齋藤梓の発言 (法務委員会)
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○齋藤参考人 本日は、よろしくお願いいたします。
私、性暴力の被害に遭われた方の心理について研究をしております、上智大学総合人間科学部心理学科の齋藤梓と申します。また、同時に、公益社団法人被害者支援都民センターにて、性暴力を含め、犯罪の被害に遭われた方の支援に携わっております公認心理師、臨床心理士でもあります。本日は、研究や臨床で得られた知見を基に、改正案に関する意見を述べさせていただきます。
基本的に、私は、今回の改正案に賛成をしております。私はずっと、様々な事件に関わる中で、なぜ、明らかに性犯罪だと思われるのにもかかわらず、届出の不受理や不起訴や無罪が生じるのだろうと理不尽を感じていました。もちろん、証拠には様々なものがあることは存じております。しかし、いろいろな司法判断や判決に接する中で、被害者心理に関する知見と司法での社会通念を基にした判断の間に乖離があることを感じておりました。人生の危機に直面した人の心理を、なぜそうではない通常の場合の心理を基に判断するのかということに不思議に思ったことも度々ございます。
今回の改正案は、その全てを解決するものではありませんが、それでも以前よりも格段に被害の実態に即していると期待しております。
お手元の資料のスライド二を御覧ください。
まず、前提として、性暴力被害は、精神的後遺症の大きな出来事であることが分かっております。本当に膨大にございます研究の一部でございます、そこに書かれておりますのは研究の一部でございますが、被害後、PTSDになるリスクも、うつ病やアルコール依存、薬物依存になるリスクも上がります。性的被害経験のある学生は、被害経験のない学生と比べて、自己報告のレベルでは、自殺企図のリスクが女性で四・七倍、男性で九・七六倍上がるという調査結果もございます。
スライド三を御覧ください。
日本で行われました調査でも、性暴力被害経験がある場合、自殺企図のリスクが高まったり、死にたい、消えたいという気持ちになることが分かっています。
性暴力の被害は、その人の意思や感情をないがしろにする暴力です。性的な行為をする場合、体が触れる場所は、非常にプライベートな場所です。時には命に関わる可能性のある場所です。安全に関わる行為ですので、いつ、どこで、誰と、どんな性的な行為をするかは、自分が決めてよいことのはずです。
しかし、性暴力では、その人の意思や感情はないがしろにされます。被害を受けた方が、人であるならば、嫌だと言ったら聞いてもらえると思った、でも、聞いてもらえず、自分が何を思っているかは相手に関係がないんだ、自分は性的なものなんだと思ったとおっしゃることがあります。
人は、意思や感情を持つ存在のはずです。その意思や感情をないがしろにすることは、被害を受けた人の尊厳や主体性を傷つける行為です。意思や感情を持つ一人の人として生きる根幹を揺るがす行為です。
親密な関係の中で行う性的な行為と心身に深刻な影響を与える性暴力とを分ける大切なこととして、意思や感情が尊重されているかという点があります。ですから、今回、同意しない意思の形成、表明、全うが困難な状態という文言になったことは重要なことだと考えています。
不同意性交等罪について述べるに当たり、現在までに分かっております、被害に直面したときの人の心理について述べます。お手元の資料のスライド四を御覧ください。
そちらに書かれておりますのは、まず、恐怖や不安を利用した場合です。人は、予期せぬ出来事や恐怖を感じる出来事、自分の身の安全を脅かされる出来事に直面すると、まず、体が凍りつくフリーズ反応が起きます。まず頭が真っ白になって、その後、逃げられるだろうか、闘えるだろうかと、意識的、無意識的に判断をする、逃走と闘争の反応と言われますが、そういったものが起きます。
こうした場合、ふだん取らない行動を取るということはリスクが高く見積もられるので、相手を振り切って逃げる、相手に攻撃をするという選択肢は、失敗したときに更に危険が迫るため、取られにくいという傾向がございます。あるいは、ノーと言ってみるということはあるかもしれません。しかし、多くの場合、それは聞き入れられません。
