杉尾秀哉の発言 (本会議)
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○杉尾秀哉君 立憲民主・社民の杉尾秀哉です。
私は、会派を代表しまして、新型インフルエンザ等対策特別措置法及び内閣法の一部を改正する法律案について反対討論を行います。
まず冒頭に、新型コロナウイルス感染症に対して国民の命と健康、暮らしを守るために日夜最前線で御尽力いただいている医療関係者、政府機関及び自治体職員など、全ての皆様に深甚なる敬意を表します。
その上で、以下の三つの点に絞って本法案に対する反対理由を申し述べます。
まず一つ目は、本法案が司令塔機能の強化に役立たないことです。
新型コロナウイルス感染症などのパンデミックが発生するスパンは年々縮小していて、私ども立憲民主党は、次なる感染症の到来に備えて、危機管理のための強力な司令塔が必要である、このように訴えてまいりました。しかし、本法案で新設される内閣感染症危機管理統括庁は、司令塔そのものではなく、人員や体制、組織全体における位置付けや権限など、どれを取っても司令塔機能の強化に資するものではないことが衆参の審議の過程で明らかになりました。
むしろ、今回の新型コロナのように、政府対策本部が置かれた場合は、政府としての意思決定は政府対策本部が行い、統括庁はその下で総合調整事務を担う、いわゆる事務局的な役割にとどまる可能性大です。また、平時においても、統括庁の役割は、計画策定や訓練、各省庁や自治体の総合調整など限定的で、当初の触れ込みとは余りにも違い過ぎます。
そもそも、法令上は内閣官房長官の所管なのに、現在のコロナ禍での後藤大臣のような担当大臣が置かれた場合は、事実上の担務は担当大臣が担うというおかしな組織になっています。これでは、かえって指揮命令系統が複雑化し、有事に混乱を来すことは間違いありません。
こうした現実を覆い隠すように、政府は、統括庁について、強力な統括とか政府全体を俯瞰する立場といった曖昧な説明を質疑で繰り返しました。強力なという形容詞をあえて使わなければならないのは、つまるところ、統括庁に司令塔機能としての実態がない裏返しなのではないでしょうか。
それもそのはず、統括庁の体制は、平時で三十八人、有事でも百一人、さらに各省幹部職員の併任を入れても最大で三百人。これに対して、アメリカの感染症対策の司令塔であるCDCが常勤職員だけで一万二千人もいるのですから、話になりません。まさに看板に偽りありです。
結局、本法案が成立しても、将来の感染症危機に備える日本の法システムは脆弱さを抱えたままで、危機管理の観点からも大きな問題を抱えています。こんな欠陥だらけの統括庁は、もう感染症対策の司令塔とは呼ばないでください。
実は、これは、今回新たに設置される国立健康危機管理研究機構、いわゆる日本版CDCについても言えることです。現在ある二つの組織、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターを統合したものにすぎません。そういえば、最近、日本版NIHや日本版NSCなど、アメリカのまねをした政府組織のネーミングが増えておりますが、こうした名前はともかく、中身が二の次になってはいないでしょうか。
そして二つ目は、本法案によっても、政治の都合で専門家の意見をないがしろにする非科学的な政策決定が改められそうにないことです。
言うまでもなく、未知のウイルスによる危機に対処するためには、専門家の意見を適切に反映し、科学的な政策決定を行うことが必須です。ところが、これまでの我が国のコロナ対策では、専門家組織として政府分科会や厚労省アドバイザリーボードなどがあるものの、ここで出された専門家の意見や議論が都合よくつまみ食いされたり、あるいは全く無視されるか、ないがしろにされるのは日常茶飯事でした。
例えば、二〇二〇年の全国一斉臨時休校は、政府の専門家会議で議論されることなく決定されました。オリパラ東京大会の開催を優先した判断だったと、こういう指摘もあります。
これに始まり、膨大な予算と行政コストを掛けた布製マスク、いわゆるアベノマスク。そして、専門家から感染拡大を招くと懸念が示されたにもかかわらず強行的に実施され、その後、感染が拡大してから慌てて停止されたGoToキャンペーン。さらには、二〇二一年の緊急事態宣言でも同様の非科学的な政策決定が繰り返されました。
