外交・安全保障に関する調査会
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会
会議録情報#0
令和五年四月十二日(水曜日)
午後一時開会
─────────────
委員の異動
三月十五日
辞任 補欠選任
浜田 聡君 宮口 治子君
─────────────
出席者は左のとおり。
会 長 猪口 邦子君
理 事
朝日健太郎君
こやり隆史君
松川 るい君
塩村あやか君
平木 大作君
串田 誠一君
浜口 誠君
岩渕 友君
委 員
赤松 健君
生稲 晃子君
今井絵理子君
上野 通子君
永井 学君
長谷川英晴君
森 まさこ君
吉川ゆうみ君
羽田 次郎君
三上 えり君
水野 素子君
宮口 治子君
高橋 光男君
金子 道仁君
松野 明美君
伊波 洋一君
事務局側
第一特別調査室
長 中西 渉君
参考人
東京大学名誉教
授 北岡 伸一君
公益財団法人国
立京都国際会館
理事長 明石 康君
国際基督教大学
特別招聘教授
元国際連合日本
政府代表部特命
全権大使・常駐
代表 吉川 元偉君
─────────────
本日の会議に付した案件
○外交・安全保障に関する調査
(「21世紀の戦争と平和と解決力~新国際秩序
構築~」のうち、「国連改革(安保理改革・専
門機関の強靱化)」について)
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この発言だけを見る →午後一時開会
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委員の異動
三月十五日
辞任 補欠選任
浜田 聡君 宮口 治子君
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出席者は左のとおり。
会 長 猪口 邦子君
理 事
朝日健太郎君
こやり隆史君
松川 るい君
塩村あやか君
平木 大作君
串田 誠一君
浜口 誠君
岩渕 友君
委 員
赤松 健君
生稲 晃子君
今井絵理子君
上野 通子君
永井 学君
長谷川英晴君
森 まさこ君
吉川ゆうみ君
羽田 次郎君
三上 えり君
水野 素子君
宮口 治子君
高橋 光男君
金子 道仁君
松野 明美君
伊波 洋一君
事務局側
第一特別調査室
長 中西 渉君
参考人
東京大学名誉教
授 北岡 伸一君
公益財団法人国
立京都国際会館
理事長 明石 康君
国際基督教大学
特別招聘教授
元国際連合日本
政府代表部特命
全権大使・常駐
代表 吉川 元偉君
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本日の会議に付した案件
○外交・安全保障に関する調査
(「21世紀の戦争と平和と解決力~新国際秩序
構築~」のうち、「国連改革(安保理改革・専
門機関の強靱化)」について)
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猪
猪口邦子#1
○会長(猪口邦子君) ただいまから外交・安全保障に関する調査会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
昨日までに、浜田聡君が委員を辞任され、その補欠として宮口治子君が選任されました。
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この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
昨日までに、浜田聡君が委員を辞任され、その補欠として宮口治子君が選任されました。
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猪
猪口邦子#2
○会長(猪口邦子君) 外交・安全保障に関する調査を議題といたします。
本日は、「21世紀の戦争と平和と解決力~新国際秩序構築~」のうち、「国連改革(安保理改革・専門機関の強靱化)」について三名の参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
御出席いただいております参考人は、東京大学名誉教授北岡伸一君、公益財団法人国立京都国際会館理事長明石康君及び国際基督教大学特別招聘教授・元国際連合日本政府代表部特命全権大使・常駐代表吉川元偉君でございます。
この際、参考人の皆様に一言御挨拶申し上げます。
本日は、御多忙のところ御出席いただき、誠にありがとうございます。
皆様から忌憚のない御意見を承りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
次に、議事の進め方について申し上げます。
まず、北岡参考人、明石参考人、吉川参考人の順にお一人二十分程度で御意見をお述べいただき、その後、午後四時頃までをめどに質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。
また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度、会長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきください。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず北岡参考人からお願いいたします。北岡参考人。
この発言だけを見る →本日は、「21世紀の戦争と平和と解決力~新国際秩序構築~」のうち、「国連改革(安保理改革・専門機関の強靱化)」について三名の参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
御出席いただいております参考人は、東京大学名誉教授北岡伸一君、公益財団法人国立京都国際会館理事長明石康君及び国際基督教大学特別招聘教授・元国際連合日本政府代表部特命全権大使・常駐代表吉川元偉君でございます。
この際、参考人の皆様に一言御挨拶申し上げます。
本日は、御多忙のところ御出席いただき、誠にありがとうございます。
皆様から忌憚のない御意見を承りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
次に、議事の進め方について申し上げます。
まず、北岡参考人、明石参考人、吉川参考人の順にお一人二十分程度で御意見をお述べいただき、その後、午後四時頃までをめどに質疑を行いますので、御協力をよろしくお願いいたします。
また、御発言の際は、挙手をしていただき、その都度、会長の許可を得ることとなっておりますので、御承知おきください。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず北岡参考人からお願いいたします。北岡参考人。
北
北岡伸一#3
○参考人(北岡伸一君) 北岡でございます。
本日は、大変重要な会合にお招きをいただきまして、ありがとうございます。
私は、日本の外交を教えて、研究し、教えており、また、二〇〇四年四月から二〇〇六年の九月まで特命全権大使、国連代表部次席代表を務めさせていただきました。その後、関連ある仕事としては、二〇一五年十月から昨年、二〇二二年の三月までJICAの理事長を務めてまいりました。以上の経験を基に今日はお話をさせていただきます。
さて、ウクライナ危機に関して国連に対する失望が非常に広がって、国連は無力だということをよく言われるわけであります。しかし、私から見れば、国連は元来無力なものでございます。自前の力もありませんし、自前の財源もありません。しかし、無意味ではありません。非常に重要なものであります。どういう意味かといいますと、それは、世界の世論をつくっていくというのはここが一番中心だという点で大変重要だと私は思っております。
その中核にあるのはもちろん安保理になりますけれども、この安保理では、二〇〇五年の改革が挫折した以来ほとんど進展はないのが実態であります。日本はその旗頭であったわけなんですけれども、以後、いつもその国連総会では常任、非常任の両カテゴリーの拡大ということを主張するだけで、それ以後進展はないというのが実態であります。
ウクライナ問題においては、もう安保理は瀕死の状況にあると言ってもよいわけなんですけれども、同時にそれは、安保理を改革しなくてはいけないという機運が盛り上がっているという意味でもありまして、一種のチャンスでもあります。これまで非常に消極的だったアメリカの態度は少し前向きになっているという事実があります。ただ、このウクライナ問題が、もう早く解決してほしいんですが、解決したらまた恐らくモメンタムも失われるでしょう。ですから、是非、ウクライナ問題を解決するためにもこの渦中で改革を進めたいというふうに思っておる次第であります。
さて、これを考えるために、私はやはり二〇〇五年の挫折の総括をやっぱりしておく必要があるというふうに思っておるわけでありまして、これは明石さんも、それから当然、吉川さんもこの話題をもっと詳しくお触れになる可能性ありますが、最初に私が当たったものですから、私がこの点ちょっと、一番渦中にいたこともあってお話しさせていただきたいと思います。
二〇〇四年にコフィー・アナン事務総長が提唱されたハイレベル・パネルで、国連改革に向けていろんな案が議論されました。二〇〇五年が国連創設六十周年でありましたので、それに向けて改革をする、その一部として安保理改革が議論されたわけであります。そして、モデルA、モデルBの二つの案が、細部は省略しますが、提唱されたと。
一つは、常任理事国を六つ増やそうと、それから非常任を三つ増やすと、そうすると二十四になるわけであります。モデルBというのは、常任はつくらない、その代わりに再選可能な長期議席、現在は非常任議席は二年で、一度二年済んだら辞めなくちゃいけないんですね。じゃなくて、これ、二年じゃなくてもっと長くして、また再選されれば続けてやれるというのを八つつくろうと、非常任は一増やそうという案が出ました。これはいろんなバリエーションがあって、これ以外の案もあり得るんですけれども、基本はこの今言ったようなものであります。
これに対して、日本、ドイツ、インド、ブラジルはG4というのをつくりまして、このモデルAに基づいた案を提唱していったわけであります。これはなかなか、とても大変難しい話でありまして、その憲章改正のためには加盟国の三分の二以上の賛成が必要だと。当時、百九十一か国でありましたので、三分の二といいますと百二十八でありまして、国連というところは、多くの国は微妙な問題になると棄権で逃げるんですね。ですから、多くのいろんな決議案は、例えば六十対五十で可決とかそういうのはあるんですけれども、これについては棄権も駄目と、賛成が百二十八必要だという極めて難しいハードルであります。これは、裏を言えば、国連は戦勝国が中心になってできた組織であります。戦勝国がつくった組織は変えたくないと、なかなか変わりにくいようにできているわけであります。
我々は、したがって憲章を変えなくてはいけないということで、どうするかというので、まず枠組み決議案というのを出しまして、こういう常任の六個、非常任を三つつくろうという決議案を通して、その六つ、特にその六つにはどこが当てはまるべきかを選挙して、二番目に。そうすると、この国が入った憲章改正案を作ってこれをかけると、ですから総会を三回やるということを考えたんですね。そして、その後にそれがもし通ったらそれを各国が批准すると。三分の二以上の国が批准しないと発効いたしません。
その際、常任理事国が全部批准しないといけないんですね。これは一番難しいんですけれども、かつて非常任理事国を増やしたことがありまして、そのときも多くの常任理事国は反対だったんですけれども、途中で徐々に態度を変えて結局非常任理事国を増やすということは昔行われたことがありまして、ですから、我々はとにかくそれをやっていこうと。その最初の枠組み決議案というところでG4は常任を六つ増やそうと、非常任三つ増やそうという案を提出、推進したわけであります。
六つというのは、心は、もちろん日本、ドイツ、インド、ブラジル、これは先進国の日本、ドイツ、そして途上国でデモクラシーであるインド、ブラジルと、未来の大国であるこの二つを入れて、あとの二つはアフリカということが念頭にあったわけでございます。
思った以上にこれは我々の方が勢いがありまして、二〇〇四年の秋の総会討議では百を超える国がこのモデルAの方に賛成だということを言っておりまして、もしかしたら通るかもしれないと思ったんですけれども、そのときに考えていたのは、一番大きいネックは、まずネックを突破するためには、まず小泉首相がブッシュ大統領に直談判して賛成してくれと言うと、お願いに行くと。それから同時に、当時、靖国問題をめぐって非常にトラブルが多かった、靖国問題について中国に対して何らかの柔軟な姿勢を示すということで、中国をできれば賛成に、いや、失礼、アメリカをできれば賛成に、そして中国をできれば棄権に持っていきたいと思っていたんですけれども、この二つともはっきり申し上げて政府はやってくれなかったんです。小泉さんは、ブッシュさんと、サミット、二つ、首脳会談で一度も取り上げていないんですよ、二〇〇四年の後半以来。我々にとって大変ディスアポインティングでありました。
そして、私は中国情勢もいろんなネットワークで調べていたんですけれども、二〇〇四年の末まで中国は反対と言っていなかったんですね。しかし、同時に妥協もしなかった。これも非常にディスアポインティングでありました。それで、二〇〇五年の三月から中国は猛反対を始めたんですね。二〇〇五年の四月からはアメリカも反対ということを明言し出したんですよ。
我々としては、国連代表部の気分は、飛車角落ちで戦っている気分でありました。それでも我々は必死に活動して、百票は取れると。うまくいきゃ百十取れると。可決はできないかもしれないけれども、投票に持ち込んで、そうすると、うまくいけば百十対反対四十、棄権四十ぐらいの数字に持っていけると。それで、これでも百二十八に届きませんからボートダウンなんですけれども、しかし多数はこれを支持しているという形をつくって、来年以後、更に運動で賛成を、支持国を積み上げると、あるいは決議案をちょっといじっていくということを考えていたわけなんですけれども、東京の指示は、投票するなという指示が来まして、それで投票へ行かなかったんですね。
私は、二〇〇五年の六月十八日、投票予定日、そのための予行演習までしてあったんです、代表部で。しかし、するなと言ってきたんで、できなかったんです。本省は、アフリカを大量に取り込めば可決できるということでアフリカ工作を指示されたんですけれども、ニューヨークで見ていて、アフリカの丸ごと取り込みは絶対できないということが分かっていたんですね。結局できませんで、これは流れたと。
アフリカは、アフリカは差別されていると、差別を克服するためにアフリカに常任理事国を二、それも拒否権付きでよこせと言ってきたんですね。拒否権というのは国連では全く不人気であって、拒否権に賛成しているのは五か国しかありません、恐らく。拒否権付きと言った途端にその決議案はもう没なんですよね。しかしそう言ってきた。
その本音は、アフリカは差別されているからアフリカにも対等の地位をよこせと言うと同時に、しかし、どこか特定の国が常任になるのは嫌なんです。例えばナイジェリアがなったら、周りの国は絶対嫌なんですよね。南アがなったら、あんなのはアフリカの中じゃ新参だと、この間まで白人国だったと。エジプトがなったら、あれはアラブだといって、大体反対なんですよ。
ですから、アフリカは総論賛成各論反対なんですよね。だから、我々はそれを、アフリカを丸ごと、もう絶対無理だから個別工作でやろうというんだったんですけど、否決されたわけであります。当時、日本の分担金は一九%超えておりました。アメリカの二二に迫る数で、それでもできなかったので、このアプローチを今後続けるのはほとんど不可能だというふうに私は思っております。
もう一つの問題は、これまた外務省の友人諸君には申し訳ないんですけれども、なぜ、どうやって失敗したかということの総括がちゃんと行われていないんですよ。ですから、当時、出先でみんな一生懸命働いた大使に、なぜ、こういうわけでできなかったと、申し訳ないということを説明していないですよね。これは日本の政治の大きな欠点で、何かやった後、総括しないというのはよくあることなんですけれども、是非今後よろしくお願いいたします。
私が今考えているのは、日本はここで、準常任理事国、モデルBに降りたらどうかというのが私の意見でございます。仮に日本案を作って、これまでのモデルAは絶対できないので、国連にはいつも常任、非常任の拡大と言っているんですけれども、それは絶対できないということなんですよ。みんな、ああ、日本はいつものこと言っているなと、本気じゃないなと思っているだけなんです。
もし日本が新しいアプローチを取ると、準常任でいくんだと言ったら、おっというふうに耳を傾けるでしょう。仮に任期四年とすれば、選挙では絶対日本は通ります。そして再選も多分できると思います。ただ、二回やったら多分一回休んで、また次やると。そうすると、四年やって四年やって四年休んでと、八年やって四年休んで、八年やって四年休むというぐらいになって、今よりずっといいと思うんですね。今は二年やったら大体五、六年休まないと次なれないんですよね。安保理、非常任やりたいという人は多いわけで。
