松原宏の発言 (国民生活・経済及び地方に関する調査会)

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○参考人(松原宏君) 昨年三月まで東京大学教養学部に二十五年間勤務し、現在、福井県立大学地域経済研究所で特命教授をしております松原宏と申します。
 この度、参議院国民生活・経済及び地方に関する調査会にて、参考人として地域経済について意見陳述をする機会を与えていただき、ありがとうございます。(資料映写)
 本日は、まず最初に地域経済の捉え方の基本的な考え方について、続いて日本の地域経済の現状について、最後に福井県内の一つの町を事例に政策的課題について述べさせていただきます。
 早速、地域経済の捉え方についてですが、これには様々なアプローチがあります。世間一般では、地域経済といいますと、例えば、私がかつて住んでいました福岡県の経済であるとか八王子市の経済であるとか、都道府県や市町村といった地方自治体を範囲にした経済のことを指すと思われております。しかしながら、私が専門とする経済地理学では、こうした地域を既に与えられたものとせずに、生産されたものが消費される市場圏のように、経済のメカニズムで形成され変化するものとして地域経済を捉える、そうしたアプローチを取っております。的確な地域政策を打ち出すためには、地域経済の仕組みについて、より踏み込んだ理解が必要だと思っております。
 さて、ここにお示ししました図一により、地域経済の基礎理論として知られております経済基盤説を紹介いたします。
 この図では、地域経済の範囲を四角で示していますが、左上からの矢印、域外からの所得流入をもたらす産業を基盤産業と呼びます。製造業や農林水産業は地域で生産された商品を販売して、あるいは観光業の場合は域外から観光客が訪れて宿泊や飲食などをすることで地域に所得をもたらしています。
 これに対して、下向きの矢印で示したように、基盤産業で所得を得た人が消費を行うことで小売業やサービス業が成り立っていますが、そうした産業を非基盤産業と呼んでいます。工場設備のメンテナンスなどを担当する関連・支援産業も非基盤産業に含まれます。
 こうした消費支出や産業連関を通じて、域内で所得の循環が生み出され、基盤産業と非基盤産業の両者がうまくかみ合うことで地域経済が成長していくことをこの図では示しています。ですから、地域経済を成長させるためには、左側の矢印を太くし、右下にある域外への所得の漏出の矢印を細くすること、下向きで示した産業連関の効果を大きくすることなど、域内での所得循環の流れを様々に迂回させる工夫が重要だとされています。
 しかしながら、現実には、例えば新型コロナウイルスの感染拡大により、観光業の収入が大幅に落ち込み、地域経済全体が大きな打撃を受けたといった負の連鎖が生じています。
 なお、この図では、基盤産業から上に線を延ばして、基盤産業の在り方に関する相対立する説にも触れております。左上には、産業集積を論じたマーシャルにちなんでマーシャル型としていますが、例えば自動車産業が集積する豊田地域のように、特定の産業に特化させた方が高い成長がもたらされるとする考えになります。これに対し、地域経済のレジリエンス、様々なショックに対しての抵抗力を重視しますと、地域の産業は多様化していた方がよいとする考えもあり、これはニューヨークの研究者ジェイコブにちなんでジェイコブズ型と右上に示しております。地域産業政策としてどちらを取るべきか、あるいはどのような多様性が求められるのか、これらについては今も議論がされております。
 ところで、図一ではお金の流れが中心でしたが、地域経済の循環はより複雑で、図二に様々な矢印で示しましたように、人、物、金、情報、さらには知識の流れが複雑に絡み合っております。
 この図では、日本の地方都市を想定して、地域経済をやや太めの円で示しています。円の真ん中辺りに置いた家計から上向きに工場に向かう人の流れを示す矢印、すなわち地域の住民が工場などの雇用の場に日々通勤する通勤圏が基礎となり、買物や観光も含めて日常生活圏を形作っていて、これが地域経済の基礎的な圏域を形成していることを示しています。また、工場で生産された製品、物の流通する範囲は、工場から右上に向かう矢印で示しましたように、国内や海外に出荷され、製品市場圏を形成しています。
 ただし、注意していただきたい点は、この図では、製品を販売した代金、金の動きは、一番上に示した右向きの矢印のように、本社のある東京などの大都市に一度集められ、そこから従業員の賃金や工場の設備投資として地方都市に戻ってくることを示しています。このように、日本の地方都市では地域外に本社のある分工場によって成り立っている地域が少なくないことにも注意することが大切です。
