小峰隆夫の発言 (国民生活・経済及び地方に関する調査会)

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○参考人(小峰隆夫君) 着席のままで失礼いたします。
 御紹介いただきました大正大学の小峰でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
 本日は、このような場で私の意見を申し述べる機会を与えていただきまして、大変ありがとうございました。(資料映写)
 現下の経済情勢についてということでございますけれども、私の場合は、少し長めに時間軸を取って、平成経済から順番に今日の経済まで振り返ってみたいと思います。
 まず、この平成経済を振り返ることの意味なんですけれども、現時点においても、平成経済を振り返ることは大変意味のあることだというふうに私は考えております。平成経済というのは、ここにありますように、次々に今まで経験したことのないような課題が現れてきたということで、それに対する対応も、今まで経験がないものですから、どうしても実験的又は試行錯誤的なものにならざるを得なかったという特徴があります。
 それで、残念ながら、これを事後的に評価してみますと、こういった政策的対応は必ずしも成功だったとは言い難いものがたくさんありまして、いろいろ問題があったんじゃないかというふうに思われます。これらの多くの課題は、平成以後、今に至るまで引き継がれているものがたくさんあります。したがって、また改めてこの問題が発生した平成経済から遡って取組を振り返ってみる意義というのはあるのではないかというふうに思います。
 以下、順番に時代を区切って簡単に振り返ってみたいと思いますけれども、まず最初は、バブルが生成して崩壊した八〇年代、八九年から九〇年代前半の時期について考えてみたいと思いますが、これはもう一言で言えば、バブルの、これは株価と地価の動きを見たものですけれども、一番左の部分が大きく盛り上がっていますけれども、株価も地価も三倍以上、短期間で異様な盛り上がりを示したということですけれども、今から振り返ってみて改めて気が付くのは、そのバブルの渦中にあってはこれがバブルだということは分からないということが改めて確認されたということです。
 この異様な株価、地価の上昇も、そのときにはそれなりの説明をしていたと、こういう理由で上がったんだという説明がそれなりにあったということですので、これが異常な事態であって、これがやがて逆転して日本経済に非常に大きな重荷になるという認識はほとんどなかったというふうに思われます。
 それから、次の時代は九〇年代後半の金融危機とデフレの発生ということですけれども、まず、バブルが崩壊しますと、資産と負債のうちの資産が大きく毀損しますので、負債が大きくなって不良債権が発生するということになりますが、これは、当初はこれに対する認識は驚くほど低かったということです。これ、政府の文書で、九二年の経済白書の引用ですけれども、当時の不良債権は七から八兆円程度だったと。これ、実はもっと大きかったということなんですけれども、これは銀行全体の資産と比較すると、延滞債権というのはほんの一部だということで、それから、含み益がありました。この含み益がたちまちなくなってしまうわけですけれども、含み益もあると。したがって、銀行経営にとって危機的な問題ではないというのが一般の認識であり、政府の認識でもあったということです。
 それから、当時、宮澤総理がかなり早い段階で、これは不良債権を税金を使って処理してしまった方がいいんじゃないかという提案をいたします。九二年なんですけれども、このときは総理自らが軽井沢のセミナーで発言するんですが、余り話題にならなくて、しかも、それこそ全く四面楚歌、誰も賛成しなかったと。経済学者、政治家、産業界、金融界、みんなそこまでやる必要はないんじゃないかということで、総理の考えだったとはいえ、それが実現することはなかったということがありました。
 その後、九五年に六千八百五十億円の住専処理をめぐって公的資金の投入というのが非常に大きな問題だというふうに認識されて、その後、公的資金を使うのがほとんどタブー視されたということで、これは金融危機になって実際にパニックが起きて、これは大変だということがようやく分かって、数十兆円の公的資金が投入されるということになったという経験があります。
