猪瀬直樹の発言 (経済産業委員会)

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○猪瀬直樹君 いずれにしろ、二〇三〇年の電源構成においては、地熱の百五十万キロワットというのは間に合いません。今、だから、町おこしエネルギー会社とかいろいろ頑張ってもらうんだけれども、今のやり方では無理ですし、そもそも間に合わないと分かっていても何もやらなかったということが問題なんです。
 僕があえて今ここでお話しするのは、「昭和十六年夏の敗戦」という本、西村大臣も御覧になっていますよね。これ、石破さんが前、菅直人首相にこれ読んだかってやっていましたよね。それから、二年ぐらい前に、自民党の中央政治大学院で、中谷元さん主宰の勉強会で、ここでも僕はこの「昭和十六年夏の敗戦」の説明をいたしました。
 これ何が一番問題なのかということを改めて申し上げますが、御存じのように、一九七三年にオイルショックがあった。オイルショックがあって、日本は本当にどうしたらいいか分からなくなった。そのときに、オイルショックがあって、じゃ、未来のエネルギー計画を考えようじゃないかと。これが、一九七四年に資源エネルギー庁ができたんですよ。そのときにサンシャイン計画というものを作った。太陽光、原子力、地熱、それから油母頁岩って、オイルシェールですね。今オイルシェールできるようになりました。今メタンハイドレートって話あるけど、その当時はまだ挙がっていないんだけど、オイルシェールは二、三十年以上先だと言われていて、今のメタンハイドレートが何十年先だと言われているのと同じようなもの。それで、何十年先にはできるんです。それもあった。それできるようになっている。そういう、すごくサンシャイン計画って、物すごいやっぱり、日本はこれからエネルギーをちゃんとやっていくんだという、わざわざ資源エネルギー庁つくった。
 そういうことで、そのときに、石油が入ってこないということで、日本はまだ九州や北海道に炭鉱が残っていたんで、石炭を液化するというのも入っていたんです。石炭液化って一体何なのかというと、石炭に圧力を加えて石油を作るということなんだけどね。僕は、そのときに資源エネルギー庁のいろんなメニューを見てなるほど、なるほどと思っていて、石炭液化というのをちょっと調べていたら、昭和十二年に日本人造石油事業法というのができていて、昭和十二年、そのときに、人造石油というのは石炭液化のことなのね。要するに石炭から石油を作る、そういう事業法を作っていて、大変な予算を付けて、七か年計画で、昭和十二年から作っていって七か年だから、まあいいや。それで、昭和十六年ぐらいの段階では百二十万トンぐらいできると、そういう予想だった。
 この「昭和十六年夏の敗戦」の話だけど、昭和十六年の四月に総力戦研究所ができた。総力戦研究所ができて、そしてアメリカと戦争やったらどうなるかというシミュレーションをやるんですね。そのときに、まさに皆さんのような若い官僚が、三十代前半の若い官僚が集まって、読んでいますよね、そういう、そして民間人から、民間からも集まって、三十人ぐらいで模擬内閣をつくるんです。そして、将来商工省なら商工省の事務次官になる、将来大蔵省の事務次官になる、あるいは将来陸軍大臣、陸軍省のトップになるというふうな、陸軍大尉あるいは海軍少佐、軍人は少ないんですけど、あるいは大蔵次官、いろんなまあ、あるいは日銀総裁、実際、その日銀総裁になると思われた人は将来日銀総裁になっていますから、そういう人ばっかりを三十人集めて、三十代前半の優秀な、で、シミュレーションをやるんです。このシミュレーションをなぜやったかというと、エネルギー問題だったんですね、基本は。つまり、アメリカから石油が入ってこない、八月一日から石油禁輸になりますから。そのときに我々はどうしたら生き残るんだというテーマになるわけです。
 そこで、我々がどうやったら生き残るかというテーマで模擬内閣でシミュレーションをやると、やっぱりインドネシア、オランダ領インドネシア、インドネシアに行って石油を取ってくるしかないだろうと、こういうシミュレーションの課題を与えられて、徹底的にやってみます。そうすると、オランダに、オランダ領インドネシアに行って石油を掘削して、掘削技術者何人とか機械を幾つとか全部やって、計算して、船に、タンカーに載せて日本に来ると。ところが、途中でアメリカの潜水艦に撃沈されてしまうということで撃沈率というのを計算する。これはロイズの統計を使うんですね。日本郵船の人もいましたから、その総力戦のスタッフに。日本郵船とか日本製鉄も、民間企業もいましたからね。
 それで、そういうロイズの統計を使って、イギリスの商船隊がナチス・ドイツの潜水艦にどのくらいやられるかという撃沈率を全部チェックします。そうすると、インドネシアから日本にタンカーが帰ってくる撃沈率というのが出ます。撃沈率がかなり高いわけだけれども、国内で生産する船舶量がそれより多ければ、行って帰ってくるのに増えるわけですから、大丈夫なんですよ。ところが、国内の生産量と撃沈率がだんだんだんだん逆転してきます。そうすると石油は戻ってきません。ということで日本は負けると。これは、「昭和十六年夏の敗戦」というタイトルは、昭和十六年に日本は、昭和二十年じゃなくて、負けたんだという結論が出たというタイトルですけれども。
 そこで、模擬内閣としては、もうこれで、三年か四年はぎりぎりもたせても最後にソ連が参戦して終わりであるということで、資源は全部、その石油が、エネルギーがなくなって力尽きる。まあ原爆以外は全部正確に予測できていました。
