八代尚宏の発言 (予算委員会公聴会)
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○公述人(八代尚宏君) おはようございます。昭和女子大学の八代と申します。本日はこのような機会を与えていただきまして、ありがとうございました。
私は、二〇〇六年から第一次安倍内閣のときの経済財政諮問会議の民間議員として、特に規制改革、労働市場改革等の分野で安倍総理の指示の下で参加しておりました。そのときと比べて今の日本経済の状況は更に悪化しているわけでありまして、そういう意味でも安倍総理がやり残されたこの三本の矢のうちの成長戦略というものをどんどんやっていく必要があろうかと思っております。
一枚めくっていただきまして、日本経済の現状ですけれども、私は実は、また八〇年代末まで、パリにあるOECDという国際機関で日本担当の経済分析の責任をやっておりましたが、その当時、諸外国はこの強過ぎる日本をどうするかということに随分議論をしておりまして、なぜこんなに日本経済が強いのかというようなことが重要な要素になってきたわけです。しかし、現在はその逆に、何で日本がこんなに弱いのか、全く正反対の議論が行われているわけですね。
ですから、なぜこんなに大きく変わったのか、誰か悪者がいるんじゃないかと、誰か悪い人が日本をこんなに苦しめているんじゃないかというようなことがよく言われるわけですが、私はそれは間違っていると、日本は何も変わっていない。日本の企業も日本の労働者も、八〇年代前も現在も一生懸命働いているわけですが、それでなぜこんなに日本経済がうまくいかなくなっているのかということが大きなポイントかと思います。
かつて日本は、GDPで見ますとアメリカとほぼ同じペースで成長しており、一人当たりGDPで見ましても一時はアメリカを上回った時期があるわけですね。それが、GDPでは二〇一〇年に中国に追い抜かれ、どんどん差は広がっている。一人当たりGDPで見ますと、もう韓国とほとんど同じレベルで、また、追い抜かれる危険性が高いわけですね。
ですから、この違いはなぜかというと、私は、日本は何も変わっていないと、問題は世界が変わったんだということですね。九〇年代にベルリンの壁が壊れて社会主義経済が市場経済化した、旧ソ連や東欧、それから中国が経済発展をして、特に製造業の分野で日本を急速にキャッチアップしてきたと。こういうような大きな海外の変化、それから国内では少子高齢化、デジタル化、そういう大きな変化になかなか対応できなかった。
ですから、日本の企業も政府も、過去の成功体験が余りにもすばらしかったがゆえに変えようとしなかった。で、こういう問題は一時的なもので、いずれ台風が去ったら青空が広がるというような感じで、まあその場しのぎの対応でやってきたわけですが、もうそれはやめるべきであって、基本的なやっぱり構造改革を進める必要があるんじゃないかということです。
次のページを見ていただきますと、ですから大事なのは、その不作為ということですね。企業の不作為、政府の不作為、それがやっぱり今の大きな問題ではないか。
日本の産業構造は元々二重構造と言われていまして、製造業は市場経済に基づいて世界で戦ってきたわけですが、農業やサービス業はとかく政府の保護を求めるという、まあ社会主義に近い仕組みになっていた。言わば、昔のドイツが西ドイツと東ドイツに分かれていた状況が日本の現状ではないか。そうした中で、効率的な製造業がどんどん海外に出ていってしまうことで、その穴を埋めるべき農業やサービス業の生産性の低さというのが大きな問題になっているんじゃないか。
しかし、これは逆に言うと、それだけある意味で含み資産があるわけでして、農業やサービス業の制度や規制の改革をすることによって製造業並みの生産性を実現すれば、日本は立派に立ち直ることができるんじゃないかということであります。
もう一枚めくっていただきまして、アベノミクスの評価。
アベノミクスから十年ということなんですが、アベノミクスが失敗したという意見が一部にあるわけですが、私はそうは思っておりません。アベノミクスの一本の矢、金融政策、二本目の矢、財政政策、三本目の矢の成長戦略で、一、二本はまあそれなりにうまくいったと思いますが、三本目の肝腎のその成長戦略が腰砕けになってしまったと、これを是非継承していくのが現在の政府の役割ではないかと思っております。
