと2の1)になります。
参議院の緊急集会の実体的な要件といたしまして、憲法の条文には、衆議院が解散されたときという定めがあるわけです。このことから、衆議院議員の任期満了による総選挙、これが実施される場合に緊急集会を求めることができるか、これが論点となります。
そもそも、解散がされずに衆議院議員が任期満了となること、極めてまれなことではございますが、さらに、公選法は議員の任期が終わる日の前三十日以内に総選挙を行うことを規定をしております。したがいまして、任期満了によって衆議院議員が存在しなくなってしまうということは一般的には想定しにくいことではございますが、もっとも、極めて例外的には、任期満了直前まで国会の会期が続くということも理論的にはあり得ます。したがいまして、任期満了によって衆議院議員が存在しなくなるということもあり得るということにはなります。
こうした場合に内閣が緊急集会を求めることができないという説もございますが、ただ、こうした説は、衆議院議員の任期満了の期日は、これは解散の場合と異なりまして、事前に明らかであります。したがいまして、内閣として、当該期日までに必要と考えられる措置をあらかじめ講じ得るはずである、そのことを根拠としているものと考えられます。
ただ、もっとも、天災等事前に予測し難い危機が生じまして、そのために総選挙の実施に支障が生じるという場合には、例えば臨時会の召集までに日数を要する、これも理論的にはあり得ることだということになります。そうした場合に、内閣の独断専行を避け、可能な限り憲法の定める制度を活用して権力の抑制均衡を確保する、そのためには、衆議院議員の任期満了による総選挙の場合にも、憲法五十四条の規定を類推をいたしまして、内閣は緊急集会を求めることができると考えることが適切だと思われます。こうした考え方は、私の見るところ、現在では、学界では多数説と言うことができるのではないかと考えております。
そして、続きまして、レジュメですと4の項目に移らせていただきます。
最近のことですが、外国による武力の行使ですとか大規模自然災害等のために衆議院議員の総選挙を行うことが長期にわたって困難と考えられる事態におきましては、この場合、参議院の緊急集会ではなく、既に失職をした、あるいはこれから失職するはずの衆議院議員の方々の任期を延長することでこれに対処するべきである、これは憲法を改正してということになると思われますが、そういう議論があるということを伺っております。
こうした提案についてでございますが、第一に、そうした場合が果たしてどれほどの蓋然性で発生し得るのか、また、仮に発生し得るとして、長期にわたって総選挙を実施し得ないことを果たして事前に予測し得るという状況が、これもどれほどの蓋然性で発生し得るのかという論点があるように思われます。
重大な緊急事態が発生したために広範にわたる地域で総選挙の実施が困難となる、これは恐らくあり得ることだろうと思われます。ただ、そうした、これは条文の引用になりますが、「天災その他避けることのできない事故により、投票所において、投票を行うことができないとき、」については、衆議院議員の選挙を含めまして、公職選挙法が既に繰延べ投票の制度を設けております。
また、投票だけでなく選挙の実施そのものの延期が必要となる、これもあり得るかもしれません。ただ、その場合は、参議院の緊急集会が選挙期日を延期をする臨時特例等を定める法律で対処をすることとなるでありましょう。
解散の日から四十日という憲法五十四条の定める期限を超える延長となる、結果としてそうなるということも考えられますが、これは、土井真一教授が御指摘のとおり、法は不可能事を要求するものとは考えられませんし、また後で述べます、四十日という期限がなぜそもそも設けられているのか、この期限の趣旨からいたしましても、憲法はこれを容認をしているのではないかと私は考えております。
多くの選挙区で繰延べ投票や選挙の延期が行われる、これは好ましい事態でないことは確かでございますが、これまた理論的に申しますと、衆議院の定足数に当たる総議員の三分の一の議員の選出がなされれば、国会を召集して審議、議決を行うことは可能のはずであります。しかも、いずれの地域から選出された国会議員も全国民を代表しています。これは憲法四十三条が定めているとおりでございます。したがいまして、全ての衆議院議員の選出が終わらないまま、既に選出された議員のみで国会としての審議、議決を行うことに正当性がないとまでは言いにくいように私は考えております。
また、郵便投票制度の拡充等、自然災害などの場合に避難先からの投票を可能とするような公選法の改正、こういった制度改正を行うことによりまして、投票の繰延べですとか選挙自体の延期の必要な場面を減らすことも恐らくは可能でございましょう。
最高裁の判例は、選挙権の制限は、これは引用になりますが、「そのような制限をすることなしには選挙の公正を確保しつつ選挙権の行使を認めることが事実上不能ないし著しく困難である」、そういった場合にのみ許されるとしております。
憲法自体を変えてしまう以上は、現行憲法の規定を前提とする判例法理は妥当しないという主張はあり得ないではございませんが、緊急の事態におきましても、基本権、これは可能な限り十全に保障されるべきでございまして、正当な目的の下、必要最小限度においてのみその制約が許されるとの比例原則は、これはなお妥当するはずでございます。
選挙の実施が部分的とはいえ可能である以上は、緊急の事態においても、困難が解消され次第、可及的速やかに順次選挙を粛々と実施をするということが、基本権の観点からしても要請をされているはずでございます。