重要なのは、この安保理にいて何を言うかと、何を発言するかということは大事であります。日本独自の、基本的に日本は自由主義の立場にいるんですけれども、日本のメッセージを出すことで世界に聞かせるということが大事だと思っております。
もう一つ重要なのは、拒否権へのチャレンジであります。安保理改革で一番言われるのは、構成、コンポジションと、それから拒否権、これは運営方法で、もうその核はこれ拒否権であります。
昨年、リヒテンシュタインが提案した長年話題になっていた案がやっと通ったんですけれども、これは、拒否権を行使した場合はそれを総会で理由を説明せよというので、一歩前進ではあるんですけれども、木で鼻くくったような説明しておしまいなんですね。
この際申し上げますと、このリヒテンシュタインという国は小さな国ですけれども、何かすばらしい場所の立派なハイライズの、上の方にきれいな公邸がありまして、そこの大使は多分二十年ぐらいやっているんじゃないでしょうか。そうすると、やっぱりすっかり顔なんですよね。そういうアプローチをいろんな国がやっているということを参考に申し上げたいと思います。
アジアでも、ラオスの大使なんかはやっぱり十数年やっていて、やっぱり小さな問題だったらすぐ処理してくれるんですよ。大きな問題は動きません。だけれども、そういう人脈、顔、長くいることというのはとても重要だということをついでに申し上げておきたいと思います。
それで、拒否権をやめようという提案をもししたら、まず真っ先にアメリカが反対しますし、絶対これは難しい。ただ、時々言われているのは、これも難しいんですけれども、五か国全部が賛成しなくても四か国賛成したら可決にすると。あるいは、つまり、二か国合わせて反対、ノーと言わなければ拒否権にならないという制度をつくることはできないか。
それは、ここに書きました憲章二十七の三のところに、常任理事国の同意投票を含む九理事国の賛成で可決というようになっているんですね。これを常任理事国のうち四か国以上の賛成が必要だというふうに変えれば、二か国反対しなきゃ駄目だと。そうしても多分中ロが結託して否決されるかもしれませんが、しかし、中国にしても、ロシアといつも同じだと言われるのは嫌だというところもあるんですよね。
ですから、これは一理ある案でございます。難しいけれども、こういう案はトライするに値するとは思っています。ただ、日本が旗を振るかどうか、アメリカの同盟国ですからね。これちょっと難しいところあるんですけれども。
その他いろいろあって、例えば、紛争当事国は投票すべきでないというこれ大原則があるんですよね。当然ですよね。紛争で、ディスピュートしている国は投票するなというのはあるんですけれども、そうすると、多分ロシアは、これは紛争ではない、自衛だと言うでしょうね。で、なかなか難しい。
それから、手続事項については、幾つかの条件付で、その拒否権ないんです。ですから、今年はロシアが議長月だと、しかし、この問題はロシアは当事者だからロシアが議長をやるのはおかしいということを言うことは、技術的には可能なんです。しかし、これもなかなか常任理事国の前でそれ言うの難しいので、これをトライしたのは、トライした人もいるんですけれども、なかなか難しい。日本はなかなかできないでしょうね。
それは、実は常任理事国の間で特権を維持するために暗黙の合意というのは実はあるんですよ。ですから、アメリカの国連大使というのは割合、同盟国日本よりも中国、ロシアと仲よくすることは時々あるんですね。それはその頃で、最近は違うかもしれません。
さて、日本の責任ということを考えますと、日本は今でも常任理事国をつくるとすれば第一候補だと思います。経済は衰退しておりますが、それでも、勢いのあるインド、ブラジルというのは余り好かれてないですよ、周りから。それから、ドイツは、ヨーロッパが多過ぎると、もう英仏が常任じゃないかと、三つ目は要らないという声があって、何かそういう意味で、一つつくるとするとやっぱり日本なんですね。その日本が安保理改革はやめたと言ったら安保理改革はもうできないということなので、私は、日本は安保理改革を進める、リードしていく責任があるというふうに思っております。
この際、途上国はなぜロシア制裁に消極的かということをまた申し上げれば、それは先進国のダブルスタンダードであります、一番大きいのは。二〇〇三年にアメリカは十分な国連決議なしにイラクに攻め込んだではないかという批判があり、それからまた、アフリカの多くの国は長年イギリスあるいはフランスの植民地でありました。その植民地独立闘争、時には血なまぐさい闘争で、支援した国の一つはソ連だったんですね。だから、そういうのがありますと、なかなかロシアと手を切りにくい。
それだけではなくて、彼らアフリカの国なんかは、よその国に介入されるのが嫌なんですよね。で、具体的に、ICCというのがあります。ICCがあってですね、ICCはスーダンの大統領なんかには逮捕状を出すんですよ、アル・バシールと、逮捕状を出すと。しかし、プーチンに出せますか。まあ出すんですけれども、これ執行できる可能性はまあゼロですよね。そうすると、結局、こういう国連の崇高な目的のためには内政干渉も辞さないというのは、小さな国がやられるだけで大きな国はやられないじゃないかと、こういう弱い者いじめには反対だというのが多いんですね。
そういうメンタリティーの国々から見ると、一番まだましなのは日本です。日本はアフリカの植民地統治はやっていませんし、ほかの点でも、強引な内政干渉というのは余りやりたがらない国であります。そういうわけで、私は、この点において、かつて国連に入ったときに、重光さんが東西の懸け橋になると言ったような意味において、大事なのは日本のそういう立ち位置だと思っております。
日本はG7の中で唯一非西洋の国であります。そして、かつて途上国として苦労した唯一の国であります。ですから、途上国の立場に寄り添って先進国の側に引き寄せていく、その重要なポジションにいるのが私は日本だと思います。それを、そういう立場を踏まえた国連改革案を出していくということが重要だと思っております。
具体的には、総理の下で有識者会議をつくって具体案を出すと。まあ安保理改革って非常にテクニカルな面があるので、具体案を作って世界にアピールしていくと。今、グテーレス総長の下に安保理改革を目指す案を作ろうという動きがあるというふうに聞いております。これと連動しながら、日本はこういうのがいいと思うということを打ち出して世界の国々に働きかけて、できれば今年の秋の国連総会、ちょっと間に合わなければそのちょっと先になるかもしれませんが、日本がイニシアティブを取って他の友好国と一緒に案を作っていくと。その前にまず日本で案を作っていくと、例えば明石先生などの方を座長にして意見、案を作って世界中に働きかけていくというようなことをやるのが望ましいのではないかというふうに思っております。そのためにも、日本は途上国に対するアプローチをもっと強化すべきだと。
で、日本自身の近代化、発展というのは途上国にとって非常に大きな魅力なので、これをシェアするための活動をもっとやったらどうかということを補論には書いてございます。これは時間の関係でここで一旦終わらせていただきますけれども、私どもは、海外からの研修生に日本の発展を教えると、それからまた、海外のトップの大学に小さな講座をつくって日本の近代化の歴史やODAを教えるというのをやって、これ非常に好評なんですね。こういうこともしながら、さっき言ったようなアプローチをしていくのがよいのではないかというのが私の考えでございます。
以上でございます。どうもありがとうございました。
この発言だけを見る →本日は、大変重要な会合にお招きをいただきまして、ありがとうございます。
私は、日本の外交を教えて、研究し、教えており、また、二〇〇四年四月から二〇〇六年の九月まで特命全権大使、国連代表部次席代表を務めさせていただきました。その後、関連ある仕事としては、二〇一五年十月から昨年、二〇二二年の三月までJICAの理事長を務めてまいりました。以上の経験を基に今日はお話をさせていただきます。
さて、ウクライナ危機に関して国連に対する失望が非常に広がって、国連は無力だということをよく言われるわけであります。しかし、私から見れば、国連は元来無力なものでございます。自前の力もありませんし、自前の財源もありません。しかし、無意味ではありません。非常に重要なものであります。どういう意味かといいますと、それは、世界の世論をつくっていくというのはここが一番中心だという点で大変重要だと私は思っております。
その中核にあるのはもちろん安保理になりますけれども、この安保理では、二〇〇五年の改革が挫折した以来ほとんど進展はないのが実態であります。日本はその旗頭であったわけなんですけれども、以後、いつもその国連総会では常任、非常任の両カテゴリーの拡大ということを主張するだけで、それ以後進展はないというのが実態であります。
ウクライナ問題においては、もう安保理は瀕死の状況にあると言ってもよいわけなんですけれども、同時にそれは、安保理を改革しなくてはいけないという機運が盛り上がっているという意味でもありまして、一種のチャンスでもあります。これまで非常に消極的だったアメリカの態度は少し前向きになっているという事実があります。ただ、このウクライナ問題が、もう早く解決してほしいんですが、解決したらまた恐らくモメンタムも失われるでしょう。ですから、是非、ウクライナ問題を解決するためにもこの渦中で改革を進めたいというふうに思っておる次第であります。
さて、これを考えるために、私はやはり二〇〇五年の挫折の総括をやっぱりしておく必要があるというふうに思っておるわけでありまして、これは明石さんも、それから当然、吉川さんもこの話題をもっと詳しくお触れになる可能性ありますが、最初に私が当たったものですから、私がこの点ちょっと、一番渦中にいたこともあってお話しさせていただきたいと思います。
二〇〇四年にコフィー・アナン事務総長が提唱されたハイレベル・パネルで、国連改革に向けていろんな案が議論されました。二〇〇五年が国連創設六十周年でありましたので、それに向けて改革をする、その一部として安保理改革が議論されたわけであります。そして、モデルA、モデルBの二つの案が、細部は省略しますが、提唱されたと。
一つは、常任理事国を六つ増やそうと、それから非常任を三つ増やすと、そうすると二十四になるわけであります。モデルBというのは、常任はつくらない、その代わりに再選可能な長期議席、現在は非常任議席は二年で、一度二年済んだら辞めなくちゃいけないんですね。じゃなくて、これ、二年じゃなくてもっと長くして、また再選されれば続けてやれるというのを八つつくろうと、非常任は一増やそうという案が出ました。これはいろんなバリエーションがあって、これ以外の案もあり得るんですけれども、基本はこの今言ったようなものであります。
これに対して、日本、ドイツ、インド、ブラジルはG4というのをつくりまして、このモデルAに基づいた案を提唱していったわけであります。これはなかなか、とても大変難しい話でありまして、その憲章改正のためには加盟国の三分の二以上の賛成が必要だと。当時、百九十一か国でありましたので、三分の二といいますと百二十八でありまして、国連というところは、多くの国は微妙な問題になると棄権で逃げるんですね。ですから、多くのいろんな決議案は、例えば六十対五十で可決とかそういうのはあるんですけれども、これについては棄権も駄目と、賛成が百二十八必要だという極めて難しいハードルであります。これは、裏を言えば、国連は戦勝国が中心になってできた組織であります。戦勝国がつくった組織は変えたくないと、なかなか変わりにくいようにできているわけであります。
我々は、したがって憲章を変えなくてはいけないということで、どうするかというので、まず枠組み決議案というのを出しまして、こういう常任の六個、非常任を三つつくろうという決議案を通して、その六つ、特にその六つにはどこが当てはまるべきかを選挙して、二番目に。そうすると、この国が入った憲章改正案を作ってこれをかけると、ですから総会を三回やるということを考えたんですね。そして、その後にそれがもし通ったらそれを各国が批准すると。三分の二以上の国が批准しないと発効いたしません。
その際、常任理事国が全部批准しないといけないんですね。これは一番難しいんですけれども、かつて非常任理事国を増やしたことがありまして、そのときも多くの常任理事国は反対だったんですけれども、途中で徐々に態度を変えて結局非常任理事国を増やすということは昔行われたことがありまして、ですから、我々はとにかくそれをやっていこうと。その最初の枠組み決議案というところでG4は常任を六つ増やそうと、非常任三つ増やそうという案を提出、推進したわけであります。
六つというのは、心は、もちろん日本、ドイツ、インド、ブラジル、これは先進国の日本、ドイツ、そして途上国でデモクラシーであるインド、ブラジルと、未来の大国であるこの二つを入れて、あとの二つはアフリカということが念頭にあったわけでございます。
思った以上にこれは我々の方が勢いがありまして、二〇〇四年の秋の総会討議では百を超える国がこのモデルAの方に賛成だということを言っておりまして、もしかしたら通るかもしれないと思ったんですけれども、そのときに考えていたのは、一番大きいネックは、まずネックを突破するためには、まず小泉首相がブッシュ大統領に直談判して賛成してくれと言うと、お願いに行くと。それから同時に、当時、靖国問題をめぐって非常にトラブルが多かった、靖国問題について中国に対して何らかの柔軟な姿勢を示すということで、中国をできれば賛成に、いや、失礼、アメリカをできれば賛成に、そして中国をできれば棄権に持っていきたいと思っていたんですけれども、この二つともはっきり申し上げて政府はやってくれなかったんです。小泉さんは、ブッシュさんと、サミット、二つ、首脳会談で一度も取り上げていないんですよ、二〇〇四年の後半以来。我々にとって大変ディスアポインティングでありました。
そして、私は中国情勢もいろんなネットワークで調べていたんですけれども、二〇〇四年の末まで中国は反対と言っていなかったんですね。しかし、同時に妥協もしなかった。これも非常にディスアポインティングでありました。それで、二〇〇五年の三月から中国は猛反対を始めたんですね。二〇〇五年の四月からはアメリカも反対ということを明言し出したんですよ。
我々としては、国連代表部の気分は、飛車角落ちで戦っている気分でありました。それでも我々は必死に活動して、百票は取れると。うまくいきゃ百十取れると。可決はできないかもしれないけれども、投票に持ち込んで、そうすると、うまくいけば百十対反対四十、棄権四十ぐらいの数字に持っていけると。それで、これでも百二十八に届きませんからボートダウンなんですけれども、しかし多数はこれを支持しているという形をつくって、来年以後、更に運動で賛成を、支持国を積み上げると、あるいは決議案をちょっといじっていくということを考えていたわけなんですけれども、東京の指示は、投票するなという指示が来まして、それで投票へ行かなかったんですね。
私は、二〇〇五年の六月十八日、投票予定日、そのための予行演習までしてあったんです、代表部で。しかし、するなと言ってきたんで、できなかったんです。本省は、アフリカを大量に取り込めば可決できるということでアフリカ工作を指示されたんですけれども、ニューヨークで見ていて、アフリカの丸ごと取り込みは絶対できないということが分かっていたんですね。結局できませんで、これは流れたと。
アフリカは、アフリカは差別されていると、差別を克服するためにアフリカに常任理事国を二、それも拒否権付きでよこせと言ってきたんですね。拒否権というのは国連では全く不人気であって、拒否権に賛成しているのは五か国しかありません、恐らく。拒否権付きと言った途端にその決議案はもう没なんですよね。しかしそう言ってきた。
その本音は、アフリカは差別されているからアフリカにも対等の地位をよこせと言うと同時に、しかし、どこか特定の国が常任になるのは嫌なんです。例えばナイジェリアがなったら、周りの国は絶対嫌なんですよね。南アがなったら、あんなのはアフリカの中じゃ新参だと、この間まで白人国だったと。エジプトがなったら、あれはアラブだといって、大体反対なんですよ。
ですから、アフリカは総論賛成各論反対なんですよね。だから、我々はそれを、アフリカを丸ごと、もう絶対無理だから個別工作でやろうというんだったんですけど、否決されたわけであります。当時、日本の分担金は一九%超えておりました。アメリカの二二に迫る数で、それでもできなかったので、このアプローチを今後続けるのはほとんど不可能だというふうに私は思っております。
もう一つの問題は、これまた外務省の友人諸君には申し訳ないんですけれども、なぜ、どうやって失敗したかということの総括がちゃんと行われていないんですよ。ですから、当時、出先でみんな一生懸命働いた大使に、なぜ、こういうわけでできなかったと、申し訳ないということを説明していないですよね。これは日本の政治の大きな欠点で、何かやった後、総括しないというのはよくあることなんですけれども、是非今後よろしくお願いいたします。