ですから、せっかく労働需給が逼迫しているのになぜ賃金が上がらないかという問題が大きいわけですが、やはりこれは生産性の低さが足を引っ張っている。ですから、制度、規制の改革を通じて、特に今は農業とサービス業を中心としてやる余地は大きいんじゃないかと思っております。
それから、次のページで、少子高齢化への対応、これが一番大きなポイントだと思われます。
少子化の方は、最近既にもう岸田総理が異次元の少子化対策というのを打ち出されたわけですが、実は少子化よりも重要なのが私は高齢化だと思います。
日本の人口は二〇六〇年ぐらいに一億人を下回るという予測があるわけですが、しかし、まだ一億人いるわけです。この一億人というのは一九六〇年ぐらいの水準と変わらないわけで、問題は、一九六〇年は高齢化率が六%にすぎなかった、それが今度の一億人を切る二〇六〇年にはもう三八%まで上がるという予測があるわけで、この違いが極めて大きいわけです。ですから、この膨大な高齢者に、高齢化問題にどう対応するか、基本的な考え方をやっぱり検討していただく必要があるんじゃないか。
右のグラフがありますが、これは、一概に高齢者といっても二つに分かれるわけですね、七十四歳までの前期高齢者と七十五歳以上の後期高齢者。それが赤線で示してありますが、今起こっていることは、単に高齢者が増えるだけじゃなくて、後期高齢者が今後急速に増えていく、言わば高齢者の高齢化という現象が起こっているわけです。
これに対してどう考えるかといいますと、なぜ高齢者が増えるかというと、それは一つは、最大の要因は、寿命が延びるわけですね。で、寿命が延びるということはいいことなんです、個人にとっても家族にとっても。なぜそれが社会にとって悪いことになるのか。それは社会の仕組みが間違っているからであって、寿命が延びた分だけ高齢者が活躍できるようにする。
具体的に言いますと、前期高齢者、六十五から七十四歳は、支えられる側じゃなくて支える側に回っていただくということですね。そうしますと、七十五歳以上の高齢者というのは、実は高齢化のピークでも二五%にすぎない、四人に一人なんですね。これは十分支えられるわけです。ですから、具体的に言えば、今の労働慣行とかあるいは社会保障制度を七十五歳以上の高齢者をきちっと守るという方向に持っていく。もちろん、高齢者は多様でありますから、六十歳でもう働けなくなる人もいる、しかし八十歳になっても元気で働ける人もいるわけで、そういう、高齢者を一括に扱うんじゃなくて、エージフリーという言葉が英語にあるわけですが、年齢を問わない社会に変えていくというのが大きなポイントではないかと思います。
それから、次を見ていただきますと、この異次元の少子化対策ということで、岸田総理がいろいろ御苦労されているわけですが、これに対してはやっぱり抜本的な制度改革が必要である。具体的に言えば、少子化のための固有財源が必要だと思っております。今、政府の一部には、残念ながら、そういう抜本的な財源は難しいから、年金とか医療とか既存の保険から少しずつお金を出してもらってやりくりしようという非常にこそくな考え方がはびこっているわけで、これは間違っていると思います。本当の少子化対策をするためには、やっぱりそれのための固有の財源が必要であります。
これは日本では既にあったことで、介護保険がそうなんですね。二〇〇〇年にできました介護保険というのは、当時の厚生省で、私も審議会に入れていただきましたが、これから増える高齢者に対して家族では対応できない、だから高齢者の介護を社会全体で負担するために医療保険のような介護保険が必要だという大英断をしたわけですよね。
同じことが子育てにも必要だと思います。これからの社会を支える大事な子供を家族だけに任せるんじゃなくて、介護保険と同じように社会全体でシェアするという考え方が大事で、そのためには子供保険というようなものが必要になるんじゃないか。で、これを新たにつくる必要はないわけです。
