北岡伸一の発言 (外交・安全保障に関する調査会)

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○参考人(北岡伸一君) 北岡でございます。
 本日は、大変重要な会合にお招きをいただきまして、ありがとうございます。
 私は、日本の外交を教えて、研究し、教えており、また、二〇〇四年四月から二〇〇六年の九月まで特命全権大使、国連代表部次席代表を務めさせていただきました。その後、関連ある仕事としては、二〇一五年十月から昨年、二〇二二年の三月までJICAの理事長を務めてまいりました。以上の経験を基に今日はお話をさせていただきます。
 さて、ウクライナ危機に関して国連に対する失望が非常に広がって、国連は無力だということをよく言われるわけであります。しかし、私から見れば、国連は元来無力なものでございます。自前の力もありませんし、自前の財源もありません。しかし、無意味ではありません。非常に重要なものであります。どういう意味かといいますと、それは、世界の世論をつくっていくというのはここが一番中心だという点で大変重要だと私は思っております。
 その中核にあるのはもちろん安保理になりますけれども、この安保理では、二〇〇五年の改革が挫折した以来ほとんど進展はないのが実態であります。日本はその旗頭であったわけなんですけれども、以後、いつもその国連総会では常任、非常任の両カテゴリーの拡大ということを主張するだけで、それ以後進展はないというのが実態であります。
 ウクライナ問題においては、もう安保理は瀕死の状況にあると言ってもよいわけなんですけれども、同時にそれは、安保理を改革しなくてはいけないという機運が盛り上がっているという意味でもありまして、一種のチャンスでもあります。これまで非常に消極的だったアメリカの態度は少し前向きになっているという事実があります。ただ、このウクライナ問題が、もう早く解決してほしいんですが、解決したらまた恐らくモメンタムも失われるでしょう。ですから、是非、ウクライナ問題を解決するためにもこの渦中で改革を進めたいというふうに思っておる次第であります。
 さて、これを考えるために、私はやはり二〇〇五年の挫折の総括をやっぱりしておく必要があるというふうに思っておるわけでありまして、これは明石さんも、それから当然、吉川さんもこの話題をもっと詳しくお触れになる可能性ありますが、最初に私が当たったものですから、私がこの点ちょっと、一番渦中にいたこともあってお話しさせていただきたいと思います。
 二〇〇四年にコフィー・アナン事務総長が提唱されたハイレベル・パネルで、国連改革に向けていろんな案が議論されました。二〇〇五年が国連創設六十周年でありましたので、それに向けて改革をする、その一部として安保理改革が議論されたわけであります。そして、モデルA、モデルBの二つの案が、細部は省略しますが、提唱されたと。
 一つは、常任理事国を六つ増やそうと、それから非常任を三つ増やすと、そうすると二十四になるわけであります。モデルBというのは、常任はつくらない、その代わりに再選可能な長期議席、現在は非常任議席は二年で、一度二年済んだら辞めなくちゃいけないんですね。じゃなくて、これ、二年じゃなくてもっと長くして、また再選されれば続けてやれるというのを八つつくろうと、非常任は一増やそうという案が出ました。これはいろんなバリエーションがあって、これ以外の案もあり得るんですけれども、基本はこの今言ったようなものであります。
 これに対して、日本、ドイツ、インド、ブラジルはG4というのをつくりまして、このモデルAに基づいた案を提唱していったわけであります。これはなかなか、とても大変難しい話でありまして、その憲章改正のためには加盟国の三分の二以上の賛成が必要だと。当時、百九十一か国でありましたので、三分の二といいますと百二十八でありまして、国連というところは、多くの国は微妙な問題になると棄権で逃げるんですね。ですから、多くのいろんな決議案は、例えば六十対五十で可決とかそういうのはあるんですけれども、これについては棄権も駄目と、賛成が百二十八必要だという極めて難しいハードルであります。これは、裏を言えば、国連は戦勝国が中心になってできた組織であります。戦勝国がつくった組織は変えたくないと、なかなか変わりにくいようにできているわけであります。
 我々は、したがって憲章を変えなくてはいけないということで、どうするかというので、まず枠組み決議案というのを出しまして、こういう常任の六個、非常任を三つつくろうという決議案を通して、その六つ、特にその六つにはどこが当てはまるべきかを選挙して、二番目に。そうすると、この国が入った憲章改正案を作ってこれをかけると、ですから総会を三回やるということを考えたんですね。そして、その後にそれがもし通ったらそれを各国が批准すると。三分の二以上の国が批准しないと発効いたしません。