今後、こうした失敗を二度と繰り返さないためには、これまでの政策決定プロセスについて徹底的な検証を行うとともに、専門家の意見が適切に反映される仕組みを構築する必要があります。にもかかわらず、今回の法案にはそうした点が全く考慮されておりません。その象徴は、いまだに政府が効果があったと公言してはばからないアベノマスクです。誰も使用していなかったのにです。これでは、また同じ過ちが繰り返されるのは必定でしょう。
最後に三点目は、内閣官房の業務が肥大化することへの懸念です。
本法案には、統括庁の設置に伴い、内閣官房に事務が追加されることを定める規定が置かれています。しかし、追加される事務は具体的に定められておらず、包括的な文言となっています。これでは、内閣官房の業務が更に肥大化しても、チェックが働きにくくなるおそれ大です。八年前の内閣官房と内閣府スリム化の理念は一体どこに行ってしまったんでしょうか。
ここまで私は、本法案に反対する主に三つの理由を述べてまいりました。しかし、問題はこれだけにとどまりません。
せっかく新型コロナ感染症が下火になっているのに、そして、今回の法改正を契機に、徹底的に問題の所在をあぶり出し、感染症に強い国づくりを目指すべきであるにもかかわらず、政府にその姿勢が見られないのです。それより、むしろ、感染第九波の到来の可能性を専門家が指摘しているのに、既定方針どおり、新型コロナを二類相当から五類に移行する政府の前のめりな姿勢ばかりが目に付きます。
振り返れば、我が国での新型コロナ感染の初確認から三年三か月、最初の緊急事態宣言を経て現在に至るまで、コロナ感染者の累計三千三百万人、国内死者数七万四千三百十四人、この中には私たちの同僚でありました羽田雄一郎元参議院議員も含まれています。また、二〇一九年から二一年度に計上されたコロナ対策予算は、会計検査院の調べで、総額九十四兆四千九百二十億円に上りました。
これだけ甚大な犠牲を払い、年間予算に匹敵する財政措置を講じたにもかかわらず、パンデミックが収まりつつある中でも日本経済の戻りは遅く、いまだにマイナス圏に沈んだままです。アメリカやユーロ圏が急回復しつつあるのと比較しても、なぜ日本だけがこうした状況になっているのか、政府からは全く何ら納得のいく説明が行われておりません。
こうしたかつて例を見ない深刻な感染症被害に見舞われたのに、本法案作成の基礎となった去年六月の有識者会議による検証は、期間僅か一か月、僅か五回の会議の開催で、あっという間に報告書が取りまとめられました。その中に書かれた言葉、「今後とも社会経済財政への影響、財源のあり方、施策の効果などについて多面的に検証が行われ、的確に政策が進められることを求めたい。」という指摘が象徴的です。
岸田総理大臣いわく、徹底的に検証するためだったはずの組織が、このように単なる問題提起に終わってしまった。これは、有識者会議が参院選を前にした政治アピールの場だったからにほかなりません。
まだまだあります。そもそも、内閣感染症危機管理統括庁が一省庁の課や室と何ら変わらない規模なのになぜ庁と名付けられたのか、委員会の質疑でも納得のいく説明は全くありませんでした。それはなぜかと調べてみたら、どうやら、おととしの自民党総裁選で岸田総理が健康危機管理庁をつくるとぶち上げてはみたものの、政府内で、平時に仕事がないとか非現実的だなどという声が上がり、結局今回の法改正のような内容に落ち着いたという経緯があるようです。
つまり、今回の法案は、岸田総理の総裁選での公約やメンツと現実の折り合いを付けたごまかしや妥協の産物にすぎず、これでは、来るべき未知の感染症を克服し、真に国民の健康と命を守れるようになるとは私には到底思えません。また、熟慮の末の法改正とはとても言えたものではありません。優秀な官僚機構に支えられているはずの日本の行政組織がなぜこれほどまでに劣化してしまったのか、私は背筋が寒くなるのを禁じ得ません。
事ほどさように、今回の法改正は、病院など医療や介護関係者、それに保健所など、コロナ禍の克服に身を賭した全ての皆さんの思いとは程遠いところにあります。こうした政治的パフォーマンスの域を出ない本法案には明確に反対せざるを得ません。このままではいつか来た道にならないのかという強い危惧の念を表明しまして、私の討論を締めくくります。
御清聴ありがとうございました。(拍手)