 それから、デフレが今に至るまで大きな問題になっているわけですけれども、これも最初はデフレが大きな問題、デフレというのは要するに物価が上がらないという状態ですけれども、これが大きな問題だという認識は当初はなかったということですね。むしろ逆に物価を下げようという政策が行われていて、これがいわゆる内外価格差の議論なんですけれども、諸外国に比べて日本の物価は高過ぎると、だから我々は生活の実感として高所得を実感できないんだという議論があって、これは当時の村山総理も内外価格差を縮小していきますというのを表明している。
 それから、これに対して、九五年の白書では、内外価格差というのは為替レートのオーバーシュート又は内々価格差、製造業と非製造業の生産性の格差によって起きるんだというようなことを主張していたんですけれども、なかなか、物価が下がるのは良いことだという認識の方が当時は強かったということが言えると思います。
 それから、小泉改革の時代は二〇〇〇年代前半なんですけれども、このときは不良債権の処理というのをかなり強引に進めまして、目標は、当時、総資産の八・七%ぐらいだった不良債権比率を二〇〇四年度に半分ぐらいにするという目標を掲げて、かなり強引に不良債権の処理を進めた。しかし、それで実際にそのとおり不良債権が縮小していって目標は達成されたんですけれども、この不良債権の処理はデフレ対策の一環として行われているということですね。当時は、不良債権があるから日本経済はデフレから脱却できないんだという認識が強かったということです。しかし、不良債権を正常化してもデフレからは脱却できないということが分かって、これは不良債権の処理だけでは駄目だということで、だんだん金融の緩和に進んでいくというようなことになったのだと思います。
 それから、私自身、かつて経済企画庁の役人をしておりましたので、この小泉改革の中でいろいろ行政的な見直し、仕組みの見直しがあったという中で、新しく出たもの、またそのときに失われたものがあるということを一言申し上げたいと思います。
 このとき経済財政諮問会議が新たにつくられて、今に至るまで続いている。それから、年に一回骨太方針を決めるというのも今に至るまで続いていて、それから財政の中期展望、これも最近出ましたけれども、こういったものが一つの、行政が財政をモニターする手段として、非常に有効な手段として整備されるに至ったということで、これは評価できると思いますが、一方で、私から見ますと、失われたものもいろいろありますねということで、例えば、経済審議会と経済計画というものがなくなった。経済審議会は、今の経済財政諮問会議はそもそも総理とか有力閣僚がメンバーなんですから、現在の政権にそれほど違った意見を言うということはそもそもできないという組織だと思いますが、経済審議会というのは、二十数名の各界代表、労働界、消費者団体、学界、産業界、マスコミ、こういった人たちの代表者が集まって、まあ四、五年に一回、経済計画というのを作る。そのときにはいろんな専門委員を二百人ぐらい動員して、半年ぐらい時間を掛けて議論するということが行われてきたということで、だんだん議論していくうちにだんだん角が取れて平凡な結論にはなっていくんですけれども、それほど経済の常識に外れたような政策は出てこないというような仕組みがあったわけですけれども、これがなくなってしまった。
 それから、私はまさに官庁エコノミストとして活動していたわけですけれども、こういった存在もなくなってきた。
 それから、経済白書、これは私も書いていましたけれども、かつては経済白書というのが出るたんびに日本の経済はどうなっているんだということについて各方面でいろいろ議論が巻き起こったというのがあったんですけれども、最近は経済財政白書ということになって、まあ基本的には政府の方針を追認するような内容のものになっていったというのが、それぞれ得たもの、失われたものがあったのではないかというふうに思います。
 それから、ちょっと関係の議員の方もおられるかもしれませんのでちょっと失礼なんですが、民主党政権のときの政策運営についてもいろいろ問題があったということを指摘をさせていただきます。
 一つは、やはり官僚批判というのは当時相当強くて、ここに鳩山政権のときの五原則、五策というのが出ていますが、これのかなりの部分が官僚に関する部分になっておりまして、したがって、当時は、官僚を変えれば、官僚の生き方、官僚の扱いを変えれば相当政治、行政が良くなるんじゃないかという認識があったのではないかというふうに思いますが、まあ私自身官僚だったのでちょっと官僚寄りにバイアスがありますけれども、官僚は要するに自分の力で行動することはできないので、官僚をいかに使うかというところに意を用いていただければよかったのではないかというふうに思います。
