岡部信彦の発言 (内閣委員会)

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○岡部参考人 川崎市の健康安全研究所の岡部と申します。
 今日は、こういうような機会を与えていただきまして、ありがとうございました。
 私は、元々、小児科の臨床を長くやっていたんですけれども、国立感染症研究所が予研というところから組織が変わったときに感染症情報センターが設立され、そこに異動して、長い間、感染研にいて、今、現在の川崎市の健康安全研究所におります。
 私が国立感染症研究所にいる間に、まさに、二〇〇三年のSARSであるとかエボラであるとか、あるいは二〇〇九年の新型インフルエンザ対策、実際にそのときは対応に当たって、まさに特措法の作成というようなところに当たっていたものですから、そのときのことを含めて、感染症対策についてちょっとお話をしたいと思います。
 お手元にカラー刷りをしていただいた資料がありますけれども、最初、めくっていただくと、当時の二〇〇九年の日本の新型インフルエンザ発生のとき、パンデミックというふうに言って社会は騒然としたわけですけれども、しかし、蓋を閉じてみれば、死亡率は世界でも最低の方でありました。それは、恐らくは多くの方が、一般の方を含めてよく注意をして、今、マスク、手洗い、うがい、ソーシャルディスタンスなんて言われますけれども、個人衛生のレベルがふだんから高い国である、そして、医療機関へのアクセスが容易で、医療費も安い、大変だったんですけれども、多くの方が結局真面目に取り組んだという結果だと思うんですが、下に赤字で書いてあるように、当時は通常の医療体制で何とかやることができた、しかし、それを超えたときにどうしようという話が、その当時の大きい反省点でもありました。
 めくっていただきますと、これはいろいろなところで資料になっていますけれども、当時の金澤一郎教授が新型インフルエンザに対する対策の総括会議というのを行いまして、私とか尾身さんなんかがその中のメンバーに入っていたんですけれども、提言ということを、ここに書いてあるようなことを出しました。
 病原性等に応じた柔軟な対応であるとか、迅速、合理的な意思決定システム、地方との関係、それから感染症危機管理に関わる体制の強化、先ほど大曲先生がおっしゃった人材の育成が必要であるというようなことも、このときから申し上げていました。そして、法整備ということが、これが特措法につながったわけでありますけれども。
 ここは、いろいろないい提言をやったつもりなんですけれども、しかし、残念ながら、全部が生きているわけではありません。それが今回の発生のときに、非常に痛恨の思いをしたんですけれども。ただ、我々も反省をするわけですけれども、これを見直す機会というのがなかった。提言をしたものについて、どういうふうに行われた、あるいは、行われなかったのであればどういう理由があったのか、やはりそういうことを見直す機会が是非必要ではないかというふうに思います。
 したがいまして、今回も、永井先生たちの有識者会議から提言ができて、今回の法改正その他に恐らくは結びついていったと思うんですけれども、それについてどこかでちゃんと検証する、一定の期間に検証するということをしていかないと、この次のパンデミックに備えることができないのではないか、そう思う次第です。
 もう一つめくっていただきますと、これもいろいろなところで資料が出ているので御存じだと思いますけれども、そのときの、法整備をするということで新型インフルエンザ等対策特別措置法というものができたわけですけれども、その下の方に、緊急事態が起きたときにいろいろなことができるというような規定ができたわけです。しかし、これは多くは要請であって、命令とかそういうことではなく、それから、いろいろな要請をしながらも、もし何かあったときの救済であるとか補償であるとか、あるいは守られなかったときのペナルティーであるとか、そういうことが一切なかったわけです。
 しかし、当時、そのときは、そういったような強権的なことをやることについていかがなものかという疑問があちこちから呈されて、いろいろな議論の結果、こういうことになったわけですけれども、今回、これが動き出すときも、しかし、それは一体どういう権限があるのか、何か起きたときに、それに対する補償、救済はいかがなものかというような議論があって、小さい改正を繰り返してきたというような経緯があります。
 次のページを開けていただきますけれども、これは今、私たちが使っている感染症法が一九九八年に施行されたときの、それの前書きであります。これは今でもその法文の前に書いてあるんですけれども、赤字で書いてあるように、新しい感染症に対する対応をやらなくちゃいけない。