具体的に言いますと、今の介護保険は幸か不幸か四十歳以上が被保険者という非常に変な形になって、いろんな経緯があるわけですけれども、幸いにして二十から三十九歳の被保険者が空いていますので、ここにすっぽり子供保険という形で介護保険に間借りすると。で、全体を合わせて家族保険という形にしていくと。
これを負担増だという批判する方もおられますが、将来の宝である子供を育てるためには、子供がいる人、ない人も合わせてきちっとした負担をしていくということについて、国民がそんなに大きな反対をするかというと、私は疑問に思うわけです。
介護保険にすることによって、家族が働くか働かないかに無関係に介護サービスを活用できたわけですが、今の保育というのは保育認定が必要なんですね。これは、ですから働いていないと保育所を使えないという非常にひずんだ形になっているわけで、こういう過去の福祉としての保育という考え方をやめて、サービスとしての保育でどのような家族でも使えるという方向に持っていく必要があろうかと思います。
もう一つめくっていただきまして、ですから、少子化対策というのは、そういう意味で女性の社会進出と並行してやるということに考えないといけないと思います。
それから、時間も押しておりますので、一番大きな改革の一つの柱としては、やはり日本的雇用慣行の改革というのがあります。
今の日本の働き方というのは、過去の高い高度成長期を支えた非常に貴重なものであります。未熟練の大卒や高卒の人を企業が喜んで採用してくれる国はほとんどないわけで、それによって若年失業率を随分低く下げているというメリットはあります。
しかし、今の低成長、少子高齢化の中でこれをいつまでも続けていくことはできないわけです。高齢化が進む中で高齢者に年功賃金を払い続けていたら企業ももたない。それによって正社員の数も相対的に小さくなっているわけですね。ですから、正規、非正規の格差をなくすためにも、やはり今の日本的雇用慣行を部分的に修正していくと。
具体的に言うと、同一労働同一賃金ですね。これは安倍総理が、元安倍総理が強く言われた同一労働同一賃金の法律なんですが、法律自体はよくできています。ただ、問題は、ガイドラインというものがありまして、このガイドラインに問題が潜んでいるわけです。
規制の弊害は細部に宿ると昔から言われておりますが、このガイドラインに何が書いてあるかというと、正規社員と同じ勤続年数の非正規社員で同じ仕事をしている人には同じ賃金でなきゃいけないと書いてあるわけで、しかし、そんな非正社員はほとんどいないわけですね。正社員と非正社員の大きな違いは勤続年数の違いなわけで、こういうことをやめて、勤続年数にかかわらず、同じ労働をしていれば同じ賃金だという欧米のやり方をやっぱり導入する必要がある。それによって本当の正規、非正規の格差の是正にもつながるわけです。
それからもう一つは、高齢者になっても働き続けるためには、やっぱりリスキリングというのが必要になってくるわけです。これも今重視されておりますが、リスキリングというのはオン・ザ・ジョブ・トレーニングではできないわけであって、あくまでも、やっぱり仕事を離れて、少なくとも一年、大学とか大学院に来て勉強していただく。
そのためには、やっぱり雇用保険から補助が必要なわけです。現在も学費等については補助はありますけれども、休んでいる間の所得保障はないわけですね。ですから、これを育児休業と同じような形の教育休業制度にしていくと。それによって安心して勉強することができるという仕組み、これができれば育児休業の男性による取得も更に高まることになると思います。こういうふうに、やっぱりリスキリングの重要性を考えるなら、それに伴う財源ということも同時に考えていかなければいけないわけです。
今後の社会保障制度を支えるためにも高齢者が長く働く、それによって年金財政を守るためにも平均寿命の延びに応じた年金の支給開始年齢の引上げというのが絶対不可欠なわけですが、残念ながら、今始まった年金の審議会でも支給開始年齢の引上げについては全く触れてないわけですよね。だけど、これはやっぱり高齢化社会を乗り切るときには国民にきちっと説明した上でエージフリーの社会にしていく、働ける高齢者はいつまでも働いてもらえるような制度的な仕組みを是非御審議いただければと思います。
御清聴ありがとうございました。