 その際、常任理事国が全部批准しないといけないんですね。これは一番難しいんですけれども、かつて非常任理事国を増やしたことがありまして、そのときも多くの常任理事国は反対だったんですけれども、途中で徐々に態度を変えて結局非常任理事国を増やすということは昔行われたことがありまして、ですから、我々はとにかくそれをやっていこうと。その最初の枠組み決議案というところでG4は常任を六つ増やそうと、非常任三つ増やそうという案を提出、推進したわけであります。
 六つというのは、心は、もちろん日本、ドイツ、インド、ブラジル、これは先進国の日本、ドイツ、そして途上国でデモクラシーであるインド、ブラジルと、未来の大国であるこの二つを入れて、あとの二つはアフリカということが念頭にあったわけでございます。
 思った以上にこれは我々の方が勢いがありまして、二〇〇四年の秋の総会討議では百を超える国がこのモデルAの方に賛成だということを言っておりまして、もしかしたら通るかもしれないと思ったんですけれども、そのときに考えていたのは、一番大きいネックは、まずネックを突破するためには、まず小泉首相がブッシュ大統領に直談判して賛成してくれと言うと、お願いに行くと。それから同時に、当時、靖国問題をめぐって非常にトラブルが多かった、靖国問題について中国に対して何らかの柔軟な姿勢を示すということで、中国をできれば賛成に、いや、失礼、アメリカをできれば賛成に、そして中国をできれば棄権に持っていきたいと思っていたんですけれども、この二つともはっきり申し上げて政府はやってくれなかったんです。小泉さんは、ブッシュさんと、サミット、二つ、首脳会談で一度も取り上げていないんですよ、二〇〇四年の後半以来。我々にとって大変ディスアポインティングでありました。
 そして、私は中国情勢もいろんなネットワークで調べていたんですけれども、二〇〇四年の末まで中国は反対と言っていなかったんですね。しかし、同時に妥協もしなかった。これも非常にディスアポインティングでありました。それで、二〇〇五年の三月から中国は猛反対を始めたんですね。二〇〇五年の四月からはアメリカも反対ということを明言し出したんですよ。
 我々としては、国連代表部の気分は、飛車角落ちで戦っている気分でありました。それでも我々は必死に活動して、百票は取れると。うまくいきゃ百十取れると。可決はできないかもしれないけれども、投票に持ち込んで、そうすると、うまくいけば百十対反対四十、棄権四十ぐらいの数字に持っていけると。それで、これでも百二十八に届きませんからボートダウンなんですけれども、しかし多数はこれを支持しているという形をつくって、来年以後、更に運動で賛成を、支持国を積み上げると、あるいは決議案をちょっといじっていくということを考えていたわけなんですけれども、東京の指示は、投票するなという指示が来まして、それで投票へ行かなかったんですね。
 私は、二〇〇五年の六月十八日、投票予定日、そのための予行演習までしてあったんです、代表部で。しかし、するなと言ってきたんで、できなかったんです。本省は、アフリカを大量に取り込めば可決できるということでアフリカ工作を指示されたんですけれども、ニューヨークで見ていて、アフリカの丸ごと取り込みは絶対できないということが分かっていたんですね。結局できませんで、これは流れたと。
 アフリカは、アフリカは差別されていると、差別を克服するためにアフリカに常任理事国を二、それも拒否権付きでよこせと言ってきたんですね。拒否権というのは国連では全く不人気であって、拒否権に賛成しているのは五か国しかありません、恐らく。拒否権付きと言った途端にその決議案はもう没なんですよね。しかしそう言ってきた。
 その本音は、アフリカは差別されているからアフリカにも対等の地位をよこせと言うと同時に、しかし、どこか特定の国が常任になるのは嫌なんです。例えばナイジェリアがなったら、周りの国は絶対嫌なんですよね。南アがなったら、あんなのはアフリカの中じゃ新参だと、この間まで白人国だったと。エジプトがなったら、あれはアラブだといって、大体反対なんですよ。
 ですから、アフリカは総論賛成各論反対なんですよね。だから、我々はそれを、アフリカを丸ごと、もう絶対無理だから個別工作でやろうというんだったんですけど、否決されたわけであります。当時、日本の分担金は一九%超えておりました。アメリカの二二に迫る数で、それでもできなかったので、このアプローチを今後続けるのはほとんど不可能だというふうに私は思っております。