私が今考えているのは、日本はここで、準常任理事国、モデルBに降りたらどうかというのが私の意見でございます。仮に日本案を作って、これまでのモデルAは絶対できないので、国連にはいつも常任、非常任の拡大と言っているんですけれども、それは絶対できないということなんですよ。みんな、ああ、日本はいつものこと言っているなと、本気じゃないなと思っているだけなんです。
もし日本が新しいアプローチを取ると、準常任でいくんだと言ったら、おっというふうに耳を傾けるでしょう。仮に任期四年とすれば、選挙では絶対日本は通ります。そして再選も多分できると思います。ただ、二回やったら多分一回休んで、また次やると。そうすると、四年やって四年やって四年休んでと、八年やって四年休んで、八年やって四年休むというぐらいになって、今よりずっといいと思うんですね。今は二年やったら大体五、六年休まないと次なれないんですよね。安保理、非常任やりたいという人は多いわけで。
重要なのは、この安保理にいて何を言うかと、何を発言するかということは大事であります。日本独自の、基本的に日本は自由主義の立場にいるんですけれども、日本のメッセージを出すことで世界に聞かせるということが大事だと思っております。
もう一つ重要なのは、拒否権へのチャレンジであります。安保理改革で一番言われるのは、構成、コンポジションと、それから拒否権、これは運営方法で、もうその核はこれ拒否権であります。
昨年、リヒテンシュタインが提案した長年話題になっていた案がやっと通ったんですけれども、これは、拒否権を行使した場合はそれを総会で理由を説明せよというので、一歩前進ではあるんですけれども、木で鼻くくったような説明しておしまいなんですね。
この際申し上げますと、このリヒテンシュタインという国は小さな国ですけれども、何かすばらしい場所の立派なハイライズの、上の方にきれいな公邸がありまして、そこの大使は多分二十年ぐらいやっているんじゃないでしょうか。そうすると、やっぱりすっかり顔なんですよね。そういうアプローチをいろんな国がやっているということを参考に申し上げたいと思います。
アジアでも、ラオスの大使なんかはやっぱり十数年やっていて、やっぱり小さな問題だったらすぐ処理してくれるんですよ。大きな問題は動きません。だけれども、そういう人脈、顔、長くいることというのはとても重要だということをついでに申し上げておきたいと思います。
それで、拒否権をやめようという提案をもししたら、まず真っ先にアメリカが反対しますし、絶対これは難しい。ただ、時々言われているのは、これも難しいんですけれども、五か国全部が賛成しなくても四か国賛成したら可決にすると。あるいは、つまり、二か国合わせて反対、ノーと言わなければ拒否権にならないという制度をつくることはできないか。
それは、ここに書きました憲章二十七の三のところに、常任理事国の同意投票を含む九理事国の賛成で可決というようになっているんですね。これを常任理事国のうち四か国以上の賛成が必要だというふうに変えれば、二か国反対しなきゃ駄目だと。そうしても多分中ロが結託して否決されるかもしれませんが、しかし、中国にしても、ロシアといつも同じだと言われるのは嫌だというところもあるんですよね。
ですから、これは一理ある案でございます。難しいけれども、こういう案はトライするに値するとは思っています。ただ、日本が旗を振るかどうか、アメリカの同盟国ですからね。これちょっと難しいところあるんですけれども。
その他いろいろあって、例えば、紛争当事国は投票すべきでないというこれ大原則があるんですよね。当然ですよね。紛争で、ディスピュートしている国は投票するなというのはあるんですけれども、そうすると、多分ロシアは、これは紛争ではない、自衛だと言うでしょうね。で、なかなか難しい。
それから、手続事項については、幾つかの条件付で、その拒否権ないんです。ですから、今年はロシアが議長月だと、しかし、この問題はロシアは当事者だからロシアが議長をやるのはおかしいということを言うことは、技術的には可能なんです。しかし、これもなかなか常任理事国の前でそれ言うの難しいので、これをトライしたのは、トライした人もいるんですけれども、なかなか難しい。日本はなかなかできないでしょうね。
それは、実は常任理事国の間で特権を維持するために暗黙の合意というのは実はあるんですよ。ですから、アメリカの国連大使というのは割合、同盟国日本よりも中国、ロシアと仲よくすることは時々あるんですね。それはその頃で、最近は違うかもしれません。
さて、日本の責任ということを考えますと、日本は今でも常任理事国をつくるとすれば第一候補だと思います。経済は衰退しておりますが、それでも、勢いのあるインド、ブラジルというのは余り好かれてないですよ、周りから。それから、ドイツは、ヨーロッパが多過ぎると、もう英仏が常任じゃないかと、三つ目は要らないという声があって、何かそういう意味で、一つつくるとするとやっぱり日本なんですね。その日本が安保理改革はやめたと言ったら安保理改革はもうできないということなので、私は、日本は安保理改革を進める、リードしていく責任があるというふうに思っております。
この際、途上国はなぜロシア制裁に消極的かということをまた申し上げれば、それは先進国のダブルスタンダードであります、一番大きいのは。二〇〇三年にアメリカは十分な国連決議なしにイラクに攻め込んだではないかという批判があり、それからまた、アフリカの多くの国は長年イギリスあるいはフランスの植民地でありました。その植民地独立闘争、時には血なまぐさい闘争で、支援した国の一つはソ連だったんですね。だから、そういうのがありますと、なかなかロシアと手を切りにくい。
それだけではなくて、彼らアフリカの国なんかは、よその国に介入されるのが嫌なんですよね。で、具体的に、ICCというのがあります。ICCがあってですね、ICCはスーダンの大統領なんかには逮捕状を出すんですよ、アル・バシールと、逮捕状を出すと。しかし、プーチンに出せますか。まあ出すんですけれども、これ執行できる可能性はまあゼロですよね。そうすると、結局、こういう国連の崇高な目的のためには内政干渉も辞さないというのは、小さな国がやられるだけで大きな国はやられないじゃないかと、こういう弱い者いじめには反対だというのが多いんですね。
そういうメンタリティーの国々から見ると、一番まだましなのは日本です。日本はアフリカの植民地統治はやっていませんし、ほかの点でも、強引な内政干渉というのは余りやりたがらない国であります。そういうわけで、私は、この点において、かつて国連に入ったときに、重光さんが東西の懸け橋になると言ったような意味において、大事なのは日本のそういう立ち位置だと思っております。
日本はG7の中で唯一非西洋の国であります。そして、かつて途上国として苦労した唯一の国であります。ですから、途上国の立場に寄り添って先進国の側に引き寄せていく、その重要なポジションにいるのが私は日本だと思います。それを、そういう立場を踏まえた国連改革案を出していくということが重要だと思っております。
具体的には、総理の下で有識者会議をつくって具体案を出すと。まあ安保理改革って非常にテクニカルな面があるので、具体案を作って世界にアピールしていくと。今、グテーレス総長の下に安保理改革を目指す案を作ろうという動きがあるというふうに聞いております。これと連動しながら、日本はこういうのがいいと思うということを打ち出して世界の国々に働きかけて、できれば今年の秋の国連総会、ちょっと間に合わなければそのちょっと先になるかもしれませんが、日本がイニシアティブを取って他の友好国と一緒に案を作っていくと。その前にまず日本で案を作っていくと、例えば明石先生などの方を座長にして意見、案を作って世界中に働きかけていくというようなことをやるのが望ましいのではないかというふうに思っております。そのためにも、日本は途上国に対するアプローチをもっと強化すべきだと。
で、日本自身の近代化、発展というのは途上国にとって非常に大きな魅力なので、これをシェアするための活動をもっとやったらどうかということを補論には書いてございます。これは時間の関係でここで一旦終わらせていただきますけれども、私どもは、海外からの研修生に日本の発展を教えると、それからまた、海外のトップの大学に小さな講座をつくって日本の近代化の歴史やODAを教えるというのをやって、これ非常に好評なんですね。こういうこともしながら、さっき言ったようなアプローチをしていくのがよいのではないかというのが私の考えでございます。
以上でございます。どうもありがとうございました。
猪
明
明石康#5
○参考人(明石康君) 猪口会長、ありがとうございます。
本日は、北岡先生と吉川先生に挟まれて、学究ではないただ一人の私はちょっと緊張しております。
しかし、本日、この我々の大きなテーマである国連改革、特に安保理改革というものは非常に重要な焦眉の関心事であることは、本日この御列席の参議院のお歴々の皆様方がここに参集しておられ、真剣な面持ちでおられることを見てもよく分かります。
いただいた二十分で私の言いたいことが全部言えるかはちょっと心もとないところでありますけれども、できるだけ駆け足で私の申し上げたいことを申し上げた上で、御列席の皆様方から鋭い御指摘をたくさんいただければ非常にうれしいと思っております。
ちょっと私は、年のせいもあると思いますけれども、国連の歴史というものを駆け足で振り返りたいと思います。
そのうち、国連の長い歴史の中でも冷戦の時代というのはほぼそのうちの半分を占めておると言えると思うんですけれども、冷戦の時代というのは、国連にとっては余り比較的動きとか活動のない時代であったとも言えると思いますけれども、振り返ってみますと、結構その中にも重要な時点がいろいろ発見できるというのは御承知のとおりではないかと思います。
米ソの対立というのは、第二次大戦が終わって、もう終わったその頃から、特にアメリカと当時のソ連との関係が悪かったということは明らかですけれども、国連は四五年にできたわけでありますけれども、かなり米ソ対立という火花はもう噴き出しておって、国連憲章の四十五条には、国連が国連軍といったようなものをつくった場合に、その場合に、どのようなサイズの兵力でもってどういう構成の国連軍をつくったらいいだろうかという交渉を、特にアメリカと当時のソ連で始めたわけですけれども、四七年には既にそういうものをつくることが極めて難しいということが明らかになりました。
にもかかわらずですね、にもかかわらず、二つの地域、中東地域と、インドとパキスタンの間のカシミール地域というのが係争地としてもう浮かび上がっておりましたけれども、この二つの地域に関しては、結構プロ的な観点からは、私は二つのPKOが発足したと書きましたけど、正確にはPKOではないわけですけれども、プロである停戦監視員が中東でもカシミールでも配備され、このとき、四八年にできた二つの地域での国連のプレゼンスというものは現在まで続いておるんですね。
だから、国連はその歴史においていろんな危機に当面して、いろんなものができたり、いろんなものがなくなったりしましたけれども、結構恒常的なプレゼンスと、また国連の持つ一つの中立性とか不偏性、インパーシャリティーという意味ですけれども、というものは当初から今まできちんと認識されてきているということは注目すべきであると思います。
それから、一九五〇年に、西側諸国にとっては突発的なことでしたけれども、朝鮮戦争が起きて、北からの侵略が起きました。そのとき、ソ連の代表は安保理を欠席しておったんですね。憲章を読めばお分かりになるとおり、安保理というのは欠席してはいけない国連機構なんですけれども、当時のソ連は、中国代表権の問題で抗議をするために安保理をあえて欠席しておったんです。
ですから、北からの三十八度線を南下するその北朝鮮軍に対する南側からの反応というのはアメリカ中心に行われたわけなんですけれども、アメリカは早速それに対する武力での抵抗を始めました。そのときの南側の軍は国連軍というふうになっているんですけれども、本当は国連軍ではないんですね。本当は多国籍軍であったわけですけれども、国連軍という名前と国連の旗の使用を許されたということで反応することが可能であった。
そして、ソ連がしまった、しくじったということで慌てて安保理に戻ってきたときに、安保理は動かなくなったわけですね。ですから、アメリカも知恵者がおるんで、緊急特別総会というものを設けようということで、総会のイニシアティブでつくったそういう軍隊、そういうものが招集されて朝鮮半島に派遣されるということに早速なりました。
そういうことで、この緊急特別総会の制度というのはそのときにできて、御承知のとおり、ウクライナとロシアとの戦争においても何度か緊急特別総会の形で招集され、そこでは拘束力のある決定はできませんけれども、そこでの決定が持つ道義的な、政治的な意味というものは決して過小評価することはできないものであるのは皆様御承知のとおりです。
その後も、我が国が国連に加盟したのは一九五六年の十二月、総会でそれが決まったのは十二月の十八日であったと思いますけれども、私はそこで重光外相の加盟の演説を聞きましたし、アジアの代表としてクリシュナ・メノン、インドの代表が、また、日本と戦後非常に親しい関係を、特別の関係を持ってきたアメリカのカボット・ロッジ代表が、二人とも非常に日本に親近感のもうあふれたすばらしい演説をしました。
私はその翌年、ある契機で国連の安全保障理事会の専門職の人間として国連職員になって、そのときから日本の特に政治面での活動を見てきたんですけれども、一九五七年の初めから、非常に日本の国連における行動は事務局側におった私からも歴々と分かるような形で、日本はラオスに関する特別委員会の委員長に日本の外交官がなるし、レバノン危機に際しても、当時の事務総長のハマショルドと非常に密接な形でレバノン問題で行動できたのはまさに日本だったわけで、その行動は極めて鮮やかなものがあったと思います。
そんなことで、その後の国連は、政治的な動きというよりも、一九六〇年代においては、アジア、アフリカ、カリブ海その他で新興国が次から次に国連のメンバーになりまして、国連の加盟国は本来の五十、当初の五十一からもう三倍近くになっていったんですね。また、その中での開発途上国の数も大変増えまして、七〇年代においては、まさに途上国と先進国との対立の場としての国連、火花を散らすような、そういう南北問題における対決というのが一九七五年をトップにして行われることになりました。
そういうふうにして国連は変わっていったわけですけれども、ポスト冷戦期になりまして、一九九〇年を境にして、国連にはブトロス・ガリという、まさにちょっとがりがりの野心的な事務総長がエジプトから出てきまして、平和への課題という大変にアンビシャスな問題意識を表したし、ガリはその後はそれを多少修正するものを三年後に出しました。
九二年の一月には、日本がたまたま安保理の非常任理事国であったわけですけども、九二年の一月における首脳レベルの安保理の会議に我が国から宮澤総理が出ておられて、時差で眠たそうな総理の表情を私は今でも覚えております。
で、やっぱりポスト冷戦期になったときの日本の態度も、また国連全体の雰囲気も非常に行動的で、またオプティミスティックなものがあったと思います。
ここで挙げているように、アジアの一角であるカンボジアにおいて、またアフリカの一角であるモザンビーク、それからラテンアメリカにおいてはエルサルバドル、それぞれのPKOがともかくも成功裏に終わった。特にその中でも大規模であったのはカンボジアのPKOであって、まさに、軍人と文民それからボランティアまで入れますと二万二千人に達する大規模なPKOが、見事にクメールルージュの反対運動を蹴散らして、カンボジアにおける民主国家の成立というものが、二十年間そういう投票というものがなかった国において民主主義の旗を立てることができたというのは画期的であったと思います。
しかしながら、いいことは余り長く続かないので、九〇年代の中頃から難しい状況が生まれました。
まず、アフリカの一角であるソマリアのPKOというのは、アメリカの海兵隊とかパキスタンの兵士にかなりの犠牲者が出てきまして、うまくいかなかったわけです。それから、ルワンダにおける二つの大きな民族といいますか、氏族といいますか、の対立と殺りく行為があって、ルワンダもうまくいかなかった。それからその次は、ヨーロッパの一角である旧ユーゴスラビアが、チトーが倒れた後ですね、三つの民族の間における血で血を洗う大変な状態になりまして、特にボスニア・ヘルツェゴビナでは、国連の保護軍というのがつくられて現地に派遣されたんですけども、やはり国連の手に負えないような状況が生まれることになりました。
安保理にこの問題が出されたわけでありますけれども、私はそのときの安保理の行動を現地でも見ておりましたし、非常に残念だと思うことが多かったんですけれども、安保理は非常にある意味では活発であったわけですけれども、不幸にして、現地とそのニューヨークの安保理事会との協力というものが残念ながら見られないままに六つのいわゆる安全地域、セーフエリアズと称しておりましたけれども、そういうものが現地の状況を見ないままつくられていった。そのうちの一つであるスレブレニツァというところで、七千名以上のイスラム系の男子が無残な形で虐殺される事件がありました。