逃げることも闘うことも成功しなさそうである場合、意識はあるけれども体が動かない、意識はあるけれども声を出すことができない、強直性不動反応というものが生じることが分かっております。又は、相手に従順にしていればこれ以上ひどいことをされないと思えば従順にしますし、友好的に接することで危険が回避できるならば友好的に接します。それは、受け入れているということではなく、人も生き物ですので、命の危険を避ける、身の安全を確保するための、選択せざるを得ない方略です。そして、選択せざるを得ないような状況は、容易に生じさせることができます。
例えば、暴力や脅迫がなくとも、分かるよねという一言などで恐怖を感じさせることも、少しドアを強めに閉める、怖い顔をするなど、そのときのちょっとした動作で恐怖を感じさせることも可能です。あるいは、予想していなかった状況に驚き、体が動かなくなることもあります。障害を有する方の場合には、その方一人一人の障害の状態にもよりますが、例えば介助者は容易に相手を危険にさらすことができるかもしれません。そのような恐怖や不安を感じる状況では、同意しない意思の表明が困難となったり、あるいは、表明はされたとしても、それが全うされることが困難になり得ます。
あるいは、そうした、直前に恐怖や不安を与えなくとも、同意しない意思の形成や表明、全うを困難にさせることは可能です。例えば、そもそも継続的な暴力があった場合には、既に、逆らってはいけない、自分は逆らうことができないという心理状態が形成されているため、同意しない意思の形成も表明も困難となります。
また、アルコールや薬物で酩酊状態であれば、酩酊の程度によっては、やはり意思の形成や表明は困難になります。眠っているときには、そもそも意思の形成はできず、表明もできません。
さらに、自分の所属しているコミュニティーにおいて、相手が自分より力を持っている場合には、その人の不興を買ってしまったら、自分はそのコミュニティーにいられなくなるかもしれません。社会的に地位が上の人に明確にノーと言うことが難しいのは、ノーと言うことが自分の生活や人生を壊しかねないからです。あるいは、祖父母やきょうだい、いとこから性行為をされて、拒否をすることは、親族や家族を壊すことになるかもしれません。そんな状況で、同意しない意思の表明や全うは極めて難しいことになります。
このように、同意しない意思の形成、表明、全うが困難な状態は、多様な方法で、その状態をつくり出すこと、その状態を利用することができます。本日は、時間の関係もございまして詳細な例を述べることができませんが、不同意性交等罪、不同意わいせつ罪が成立し、その運用が被害者心理の実情に沿った適切なものとなるよう、被害者心理に関する理解を深める研修を徹底いただきたく思います。
次に、性交同意年齢についてです。
これまで、十三歳、十四歳の子供たちが大人に手懐けられ、この人に嫌われたら生きていくことができないと、逆らう状態にさせられて被害に遭うということは多く存在しました。しかし、私が関わった事案では、起訴に至らなかった事案も多くございます。その子たちが、それから先の将来、進路をたがえたりですとか、思うように生きられなくなったにもかかわらず、起訴に至らなかった事案は多くございます。
スライド五に示しましたが、性的行為に同意するためには、行為の性的な意味を認識する能力、行為が自己に及ぼす影響を理解する能力、性的行為に向けた相手方からの働きかけに的確に対処する能力の三つが必要であると法制審議会の部会で検討がされました。先述しました手懐けなどはまさに典型的ですが、中学生くらいの子供が大人からの巧妙な働きかけに自力で的確に対処することは困難です。
また、性的な同意とは、強制力のない、対等な関係性があって初めて成り立ちます。発達途中の子供にとって、能力の差、人生経験の差、利用できる社会的資源の差は、五歳離れていたならば十分に大きく、およそ対等とは言えません。もちろん、二歳差、三歳差でも十分に大きなものです。
