井原巧の発言 (総務委員会)

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○井原委員 皆さん、おはようございます。自民党の井原巧です。どうぞよろしくお願い申し上げます。
 まず、冒頭でありますが、去る二月六日に発生しました、トルコ南部のシリア国境近くで起きた、マグニチュード七・八と言われておりますが、地震によりまして、今日現在でも、もう四万人を超える方々がお亡くなりになったというふうに報道を聞いております。亡くなられた皆様方に心より御冥福と、そして被害に遭われた皆様へのお見舞いを申し上げたいと存じます。
 それでは、質問に入りたいと思います。
 私自身は、政治家としての経歴ですけれども、県議会議員と、もう一つは平成の大合併のときにちょうど市長になりまして、これまで政治を積んできましたので、大体地方自治の現場で政治歴があるということになります。平成十六年からちょうど合併新市の市長になりましたが、その当時のことをちょっと思い出します。
 中司さんも同じに市長を一緒にやっていましたけれども、日本は、ある程度住民サービスが当時全国に均等に行き渡ってきたというような認識の下、地域によって住民ニーズの優先度がおのずと違ってくる中で、住民に最も身近な地方自治体がサービスを展開する方がより豊かさが実現できるということの理念で、地方にできることは地方でとか、国から地方へのひもつきの補助金や負担金の廃止、縮減等が地方から求められてまいりました。いわゆる地方分権とか、当時、地域主権というような言葉、あるいは道州制等も国会ですごく議論された時代でもありました。
 そのサービスを実施できるだけの受皿も必要だろうということで、行財政改革という世論の求めもありまして、平成の市町村合併が進むことになった、そういう時代でありました。
 その結果、三千二百余りの市町村が千七百ほどに今約半減したわけであります。特に私の愛媛県は非常に優等生で、六十の市町村がありましたけれども、今はもう村がなくなりまして二十の市町に再編されたということであります。
 当時の議論としては、国と地方の税収の比率は、国が三で地方が二、六対四だったんですね。ところが歳出、いわば仕事の量を言うと、国が二でそして地方が三ということになっておりまして、もうこの差異をできるだけ埋めるべきだというような議論がありました。いわゆる三位一体の改革というものでありましたけれども、平成十六年から三年間で、当時確かに税源の移譲が進みました。平成十九年には、国税である所得税が減税されて、地方税は住民税が増税され、約三兆円の収入増にはなりました。
 ところが、国庫補助負担金がその三年間で約四・七兆円、地方交付税が約五・一兆円減額され、いわゆる地財ショックというものが当時起こりました。多くの自治体が、合併の当初経費が生まれていたときだけに、それが非常に追い打ちとなりまして、極めて地方財政は困窮し、私の市でも、市長や職員の給与、補助金カット等に本当に苦しみました。時代の変化に対応した政策などは打ち出せるような状況になかったということを今でも覚えております。
 それでは、今はどうだろうかということでありますが、少なくとも、当時と比べて、都市と地方の格差は、広がるにせよ、縮まっているとは残念ながら感じられておりません。それは、人口減少や少子高齢化による社会構造の変化が更に地方から都市への人口流出を生み、格差が広がっているように感じるからだろうというふうに思います。そのためにも、地方こそ国の政策に更に上乗せするようなこれら対策を今こそ打たねばならず、地方への自由度のある財源支援は極めて重要だ、こういうふうに考えているわけであります。
 そこで、地方財政計画についてお伺いしたいと思います。
 地方自治体からは、地方が自由に使える一般財源総額の確保、その中でも、地方交付税総額の確保と臨時財政対策債の発行抑制について強く要望がなされてきておりますが、令和五年度地方財政計画はこうした地方の声に応える結果になったのか、その特徴と評価について、松本大臣にお伺いいたします。

発言情報

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発言者: 井原巧

speaker_id: 22249

日付: 2023-02-16

院: 衆議院

会議名: 総務委員会