 もう一つの問題は、これまた外務省の友人諸君には申し訳ないんですけれども、なぜ、どうやって失敗したかということの総括がちゃんと行われていないんですよ。ですから、当時、出先でみんな一生懸命働いた大使に、なぜ、こういうわけでできなかったと、申し訳ないということを説明していないですよね。これは日本の政治の大きな欠点で、何かやった後、総括しないというのはよくあることなんですけれども、是非今後よろしくお願いいたします。
 私が今考えているのは、日本はここで、準常任理事国、モデルBに降りたらどうかというのが私の意見でございます。仮に日本案を作って、これまでのモデルAは絶対できないので、国連にはいつも常任、非常任の拡大と言っているんですけれども、それは絶対できないということなんですよ。みんな、ああ、日本はいつものこと言っているなと、本気じゃないなと思っているだけなんです。
 もし日本が新しいアプローチを取ると、準常任でいくんだと言ったら、おっというふうに耳を傾けるでしょう。仮に任期四年とすれば、選挙では絶対日本は通ります。そして再選も多分できると思います。ただ、二回やったら多分一回休んで、また次やると。そうすると、四年やって四年やって四年休んでと、八年やって四年休んで、八年やって四年休むというぐらいになって、今よりずっといいと思うんですね。今は二年やったら大体五、六年休まないと次なれないんですよね。安保理、非常任やりたいという人は多いわけで。
 重要なのは、この安保理にいて何を言うかと、何を発言するかということは大事であります。日本独自の、基本的に日本は自由主義の立場にいるんですけれども、日本のメッセージを出すことで世界に聞かせるということが大事だと思っております。
 もう一つ重要なのは、拒否権へのチャレンジであります。安保理改革で一番言われるのは、構成、コンポジションと、それから拒否権、これは運営方法で、もうその核はこれ拒否権であります。
 昨年、リヒテンシュタインが提案した長年話題になっていた案がやっと通ったんですけれども、これは、拒否権を行使した場合はそれを総会で理由を説明せよというので、一歩前進ではあるんですけれども、木で鼻くくったような説明しておしまいなんですね。
 この際申し上げますと、このリヒテンシュタインという国は小さな国ですけれども、何かすばらしい場所の立派なハイライズの、上の方にきれいな公邸がありまして、そこの大使は多分二十年ぐらいやっているんじゃないでしょうか。そうすると、やっぱりすっかり顔なんですよね。そういうアプローチをいろんな国がやっているということを参考に申し上げたいと思います。
 アジアでも、ラオスの大使なんかはやっぱり十数年やっていて、やっぱり小さな問題だったらすぐ処理してくれるんですよ。大きな問題は動きません。だけれども、そういう人脈、顔、長くいることというのはとても重要だということをついでに申し上げておきたいと思います。
 それで、拒否権をやめようという提案をもししたら、まず真っ先にアメリカが反対しますし、絶対これは難しい。ただ、時々言われているのは、これも難しいんですけれども、五か国全部が賛成しなくても四か国賛成したら可決にすると。あるいは、つまり、二か国合わせて反対、ノーと言わなければ拒否権にならないという制度をつくることはできないか。
 それは、ここに書きました憲章二十七の三のところに、常任理事国の同意投票を含む九理事国の賛成で可決というようになっているんですね。これを常任理事国のうち四か国以上の賛成が必要だというふうに変えれば、二か国反対しなきゃ駄目だと。そうしても多分中ロが結託して否決されるかもしれませんが、しかし、中国にしても、ロシアといつも同じだと言われるのは嫌だというところもあるんですよね。
 ですから、これは一理ある案でございます。難しいけれども、こういう案はトライするに値するとは思っています。ただ、日本が旗を振るかどうか、アメリカの同盟国ですからね。これちょっと難しいところあるんですけれども。
 その他いろいろあって、例えば、紛争当事国は投票すべきでないというこれ大原則があるんですよね。当然ですよね。紛争で、ディスピュートしている国は投票するなというのはあるんですけれども、そうすると、多分ロシアは、これは紛争ではない、自衛だと言うでしょうね。で、なかなか難しい。
 それから、手続事項については、幾つかの条件付で、その拒否権ないんです。ですから、今年はロシアが議長月だと、しかし、この問題はロシアは当事者だからロシアが議長をやるのはおかしいということを言うことは、技術的には可能なんです。しかし、これもなかなか常任理事国の前でそれ言うの難しいので、これをトライしたのは、トライした人もいるんですけれども、なかなか難しい。日本はなかなかできないでしょうね。