その頃、安保理の決議とか議長声明は約二百も採択されていきましたけれども、安保理の生産性というものは決議の数では決して測ることができないんですね。それの持つその現実感覚といいますか、そういうものをきちんと持っていない場合、非常に事務総長とそういう安保理のメンバーとの関係もおかしくなっていきますし、安保理が非常に現実性を欠いた動きをすることになります。
それから、国連はユーゴスラビアの現地においてNATOと密接に協力したわけで、NATOの空軍力を必要としたわけでありますけれども、NATOと現地における国連PKOとの意思の疎通を欠かないためにも、二つの機構にはデュアルキーシステムと、NATOが一つのキーを持ち、国連が一つのキーを持つ、そのことで空爆の発動というものをスムーズにしようということがあったんで、NATOの南部方面軍の総司令官だったアメリカ人のボーダ提督という人と、国連側のキーを持たされたのは私だったわけですけども、この二人の関係は非常に密接で、無駄な武力行使は絶対にしないというボーダ提督の態度に私は一〇〇%賛成しておりまして、彼がNATOの鍵を持っている間は国連とNATOとの関係はスムーズだったんですけど、その後、ボーダがいなくなって問題が発生することになりました。そんなことで、国連は難しい状況に入ってきたと。
で、二〇〇〇年の八月には、ブラヒミさん、この人は国連の事務総長特別代表としては出色の元アルジェリアの外務大臣だった人なんですけれども、国連にはできることとできないことがあると、できることに一生懸命力を入れて、できないことには手を出すべきではないということを言って、いろんな意味でPKOが拡大していく国連に、彼は厳しい見地からその過ちを正して、国連らしいリアリズムに立つことを告げたわけですね。
私はちょっとその後のところをはしょることにしまして、一番最後のところだけ。
安保理改革と日本はこれからどういう道を歩むべきかということ、これに関しては非常に明晰な分析を先ほど北岡先生からなされたので、私から同じことは申しませんけれども、残念ながら、日本の相対的な力、主として経済力でありますけれども、これが落ちてきているということは紛れもない事実でありまして、日本が追求すべきなのは、安保理における常任理事国ではもはやなく、非常任理事国の現在の状態を維持することでもなく、準常任理事国ともいうべき、まあ拒否権なしのですね、そこに存在し役割を果たすという役割であると、私はそれしかないのだと思います。
拒否権はあるにこしたことはないかもしれませんけれども、日本とアメリカとの関係からいいますと、アメリカが必要だったら使ってくれるであろうことが極めて多いでありましょうし、私は、日本は安保理にできるだけ長く参加しておれると、そこの審議に参加し、また必要があれば交渉の方を担って参加するということが可能でもあり、重要でもあるのではないかと思います。
安保理事会は、皆さんテレビとかニュースで常時見ておられる理事会場が立派に存在します。しかし、安保理事会場の隣にちっちゃな薄暗い部屋があることはメディアでも知られておりません。しかし、そこで行われる審議というのは極めて重要です。公式の発言ではないにしろ、非常に、常任理事国であっても非常任理事国であっても事務側の責任者であっても本当に親密な、真剣な交渉を行い得ると。
また、私はPKOの担当者として、カンボジアの問題ないしはユーゴスラビアの問題でこの薄暗い小さな部屋での審議に参加できましたけれども、そこではいろんな障壁を越えて国連の問題、安保理の問題を話し得る。そこにできるだけ日本からの優秀な外交官が行って、審議に自ら参加し、必要ならばイニシアティブをも取るということは可能でもあり、必要なことは往々にあるのだと思います。
安保理の常任理事国の数を増やすというのは非常に問題をかえって大きくしますし、実は二〇〇五年の安保理改革案について、北岡先生から説明がありましたけれども、私はいろんな国に行って、アメリカと中国の外交官がいかにその日本の参加しておる四か国提案を覆すために反対運動を、それらの国々で参加するのを自ら見ました。
私は、日本の外務省に頼まれて、エチオピアにおいてメレスという大統領に会って、彼とみっちり一時間半、通訳なしで話すことができたわけですけれども、メレスも非常にそのことを喜んでおりました。アメリカと中国の反対がいかにエチオピアにおいても実行されているかということをメレス自身の口から聞くことができたわけでありますけれども、そういう、必要とあるときは、それらの国々における、そういう外交問題での最高の力のある人と会って日本の立場とか考え方を説明してあげるということが極めて重要だと思います。
この発言だけを見る →本日は、北岡先生と吉川先生に挟まれて、学究ではないただ一人の私はちょっと緊張しております。
しかし、本日、この我々の大きなテーマである国連改革、特に安保理改革というものは非常に重要な焦眉の関心事であることは、本日この御列席の参議院のお歴々の皆様方がここに参集しておられ、真剣な面持ちでおられることを見てもよく分かります。
いただいた二十分で私の言いたいことが全部言えるかはちょっと心もとないところでありますけれども、できるだけ駆け足で私の申し上げたいことを申し上げた上で、御列席の皆様方から鋭い御指摘をたくさんいただければ非常にうれしいと思っております。
ちょっと私は、年のせいもあると思いますけれども、国連の歴史というものを駆け足で振り返りたいと思います。
そのうち、国連の長い歴史の中でも冷戦の時代というのはほぼそのうちの半分を占めておると言えると思うんですけれども、冷戦の時代というのは、国連にとっては余り比較的動きとか活動のない時代であったとも言えると思いますけれども、振り返ってみますと、結構その中にも重要な時点がいろいろ発見できるというのは御承知のとおりではないかと思います。
米ソの対立というのは、第二次大戦が終わって、もう終わったその頃から、特にアメリカと当時のソ連との関係が悪かったということは明らかですけれども、国連は四五年にできたわけでありますけれども、かなり米ソ対立という火花はもう噴き出しておって、国連憲章の四十五条には、国連が国連軍といったようなものをつくった場合に、その場合に、どのようなサイズの兵力でもってどういう構成の国連軍をつくったらいいだろうかという交渉を、特にアメリカと当時のソ連で始めたわけですけれども、四七年には既にそういうものをつくることが極めて難しいということが明らかになりました。
にもかかわらずですね、にもかかわらず、二つの地域、中東地域と、インドとパキスタンの間のカシミール地域というのが係争地としてもう浮かび上がっておりましたけれども、この二つの地域に関しては、結構プロ的な観点からは、私は二つのPKOが発足したと書きましたけど、正確にはPKOではないわけですけれども、プロである停戦監視員が中東でもカシミールでも配備され、このとき、四八年にできた二つの地域での国連のプレゼンスというものは現在まで続いておるんですね。
だから、国連はその歴史においていろんな危機に当面して、いろんなものができたり、いろんなものがなくなったりしましたけれども、結構恒常的なプレゼンスと、また国連の持つ一つの中立性とか不偏性、インパーシャリティーという意味ですけれども、というものは当初から今まできちんと認識されてきているということは注目すべきであると思います。
それから、一九五〇年に、西側諸国にとっては突発的なことでしたけれども、朝鮮戦争が起きて、北からの侵略が起きました。そのとき、ソ連の代表は安保理を欠席しておったんですね。憲章を読めばお分かりになるとおり、安保理というのは欠席してはいけない国連機構なんですけれども、当時のソ連は、中国代表権の問題で抗議をするために安保理をあえて欠席しておったんです。
ですから、北からの三十八度線を南下するその北朝鮮軍に対する南側からの反応というのはアメリカ中心に行われたわけなんですけれども、アメリカは早速それに対する武力での抵抗を始めました。そのときの南側の軍は国連軍というふうになっているんですけれども、本当は国連軍ではないんですね。本当は多国籍軍であったわけですけれども、国連軍という名前と国連の旗の使用を許されたということで反応することが可能であった。
そして、ソ連がしまった、しくじったということで慌てて安保理に戻ってきたときに、安保理は動かなくなったわけですね。ですから、アメリカも知恵者がおるんで、緊急特別総会というものを設けようということで、総会のイニシアティブでつくったそういう軍隊、そういうものが招集されて朝鮮半島に派遣されるということに早速なりました。
そういうことで、この緊急特別総会の制度というのはそのときにできて、御承知のとおり、ウクライナとロシアとの戦争においても何度か緊急特別総会の形で招集され、そこでは拘束力のある決定はできませんけれども、そこでの決定が持つ道義的な、政治的な意味というものは決して過小評価することはできないものであるのは皆様御承知のとおりです。
その後も、我が国が国連に加盟したのは一九五六年の十二月、総会でそれが決まったのは十二月の十八日であったと思いますけれども、私はそこで重光外相の加盟の演説を聞きましたし、アジアの代表としてクリシュナ・メノン、インドの代表が、また、日本と戦後非常に親しい関係を、特別の関係を持ってきたアメリカのカボット・ロッジ代表が、二人とも非常に日本に親近感のもうあふれたすばらしい演説をしました。
私はその翌年、ある契機で国連の安全保障理事会の専門職の人間として国連職員になって、そのときから日本の特に政治面での活動を見てきたんですけれども、一九五七年の初めから、非常に日本の国連における行動は事務局側におった私からも歴々と分かるような形で、日本はラオスに関する特別委員会の委員長に日本の外交官がなるし、レバノン危機に際しても、当時の事務総長のハマショルドと非常に密接な形でレバノン問題で行動できたのはまさに日本だったわけで、その行動は極めて鮮やかなものがあったと思います。
そんなことで、その後の国連は、政治的な動きというよりも、一九六〇年代においては、アジア、アフリカ、カリブ海その他で新興国が次から次に国連のメンバーになりまして、国連の加盟国は本来の五十、当初の五十一からもう三倍近くになっていったんですね。また、その中での開発途上国の数も大変増えまして、七〇年代においては、まさに途上国と先進国との対立の場としての国連、火花を散らすような、そういう南北問題における対決というのが一九七五年をトップにして行われることになりました。
そういうふうにして国連は変わっていったわけですけれども、ポスト冷戦期になりまして、一九九〇年を境にして、国連にはブトロス・ガリという、まさにちょっとがりがりの野心的な事務総長がエジプトから出てきまして、平和への課題という大変にアンビシャスな問題意識を表したし、ガリはその後はそれを多少修正するものを三年後に出しました。
九二年の一月には、日本がたまたま安保理の非常任理事国であったわけですけども、九二年の一月における首脳レベルの安保理の会議に我が国から宮澤総理が出ておられて、時差で眠たそうな総理の表情を私は今でも覚えております。
で、やっぱりポスト冷戦期になったときの日本の態度も、また国連全体の雰囲気も非常に行動的で、またオプティミスティックなものがあったと思います。
ここで挙げているように、アジアの一角であるカンボジアにおいて、またアフリカの一角であるモザンビーク、それからラテンアメリカにおいてはエルサルバドル、それぞれのPKOがともかくも成功裏に終わった。特にその中でも大規模であったのはカンボジアのPKOであって、まさに、軍人と文民それからボランティアまで入れますと二万二千人に達する大規模なPKOが、見事にクメールルージュの反対運動を蹴散らして、カンボジアにおける民主国家の成立というものが、二十年間そういう投票というものがなかった国において民主主義の旗を立てることができたというのは画期的であったと思います。
しかしながら、いいことは余り長く続かないので、九〇年代の中頃から難しい状況が生まれました。
まず、アフリカの一角であるソマリアのPKOというのは、アメリカの海兵隊とかパキスタンの兵士にかなりの犠牲者が出てきまして、うまくいかなかったわけです。それから、ルワンダにおける二つの大きな民族といいますか、氏族といいますか、の対立と殺りく行為があって、ルワンダもうまくいかなかった。それからその次は、ヨーロッパの一角である旧ユーゴスラビアが、チトーが倒れた後ですね、三つの民族の間における血で血を洗う大変な状態になりまして、特にボスニア・ヘルツェゴビナでは、国連の保護軍というのがつくられて現地に派遣されたんですけども、やはり国連の手に負えないような状況が生まれることになりました。
安保理にこの問題が出されたわけでありますけれども、私はそのときの安保理の行動を現地でも見ておりましたし、非常に残念だと思うことが多かったんですけれども、安保理は非常にある意味では活発であったわけですけれども、不幸にして、現地とそのニューヨークの安保理事会との協力というものが残念ながら見られないままに六つのいわゆる安全地域、セーフエリアズと称しておりましたけれども、そういうものが現地の状況を見ないままつくられていった。そのうちの一つであるスレブレニツァというところで、七千名以上のイスラム系の男子が無残な形で虐殺される事件がありました。
その頃、安保理の決議とか議長声明は約二百も採択されていきましたけれども、安保理の生産性というものは決議の数では決して測ることができないんですね。それの持つその現実感覚といいますか、そういうものをきちんと持っていない場合、非常に事務総長とそういう安保理のメンバーとの関係もおかしくなっていきますし、安保理が非常に現実性を欠いた動きをすることになります。
それから、国連はユーゴスラビアの現地においてNATOと密接に協力したわけで、NATOの空軍力を必要としたわけでありますけれども、NATOと現地における国連PKOとの意思の疎通を欠かないためにも、二つの機構にはデュアルキーシステムと、NATOが一つのキーを持ち、国連が一つのキーを持つ、そのことで空爆の発動というものをスムーズにしようということがあったんで、NATOの南部方面軍の総司令官だったアメリカ人のボーダ提督という人と、国連側のキーを持たされたのは私だったわけですけども、この二人の関係は非常に密接で、無駄な武力行使は絶対にしないというボーダ提督の態度に私は一〇〇%賛成しておりまして、彼がNATOの鍵を持っている間は国連とNATOとの関係はスムーズだったんですけど、その後、ボーダがいなくなって問題が発生することになりました。そんなことで、国連は難しい状況に入ってきたと。
で、二〇〇〇年の八月には、ブラヒミさん、この人は国連の事務総長特別代表としては出色の元アルジェリアの外務大臣だった人なんですけれども、国連にはできることとできないことがあると、できることに一生懸命力を入れて、できないことには手を出すべきではないということを言って、いろんな意味でPKOが拡大していく国連に、彼は厳しい見地からその過ちを正して、国連らしいリアリズムに立つことを告げたわけですね。
私はちょっとその後のところをはしょることにしまして、一番最後のところだけ。
安保理改革と日本はこれからどういう道を歩むべきかということ、これに関しては非常に明晰な分析を先ほど北岡先生からなされたので、私から同じことは申しませんけれども、残念ながら、日本の相対的な力、主として経済力でありますけれども、これが落ちてきているということは紛れもない事実でありまして、日本が追求すべきなのは、安保理における常任理事国ではもはやなく、非常任理事国の現在の状態を維持することでもなく、準常任理事国ともいうべき、まあ拒否権なしのですね、そこに存在し役割を果たすという役割であると、私はそれしかないのだと思います。
拒否権はあるにこしたことはないかもしれませんけれども、日本とアメリカとの関係からいいますと、アメリカが必要だったら使ってくれるであろうことが極めて多いでありましょうし、私は、日本は安保理にできるだけ長く参加しておれると、そこの審議に参加し、また必要があれば交渉の方を担って参加するということが可能でもあり、重要でもあるのではないかと思います。
安保理事会は、皆さんテレビとかニュースで常時見ておられる理事会場が立派に存在します。しかし、安保理事会場の隣にちっちゃな薄暗い部屋があることはメディアでも知られておりません。しかし、そこで行われる審議というのは極めて重要です。公式の発言ではないにしろ、非常に、常任理事国であっても非常任理事国であっても事務側の責任者であっても本当に親密な、真剣な交渉を行い得ると。
また、私はPKOの担当者として、カンボジアの問題ないしはユーゴスラビアの問題でこの薄暗い小さな部屋での審議に参加できましたけれども、そこではいろんな障壁を越えて国連の問題、安保理の問題を話し得る。そこにできるだけ日本からの優秀な外交官が行って、審議に自ら参加し、必要ならばイニシアティブをも取るということは可能でもあり、必要なことは往々にあるのだと思います。