 しかし、三つ目のポツにありますけれども、一方、過去にハンセン病あるいは後天性免疫不全症候群、HIV、エイズですね、こういうようなところで、これが発生したときに、いろいろな差別、偏見、誹謗中傷といったようなものが出ました。したがって、こういったようなものに対して、そういう事実をしっかり受け止めて、今後に、そういうことがないように。そのために、四つ目のポツにありますように、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速に、適確に対応することが求められる。
 これはずっと私は生きていくべきことだと思いますけれども、往々にして、大変な状況だというようなところに社会がなったときに、うっかりするとここが無視されるということがあります。もちろん、迅速にやらなくちゃいけない、あるいは、適切な対応をするということと同時に、やはりこういったようなことのバランスがいつも取れるような、そういったようなことにこれからもしていただきたいなというふうに思っております。
 その次のページにありますのは、これが発生したときの経緯がるる書いてございます。一番右側の方には、緊急事態宣言発令というものが出たんですけれども、世の中が騒然とする間、しかし、一番左の方に赤い字で書いてありますのが、原因不明の肺炎として分かったけれども、二週間、三週間ぐらいで新しいウイルスが出てきた、これが公表されました。また、それのウイルスの遺伝子というものは、それまでは何か月もかからないと分からなかったのが、一週間で配列が公開された。私たちはそれを使ってPCRという検査がすぐにできるようになり、また、ワクチンの研究者たちは、これを見て、今使われているメッセンジャーRNAワクチンの開発に取り組み、一か月後には動物実験まで入ったというようなものがあります。
 我が国でもPCRの技術はもう普通に使えるものでありますけれども、しかし、たくさんの患者さんが出たときにこれをどこでやるのか、その費用はどうなるのかといったようなことの規定がなく、また準備もなかったというのがあります。
 ワクチンの研究も、私はワクチンを長い間やっているんですけれども、ワクチンの研究は十分できていましたけれども、それを実際の製品にできるかどうか、そういったようなことが乏しかったことが我が国がワクチンの開発に遅れたというところでありますけれども、やはり、こういうような基礎研究を常に行えて、何かのときにはそれが通常どおりに動かすことができるということが重要であります。
 その次のページのところに、緊急事態宣言の意味と書いてありますけれども、世の中はロックダウンというようなことがこのときに聞こえて、非常に生活が脅かされるのではないか、もちろんそれはそうであるので、できるだけこういうことはやらない方がいいわけでありますけれども、医療の中では、やはり重症な方に対する適切な医療ができて、その医療というのは尊厳ある医療でないといけないと思います。みとりも当然ありますけれども、尊厳あるみとりをやって、なおかつ通常の医療の維持ができている。
 そのためには、感染を広げない工夫が必要なんですけれども、これができていれば緊急事態宣言なんというのは要らないわけですけれども、これらができているかどうか、これが一番、私は、当時も緊急事態宣言をやるときのポイントであって、単に数あるいは状況だけで判断するのではなくて、本当に医療が逼迫するような状態では、これは多くの方に迷惑がかかるので、そういうときがきっかけではないかというようなことを考えておりました。
 次をめくっていただきますと、そこにはハンマー・アンド・ダンスという言葉があります。海外でよく使うんですけれども、都市封鎖、ロックダウンというようなことが、いわば大きいハンマーでがあんとたたくわけですけれども、ちょっとよくなるとダンスのステージになるというようなことの繰り返しが感染症では起きることがあるということですけれども、日本はこれを、都市封鎖のような形は取れませんので、また取りませんので、緊急事態宣言といいながらも、海外に比べると緩いと言われました。しかし、その結果としては、何とか抑えることができているところもあるわけですけれども、感染症の広がりはそれを上回ったわけであります。
 次のページには、ノンファーマスーティカル・インターべンションという言葉が書いてありますけれども、三密を避ける、マスク、手指衛生、ソーシャルディスタンス、これは非常に古典的なやり方でありますけれども、一定の感染症を抑える効果はあります。つまり、医薬品によらない介入でありますけれども、しかし、医薬品はやはり必要でありまして、それが出てくることによって、医薬品による介入。しかし、これはやはりいつでも両方要るものであって、今の少し落ち着いた状態であっても、感染症を基本的に避けるという方法は、これは忘れてはいけないことになります。