 じゃ、何を僕は申し上げたいかというと、実際の内閣は、じゃ、どうしたか。昭和十六年の十月に東条内閣ができて、そこでやっぱり同じ計算を始めます。やっぱりどうするかという話ですから、石油がないんだから。そうすると、やっぱりインドネシアに取りに行くという話になります。そのときのやっぱりファクトを整理します。そうすると、ここに期待値が入ってくるんですね。ですから、その撃沈率の計算をロイズのデータと違うデータで撃沈率を計算すると船舶量の方が多くなると。それが一つと。
 もう一つは、先ほど言いました昭和十二年の人造石油事業法によって人造石油が百二十万トンできているということを前提にする。ところが、人造石油はできていなかった。これ、パイロットプラントはできたけれども、結局ドイツは人造石油は三百万トンできていた、ドイツの方が技術水準が高いんです。だから、結局、パイロットプラントできても、CCSもそうなんだよ、できないんだから、あれ。それで、パイロットプラントできても工場生産ができなきゃ駄目なんで、それはやっぱりエンジニアリングの水準の問題なんでね、高圧でパイプに圧力を掛けると爆発したりする。だから、それがうまくいかなくて、結局人造石油はほとんど生産できなかった。ドイツは三百万トンできていた。
 そこで、最後の御前会議というか、大本営政府連絡会議で、石油の需給についての、そこの最後の山場になった。そのときにどうしたかというと、数字をやっぱりちょっとごまかしたんですね。新潟県で石油が二十万トンぐらい取れましたよ、当時ね。そこに人造石油を三十万トン取れるというふうに入れます。実際は取れていない。そこに更に海軍の備蓄、陸軍の備蓄、民間の備蓄を合わせて幾らになるかと。そこに対して、どんどん消費していきますから、軍艦一つ動かす、飛行機を動かすだけでもどんどん消費していきますし、民間も民需がありますから消費していきますけれども、そこに撃沈率を計算すると。そうすると、結局、インドネシアから帰ってくる分はそこそこに撃沈されるけれども、結局多少は入ってくると、こういう計算になって、そこで、大本営政府連絡会議でどういう結論になったかというと、総力戦研究所の模擬内閣と同じような議論になって、そこでどうなったかというと、鈴木企画院総裁というのがいたわけですね。
 企画院というのは、物資の全部総元締の官庁ですから、その後、戦後、経済企画庁になって、そして西村さんが経済財政担当大臣になった、そういう流れの役所ですよ。今経済産業大臣ですけど。その鈴木企画院総裁が結論を、みんな、鈴木さん、結局数字はどうなんだと、ほかの陸軍大臣から大蔵大臣からみんな聞くわけだ、どうなんだと。そうしたら、あの、五一%できますみたいに答える。こう揺れて、で、できますという答えになっちゃうわけよ。
 つまり、それは、鈴木企画院総裁は、その場の空気でできませんと言えなかったんだよ。だから、ちょっと鉛筆なめちゃった。で、できるということになった。できないものをできるとやったその同調圧力とその空気の中で鈴木総裁は追い詰められた。
 僕は、一九八二年に、九十三歳で生きておられた鈴木大臣に聞きました、鈴木総裁に。結局、数字的には無理だったんじゃないですか。いや、確かにそうだと、だけど、あの場では自分ができないとは言えなかったと、こういうふうに言っているんですね。まあ、じゃそれで、それで始めていいのかという問題ですね、基本的には。
 僕が申し上げたいのは、数字をやっぱりごまかしちゃ駄目なんです。資源エネルギー庁は理想に燃えてスタートしたんです。そして、その第二次世界大戦の反省を踏まえて、オイルショックを今の経済安保の状態の中でどうやって切り抜けるかということを考えて、それで資源エネルギー庁がサンシャイン計画作った。地熱を非常に大事に考えた。資源小国だけど、地熱は資源大国だからということで考えたんだけれども、それが途中でおざなりになっていったということですね。
 この二〇三〇年の電源構成の中でたった一%、たった一%だけれども、このたった一%をごまかしちゃ駄目なので、原発二基分あるんですから、これで。達成されない数字を並べて、それでやっていますやっています、で、最後に、人造石油じゃないけど、できていませんでしたと、こういうふうなことじゃしようがないんで。だったら、できていなかったらインドネシアに石油取りに行くしかないよねという話になっちゃうわけだから。そういうことの積み重ねを、マイナスの積み重ねをやっていたら、これ、じり貧になりますよ。
 G7のこの間の環境大臣会合でも日本はまるでG7の抵抗勢力みたいな感じになっていて、先進国はもうどんどんどんどん進んでいっているのに日本は言い訳ばっかりしている。グローバルサウスだってどんどんどんどん自然エネルギーを入れているんですよ、火力発電もあるけれども。ベトナムの火力発電はイギリスの銀行が撤退したんですよ。それで、太陽光発電にしたら参加したんですよ。そのくらいみんなどこに投資したらいいのかということについてやっぱり倫理的な感覚持っているんですよね。
 まあそれはともかく、ちょっと時間が来ましたので、僕が言いたいことは、この電源構成の三六%から三八%という自然再生エネルギーについて、本気でやる気があるのかということですね、改めて。
 それから、原発は、日本維新の会は原発は当座賛成ですよ。だけど、元々は反対なんですよ。だけど、足りないというからある程度動かさなきゃしようがない、こういうことですよ、立場上。足りなかったら困るんだから。だけど、ちゃんと後で解決しなさいよということを申し上げて、大臣、本当にここは腹くくっていただきたい。よろしくお願いいたします。
 終わります。

発言情報

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発言者: 猪瀬直樹

speaker_id: 12449

日付: 2023-04-25

院: 参議院

会議名: 経済産業委員会