安保理の常任理事国の数を増やすというのは非常に問題をかえって大きくしますし、実は二〇〇五年の安保理改革案について、北岡先生から説明がありましたけれども、私はいろんな国に行って、アメリカと中国の外交官がいかにその日本の参加しておる四か国提案を覆すために反対運動を、それらの国々で参加するのを自ら見ました。
私は、日本の外務省に頼まれて、エチオピアにおいてメレスという大統領に会って、彼とみっちり一時間半、通訳なしで話すことができたわけですけれども、メレスも非常にそのことを喜んでおりました。アメリカと中国の反対がいかにエチオピアにおいても実行されているかということをメレス自身の口から聞くことができたわけでありますけれども、そういう、必要とあるときは、それらの国々における、そういう外交問題での最高の力のある人と会って日本の立場とか考え方を説明してあげるということが極めて重要だと思います。
猪
明
明石康#7
○参考人(明石康君) はい。
そういうことを申し上げて、常任理事国になるよりも、準常任理事国ともいうべき役割を果たすということは可能でもあり、必要でもあり、また、日本の置かれた地位からいって望ましいということを申し上げて、私の最後の言葉にしたいと思います。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →そういうことを申し上げて、常任理事国になるよりも、準常任理事国ともいうべき役割を果たすということは可能でもあり、必要でもあり、また、日本の置かれた地位からいって望ましいということを申し上げて、私の最後の言葉にしたいと思います。
ありがとうございました。
猪
吉
吉川元偉#9
○参考人(吉川元偉君) ありがとうございます。
私、今日はここにお招きいただいて、楽しみにしてまいりました。お二人から非常にいいお話が聞けて、特に明石さん、この本、これは四版で、初版が出ているのは一九六五年ですよ。是非、お読みになってない方は、岩波新書「国際連合」。
私、今日は、ロシアのウクライナ侵攻という問題の国連との関係というか、国際社会との関係での本質は何か、日本は何をするべきか、それから安保理事会の改革、この三つお話ししようと思ったんですけど、この順番は、北岡先生、安保理の話、今、最後に非常にいいことを明石さんおっしゃった。この続きがあるんで、私、一番先にこの安保理の改革の話をしばらく、ちょっと十分掛からないと思いますけど、させていただきたいと思います。
お手元には、国連方式で発言メモというのを先に出して、実際このとおり読みませんから、御心配なく。これは、こういうことを言ったらどうかなと思って書いたんで、チェック・アゲンスト・デリバリーでお願いいたします。
安保理の改革ですけれども、国際社会で法的に拘束力のある決定を下せる機関は安保理しかありません。シリアの問題で決定ができないとか、北朝鮮でロシアと中国が結託してビートーを使ったとか、いろいろありますけれども、安保理の重要性というのは変わらないと思うんですね。カンボジアの成功の話は、今、明石当時の国連代表がお話しされていたように、成功例いっぱいありますね。北岡さんは無力だとおっしゃったけど、まあそうだけど、かなり実績も僕は上げているんじゃないかというふうに思います。
そこに常時席を占めて意思決定に参加すること、注意してこれ書いたんです、常時席を占めて意思決定に関与することは、日本の考えを反映できて、日本の安全保障にもつながって、国益に直結している問題だと思います。世界第三位の経済大国の責務だと思うんですね。他方、安保理事会に座っていろんな問題に、はい、駄目だとかいいとか言っていると、これは判断を求められるんで、時には当事国から嫌われます。何でこんなのに賛成するんだとか、何でこんなのに反対するんだとか。だけど、それがやっぱり日本の責務だと私は思います。
今度、岸田総理の平和のための岸田ビジョンの中に安保理改革入っているのは結構だと思います。是非検討いただきたいんですけど、国連憲章の改正を伴うということは、ハードル高いです。非常に高いことは既に北岡先生お話しされて、歴史的な話も、今お二人から、特に北岡先生からいろいろお話があったんで。
僕が見るところ、国連改革については、これまで三つのうねりがあった。一回目の、アジア、アフリカ諸国が独立して、加盟国が五十一から百十二とか三とかかなり増えたときに、最初のうねり。これ、でも簡単に、これは本当に簡単にできましたね、十一を十五に拡大する。
このときの注目するべきは常任理事国の対応だったんですね。北岡先生お話しされた。細かくここに書いておきましたけど、賛成した国は、五か国で唯一ですよ、中華民国。これは北京に代表権移る前です。中華民国が唯一賛成した。反対したのはソ連とフランス、二人とも反対。アメリカ、イギリスは棄権したんですね。
で、今度は第二段階で批准の段階になる。批准の段階になると、何と一番最初に批准したのはソ連なんです。総会で反対したソ連は賛成したわけ。で、イギリス、中国、フランス、反対したフランスも、早い段階でフランス賛成する。最後の最後はアメリカの上院ですね。三分の二が批准したことを見届けてアメリカは批准しているんです。
国連の中で安保理改革の話をすると、いや、P5が、常任理事国が拒否権持っているから、この案じゃ駄目だよ。で、僕は、それはそんなことはないだろう、歴史的に見たらソ連とフランスは反対しておいて批准したぞ、特にソ連は真っ先にしているじゃないか。これ、分かりますよね。今は中国を例に取ってもいいけど、アフリカの国がみんな賛成して、安保理を拡大して我々もその中にちゃんと入れてくれという案にロシアと中国反対できますか。僕はできないと思うのね。
だから、大事なことは、百二十九票を取って三分の二を取れば、三分の二を取れば、ハードル高いですけどね、P5がキーではない。これが一番目のポイントですね。
二回目のうねりのところで言いたいのは、日本にとってはこの問題はすごい大事な問題だったんですよ。一九七一年、世界に先駆けてですよ、安保理を拡大、安保理改革をしないといけない。もうこのときは既に拡大された後ですよ、十五か国になった後、愛知揆一外務大臣は安保理改革の必要性を訴えたんですよね。腹の中には日本も常任理事国になりたいというのはあったんだ、だけど言わない。
おっしゃったのは、九四年、河野洋平副総理兼外務大臣。僕はそのときの国連担当課長。彼の演説を書いた。起草、起草提案、起草案を書いて、常任理事国として責任を果たす用意があるということを河野さんおっしゃったんですね。その次の日の朝日新聞朝刊。今日持ってきた。一面トップですよ、一面トップで、常任理事国の責任を果たす用意はあり、同時に、武力不行使とも明言。朝日ですよ、これは。で、各紙トップに取り上げた。それは、それだけこの安全保障理事会の常任理事国というのが日本の国内の中で二十何年間もめているわけですよ、手挙げる、手挙げない。
今、さっき小泉総理大臣の逸話を北岡先生お話しされましたが、僕が課長のときに、当時、小泉厚生大臣終わられて、小泉衆議院議員は、安保理改革について外務省の独走を止める会会長だった。で、連立与党の中の重要なメンバーで、君らが勝手に走るのを俺は止めるということをおっしゃっていた。その心は、憲法改正が先だ、憲法改正をしないで常任理事国になると、日本は行使できない軍事行動をさせられるか分からないんじゃないか。まあ、私の当時の議論は、いや、それ待っていても国連改革の電車がどっか行っちゃうか分からないですよ、国内と国際が一緒に動くかどうかはこれタイミング違いますからね。まあ、これはちょっと別の話。
こういう慎重論はあったんですけれども、河野洋平外務大臣が意見表明された九四年、それで九四年のその頃に国連に安全保障理事会改革の作業部会というのができるんですね、九四年。もう今から三十年ですよ。私、その頃、国連政策課長。この作業部会をつくる会議に僕は行きました。九三年の冬ですね。この頃、これを仕切っていたのはインドとシンガポール。アジアの国々が途上国の代表権をどうやって増やすか。で、そこに行って、その当時の日経新聞の記者は、日本はこれを重視して国連の担当課長をよこしたなんて書いている。
この雰囲気がもう熱気にあふれているわけですね。ほとんど途上国、ヨーロッパいない、日本。で、そこでやろうとしているのは、この機会をつかまえる、この機会とは何かというと、冷戦が終わって、安保理は動き出してんだ、これまで無力だった安保理はこれからいろんな仕事ができるはずだ、ここに入ろう。もう既に、カンボジア、明石さんの活動はちょうど終わった頃ですよ。
この熱気と、東京に帰ったら、外務省の独走を止める会、呼び出して、何やってんだって。このギャップ、正直に言って非常に大きいギャップがあるわけですね。我々も、ちょっと僕らにも走らしてくれよと。もうヨーロッパ、じゃないや、アジアの国々、シンガポールですよ、シンガポールの代表部がこの作業部会のタームズ・オブ・レファレンスを僕らで議論するわけだもの。こういうのでね。だから、それはやっぱり外務大臣にお願いして、もっと前に行きましょうよと。これが九三年で、結局、この第二のうねりは最後は非同盟が反対して潰れます。
で、第三回目のうねりというのが、さっき北岡先生が詳細にお話しいただいた日本が失敗したというときですね。このときのベースになったのは、アナン国連事務総長が自分で選んだ賢人会議の案、A案、B案なんですね。で、この賢人会議には日本からもメンバーは入っています。緒方貞子、UNHCRがその一人なんですね。まあ緒方さんは亡くなられたから分からないけど、緒方先生はB案だったと思う。それは私の教え子としての感じ。
ともかく、今のポイントは、ウクライナがどういうふうに戦争終わるか、大事ですよ、ただ、この後、四回目のうねりを起こすべきだと思う。ほっといたって起きませんよ、風というのは自分がやらなきゃ。九二年のときは、一回目はインドですよ、アジア、アフリカが動かした二回目のうねりの真ん中に日本はいたんですよ。愛知揆一であり、河野洋平であり、いろんな歴代の日本の政治家は、安保理入ろう。まあ一番熱心だったのは中曽根康弘総理、これはもう間違いないですね。日本の国力は落ちていくんだ、発言権をちゃんと取っておこうと、G7でどれだけそのウィリアムズバーグ・サミットで自分はSS20の配置を止めたか、発言権なんだよというね。
ここから、ちょっと言いますと、これもお二人が話されたのと軌を一にするんですけども、まあ一点目は、日本は九〇年代から自他共に認める安保理改革の旗振りだった、これはもう。安保理の中での重要なのは、私自身の経験では、常時席を占めて発言権を持っている。実際に、明石さんがおっしゃった安保理の公式会場の横の非公式会場に行けば、そこでは拒否権持っているとか持っていない、関係ないですよ。意見を持っているかどうか、そこでそれをちゃんと案文にできるかどうかの起案能力を持っているかどうかですよ。
二〇一六年の一月に、一月五日に北朝鮮が核実験した。直ちに安保理が招集されて、そこで安保理の議長として遺憾表明、これから我々、具体的な措置をとるぞという発表しようと。日曜日かな、みんな朝集まって、アメリカの書いた紙をみんなで見る。ロシアはチュルキン、なかなかのすごいおっさんがいて、このチュルキン大使がさっさっさっと三つぐらいの修文をぱっぱっぱっと言うんですね。
で、僕はそこで、一番目の、二番目かな、彼が入れた、メジャーズをリスポンスに変えている、さらっと。いや、駄目だと、メジャーズは安全保障理事会の用語だよ、国連憲章の。措置。リスポンス、これ、何をやってもリスポンスになる。いや、リスポンス駄目だよ、メジャーズだよ。で、彼は、ふんと笑って、もうすぐ降りるわけですね。それは、出してみて、みんな黙っていたらリスポンスで通るか分からない。
拒否権のあるなしにかかわらず、理事国は安保理で対等に議論ができます。ただ、いなきゃ駄目よ。いなければ、アメリカに日本の大事な点はこれとこれです、やっておいてねみたいなね、腹話術で国益は守れませんよ。
私は、ですから、お二人と同じ意見ですね。まあ言い方はいろいろあると思いますけど、できるだけ任期の長い、任期の長い、私の名前はスタンディングメンバーなんだと、ノンパーマネントと言うと何かもう、何だ、セミパーマネントだとビジネスクラスみたいな感じに、ファーストじゃない、非常任、いや、準常任、準って、僕嫌だな。スタンディングメンバー、これは常時います、拒否権はないです。
今聞いたところ、北岡先生、明石代表、同じ意見。亡くなった大島賢三さんも国連大使を辞めてからは、常任理事国なかなか難しいぞ。僕も辞めてからはこのスタンディングメンバーがいいんじゃないかと言っているんですけどね。
ただ、これは私の実感としても、現場にいないと駄目ですよ、ただその冠だけもらっていても駄目ですよ。だって、日本が常任理事国になりました、拒否権使うって、どこで使うんですか。そんなものは要らないと思う。
ということで、ちょっと言いたかったことを、残って、本題の方というか、一番目の議題なんですけど、私は、この安保理の機能不全とウクライナの問題、特にこのウクライナの問題は非常に本質的な問題を抱えていると思うんですね。それは、ロシアがやっていることは、国際の平和維持という、常任理事国ですよ、大きな責任を託されている常任理事国が、ここから先が大事なんです、意図的に、一番ですね、重大な国際法違反を犯している。常任理事国が意図的に重大な違反を犯している。これが最大の問題で、例えばクウェートがイラクに侵略された、それで多国籍軍を出した。これはイラクという普通の国が重大な国際法違反を犯したケースですから、こういう場合には安保理事会で制裁決議をするとかですね、これ可能なんですね。ただ、常任理事国が違反を犯しても、拒否権持っているから何にもできないわけですね、その国に対しては。ここが根本的な違いだと思うんです。
ウクライナのゼレンスキー大統領は、去年、安保理とか日本の国会にもいらっしゃって、国連安保理からロシアを排除しろ、ロシアはその名前に値していないとアピールを行われましたけれども、ロシアの意に反してロシアを国連から除名することも安保理の議席を剥奪することもできません。これは無理です。
今起きていることは、僕は、国連憲章の想定外の事態だと思うんですよね。だから、想定外の事態なんで、国連自体では対応できない。もう何もできないわけですから。だから、できていることは、国連の外で経済制裁をする、軍事支援をする、こういうことをやっていますけれども、それを超えた措置はできていないというか、解答を持っていない。
今度の戦争がどういう終わり方をするかが非常に大きいと思うんですね。仮にロシアが、クリミア半島だけじゃなく、ドンバスだけじゃなくて、もっとですよ、仮に取って、そこで戦争がフリーズで、そこで停戦協定か何かやったら、重大な国際法違反を意図的に行った大国がそれを手に入れてしまうことになるじゃないですか。だから、この終わり方によってはロシア以外にも意図的に重大な国際法違反を犯す常任理事国が出てきますよ。というか、出てくるでしょう。出てくるかもしれない。
だから、この戦争がどう終わるかというのはウクライナとロシアの問題だけじゃ僕はないと思いますよ。国連のよって立っているそのところがもうぐらぐらぐらになっているわけですから。シリアとかイスラエルとかの問題は、ロシアが自分の関心があるからシリア問題を止める、アメリカはイスラエルを守りたいからイスラエル・パレスチナ問題については拒否権使うというのはありますけど、今度のは本質的に違う。ここの部分を僕はやっぱり考えないといけないと思います。
ただ、このロシア・ウクライナ問題について、国連憲章は一つの解答はくれているんですね。それは憲章五十一条、国連加盟国には個別的……あっ、もう終われと言われているので。国連加盟国に個別的及び集団的自衛権を認めておりますから、例えばアメリカがウクライナの要請によってEUと一緒に集団的自衛権を発動して戦争に参加する、可能ですよ。合法的。何ら問題ない。NATOに加盟するしない、関係ないですよね。参戦していない最大の理由は、核兵器を持っているロシアと戦争したら第三次世界大戦になるからなんですよね。
だから、大事なところは、安保理だけじゃなく、国際社会にとってこのウクライナがどう処理されるかというのが非常に大きい。そうすると、日本の取る政策というのはおのずと見えてくると思うんですね。日本は、ロシアによる他国の領土侵害という国際法違反に対して、これを断固批判して、それを行動で示して、ウクライナをできるだけ支援するということが大事だと思います。資金供与だけではなく、私は武器供与も検討するべきだと思います。
かつて湾岸戦争で、日本は増税までして膨大な資金協力をしましたが、人的貢献をしなかったので誰からも感謝されなかったという事実を想起しないといけません。また、日本自身がロシアとの間で北方領土問題を抱えている、ロシアが北方領土を占拠したままになっているということも忘れてはいけないと思うんですね。
その際、これからの話は、国連、残念ながらそんな強力じゃないですよ。国際世論の話は数字を入れてこの発言の中に入れておきましたけれども、これからは国連だけではなく、価値観を共有する国々との国際機関、グループ、この関係を強化、拡大するということが大事だと思います。典型的には、G7、OECD、IEA、クアッド、NATO。まあ日本がNATOに参加するということはないでしょうけれども、NATOがやっているようなことをどこまで日本自身ができるのか。このライク・マインデッド・カントリーズ、価値観を共有する国々との協力拡大という点では、課題はやっぱりASEANだと思いますね。ASEAN諸国との間でどういう関係を、突っ込んだ関係ができるのか。