 それは、実は常任理事国の間で特権を維持するために暗黙の合意というのは実はあるんですよ。ですから、アメリカの国連大使というのは割合、同盟国日本よりも中国、ロシアと仲よくすることは時々あるんですね。それはその頃で、最近は違うかもしれません。
 さて、日本の責任ということを考えますと、日本は今でも常任理事国をつくるとすれば第一候補だと思います。経済は衰退しておりますが、それでも、勢いのあるインド、ブラジルというのは余り好かれてないですよ、周りから。それから、ドイツは、ヨーロッパが多過ぎると、もう英仏が常任じゃないかと、三つ目は要らないという声があって、何かそういう意味で、一つつくるとするとやっぱり日本なんですね。その日本が安保理改革はやめたと言ったら安保理改革はもうできないということなので、私は、日本は安保理改革を進める、リードしていく責任があるというふうに思っております。
 この際、途上国はなぜロシア制裁に消極的かということをまた申し上げれば、それは先進国のダブルスタンダードであります、一番大きいのは。二〇〇三年にアメリカは十分な国連決議なしにイラクに攻め込んだではないかという批判があり、それからまた、アフリカの多くの国は長年イギリスあるいはフランスの植民地でありました。その植民地独立闘争、時には血なまぐさい闘争で、支援した国の一つはソ連だったんですね。だから、そういうのがありますと、なかなかロシアと手を切りにくい。
 それだけではなくて、彼らアフリカの国なんかは、よその国に介入されるのが嫌なんですよね。で、具体的に、ICCというのがあります。ICCがあってですね、ICCはスーダンの大統領なんかには逮捕状を出すんですよ、アル・バシールと、逮捕状を出すと。しかし、プーチンに出せますか。まあ出すんですけれども、これ執行できる可能性はまあゼロですよね。そうすると、結局、こういう国連の崇高な目的のためには内政干渉も辞さないというのは、小さな国がやられるだけで大きな国はやられないじゃないかと、こういう弱い者いじめには反対だというのが多いんですね。
 そういうメンタリティーの国々から見ると、一番まだましなのは日本です。日本はアフリカの植民地統治はやっていませんし、ほかの点でも、強引な内政干渉というのは余りやりたがらない国であります。そういうわけで、私は、この点において、かつて国連に入ったときに、重光さんが東西の懸け橋になると言ったような意味において、大事なのは日本のそういう立ち位置だと思っております。
 日本はG7の中で唯一非西洋の国であります。そして、かつて途上国として苦労した唯一の国であります。ですから、途上国の立場に寄り添って先進国の側に引き寄せていく、その重要なポジションにいるのが私は日本だと思います。それを、そういう立場を踏まえた国連改革案を出していくということが重要だと思っております。
 具体的には、総理の下で有識者会議をつくって具体案を出すと。まあ安保理改革って非常にテクニカルな面があるので、具体案を作って世界にアピールしていくと。今、グテーレス総長の下に安保理改革を目指す案を作ろうという動きがあるというふうに聞いております。これと連動しながら、日本はこういうのがいいと思うということを打ち出して世界の国々に働きかけて、できれば今年の秋の国連総会、ちょっと間に合わなければそのちょっと先になるかもしれませんが、日本がイニシアティブを取って他の友好国と一緒に案を作っていくと。その前にまず日本で案を作っていくと、例えば明石先生などの方を座長にして意見、案を作って世界中に働きかけていくというようなことをやるのが望ましいのではないかというふうに思っております。そのためにも、日本は途上国に対するアプローチをもっと強化すべきだと。
 で、日本自身の近代化、発展というのは途上国にとって非常に大きな魅力なので、これをシェアするための活動をもっとやったらどうかということを補論には書いてございます。これは時間の関係でここで一旦終わらせていただきますけれども、私どもは、海外からの研修生に日本の発展を教えると、それからまた、海外のトップの大学に小さな講座をつくって日本の近代化の歴史やODAを教えるというのをやって、これ非常に好評なんですね。こういうこともしながら、さっき言ったようなアプローチをしていくのがよいのではないかというのが私の考えでございます。
 以上でございます。どうもありがとうございました。

発言情報

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発言者: 北岡伸一

speaker_id: 5844

日付: 2023-04-12

院: 参議院

会議名: 外交・安全保障に関する調査会