以上のような考察からいたしますと、総選挙の実施を長期にわたって先送りしなければならない状況、恐らく簡単には発生しないでありましょう。そして、そうした状況が実際に発生し得るかというと、かなり疑いを持ってもよろしいのではないかと私自身は考えております。
さらに、仮にそうした状況が万一発生し得るといたしましても、総選挙の実施を長期にわたって先送りせざるを得ないことを前もって予測をするということが果たしてどこまで可能なのかという問題もございます。理論的にはそうした状況が発生するということもあり得るではありましょうが、ただ、先のことは人間には基本的には分からないはずでございます。繰延べ投票等の実施も可能なのに、あたかも将来のことが確実に分かっているかのように総選挙の実施を長期にわたって先送りすることは、果たして国民の皆様の目にどのように映るか、そういう問題もあり得るように思われます。
レジュメで申しますと4の2)になりますが、こうした対処策、つまり緊急集会に代わるような対処策を取るべきでない理由は、実はもう一つございます。
これは、ドイツの憲法学者で憲法裁判所判事も務めたエルンスト・ヴォルフガング・ベッケンフェルデ教授が強調しておられる点なんですが、緊急事態に対処するための制度的対応に当たっては、あくまで臨時の暫定的措置にとどめるべきだということを教授が主張しておられます。
現行の憲法五十四条の定める参議院の緊急集会による対応は、これは条文自身にもありますとおり、限られた期間しか通用しない、臨時の、しかも措置であります。前にも述べましたとおり、緊急集会の権限にそもそもの限界はあります。そして、緊急集会を行い得るのは暫定的な臨時の措置である、このことは、権限にそもそも限界があると考えられてきたことと対応していると思われます。
これに対しまして、衆議院議員の任期を延長いたしますと、そこには、総選挙を経た正規のものとは異なる、言ってみれば異形のものではございますが、国会に付与された全ての権能を行使し得るある種の国会が存在をする。そこでは通常の一般的な法律が成立をすることになります。そうなりますと、言い方が問題かもしれませんが、緊急時の名をかりて、通常時の法制度そのものを大きく変革する法律が次々に制定されるリスクも含まれているということになりかねません。悪くいたしますと、任期の延長された衆議院と、それに支えられた従前の政権とが長期にわたって居座り続ける、緊急事態の恒久化を招くということにもなりかねません。
こういった緊急事態の恒久化を防ぐためには、平常時と非常時とは明確に区分されるべきでございます。
他方、参議院の緊急集会による緊急事態への対処、これは、平時の状況が回復したときは可及的速やかに通常の制度へと復帰することが予定されている、そういった制度であります。繰り返しになりますが、将来の状況を確実に予測することは極めて困難でございますので、平常の事態に長期にわたって戻ることはないと予断をしてしまうべきではないのではないかと考えられます。
これに対しましては、現行憲法の規定は、緊急集会が長期にわたって継続することは想定していないのではないか、そういった疑問もあり得るところです。確かに、憲法五十四条の規定を素直に読みますと、緊急集会は、解散後四十日以内に行われる総選挙までの期間、あるいは、長く考えたとしても、新たな国会召集までの最大七十日間にしか求めることができないかのようでございます。
しかしながら、今議論の対象となっておりますのは、国家の存立に関わるような非常の事態でございまして、通常時の論理がそのままの形で通用すると考えるべきではないとも思われます。そうした非常の事態の対処に当たりましては、あらゆる考慮要素がくまなく総合的に勘案されるべきでありまして、特定の論点、特に日数を限った規定の文言にこだわって、それを動かし得ない切り札であるかのように捉えて議論を進めるべきではないのではないかという、そういうわけです。
そもそも、憲法五十四条が四十日そして三十日と日数を限っているのはなぜかと申しますと、解散後も何かと理由を構えていつまでも総選挙を実施しない、あるいは総選挙の後いつまでも国会を召集しないなど、現在の民意を反映していない従前の政府がそのまま政権の座に居座り続けることのないようにとの考慮からであります。同様の規定は各国の憲法にも見られます。
緊急集会の継続期間が限定されているかのように見えるのは、その間接的、派生的な効果にすぎません。にもかかわらず、結果として緊急集会の継続期間が限定されているかのように見えることを根拠といたしまして、従前の衆議院議員の任期を延長する、そしてさらに、従前の政権の居座りを認めるというのは、まさに本末転倒の議論ではないかとの疑いもあり得ます。条文のそもそもの趣旨、目的は何なのか、何が本来の目的で、何がその手段にすぎないのか、その論点を踏まえた解釈が求められているように思われます。
緊急の事態に参議院の緊急集会で対応するということには、今も申しましたとおり、平常時と非常時とを明確に区別をする、それとともに、緊急集会ではあくまで暫定的な臨時の措置のみが取られる、そして、選挙を経て正規の国会が召集され次第、その当否が改めて審議、決定されるものである、このことを国民に広く示す、そういった意味がございます。
このように考えていきますと、現行憲法の定める参議院の緊急集会制度は十分な理由によって支えられた制度である、そういうふうに考えることができるわけでございまして、これに新たな制度を追加する必要性、これはにわかには見出しにくいのではないかというふうに私は考えているところでございます。
以上で私のお話は終わりです。どうもありがとうございました。(拍手)