G7については相対的な地位が低下しているという批判とかいろいろありますけれども、私は逆じゃないかと思っている。元々はフランスの反対があって、G7は政治は話さないというのがあったんですよ、昔ね。今や、ロシアに対する経済制裁から分かるように、政治問題に決定していますね。で、決定したことは直ちに実行する。非常に実効性があります。むしろ重要性は増していると思うので、ここからもう一度言いますけど、安保理に常時席を占められない日本には特に重要な場所になっています。今年は議長国だし、来月は広島サミットだし、是非指導力を発揮いただきたいです。
最後に一言だけ言いたいのは、こういういわゆる多国間の外交というのは、外交官が方々でちゃらちゃらやる話じゃないんですよ。これは日本の政治です。日本の政治家、政治の仕事なんですよね、政治を動員した仕事。安保理改革だって同じですよ。どれだけ国民がこの問題を日本の国益とくっつけて考えているか。多分、票にならないと思うな。だけど、やっぱり先生方には頑張っていただきたい。
積極的な多国間外交を展開するためには二つ必要ですね。強固な二国間関係、それぞれの国との関係。それから国内ですね、国内での、二国間というと割合分かりやすいんだけど、国連でどうする、このG7で何かするということが日本の話なんだと、国内政治だというところを強調して、終わりたいと思います。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →私、今日はここにお招きいただいて、楽しみにしてまいりました。お二人から非常にいいお話が聞けて、特に明石さん、この本、これは四版で、初版が出ているのは一九六五年ですよ。是非、お読みになってない方は、岩波新書「国際連合」。
私、今日は、ロシアのウクライナ侵攻という問題の国連との関係というか、国際社会との関係での本質は何か、日本は何をするべきか、それから安保理事会の改革、この三つお話ししようと思ったんですけど、この順番は、北岡先生、安保理の話、今、最後に非常にいいことを明石さんおっしゃった。この続きがあるんで、私、一番先にこの安保理の改革の話をしばらく、ちょっと十分掛からないと思いますけど、させていただきたいと思います。
お手元には、国連方式で発言メモというのを先に出して、実際このとおり読みませんから、御心配なく。これは、こういうことを言ったらどうかなと思って書いたんで、チェック・アゲンスト・デリバリーでお願いいたします。
安保理の改革ですけれども、国際社会で法的に拘束力のある決定を下せる機関は安保理しかありません。シリアの問題で決定ができないとか、北朝鮮でロシアと中国が結託してビートーを使ったとか、いろいろありますけれども、安保理の重要性というのは変わらないと思うんですね。カンボジアの成功の話は、今、明石当時の国連代表がお話しされていたように、成功例いっぱいありますね。北岡さんは無力だとおっしゃったけど、まあそうだけど、かなり実績も僕は上げているんじゃないかというふうに思います。
そこに常時席を占めて意思決定に参加すること、注意してこれ書いたんです、常時席を占めて意思決定に関与することは、日本の考えを反映できて、日本の安全保障にもつながって、国益に直結している問題だと思います。世界第三位の経済大国の責務だと思うんですね。他方、安保理事会に座っていろんな問題に、はい、駄目だとかいいとか言っていると、これは判断を求められるんで、時には当事国から嫌われます。何でこんなのに賛成するんだとか、何でこんなのに反対するんだとか。だけど、それがやっぱり日本の責務だと私は思います。
今度、岸田総理の平和のための岸田ビジョンの中に安保理改革入っているのは結構だと思います。是非検討いただきたいんですけど、国連憲章の改正を伴うということは、ハードル高いです。非常に高いことは既に北岡先生お話しされて、歴史的な話も、今お二人から、特に北岡先生からいろいろお話があったんで。
僕が見るところ、国連改革については、これまで三つのうねりがあった。一回目の、アジア、アフリカ諸国が独立して、加盟国が五十一から百十二とか三とかかなり増えたときに、最初のうねり。これ、でも簡単に、これは本当に簡単にできましたね、十一を十五に拡大する。
このときの注目するべきは常任理事国の対応だったんですね。北岡先生お話しされた。細かくここに書いておきましたけど、賛成した国は、五か国で唯一ですよ、中華民国。これは北京に代表権移る前です。中華民国が唯一賛成した。反対したのはソ連とフランス、二人とも反対。アメリカ、イギリスは棄権したんですね。
で、今度は第二段階で批准の段階になる。批准の段階になると、何と一番最初に批准したのはソ連なんです。総会で反対したソ連は賛成したわけ。で、イギリス、中国、フランス、反対したフランスも、早い段階でフランス賛成する。最後の最後はアメリカの上院ですね。三分の二が批准したことを見届けてアメリカは批准しているんです。
国連の中で安保理改革の話をすると、いや、P5が、常任理事国が拒否権持っているから、この案じゃ駄目だよ。で、僕は、それはそんなことはないだろう、歴史的に見たらソ連とフランスは反対しておいて批准したぞ、特にソ連は真っ先にしているじゃないか。これ、分かりますよね。今は中国を例に取ってもいいけど、アフリカの国がみんな賛成して、安保理を拡大して我々もその中にちゃんと入れてくれという案にロシアと中国反対できますか。僕はできないと思うのね。
だから、大事なことは、百二十九票を取って三分の二を取れば、三分の二を取れば、ハードル高いですけどね、P5がキーではない。これが一番目のポイントですね。
二回目のうねりのところで言いたいのは、日本にとってはこの問題はすごい大事な問題だったんですよ。一九七一年、世界に先駆けてですよ、安保理を拡大、安保理改革をしないといけない。もうこのときは既に拡大された後ですよ、十五か国になった後、愛知揆一外務大臣は安保理改革の必要性を訴えたんですよね。腹の中には日本も常任理事国になりたいというのはあったんだ、だけど言わない。
おっしゃったのは、九四年、河野洋平副総理兼外務大臣。僕はそのときの国連担当課長。彼の演説を書いた。起草、起草提案、起草案を書いて、常任理事国として責任を果たす用意があるということを河野さんおっしゃったんですね。その次の日の朝日新聞朝刊。今日持ってきた。一面トップですよ、一面トップで、常任理事国の責任を果たす用意はあり、同時に、武力不行使とも明言。朝日ですよ、これは。で、各紙トップに取り上げた。それは、それだけこの安全保障理事会の常任理事国というのが日本の国内の中で二十何年間もめているわけですよ、手挙げる、手挙げない。
今、さっき小泉総理大臣の逸話を北岡先生お話しされましたが、僕が課長のときに、当時、小泉厚生大臣終わられて、小泉衆議院議員は、安保理改革について外務省の独走を止める会会長だった。で、連立与党の中の重要なメンバーで、君らが勝手に走るのを俺は止めるということをおっしゃっていた。その心は、憲法改正が先だ、憲法改正をしないで常任理事国になると、日本は行使できない軍事行動をさせられるか分からないんじゃないか。まあ、私の当時の議論は、いや、それ待っていても国連改革の電車がどっか行っちゃうか分からないですよ、国内と国際が一緒に動くかどうかはこれタイミング違いますからね。まあ、これはちょっと別の話。
こういう慎重論はあったんですけれども、河野洋平外務大臣が意見表明された九四年、それで九四年のその頃に国連に安全保障理事会改革の作業部会というのができるんですね、九四年。もう今から三十年ですよ。私、その頃、国連政策課長。この作業部会をつくる会議に僕は行きました。九三年の冬ですね。この頃、これを仕切っていたのはインドとシンガポール。アジアの国々が途上国の代表権をどうやって増やすか。で、そこに行って、その当時の日経新聞の記者は、日本はこれを重視して国連の担当課長をよこしたなんて書いている。
この雰囲気がもう熱気にあふれているわけですね。ほとんど途上国、ヨーロッパいない、日本。で、そこでやろうとしているのは、この機会をつかまえる、この機会とは何かというと、冷戦が終わって、安保理は動き出してんだ、これまで無力だった安保理はこれからいろんな仕事ができるはずだ、ここに入ろう。もう既に、カンボジア、明石さんの活動はちょうど終わった頃ですよ。
この熱気と、東京に帰ったら、外務省の独走を止める会、呼び出して、何やってんだって。このギャップ、正直に言って非常に大きいギャップがあるわけですね。我々も、ちょっと僕らにも走らしてくれよと。もうヨーロッパ、じゃないや、アジアの国々、シンガポールですよ、シンガポールの代表部がこの作業部会のタームズ・オブ・レファレンスを僕らで議論するわけだもの。こういうのでね。だから、それはやっぱり外務大臣にお願いして、もっと前に行きましょうよと。これが九三年で、結局、この第二のうねりは最後は非同盟が反対して潰れます。
で、第三回目のうねりというのが、さっき北岡先生が詳細にお話しいただいた日本が失敗したというときですね。このときのベースになったのは、アナン国連事務総長が自分で選んだ賢人会議の案、A案、B案なんですね。で、この賢人会議には日本からもメンバーは入っています。緒方貞子、UNHCRがその一人なんですね。まあ緒方さんは亡くなられたから分からないけど、緒方先生はB案だったと思う。それは私の教え子としての感じ。
ともかく、今のポイントは、ウクライナがどういうふうに戦争終わるか、大事ですよ、ただ、この後、四回目のうねりを起こすべきだと思う。ほっといたって起きませんよ、風というのは自分がやらなきゃ。九二年のときは、一回目はインドですよ、アジア、アフリカが動かした二回目のうねりの真ん中に日本はいたんですよ。愛知揆一であり、河野洋平であり、いろんな歴代の日本の政治家は、安保理入ろう。まあ一番熱心だったのは中曽根康弘総理、これはもう間違いないですね。日本の国力は落ちていくんだ、発言権をちゃんと取っておこうと、G7でどれだけそのウィリアムズバーグ・サミットで自分はSS20の配置を止めたか、発言権なんだよというね。
ここから、ちょっと言いますと、これもお二人が話されたのと軌を一にするんですけども、まあ一点目は、日本は九〇年代から自他共に認める安保理改革の旗振りだった、これはもう。安保理の中での重要なのは、私自身の経験では、常時席を占めて発言権を持っている。実際に、明石さんがおっしゃった安保理の公式会場の横の非公式会場に行けば、そこでは拒否権持っているとか持っていない、関係ないですよ。意見を持っているかどうか、そこでそれをちゃんと案文にできるかどうかの起案能力を持っているかどうかですよ。
二〇一六年の一月に、一月五日に北朝鮮が核実験した。直ちに安保理が招集されて、そこで安保理の議長として遺憾表明、これから我々、具体的な措置をとるぞという発表しようと。日曜日かな、みんな朝集まって、アメリカの書いた紙をみんなで見る。ロシアはチュルキン、なかなかのすごいおっさんがいて、このチュルキン大使がさっさっさっと三つぐらいの修文をぱっぱっぱっと言うんですね。
で、僕はそこで、一番目の、二番目かな、彼が入れた、メジャーズをリスポンスに変えている、さらっと。いや、駄目だと、メジャーズは安全保障理事会の用語だよ、国連憲章の。措置。リスポンス、これ、何をやってもリスポンスになる。いや、リスポンス駄目だよ、メジャーズだよ。で、彼は、ふんと笑って、もうすぐ降りるわけですね。それは、出してみて、みんな黙っていたらリスポンスで通るか分からない。
拒否権のあるなしにかかわらず、理事国は安保理で対等に議論ができます。ただ、いなきゃ駄目よ。いなければ、アメリカに日本の大事な点はこれとこれです、やっておいてねみたいなね、腹話術で国益は守れませんよ。
私は、ですから、お二人と同じ意見ですね。まあ言い方はいろいろあると思いますけど、できるだけ任期の長い、任期の長い、私の名前はスタンディングメンバーなんだと、ノンパーマネントと言うと何かもう、何だ、セミパーマネントだとビジネスクラスみたいな感じに、ファーストじゃない、非常任、いや、準常任、準って、僕嫌だな。スタンディングメンバー、これは常時います、拒否権はないです。
今聞いたところ、北岡先生、明石代表、同じ意見。亡くなった大島賢三さんも国連大使を辞めてからは、常任理事国なかなか難しいぞ。僕も辞めてからはこのスタンディングメンバーがいいんじゃないかと言っているんですけどね。
ただ、これは私の実感としても、現場にいないと駄目ですよ、ただその冠だけもらっていても駄目ですよ。だって、日本が常任理事国になりました、拒否権使うって、どこで使うんですか。そんなものは要らないと思う。
ということで、ちょっと言いたかったことを、残って、本題の方というか、一番目の議題なんですけど、私は、この安保理の機能不全とウクライナの問題、特にこのウクライナの問題は非常に本質的な問題を抱えていると思うんですね。それは、ロシアがやっていることは、国際の平和維持という、常任理事国ですよ、大きな責任を託されている常任理事国が、ここから先が大事なんです、意図的に、一番ですね、重大な国際法違反を犯している。常任理事国が意図的に重大な違反を犯している。これが最大の問題で、例えばクウェートがイラクに侵略された、それで多国籍軍を出した。これはイラクという普通の国が重大な国際法違反を犯したケースですから、こういう場合には安保理事会で制裁決議をするとかですね、これ可能なんですね。ただ、常任理事国が違反を犯しても、拒否権持っているから何にもできないわけですね、その国に対しては。ここが根本的な違いだと思うんです。
ウクライナのゼレンスキー大統領は、去年、安保理とか日本の国会にもいらっしゃって、国連安保理からロシアを排除しろ、ロシアはその名前に値していないとアピールを行われましたけれども、ロシアの意に反してロシアを国連から除名することも安保理の議席を剥奪することもできません。これは無理です。
今起きていることは、僕は、国連憲章の想定外の事態だと思うんですよね。だから、想定外の事態なんで、国連自体では対応できない。もう何もできないわけですから。だから、できていることは、国連の外で経済制裁をする、軍事支援をする、こういうことをやっていますけれども、それを超えた措置はできていないというか、解答を持っていない。
今度の戦争がどういう終わり方をするかが非常に大きいと思うんですね。仮にロシアが、クリミア半島だけじゃなく、ドンバスだけじゃなくて、もっとですよ、仮に取って、そこで戦争がフリーズで、そこで停戦協定か何かやったら、重大な国際法違反を意図的に行った大国がそれを手に入れてしまうことになるじゃないですか。だから、この終わり方によってはロシア以外にも意図的に重大な国際法違反を犯す常任理事国が出てきますよ。というか、出てくるでしょう。出てくるかもしれない。
だから、この戦争がどう終わるかというのはウクライナとロシアの問題だけじゃ僕はないと思いますよ。国連のよって立っているそのところがもうぐらぐらぐらになっているわけですから。シリアとかイスラエルとかの問題は、ロシアが自分の関心があるからシリア問題を止める、アメリカはイスラエルを守りたいからイスラエル・パレスチナ問題については拒否権使うというのはありますけど、今度のは本質的に違う。ここの部分を僕はやっぱり考えないといけないと思います。
ただ、このロシア・ウクライナ問題について、国連憲章は一つの解答はくれているんですね。それは憲章五十一条、国連加盟国には個別的……あっ、もう終われと言われているので。国連加盟国に個別的及び集団的自衛権を認めておりますから、例えばアメリカがウクライナの要請によってEUと一緒に集団的自衛権を発動して戦争に参加する、可能ですよ。合法的。何ら問題ない。NATOに加盟するしない、関係ないですよね。参戦していない最大の理由は、核兵器を持っているロシアと戦争したら第三次世界大戦になるからなんですよね。
だから、大事なところは、安保理だけじゃなく、国際社会にとってこのウクライナがどう処理されるかというのが非常に大きい。そうすると、日本の取る政策というのはおのずと見えてくると思うんですね。日本は、ロシアによる他国の領土侵害という国際法違反に対して、これを断固批判して、それを行動で示して、ウクライナをできるだけ支援するということが大事だと思います。資金供与だけではなく、私は武器供与も検討するべきだと思います。
かつて湾岸戦争で、日本は増税までして膨大な資金協力をしましたが、人的貢献をしなかったので誰からも感謝されなかったという事実を想起しないといけません。また、日本自身がロシアとの間で北方領土問題を抱えている、ロシアが北方領土を占拠したままになっているということも忘れてはいけないと思うんですね。