 加えて、次のページになりますけれども、いわゆるファーマスーティカル・インターべンション、医薬品が出てきた、つまりワクチンが出てきたというのは、大変大きいツールでありました、大きい武器でありました。そのために、次第に緊急事態宣言というのは、あるいは蔓延防止も、やるかやらないかというような議論がありましたけれども、そうなってくると、感染症対策というだけではなくて、私権制限をどの程度にするのか、あるいは教育機会が奪われてしまう可能性がある、社会経済をどういうふうに動かすか、こういうようなところのバランスが重要になりました。
 どうなるとウィズコロナかというのは、二〇二一年の三月に、私がここに書いたところなんですけれども、次のページにありまして、ここにるる書いてありますけれども、真ん中の辺りに、やはり、できるだけ広げない工夫、人々の注意、それから、重症者に対する適切な医療、軽症者は外来治療ができる、そして通常の医療の維持ができれば、これがウィズコロナではないかと思うわけです。今、このフェーズには入りつつあるときであるというふうに思うわけですけれども、しかし、それは注意をしなくてもいいということではなくて、やはり注意をしながら普通の生活をするということではないかと思います。
 次のページを開けていただきますと、パンデミックの対応戦略ということが書いてあります。Aとしては、封じ込める、例えば中国のようなやり方。それから、Cの方は、被害抑制と書いてありますけれども、感染者数よりも重症者に目を向けるんだということが、例えばスウェーデンのやり方。日本はちょうどその中間のところでありますけれども、感染者数をできるだけ抑制して、死亡者数を一定数以下にとどめる。でも、この右側の矢印が上下にありますように、常にそれは医療負荷と、それから社会経済活動との取引といいますか、両方のトレードオフをやるということになります。
 しかし、こういうポリシー、基本的な考え方というのは非常に大切で、それによっていろいろな戦略が出てくると思うんですが、私が思うには、残念ながら、そのポリシーの決定と表明、実行を行うような、司令塔と言われるようなところがどうも明瞭ではなかったような気がします。やはりそういうところを、常日頃からこういうところの訓練をやるところが必要ではないかと思う次第です。
 次をめくっていただきますと、感染症対策の基本的なことは、これはいつでも同じですけれども、右側の下にあるような、早く見つける、サーベイランス体制といいますけれども、これをしっかりやっておくということ。そして、それを見た場合に、リスク分析を行うということ。それに対する適切な対応をして、その結果として日常の予防策につなげるわけですけれども、ここにはリスクコミュニケーションという言葉が出てまいります。ただし、私はリスクのところに括弧をつけたんですけれども、コミュニケーションというのは、片っ方から説明するだけではなくて、両方の話をしながら進めていくということであり、これが日常から行っていかなくちゃいけないことであるということになります。
 次のページですけれども、したがいまして、医薬品によらない介入、医薬品による介入、加えて社会経済への介入が必要になってくるわけです。つまり、病気ではありますけれども、医療的な処方箋だけではなくて、社会の病としての社会への処方箋が必要になってくる。これが、医療、個々の医療、それから公衆衛生、行政、そして社会にとって必要な法律の整備であろうというふうに考える次第です。
 一番最後ですけれども、これはいろいろな経緯のことではないんですけれども、私の感染症の大先輩である相楽先生という方が亡くなられたんですけれども、十年ぐらい前にこんな話をしていました。みんな忘れているけれども、感染症は本当は怖いものだ、でも、その怖さというのは知っていれば抑えることができるということもみんな忘れているというようなことを私に教えていただきました。
 私は、この言葉をもって、これから先の感染症対策も続けていきたいと思います。
 以上です。ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 岡部信彦

speaker_id: 21694

日付: 2023-03-17

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会