松久保肇の発言 (経済産業委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○参考人(松久保肇君) NPO法人原子力資料情報室の松久保肇と申します。
原子力資料情報室は、一九七五年から脱原発を目指して研究活動を行っている市民シンクタンクです。本日はどうぞよろしくお願いいたします。
資料の方、お手元の資料をおめくりください。
本日、テーマ、GX電源法でございますけれども、大きく四点の問題点があると考えています。第一に、福島の教訓がないがしろにされているということです。
おめくりください。
今回、法改正に当たっては、国や国会は福島の被災者の声に全く耳を傾けてきませんでした。私、原子力小委員会という経産省の委員会の委員も務めていますけれども、その場でも全く福島の声は聞いていません。国策民営の果てにあったあの事故から十二年たった今でも故郷に帰ることができない人々が数万人単位でいるという中で、これは非常に大きな問題だと思います。
原子力基本法改正案では、福島事故を真摯に反省するという記述があります。であれば、今からでも遅くはないので、被災者を招いたヒアリングなど、参議院で行われてはいかがでしょうか。
おめくりください。
また、この間、国会議論を拝見していますと、運転期間制限は利用政策で導入されたと言わんばかりの答弁が繰り返されています。しかしながら、運転期間制限が福島原発事故の教訓を踏まえて安全規制として導入されたことは、当時の政府資料や答弁を見れば明らかなことです。例えば、二〇一二年の内閣官房の資料には、経年劣化等により安全上のリスクが増大することから、運転することができる期間を制限というふうに明記されています。
おめくりください。
また、二〇一二年の高市早苗議員の質問主意書に対し政府は、安全上のリスクを低減するため発電用原子炉の運転期間を制限とか、現行の制度においては運転期間を制限していない点が十分ではないというふうに答弁しています。
運転期間規制が導入された際、安全規制としてこれ導入されたことはもう明らかなことです。運転期間規制が利用政策だというのであれば、それはそれで構わないんです。でも、であれば、原子力規制委員会はそう判断した理由を示すべきだと考えます。
そもそも、世界に存在する最高齢原発、五十四年です。まだ六十年の原発は存在しません。また、例えばフランス規制当局、ASNというものありますけれども、こちら、二〇二一年の年次報告書では、原発の運転期間延長について、現時点では原子炉の五十年を超える継続運転に関する結論を導き出すことはできないとか、一部の原子炉の特殊な特徴のために現在の方法では六十年までの運転能力を実証することはできない可能性などという記述があります。
六十年超原発の審査基準まだ決まっていない中で、なぜ原子力規制委員会、六十年超の原発の劣化状況を確認できるというふうに断言できるのでしょうか。余りに前のめり過ぎるのではないでしょうか。
おめくりください。
もう一点、福島事故の大きな教訓は規制と推進の分離でした。運転期間規制は安全規制として導入されました。だから、推進から分離した規制当局が運転期間を認めるということになったわけです。
今回、法改正では、原子力規制委員会が認可していた運転期間延長を電事法に移管して、経産省が認可するというふうにしています。これは、推進と規制の分離への大きな逆行だと考えます。国際的に見ても、運転期間を認可しているのは多くが規制機関であり、それ以外の国でも規制機関が安全性を確認した上で認可しているという状況です。電事法改正案では、運転期間の認可に当たって原子力規制委員会は何ら関与しません。最低でも原子力規制委員会に何らかの関与をさせるべきだと考えます。
おめくりください。
今回、法改正の検討過程では、原子力規制庁と経済産業省が運転期間延長に関して事前に調整を行っていたことが明るみに出ました。この経緯、昨年十二月、私ども原子力資料情報室に情報提供いただいたことで明らかになったわけですけれども、その中でいろいろおかしなことが出てきています。中でも、規制庁と経産省の答弁に矛盾が出ているというところが問題だと思っています。
昨年七月以来、経産省と事前協議を規制庁は行っていたわけですけれども、その中で、経産省側から示された資料について、規制庁は、協議とは関係のないメモを受け取った資料に書いてしまったということで、経産省から再度霞ケ関駅でその資料を受け渡すという怪しげなことまでして入手して、既存のものは破棄したというふうに説明しています。ところが、経産省側は国会での答弁で、規制庁は面談時に説明した内容を書き込んで、そのメモを書き込んでしまったので、きれいなものが欲しいといって渡したというふうに説明しています。つまり、規制庁側と経産省側の答弁に矛盾が生じているわけです。どちらかが間違った説明をしていることになります。なぜこんなことになっているのでしょうか。
おめくりください。