その際、これからの話は、国連、残念ながらそんな強力じゃないですよ。国際世論の話は数字を入れてこの発言の中に入れておきましたけれども、これからは国連だけではなく、価値観を共有する国々との国際機関、グループ、この関係を強化、拡大するということが大事だと思います。典型的には、G7、OECD、IEA、クアッド、NATO。まあ日本がNATOに参加するということはないでしょうけれども、NATOがやっているようなことをどこまで日本自身ができるのか。このライク・マインデッド・カントリーズ、価値観を共有する国々との協力拡大という点では、課題はやっぱりASEANだと思いますね。ASEAN諸国との間でどういう関係を、突っ込んだ関係ができるのか。
G7については相対的な地位が低下しているという批判とかいろいろありますけれども、私は逆じゃないかと思っている。元々はフランスの反対があって、G7は政治は話さないというのがあったんですよ、昔ね。今や、ロシアに対する経済制裁から分かるように、政治問題に決定していますね。で、決定したことは直ちに実行する。非常に実効性があります。むしろ重要性は増していると思うので、ここからもう一度言いますけど、安保理に常時席を占められない日本には特に重要な場所になっています。今年は議長国だし、来月は広島サミットだし、是非指導力を発揮いただきたいです。
最後に一言だけ言いたいのは、こういういわゆる多国間の外交というのは、外交官が方々でちゃらちゃらやる話じゃないんですよ。これは日本の政治です。日本の政治家、政治の仕事なんですよね、政治を動員した仕事。安保理改革だって同じですよ。どれだけ国民がこの問題を日本の国益とくっつけて考えているか。多分、票にならないと思うな。だけど、やっぱり先生方には頑張っていただきたい。
積極的な多国間外交を展開するためには二つ必要ですね。強固な二国間関係、それぞれの国との関係。それから国内ですね、国内での、二国間というと割合分かりやすいんだけど、国連でどうする、このG7で何かするということが日本の話なんだと、国内政治だというところを強調して、終わりたいと思います。
ありがとうございました。
猪
猪口邦子#10
○会長(猪口邦子君) ありがとうございました。
以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
まず、大会派順に各会派一名ずつ指名させていただき、その後は、会派にかかわらず御発言いただけるよう整理してまいりたいと存じます。
なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。
また、質疑者には、その都度答弁者を明示していただくとともに、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますように、答弁を含めた時間がお一人十分以内となるよう御協力お願いいたします。
質疑のある方は順次御発言願います。
それでは、長谷川英晴君。
この発言だけを見る →以上で参考人の御意見の陳述は終わりました。
これより参考人に対する質疑を行います。
本日の質疑はあらかじめ質疑者を定めずに行います。
まず、大会派順に各会派一名ずつ指名させていただき、その後は、会派にかかわらず御発言いただけるよう整理してまいりたいと存じます。
なお、質疑及び答弁は着席のままで結構でございます。
また、質疑者には、その都度答弁者を明示していただくとともに、できるだけ多くの委員が発言の機会を得られますように、答弁を含めた時間がお一人十分以内となるよう御協力お願いいたします。
質疑のある方は順次御発言願います。
それでは、長谷川英晴君。
長
長谷川英晴#11
○長谷川英晴君 よろしくお願いします。自由民主党の長谷川英晴でございます。
三人の参考人の皆様、本日は大変ありがとうございました。とても参考になりましたし、最後には、政治家、政治に対する要望等々もいただきまして、肝に銘じて、少し質問をさせていただきたいというふうに思います。
まず、北岡先生にお聞きをしたいと思います。
昨年、岸田総理が、国連総会の安保理会議のその発言の中で、文言ベースの交渉を開始すべきときだということを世界に発信されたというふうに聞いております。それに対して、北岡先生は、専門家を集めて具体的改革案の策定にすぐさま着手すべきときだというふうに述べられていると思いますけれども、ここ、まず第一に着手すべきその課題であったり、その思われていることを少し教えていただければと思います。よろしくお願いします。
この発言だけを見る →三人の参考人の皆様、本日は大変ありがとうございました。とても参考になりましたし、最後には、政治家、政治に対する要望等々もいただきまして、肝に銘じて、少し質問をさせていただきたいというふうに思います。
まず、北岡先生にお聞きをしたいと思います。
昨年、岸田総理が、国連総会の安保理会議のその発言の中で、文言ベースの交渉を開始すべきときだということを世界に発信されたというふうに聞いております。それに対して、北岡先生は、専門家を集めて具体的改革案の策定にすぐさま着手すべきときだというふうに述べられていると思いますけれども、ここ、まず第一に着手すべきその課題であったり、その思われていることを少し教えていただければと思います。よろしくお願いします。
北
北岡伸一#12
○参考人(北岡伸一君) 文言ベースでやるべき時期だというのは、今までより一歩前進であります。
だけども、よく日本で言うんですよね、しっかり議論しなくちゃいかぬと。私は、そういったことを言ったら、じゃ、全くそのとおりだ、じゃ、あなたの意見をまず言ってくれと。何か自分から言い出さなかったら、そんなの始まらないんですよ。
じゃ、日本はどういう立場でいいか。言い出したら一歩も変えないというんじゃなくてね、取りあえずこういう案はどうですかと言い出すことが必要なので、その作業に一歩踏み出すべきではないかというのが私の意見でございます。
この発言だけを見る →だけども、よく日本で言うんですよね、しっかり議論しなくちゃいかぬと。私は、そういったことを言ったら、じゃ、全くそのとおりだ、じゃ、あなたの意見をまず言ってくれと。何か自分から言い出さなかったら、そんなの始まらないんですよ。
じゃ、日本はどういう立場でいいか。言い出したら一歩も変えないというんじゃなくてね、取りあえずこういう案はどうですかと言い出すことが必要なので、その作業に一歩踏み出すべきではないかというのが私の意見でございます。
長
長谷川英晴#13
○長谷川英晴君 ありがとうございます。よく分かりました。
じゃ、次に、明石先生にお聞きをしたいと思います。
明石先生は、常任理事国入り以外の方法でもう何か模索する中で、メディアが立ち入れないインフォーマルな小さな部屋で意見交換がされ、方針が決定されているのですと、これは、二〇二〇年の「Voice」という中で言われています。日本は、真の国連外交の場で発言する力を養っていかなければならないのですとも述べられておりますけれども、この具体的にどういうことを言われているのか、少し教えていただければと思います。
この発言だけを見る →じゃ、次に、明石先生にお聞きをしたいと思います。
明石先生は、常任理事国入り以外の方法でもう何か模索する中で、メディアが立ち入れないインフォーマルな小さな部屋で意見交換がされ、方針が決定されているのですと、これは、二〇二〇年の「Voice」という中で言われています。日本は、真の国連外交の場で発言する力を養っていかなければならないのですとも述べられておりますけれども、この具体的にどういうことを言われているのか、少し教えていただければと思います。
明
明石康#14
○参考人(明石康君) 安保理事会、会議場のすぐ隣のインフォーマルな協議に各国が、代表たちが集って審議をすることについて申し上げました。そこでの取り上げられるような問題は、私の知る限り、きちんとした制約が課されているわけではないと承知しております。
ですから、まあ本当に、正式の理事会場で手を挙げて質問してもいいような問題が取り上げられることも小さな部屋において可能ですし、いろいろな問題を、例えばこの部屋はフォーマルな理事会場にむしろ似ておると思います。インフォーマルな部屋というのは、本当にこういう形でさえもないくつろいだ部屋であり、本当に何度も何度も納得するまで相手に対して質問を続けることが可能でありますし、そういう意味では、本当にくつろいだ形で、満足できるまで、満足した答えが得られるまでですね、追求できると。また、各国の代表ではない識者をそこに呼んでくることも考えられるわけですね。
安保理というのは、近年において非常にインフォーマルな性格を強くしておりまして、あれは、吉川大使、何方式と言うんですっけ。ヤジアリア方式。アリアという南米の非常にアクティブな外交官が、NGOの代表を安保理が呼んでその話を聞くことを可能にするためにアリア方式というのを提案しまして、これが採択されて、いろんなNGOがいろいろな形で安保理の代表に対して自分の意見を聞いてもらうことが可能になっておるんです。
そういう意味での、国の大きさとか富とか武力とかそういうこととは関係なしに、リヒテンシュタインの代表に関しても北岡先生からも言及がございましたけれども、本当に小さな国で、地図を見てもなかなか見付けることができないような国でさえあると。
かつては、私は国連事務局の事務次長として広報担当だったときに、その頃はリヒテンシュタインの代表は常時ニューヨークに駐在しておるというわけではなかったんです。毎年九月に、国連総会の始まる第三火曜日ですね、その直前の辺りにリヒテンシュタインの代表が自分の国からニューヨークに到着し、我々関係者に挨拶回りをするということで、何か大学生が訪れてくるような感じさえあったと思います。しかしながら、近年においてはリヒテンシュタインは特にすばらしい勉強家であり研究家でもあるので、彼の存在は大きくなっているとは思いますけれども。
そんなことで、ある国の代表のその知識、識見、アイデア、どういうことであっても、それは非公式な協議において取り上げられる可能性は十分に持っているということだと思います。答えになっているかどうか分かりませんけれども。
この発言だけを見る →ですから、まあ本当に、正式の理事会場で手を挙げて質問してもいいような問題が取り上げられることも小さな部屋において可能ですし、いろいろな問題を、例えばこの部屋はフォーマルな理事会場にむしろ似ておると思います。インフォーマルな部屋というのは、本当にこういう形でさえもないくつろいだ部屋であり、本当に何度も何度も納得するまで相手に対して質問を続けることが可能でありますし、そういう意味では、本当にくつろいだ形で、満足できるまで、満足した答えが得られるまでですね、追求できると。また、各国の代表ではない識者をそこに呼んでくることも考えられるわけですね。
安保理というのは、近年において非常にインフォーマルな性格を強くしておりまして、あれは、吉川大使、何方式と言うんですっけ。ヤジアリア方式。アリアという南米の非常にアクティブな外交官が、NGOの代表を安保理が呼んでその話を聞くことを可能にするためにアリア方式というのを提案しまして、これが採択されて、いろんなNGOがいろいろな形で安保理の代表に対して自分の意見を聞いてもらうことが可能になっておるんです。
そういう意味での、国の大きさとか富とか武力とかそういうこととは関係なしに、リヒテンシュタインの代表に関しても北岡先生からも言及がございましたけれども、本当に小さな国で、地図を見てもなかなか見付けることができないような国でさえあると。
かつては、私は国連事務局の事務次長として広報担当だったときに、その頃はリヒテンシュタインの代表は常時ニューヨークに駐在しておるというわけではなかったんです。毎年九月に、国連総会の始まる第三火曜日ですね、その直前の辺りにリヒテンシュタインの代表が自分の国からニューヨークに到着し、我々関係者に挨拶回りをするということで、何か大学生が訪れてくるような感じさえあったと思います。しかしながら、近年においてはリヒテンシュタインは特にすばらしい勉強家であり研究家でもあるので、彼の存在は大きくなっているとは思いますけれども。
そんなことで、ある国の代表のその知識、識見、アイデア、どういうことであっても、それは非公式な協議において取り上げられる可能性は十分に持っているということだと思います。答えになっているかどうか分かりませんけれども。
長
長谷川英晴#15
○長谷川英晴君 ありがとうございました。
時間がもう余りないので、もう一点だけ。じゃ、手短、短いやつでですね、全然今日の説明にはなかったんですけれども。じゃ、これは吉川先生に、最後に。
ちょっと違う視点からなんですけれども、国連関係機関の日本人職員というのは、ちょっと調べましたら、二〇二五年までに千人にしたいということを目指しているということを聞いていますが、一方で、二〇二〇年末、過去最多九百十八人となったと。しかしながら、これはG7の中では最も少ない数であるというふうに聞いております。
こういったことをどう認識して、今後どうあるべきかということ、もしアドバイスをいただければと思います。よろしくお願いします。
この発言だけを見る →時間がもう余りないので、もう一点だけ。じゃ、手短、短いやつでですね、全然今日の説明にはなかったんですけれども。じゃ、これは吉川先生に、最後に。
ちょっと違う視点からなんですけれども、国連関係機関の日本人職員というのは、ちょっと調べましたら、二〇二五年までに千人にしたいということを目指しているということを聞いていますが、一方で、二〇二〇年末、過去最多九百十八人となったと。しかしながら、これはG7の中では最も少ない数であるというふうに聞いております。
こういったことをどう認識して、今後どうあるべきかということ、もしアドバイスをいただければと思います。よろしくお願いします。
吉
吉川元偉#16
○参考人(吉川元偉君) 私も、これで何年かな、七年近く国際基督教大学で働いております。ICUは上智大学と並んで国連職員をたくさん輩出している学校だと思いますが、今でも志望者は多いですね。志望者は多いですけれども、ほかにやれる仕事がすごくあるということもあると思うね、その同じような状況。国連の給料、必ずしもそれほど若いとき良くないですよ。しんどいところ行かないといけない。それに比べると、外国勤務で高給取り、いっぱいありますよ。だから、能力のある日本人、特に日本人女性の働く場所は残念ながら日本に余りない。外国に行く。国連は、昔は国連が非常に大きかったけど、増えてる。これがまあ一つの理由。
もう一つは、政府自身は、JPOという、二年間、言ってみれば奨学金のようなものを与えて本官採用されるというのを続けていますが、この予算を増やすとやっぱり増えていますね。だから、JPOの予算を増やすということを、お金の問題になりますけれども、それはこれまで最も成功しているやり方なのかも分かりません。それが証左に、中国は十数年前にまねて、完全に同じ制度を持っていますよ。しかも、お金たくさんだから、相当出していますね。はい。
この発言だけを見る →もう一つは、政府自身は、JPOという、二年間、言ってみれば奨学金のようなものを与えて本官採用されるというのを続けていますが、この予算を増やすとやっぱり増えていますね。だから、JPOの予算を増やすということを、お金の問題になりますけれども、それはこれまで最も成功しているやり方なのかも分かりません。それが証左に、中国は十数年前にまねて、完全に同じ制度を持っていますよ。しかも、お金たくさんだから、相当出していますね。はい。
長
猪
水
水野素子#19
○水野素子君 立憲民主・社民の水野素子です。
まず、私は明石康先生にお尋ねしたいと思います。
というのも、私は大学のとき、国連で働きたいという夢を持っておりまして、明石先生に憧れて、著書を握り締めて国連に見学に行った思い出もありまして、今日も、国際法学会で買ったこの先生巻頭の「国連安保理改革を考える」の本を参考にもさせていただいております。
さて、紛争解決におきまして、国連が実効性を持つために私も幾つかやり方があるのかなと思う中で、先ほど北岡先生おっしゃられたような紛争当事国の棄権、この国連憲章二十七条第三項、これを強化すべきだなという思いは持っているんですけれども、先ほど先生が、複数国によるものでなければ棄権できない、あるいは私は多数決でもいいんではないかとも思いますけれども、この国連総会で例えば解釈宣言を付すとかですね、そういった形で紛争当事国の棄権できる範囲を限定することはできないかなという思いが一つございます。
また、安保理が拒否権で機能しないのであれば総会で、例えば平和のための結集決議の下で総会が代わって機能するようなことができるのか、この二点につきまして明石先生の御見解をお願いいたします。
この発言だけを見る →まず、私は明石康先生にお尋ねしたいと思います。
というのも、私は大学のとき、国連で働きたいという夢を持っておりまして、明石先生に憧れて、著書を握り締めて国連に見学に行った思い出もありまして、今日も、国際法学会で買ったこの先生巻頭の「国連安保理改革を考える」の本を参考にもさせていただいております。
さて、紛争解決におきまして、国連が実効性を持つために私も幾つかやり方があるのかなと思う中で、先ほど北岡先生おっしゃられたような紛争当事国の棄権、この国連憲章二十七条第三項、これを強化すべきだなという思いは持っているんですけれども、先ほど先生が、複数国によるものでなければ棄権できない、あるいは私は多数決でもいいんではないかとも思いますけれども、この国連総会で例えば解釈宣言を付すとかですね、そういった形で紛争当事国の棄権できる範囲を限定することはできないかなという思いが一つございます。