 時間の関係で詳しくお話しすることができませんが、地域経済を捉える際に、人や物のように目に見える流動だけではなく、金や情報のように目に見えない流動にも気を付ける必要があります。私自身は、現在、知識や技術の地理的流動に関心を持っており、特定の地域や工場に歴史的に蓄積してきた知識や技術を生かす地域イノベーションの研究をしております。
 さて、これまで図一、図二、共に一地域のみで地域経済を捉えてきましたが、図三に示しましたように、地域経済を重層的に、とりわけ階層的なものとして捉えることが重要かと思います。
 この図では、縦軸に、少し難しい用語ですが、財・サービスの階次を取っています。例えば買物でいえば、野菜や魚などの生鮮食料品は低次な財、衣服や時計などは高次な財といいます。生鮮食料品を扱う店が集まっている商店街は買物に来る人の範囲、商圏は狭いのに対して、百貨店や専門店の集まる都心の繁華街の商圏は広くなっています。
 さらに、この図では、人だけではなく物や金、情報の地理的流動について、それぞれ交通費や輸送費などの空間的な抵抗、この図ではシータの傾きで示していますが、それぞれ異なることを想定しています。
 人の日常的な通勤は空間的な抵抗が大きく、比較的狭い範囲で行われ、これが日常生活圏を形成しています。物については、例えば鉄のように重たいものは輸送費の負担が大きく、半導体のように高価で軽いものは輸送費の負担が小さいといった違いがあり、しかも高速道路や空港などの整備によって比較的短時間で遠距離まで運ばれるようになり、圏域はまあ大小様々ですが、大きくまとめますと、広域関東圏や東北、九州といった広域経済圏が摘出されるように思います。これらに対して、金や情報の地理的移動に対する空間的抵抗は小さく、国民経済、さらにはグローバルな経済空間を形成していると考えられます。
 このように、人、物、金、情報の地理的流動は点と点を結び大小様々な円を描いていると考えられますが、それらは結果的には幾つかの中心地、すなわち都市によって束ねられ、この図で示しましたように、T、東京や、S、札幌、仙台、F、福岡などの大都市を中心に、日常生活圏、広域経済圏が形成されています。
 まとめますと、この図のように地域経済を一つの層ではなく重層的、とりわけ階層的なものとして捉えることが重要かと思います。
 以上、基礎理論も重要かと思い、少し時間を掛けて地域経済の捉え方について説明しました。
 これから地域経済の実態の話に移りますが、統計資料の関係で地域経済の分析単位は都道府県や市区町村といった範囲になります。また、政策に関しても、現在の日本では権限と財源の単位は都道府県や市区町村ですので、実際の政策の話もこれらを単位とした話が中心になります。
 なお、統計資料について付け加えさせていただきますと、長年地域経済を分析してきた者としては、政府統計の改編などにより、地域経済の実態分析、とりわけ地域経済の変化を分析することが難しくなっており、正直申し上げてよく分からないことが増えてきております。
 図の四は、国勢調査によって市区町村別の十五歳以上の就業者数の二〇一〇年から二〇二〇年の変化を見たものです。
 就業者の増加率が高いのは、東京や大阪、大都市圏や、札幌、仙台、福岡あるいは那覇などの地方中枢都市、中心都市、とりわけ東京が目立ちます。これに対し、濃い青、薄い青で示した就業者数の減少が多くの地域で見られます。特に、北海道や北東北から新潟にかけての日本海側、南四国、中国山地や九州山地、紀伊半島や能登半島などの半島部や離島、過疎地域と重なり合うかと思います。要因については詳しい分析が必要ですが、地方圏での減少は農林水産業や製造業などの減少が多くを占めています。大都市圏での増加は情報サービス業や医療、福祉などのサービス業の増加が効いています。
 また、図五は、工業統計表によってリーマン・ショック後の二〇〇九年から二〇一九年の製造業出荷額等の変化を都道府県別に見たものです。
 全体として増加している都道府県が多く、製造業は回復基調にあります。経済産業省では新型コロナウイルスの感染拡大による地域経済への影響を毎月のように見ておりますが、地方別の鉱工業生産指数の動向は、業種、地域により差があるものの、一時期の落ち込みを脱してきており、この図の傾向が続いているものと推測されます。
 ここでは、御覧いただくと分かりますように愛知県の伸びが大きく、これは自動車産業によるものと考えられます。東海地域では静岡県や三重県も伸びが見られますし、東京を除く関東と関西も伸びています。そこでは工作機械やロボットなどの生産用機械の伸びが効いているように見られます。東北や九州などの地方圏でも伸びが見られますが、三大都市圏と地方圏との差は大きなものがあります。
 ところで、グローバルな競争の観点では、生産機能に特化した工場では安価で豊富な労働力を海外の工場に取って代わられる可能性があり、研究開発機能などを強化して製造業の高度化を図ることが重要になってきています。