七月二十七日に岸田首相が原子力に関する政策的課題を示すように指示した翌日、経産省は運転期間規制の改正イメージを規制庁に説明しています。その中にこのような資料がありました。運転期間規制、制限は利用政策、規制庁が提案者とならない法構成が必要、安全規制が緩んだように見えないことも大事などという記載です。内容自体もおかしく、他省庁に示すのは極めて不適切なものだと思います。実際、西村経産大臣も個人的なイメージやメモだと答弁されています。
しかしながら、経産省は、省として他省庁に他省庁が所管する法の改正を申入れする際に、担当管理職の個人的なイメージやメモを上司との相談なく勝手に説明しに行くものなのでしょうか。元々規制庁は、経産省傘下の原子力安全・保安院でした。規制庁の現在のトップファイブは全て経産省出身者となっています。であればこそ、経産省は規制庁に対して慎重な距離感が必要なはずだと考えます。規制庁はそのような口出しに対して問題視しているようにも見えません。高い独立性が求められる規制庁と推進官庁である経産省の間になれ合いの関係性があることも示しているのではないでしょうか。
電事法改正案では、運転期間延長認可は脱炭素や電力安定供給に資することが要件だというふうにされています。つまり、経産省は、脱炭素、電力安定供給にこの原発が必要だから運転期間を延長を認可するわけです。一方で、原子炉の劣化状況に、ここまでが安全とかここまでが危険という明確な境界線というのはなかなか見出しにくいところがあります。
そういった不確かさの中で、人間が総合的にいろんな状況を判断して評価することになります。こういった微妙な判断をするときに、原発が脱炭素、安定供給に必須という推進側からの圧力が存在する中で、推進側とさらになれ合いの関係がある中で、規制委は安全側の判断ができるのか、非常に疑問だと考えています。
おめくりください。
次に、時間軸の問題です。おめくりください。
世界気象機関が最近出した報告書によれば、今後五年間で世界の平均気温が産業革命前と比べて一・五度以上になることは六六%の確率で発生するというふうに報告されています。パリ協定の達成目標は実質的にほぼ不可能になったということです。極めて危機的な事態だと考えます。
おめくりください。
二〇二二年のG7で、二〇三五年までに電力部門の完全又は大部分の脱炭素化というものが合意されまして、今回のG7でも確認されました。
この間、原発の建設期間は長期化傾向にあります。中には十年を超えるものも全く珍しくありません。今回お示ししているのは原発の建設期間の中央値ですけれども、これは完成したもののみをお示ししています。建設中のものを含めると更に長期化しています。政府は二〇三〇年代前半に革新軽水炉を建設開始するという計画示していますけれども、二〇三五年の脱炭素化には原発新設は全く役に立ちません。
おめくりください。
一九九五年以降、風力、太陽光、原発の設備容量の推移を見ると、この三十年近く、風力、太陽光は著しく成長している一方で、原発は各国の強力な支援があったにもかかわらずほとんど成長していません。成長、将来の予測を見ても、風力、太陽光の飛躍的な伸びと比べて、原子力鈍いことが分かります。
なお、このグラフ、国際エネルギー機関の資料を基に作っていますけれども、国際原子力機関の資料では、近年の原発の設備容量は減少傾向にあるということがあります。
おめくりください。
新設原発はこういった問題があるわけですけれども、既設原発にも多くの問題があります。特に、多くの原発再稼働できていないということもそうですけれども、再稼働できても使用済燃料貯蔵能力という問題があるからです。原子力事業者は対策取っていますが、現状のままであれば、近い将来、各原発、貯蔵能力の限界を迎えます。つまり、再稼働しても数年でまた止まってしまうということになりかねないということです。
おめくりください。
原発、CO2排出量が比較的少ない電源だというふうにされています。しかし、CO2排出量だけで原発を選択するべきではありません。原発建て替えや運転期間延長を考えると二一〇〇年を見据える必要があるからです。気象庁によれば、日本沿岸の海面水位は上昇していき、浸水被害は増加、極端な水位の評価も必要。さらに、豪雪が増加したり、台風の強度が強まるといった可能性も指摘されています。原発立地の多くは一九七〇年までに選択されました。つまり、今から五十年前に行われたわけです。つまり、気候変動への評価は全く行われていません。
原子力基本法改正案では、原子力利用が脱炭素社会の実現に資するよう、国が措置をとる責務があるというふうに記載されています。原発が単にCO2を排出しないから脱炭素だというのは誤りだと考えます。気候変動が現実のものとして存在する以上、例えば極端気象と事故の重ね合わせや安全性、例えば原発の温排水などによる環境影響などが考慮されてしかるべきだと考えます。
おめくりください。
この間、原子力政策、高い目標を立てては失敗するということを繰り返してきています。新設は期待できず、再稼働も安全性や地元理解の観点から限定的だと思います。今回、原子力基本法では、原発推進を国の責務だというふうにしています。しかし、これでは政策の柔軟性を失うことにつながります。既にエネルギー政策基本法の中で、エネルギー安定供給や温暖化対策などは明記されているところです。原子力という単一の電源にこのような責務を明記する必要は全くないと考えます。