また、安保理が拒否権で機能しないのであれば総会で、例えば平和のための結集決議の下で総会が代わって機能するようなことができるのか、この二点につきまして明石先生の御見解をお願いいたします。
明
水
水野素子#21
○水野素子君 そうしたら、もう一度、じゃ、一点だけで構いませんので、国連総会が紛争解決において安保理が機能しないときにどのような機能を果たせるかにつきまして教えてください。
この発言だけを見る →明
明石康#22
○参考人(明石康君) 安保理が機能しておらない場合に何ができるか。国連総会は、緊急特別総会という、私が、一九五〇年の十一月三日にアメリカの動議で、そういう安保理が動かないときにも緊急特別総会招集が可能であると、そういうふうに国連が変わったわけですよね。その緊急特別総会の条項は今まで七、八回既に使われてきておりますし、ウクライナに関しても三回か四回、もう既に使われておりますね。これは、拘束力を、法的拘束力がないと言われますけど、それは、そのことに間違いはないんですけれども、私はそれの持つ政治的、道義的、心理的な力というものは決して無視できないと思います。
だから、ウクライナに関してロシアは、ロシアは痛くもかゆくもないよと言うかもしれませんですけれども、それは何となく敗者のつぶやく悔しさ余りの言葉にすぎないと思います。人間はやっぱり言語の動物ですから、痛い言葉を投げ付けられると響くところは必ずあると思います。負け惜しみに、俺は何とも感じないよとロシアは言うに違いないのでありますけれども、感じておると思います。
ロシアの外務大臣、ラブロフという人、国連事務局にも十年おったし国連大使も長くやっていた人なんでよく知っていますけれども、彼なんかは実にインフォーマルな応答でも反応してくる外交官であり、そういう意味では無視できないところがあるんですけど、人間的な一面は十分にありますので、痛くもかゆくもないよと彼が言うとしても、それは信じない方がいいと思います。
この発言だけを見る →だから、ウクライナに関してロシアは、ロシアは痛くもかゆくもないよと言うかもしれませんですけれども、それは何となく敗者のつぶやく悔しさ余りの言葉にすぎないと思います。人間はやっぱり言語の動物ですから、痛い言葉を投げ付けられると響くところは必ずあると思います。負け惜しみに、俺は何とも感じないよとロシアは言うに違いないのでありますけれども、感じておると思います。
ロシアの外務大臣、ラブロフという人、国連事務局にも十年おったし国連大使も長くやっていた人なんでよく知っていますけれども、彼なんかは実にインフォーマルな応答でも反応してくる外交官であり、そういう意味では無視できないところがあるんですけど、人間的な一面は十分にありますので、痛くもかゆくもないよと彼が言うとしても、それは信じない方がいいと思います。
水
水野素子#23
○水野素子君 ありがとうございます。
続きまして吉川先生に、司法的手法による紛争解決の可能性強化につきまして。
私も九月にハーグを訪ねまして、ICJで岩澤判事に御意見を伺いましたが、やはり、強制管轄権受諾、これが広がっていくことが大事ではないかとおっしゃっていました。クリミア紛争、停戦合意で紛争解決手段をICJと指定しているということなので、ロシアは無視できないとはおっしゃっていましたが、その前に強制管轄権受諾を促進する、日本が主導するようなことはできないかというのが一点。
それから、ロシアが従おうとしていないICJの勧告命令の遵守義務の強化を国連総会による解釈宣言などでできないかというのが二点目。
さらに、先生も御指摘されている国際刑事裁判所、ICCの機能強化、特に安保理常任理事国五か国のうち加盟しているのは英仏だけですから、その辺りをもっと加盟を強化していくことで司法的解決を、紛争の解決可能性を高めていくことについて御意見をお願いいたします。
この発言だけを見る →続きまして吉川先生に、司法的手法による紛争解決の可能性強化につきまして。
私も九月にハーグを訪ねまして、ICJで岩澤判事に御意見を伺いましたが、やはり、強制管轄権受諾、これが広がっていくことが大事ではないかとおっしゃっていました。クリミア紛争、停戦合意で紛争解決手段をICJと指定しているということなので、ロシアは無視できないとはおっしゃっていましたが、その前に強制管轄権受諾を促進する、日本が主導するようなことはできないかというのが一点。
それから、ロシアが従おうとしていないICJの勧告命令の遵守義務の強化を国連総会による解釈宣言などでできないかというのが二点目。
さらに、先生も御指摘されている国際刑事裁判所、ICCの機能強化、特に安保理常任理事国五か国のうち加盟しているのは英仏だけですから、その辺りをもっと加盟を強化していくことで司法的解決を、紛争の解決可能性を高めていくことについて御意見をお願いいたします。
吉
吉川元偉#24
○参考人(吉川元偉君) ICJの話で幾つか御質問いただきましたが、おっしゃるとおり、ICJはもう非常に早い段階で、ロシアは即時停戦しろ、即時撤退しろと、命令ですよ、命令は拘束力持っているわけですよ。で、命令を出した。ロシアは全く応じていないですね。この命令に繰り返し違反すると処罰できるんですね。処罰やろうと思うと、拒否権があるんですね。だから、基本的にはこのICJは、紙はあるんですよ、だけどその紙を執行する警官がいないわけですね。これが世界の裁判制度。
しかも、興味深いことに、この命令に反対意見を述べた判事が二人いるんですね、ロシアと中国。これ、我々はやっぱりちゃんと覚えておくべきで、国際法違反なのに命令に反対意見出す、おかしいな、再選のときには反対しようぐらいのことはやってもいいのかななんて思いますけどね。
ICCの方、ICCは、私自身は、ローマ条約が作られるときの日本の代表は小和田恒国連大使、僕はその下にいたんですけれども、日本はなかなかICCへの批准に時間掛かりました。すごく時間掛かった。だけど、今入っていますね。アメリカ、中国が入っていないので、分担金では日本が断トツですよ、一番。一番であることはまあ日本のサイズからしていいんだけど、この裁判所の管轄権を、どうやって加盟する国を増やすか、ここ、なかなか難しいんですね。いろんなこと言われています。対象になっている案件がアフリカが多い、だから、アフリカがなかなか二の足をというか、ICCに入らないと自分の事件見てもらえないわけですけど、だから、どうやって増やすかというのは非常に難しい点ありますね。
その点、今度のウクライナについては、その一つのテストケース。三月の十七日に逮捕状が出た。日本も逮捕をして引き渡す義務を持っているんですね。鑑識の調査官を出すとか、具体的に関与することが日本とICCの関係を深めて、それを世界的にやっぱりこれはいい会合だ、フォーラムだということが分かるような、そういう努力が必要かも分かりません。
この発言だけを見る →しかも、興味深いことに、この命令に反対意見を述べた判事が二人いるんですね、ロシアと中国。これ、我々はやっぱりちゃんと覚えておくべきで、国際法違反なのに命令に反対意見出す、おかしいな、再選のときには反対しようぐらいのことはやってもいいのかななんて思いますけどね。
ICCの方、ICCは、私自身は、ローマ条約が作られるときの日本の代表は小和田恒国連大使、僕はその下にいたんですけれども、日本はなかなかICCへの批准に時間掛かりました。すごく時間掛かった。だけど、今入っていますね。アメリカ、中国が入っていないので、分担金では日本が断トツですよ、一番。一番であることはまあ日本のサイズからしていいんだけど、この裁判所の管轄権を、どうやって加盟する国を増やすか、ここ、なかなか難しいんですね。いろんなこと言われています。対象になっている案件がアフリカが多い、だから、アフリカがなかなか二の足をというか、ICCに入らないと自分の事件見てもらえないわけですけど、だから、どうやって増やすかというのは非常に難しい点ありますね。
その点、今度のウクライナについては、その一つのテストケース。三月の十七日に逮捕状が出た。日本も逮捕をして引き渡す義務を持っているんですね。鑑識の調査官を出すとか、具体的に関与することが日本とICCの関係を深めて、それを世界的にやっぱりこれはいい会合だ、フォーラムだということが分かるような、そういう努力が必要かも分かりません。
水
水野素子#25
○水野素子君 どうしましょう、実は、最後には本当は北岡先生に、二ページ目の安保理改革につきまして、過剰な対米密着は不可ということの含意をお尋ねしたかったところでございます。
もちろん大事な同盟国、アメリカであります。しかし、国連におきましてアメリカは、やや、どちらかというと自国のルールをしっかり自分で決めたいというところもあって、なかなか国連の中でみんなでというところが少ないところもあり、ウクライナの紛争におきましても、どちらの陣営がより正義があるかというよりは、中立国というような形で中立のイメージを出していくこともしたいなと、そういったことを、日本が敗戦国であり、唯一の戦争被爆国でもあるのでできないかと思った中では、大事な同盟国のアメリカとの関係はあるものの、この先生のおっしゃられた過剰な対米密着は不可ということ、最後に一言だけお願いいたします。済みません。
この発言だけを見る →もちろん大事な同盟国、アメリカであります。しかし、国連におきましてアメリカは、やや、どちらかというと自国のルールをしっかり自分で決めたいというところもあって、なかなか国連の中でみんなでというところが少ないところもあり、ウクライナの紛争におきましても、どちらの陣営がより正義があるかというよりは、中立国というような形で中立のイメージを出していくこともしたいなと、そういったことを、日本が敗戦国であり、唯一の戦争被爆国でもあるのでできないかと思った中では、大事な同盟国のアメリカとの関係はあるものの、この先生のおっしゃられた過剰な対米密着は不可ということ、最後に一言だけお願いいたします。済みません。
北
北岡伸一#26
○参考人(北岡伸一君) 事実として、日本はいつもアメリカと同じ投票をしているわけでもないんです、安保理でですね。例えば中東問題では、アメリカが反対というときは日本は棄権とか、ちょっと一歩違う投票をすることは多いんですよね。ただし、全体として日本外交はアメリカ一辺倒と言われても余り反論できない立場であることは確かなんですよ、そのICCにしても、ICJにしても、国際海洋条約にしてもですね。そのアメリカ自身が国際システムの中に閉じ込められるのは嫌だというのは、もうアメリカの上院を突破するのはこれほとんど不可能なんですよね。ですから、日本はいつもアメリカと同じだ、いやいや、そうでもないよというぐらいは少しやっておかないと。
例えば、私が二〇〇四年に行って最初にお目にかかったケースは、イスラエルがパレスチナに壁を造ったんですよね。これが違法かどうかというのをICJに問い合わせる、意見を聞くというのがちょっと何年か前にあって、そのとき日本は付託するのに反対したんですよ。で、付託して返ってきたのは、あれは違法だと、ああいうものは良くないという答えが返ってきたんですよね。それについては日本は受け入れるという答えしたんですよね。こんなものは受け入れないと言ったのは、アメリカ含めて五つぐらいしかなかったんですよ。ですから、そういうときに、日本はアメリカと非常に近い同盟国だと、だから大体同じなのは分かると、でも時々ちょっと違うよねぐらいのことは、やればできるんじゃないかと思うんですよね。
この、さっき話した安保理改革のときも、我々は国連代表部でこういう方針でいこうと言ったときに、一番真っ先に反対したのは実は外務省北米局です。あるいはワシントンの大使館です。それからアメリカが反対していきました。というのが事実であります。だからちょっとそんたく過剰じゃないかと思っているんですよね。
この発言だけを見る →例えば、私が二〇〇四年に行って最初にお目にかかったケースは、イスラエルがパレスチナに壁を造ったんですよね。これが違法かどうかというのをICJに問い合わせる、意見を聞くというのがちょっと何年か前にあって、そのとき日本は付託するのに反対したんですよ。で、付託して返ってきたのは、あれは違法だと、ああいうものは良くないという答えが返ってきたんですよね。それについては日本は受け入れるという答えしたんですよね。こんなものは受け入れないと言ったのは、アメリカ含めて五つぐらいしかなかったんですよ。ですから、そういうときに、日本はアメリカと非常に近い同盟国だと、だから大体同じなのは分かると、でも時々ちょっと違うよねぐらいのことは、やればできるんじゃないかと思うんですよね。
この、さっき話した安保理改革のときも、我々は国連代表部でこういう方針でいこうと言ったときに、一番真っ先に反対したのは実は外務省北米局です。あるいはワシントンの大使館です。それからアメリカが反対していきました。というのが事実であります。だからちょっとそんたく過剰じゃないかと思っているんですよね。
水
猪
平
平木大作#29
○平木大作君 公明党の平木大作でございます。
本日は、三名の参考人の皆様、大変貴重なお話を聞かせていただきまして、ありがとうございます。
特に安保理改革という観点からいうと、これを準常任理事国というのかスタンディングメンバーというのか、いろいろ言葉遣いも含めた、あったかと思いますが、ただ、拒否権は二の次であると、このしっかりと常時日本の発言権を確保していくことが重要だという点においては、三名の皆様、基本的には同じ方向なんだなということを改めて拝聴しました。確認をさせていただきました。
その上で、まず吉川参考人からちょっとお伺いをしていきたいと思います。
先ほども、この今回のウクライナ危機というものを契機にして、四回目のうねりを起こせと、この安保理改革のうねりを、これはもう起こしていかないと起きないよという御指摘があって、なるほどと思ってお伺いしたんですが、これに関してこの改革のいわゆる時間軸とかフレームについてちょっとお伺いをしておきたいと思うんですが、一つはその時間軸のところですね。
例えば、神余先生とかは、大体もう二〇二五年ぐらいまでが一つ潮目なんじゃないかと。ある意味、米中の経済力の逆転みたいなことの中で、日本が今どんどん沈み込んできているという中にあって、そのぐらいまでがもうちょっとタイムリミットなんじゃないかということを考えると、これはもう、ちょっと本当に今進んでいないとどうにも形にできないのかなということも思います。ここら辺のちょっと時間軸について、もしお考えがあったらという点が一つと。
もう一つ、フレームですね。特にこの直近の改革のときに、例えば、日本はG4の立場だったわけですが、ほかにもAUだったり、いわゆるL69であったり、まあいろんな枠組みがあったかと思います。結局、日本の案も、少し妥協をしていく中でまた新しい仲間づくりをしていかないと当然案が通らないわけですけど、ここって、これまでのフレームの中で、特に一緒に取り組んでいくべきところですとか、そういったもしお考えがあったらお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →本日は、三名の参考人の皆様、大変貴重なお話を聞かせていただきまして、ありがとうございます。
特に安保理改革という観点からいうと、これを準常任理事国というのかスタンディングメンバーというのか、いろいろ言葉遣いも含めた、あったかと思いますが、ただ、拒否権は二の次であると、このしっかりと常時日本の発言権を確保していくことが重要だという点においては、三名の皆様、基本的には同じ方向なんだなということを改めて拝聴しました。確認をさせていただきました。
その上で、まず吉川参考人からちょっとお伺いをしていきたいと思います。
先ほども、この今回のウクライナ危機というものを契機にして、四回目のうねりを起こせと、この安保理改革のうねりを、これはもう起こしていかないと起きないよという御指摘があって、なるほどと思ってお伺いしたんですが、これに関してこの改革のいわゆる時間軸とかフレームについてちょっとお伺いをしておきたいと思うんですが、一つはその時間軸のところですね。
例えば、神余先生とかは、大体もう二〇二五年ぐらいまでが一つ潮目なんじゃないかと。ある意味、米中の経済力の逆転みたいなことの中で、日本が今どんどん沈み込んできているという中にあって、そのぐらいまでがもうちょっとタイムリミットなんじゃないかということを考えると、これはもう、ちょっと本当に今進んでいないとどうにも形にできないのかなということも思います。ここら辺のちょっと時間軸について、もしお考えがあったらという点が一つと。
もう一つ、フレームですね。特にこの直近の改革のときに、例えば、日本はG4の立場だったわけですが、ほかにもAUだったり、いわゆるL69であったり、まあいろんな枠組みがあったかと思います。結局、日本の案も、少し妥協をしていく中でまた新しい仲間づくりをしていかないと当然案が通らないわけですけど、ここって、これまでのフレームの中で、特に一緒に取り組んでいくべきところですとか、そういったもしお考えがあったらお聞かせいただきたいと思います。