 それを図の六では、製造業のRアンドD、研究開発比率として、全国の市区町村を色分けしてみました。ここでは、大企業のマザー工場などがある東京や大阪近郊で比率の高い市区町村が目立ちます。地方圏でも、特定の大企業の研究所や主力生産拠点のある地域で高くなっていますが、大都市圏と比べるといまだ少ないのが現実です。
 地方の工場では、これまでの技術を生かして生産機能を強化してきている工場も少なくないので、研究開発機能のみを強化することだけが目指すべき方向だとは思いませんが、工場閉鎖を避けるためには、マザー工場化や研究開発拠点化など、地方圏の工場を進化させていくことが重要だと思っております。
 最後に政策の話をいたします。
 図七は、地域経済に関わる政策として、産業立地政策は農林水産省や経済産業省、国土政策は国土交通省というように省庁縦割りで行われてきたこと、あるいは、市町村や都道府県の枠を超えて、冒頭申し上げましたように、日常生活圏や広域経済圏が形成されてきており、両者の乖離を埋めるために広域連携が重要だということを示しております。
 また、図七では、赤字で、最近注目すべき動きとして、経済産業省については、地域未来投資促進法が施行から五年たち、どのような点が今後補強されるのか。国土交通省については、来年度の国土形成計画全国計画の策定に向けて地域生活圏やスーパーメガリージョンなどについての議論がなされています。二〇一四年からスタートしたまち・ひと・しごと創生本部の地方創生施策も、昨年十二月にデジタル田園都市国家構想の下でデジタル化を柱にしたものに変わってきております。
 図の八は、横軸に日本の都道府県を北から並べ、縦の棒グラフで地方創生交付金の種類を色分けをして総額を示したものです。二〇一四年から訪日外国人が急増するなど観光が重要なテーマになりやすかったということもあり、観光資源が豊富にある北海道が総額で最も多く、長野県がこれに次いでいます。
 地方ブロックごとに見ますと、東北地方では山形県、関東地方では茨城県、北陸地方では富山県、東海地方では岐阜県と、必ずしも地方の中心都市のある県に集中しているわけではありません。関西地方では兵庫県と京都府、中国・四国地方では大きな差はなく、九州地方では福岡県と熊本県が多くなっていました。なお、東京一極集中の是正が目標となっている関係で東京都は少なく、沖縄県は沖縄の振興予算があるために応募自体が少なくなっております。
 地方自治体のアイデアの良しあしを外部の評価委員が審査し、交付金が採択されるかどうかが決まりますので、地方自治体の対応によって新たに地域間格差が発生し、拡大する傾向がうかがえます。
 とりわけ、紫色で示した拠点整備交付金は、建物などのハード整備に使われるもので、国と当該自治体と半々の負担とはいえ、一度整備されると比較的長期間にわたり地域産業の振興に関わるものが多く、その大小は地域の競争力を左右する一因になると私は考えております。
 時間の都合で詳しくは紹介できませんので、最後の話に移ります。
 交付金をうまく使うということが重要になってきますが、その一つの事例として、福井県のY町を紹介いたします。
 このY町は、二〇二〇年の総人口は二千三百七十五人で、高齢化率は四五・二%、財政力指数は〇・一四で、国や県からの財政移転に多くを依存している自治体の一つです。過疎、特定農山村、特別豪雪、辺地地域に指定され、消滅可能性自治体にもリストアップされています。
 人口減少と高齢化の厳しい状況の下でもY町では合併はせず、ユニークな地域活性化の取組を展開しております。地域資源循環型農村を目指す動き、あるいは観光と農業、農林産業、そして木材産業の再生、そして移住、定住、起業支援というのを熱心に行ってきております。左下に示しましたように、地方創生の拠点整備交付金を使いまして、起業支援センターを廃校跡につくったりしております。図の九に示しましたように、この移住の数が徐々に増えてきております。
 それから、最後、図の右下に十を示しておりますけれども、現在、経済産業省では、この包摂的な成長というものをキーワードにして地域の在り方を論じております。ここに示しましたように、かつて包摂的成長というと条件不利地域に対して財政的な支援のみで行っていくというような色合いが強かったんですけれども、ここに示しましたように、地域中核市や工業都市と連携する形でY町を位置付けて、個性ある地域の多様性を生かし、それらを上手に組み合わせることで、イノベーションや創造性を惹起し、広域的な地域の自立、競争力や持続可能性を図る、このことが重要であると私は考えております。
 以上でございます。御清聴ありがとうございました。

発言情報

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発言者: 松原宏

speaker_id: 13582

日付: 2023-02-15

院: 参議院

会議名: 国民生活・経済及び地方に関する調査会