現行エネルギー基本計画では、二〇三〇年に原子力で二〇から二二%を賄うというふうにしていますけれども、同じ失敗を繰り返しているようにも見えます。もう原子力に政策資源を投資、浪費しているような余裕はないんだと考えます。
おめくりください。
一方、最新のIPCC報告書によれば、CO2削減効果では、太陽光、風力が圧倒的に大きく安価だということになっています。一方、原発や例えばCCS、CCUSは、高価で削減効果はそれほどないというところです。
おめくりください。
環境省の報告によれば、日本の現在の発電電力量の二倍という豊かな再エネポテンシャルが日本には存在します。また、太陽光や風力は導入が比較的短期間にできるというメリットもあります。これを使わない手はないと考えます。
おめくりください。
次に、原発のコストになります。おめくりください。
この十二年間、多くの原発が稼働しないまま、それでも維持費は電気料金に計上されて消費者が負担してきています。原発でこの間一キロワットアワーも発電しなかった事業者の原発維持費を各社の有価証券報告書から分析しました。そうしたところ、十二・六二兆円、私たち払ってきているということになります。結果、電気料金、原発維持費分上昇しているということです。今後も再稼働状況を見通せず、それでも消費者は負担を強いられているということになります。一体あとどれだけ負担させるつもりなのかということです。どこかで損切りを考えるべきだと考えます。
おめくりください。
この間、国内外で発電コスト試算が何度も行われてきています。ここでは、経産省の試算と米国の投資銀行ラザードのものを示しました。原子力の発電コストは上昇、再エネの発電コストは下落著しいことが分かります。以前から、電力会社は原発の巨額の新設コストを負担できないというふうに言ってきており、経産省は、建設費などを事業環境整備だと称して電力消費者に転嫁する方針を審議会などで示しています。
おめくりください。
他方、国のエネルギー関連の研究開発支出を見ると、一九七四年から二〇二一年の累計で十六・六兆円、そのうち原子力関連が十一兆円と、圧倒的に原子力が優遇されてきたことが分かります。事故後ある程度減少していますけれども、それでも最大の支出先はいまだ原子力であります。今後、政府はGX債で捻出した資金を用いるなどして原子力への支出を増やす方針ですけれども、原子力にそこまでの価値があるのか考えるべきだと考えます。
おめくりください。
最後に、核燃料サイクルについてお話しします。おめくりください。
政府は、高速炉サイクルが実現すれば、使用済燃料の有害度が減るまでに、そのまま処分すると十万年掛かるところを高速炉サイクルでは三百年になるのだと説明しています。
ですが、高速炉サイクルの実現には二つの要素があります。高速炉と再処理です。そしてこの二つがいずれもまだ成立していません。
高速炉は、一九六〇年代には七〇年代に実用化だというふうに言っていたものが、いまだ完成していないものです。世界で唯一高速炉が動いているロシアでは、高速炉で二十七回のナトリウム漏れ事故、十四回のナトリウム火災事故があったと報告されています。このようにハイリスクな施設を日本は許容可能なのでしょうか。
再処理にしても、一九九三年に建設が始まった六ケ所再処理工場が、一九九七年に完成するはずが、二十六回の延長を重ねていまだ完成していません。しかも、完成してもこの工場はプルサーマル後の使用済燃料、使用済MOX燃料ですね、は再処理できません。六ケ所再処理工場の事業費は現時点で十三・五兆円とされています。使用済MOX燃料を再処理する場合、これをもう一つ造る必要があるということです。
おめくりください。
高速炉は再処理、実用化できるかで、実用化できても商業的には成立可能か未知数です。MOX再処理はできても非常にコスト高です。一方、プルサーマル後に出る使用済MOX燃料の放射性毒性は通常の使用済燃料に比べて高いのが特徴です。なので、使用済燃料の十万年時点の毒性が、使用済MOX燃料の百万年時点の値とほぼ同等になっているわけです。
つまり、高速炉サイクルが実現しなければ、私たち三百年どころか百万年の使用済燃料を大量に抱え込むということになるわけです。将来世代への責任を言うのであれば、せめて高速炉サイクルの技術的、商業的な実現可能性が見えるまで再処理やプルサーマルは停止するべきだと思います。
おめくりください。結論申し上げます。
福島第一原発事故の教訓や反省をうたうのであれば、まず福島の被災者の声を聞くべきだと思います。
炉規法や電事法改正も明らかな規制の後退ですので、改正案は廃案にするべきだと思います。少なくとも、運転期間延長に当たっては規制委員会の関与を明記するべきだと考えます。
原子力基本法で原発推進を国の責務だとすることは、国の政策判断の自由度をなくすことです。