性行動に関する調査では、十四歳など若年の子供が性交を経験した場合、その後、避妊をしない、アルコールを飲んでの性行動を取る、不特定多数との性行動を取るなど、ハイリスクな性行動を取るリスクが上がるという結果も見られています。それは、つまり、二の、行為が自己に及ぼす影響を理解する能力がまだ十分ではないという結果です。
このように、同意に関する能力がまだ発達途上である対象に性的な行為を行うということは、相手を一人の人間として尊重しているとは言い難いのではないかと思います。法制審議会の部会でも、十三歳の子供と十八歳の成人の例が述べられていましたが、性的同意とは何か、どのようなときに成り立つのかの周知徹底をいただきたく思います。
子供のことについて、公訴時効も述べさせていただきます。
私自身が行った調査では、子供は、幼いときは、自分がされていることがどのようなことか分からず、中学生ぐらいで、ああ、これは性的な行為というものかもしれないと思い至っても、それが性暴力であるという認識はできず、人に相談すべきことだということが分かりません。この分からない、相談できない間に時効までの時間が進んでしまうことは、とてもアンフェアだと感じますし、理不尽なことだと感じます。
私だけではなく、ほかの、性暴力被害の被害者の支援に関わる人たちは、子供の頃に被害に遭った人が、三十代、四十代になってやっと相談にいらっしゃるということに度々遭遇します。もちろん、届け出たとしても、起訴されるには証拠などが必要ですし、時間がたてばたつほど証拠が散逸する可能性が高いことは分かります。それでも、本改正により、被害に気がついたとき、やっと被害を人に言えたときには、届け出る権利さえない、そうした事態が少しでも減ることを願っております。
しかし、一点、公訴時効の点では述べさせていただきたいこともございます。
法制審議会刑事法部会のときにも、内閣府の調査を基に時効の延長を五年という意見がございました。しかし、その調査はそもそも、六割の人は調査時点まで誰にも相談していないというデータです。この内閣府の調査の解釈の仕方は検討する必要があるかと思います。改正の前提となる根拠が不足しているということで延長が五年にとどまるとするならば、今後、今回改正から一定期間後に見直しをするまでに、国として適切な被害開示についての調査を行い、エビデンスを積み重ねていただきたいと思います。
調査でいうならば、司法面接の適切な運用、性的面会要求の罪、撮影罪なども、改正された際には、どのような運用がされているか、そして、法律の枠内にとどまらず、実際にどのような実態があり、どのような問題が存在しているのか、調査を重ねていただきたいと考えております。
今回の改正で、会議に参加されていた皆様方は、被害の実態に真摯に耳を傾けてくださったと感じています。被害当事者の方々や支援者が声を上げ、社会にも性暴力被害の実態が知られるようになってきました。しかし、日々性暴力の事案に触れている私自身さえも、見えていない実態というのはまだまだたくさんございます。性的面会要求の罪や撮影罪の周辺には特にこれまで予想もしていなかった被害が発生しています。
国が、社会が関心を持ってこなかった結果、被害の実態が把握されず、加害者に理不尽にも傷つけられた人が司法の場で理不尽な事態に直面するといったことをなくすためにも、調査を重ねて、実態を理解する研修を重ねていただきたいです。
また、今回の法改正の適切な運用には、性的同意とは何か、性的同意の成り立つ対等な関係とは何か、人々が知っていく必要があると考えております。それはひいては、お互いを尊重する人間関係について学ぶということです。子供たちへの、対等性ということを含んだ性教育はもちろんですが、大人が性教育を知らないので、大人への啓発も力を入れていただきたく思います。
しかし、それでもなお、残念なことに、性暴力は発生するのだろうというふうにも思っております。性暴力の被害に遭った方が、当たり前に、適切に支援を受けることができる社会になるということを切実に望んでおります。
本日は、意見に耳を傾けていただきまして、誠にありがとうございました。これで意見を終わらせていただきます。(拍手)