斎藤嘉隆の発言 (文教科学委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○斎藤嘉隆君 行事や部活動については教育的意義はあるに決まっているんで、あるに決まっているんです、私も命懸けでやってきましたから。ただ、今もうそれ、もう乗り越えるしかない、乗り越えるしかないので、今大臣おっしゃったことも含めて、類型が変わったとしてもやっぱり今の状況をどう維持していくかということは一個の大きなポイントだろうなというふうに思います。
 本当に働き方改革が進んだと言える状況は、やっぱり根本的に、学習内容の質的な精選とか、それから効果的な学習によって、何というか、教育課程にゆとりが出てくるということだと思うんですね。こうした観点で現場負担は本当に軽減されているのかというと、少し疑問に思います。
 資料の一をちょっと是非御覧をいただきたいと思いますが、四月十三日付けのこの質の高い教師の確保のための教職の魅力向上に向けた環境の在り方等に関する論点整理というのの抜粋、一部抜粋なんですけれど、四つ目の丸を見ると、柔軟な教育課程の編成、実施を可能にすることに加え、標準授業時数の取扱いも含めた教育課程や学習指導の在り方の見直し、これが論点として挙げられています。
 資料の二も見ていただくと、これは皆さんよく御存じだと思いますが、小学校、小学校だけちょっとピックアップしましたが、年間授業時数というのの一覧を持ってきました。
 小学校六年生のところを見ていただくと分かるように、国語は年間百七十五時間、社会は百五時間と、こうやって決まっているわけですね。これ、何でこういう数字かというと、一年間って三十五週で計算しますから、三十五の倍数の方がやりやすいんです。もう週の時間割で、百七十五だったら三十五で割ると五ですから、週に五時間国語の時間をはめていくと、こういう考え方でこういう数字が出ているんですけど、三十五で割れない、端数が出る教科もあって、こういうのはもう週ごとに時間割を変えるなどして対応すると。
 ところがですよ、千十五時間という一年間の標準授業時数があっても、こんなの全くこれを超えても終わらないんですよ、授業が。どこの学校もはるかに、三十五週どころか四十週を超えて授業をするという学校がほとんどなんですね。千十五時間を超えて、もう学習、教える内容もないのに、授業はあるんです、子供いますから。
 これって、文科省としてこのことについてはどのように捉えられていて、どうすべきだと思っていらっしゃるのか。

発言情報

speech_id: 121115104X01020230427_023

発言者: 斎藤嘉隆

speaker_id: 25748

日付: 2023-04-27

院: 参議院

会議名: 文教科学委員会