 それから、やはりマニフェストで財源の見通しが甘かったということが明らかになって、これは結局、財政赤字になってしまったということがあると思います。
 それから、私、経済政策が専門ですけれども、当時いろいろな議論があって、成長戦略としても例えば第三の道というようなことが言われたり、それから、鳩山内閣のときにはGDPよりも幸福度だというような議論があって、そういうことを目指そうという動きがありましたが、残念ながら練り上げ不足だったのではないかという印象があって、たちまちこういったアイデアは消えてしまったということがありました。
 それから最後に、これは今に至るまで続いていますけれども、アベノミクスの展開というのがあります。
 これは、安倍政権が発足した当初は、アベノミクスは基本的には大成功だったというふうに言われていました。株価が上がって、物価もマイナスから脱出して、企業収益も増えたということで、かなりこれはうまくいったということだったんですけれども、これは今から振り返ってみますと、一つはアナウンスメント効果、つまり、こういうことをやるぞというアナウンスがマーケットに非常にプラスの影響があったということとか、それから、当時円安が非常に進みましたので、円安で輸出企業がかなりもうかったといったようなこともあったと。それから三番目に、公共投資も拡大した。四番目に、消費税を次の年に上げる予定でしたので、かなり大規模な駆け込み需要が起きたといったようなことがあって、これは今から思うと全て短期的な、一時的な理由だったということが言えるのではないかと思います。
 その後、大胆な金融緩和、これは申し上げるまでもなく、インフレターゲットを決め、大胆な、黒田総裁の下での大胆な金融緩和が進み、二〇一四年に追加緩和をやって、それからさらにマイナス金利とかイールドカーブコントロールに進んでいくというようなことが行われたということです。これは、今に至るまで、ここからどうやって出口に向かうかというのが大きな課題になっているということです。
 それから、こういった平成経済を振り返ってみて何を我々は学んだらいいのかということについて簡単に申し上げますと、まず、やはり我々の政策というのは、社会の認識に支えられてこそ政策が実現するという点があると思います。
 ところが、社会的な認識というのは相当遅れるということですね、気が付くのが遅くなるということはあります。そうすると、例えばさっきの不良債権だとかデフレ問題だとか、そういったものはどうしても当初の認識とかなり違う認識がやがてやってくるというようなことが多い。そうすると、国民が経済的な課題の意味を認識するまでにかなりタイムラグがあるということですが、それは、その民意は世論調査だとか選挙の結果だとか、そういうのに反映されて、それが政策をある程度規定していってしまうということになって、そうすると政策自身は後追いになってしまって、むしろ傷が深くなってから政策が出てくるというようなことになってしまったというのが平成経済の幾つかの面であったのではないかということが言えると思います。
 それからもう一つは、これは私、経済をやっていますのでどうしてもこういう結論になってしまうんですけれども、標準的な、つまりオーソドックスな経済学の教えに反した政策というのは結局回り回って社会に大きなコストをもたらすということがあったのではないかということですが、例えば政策割当ての議論というのがありまして、こういう政策はこういう分野に一番効率的に効くんだからそういう分野に割り当てるという割当ての議論があるんですけれども、例えば金融政策を、年収の五倍で住宅が得られるようにしましょうとか、金利生活者が困らないようにしましょうというふうに割り当てると、ちょっと正しい政策割当てと外れてしまう。
 それから、経済摩擦があったときに、これは今、むしろ経済摩擦ってなくなってしまいましたけれども、経済摩擦に対応するために内需を拡大するというのをやると、今度は経済が過熱してしまうことにもなりかねない。
 それから三番目に、部分均衡的、その当面の効果だけを見て政策を採用していると、例えば地域振興券を配ると商品券は消費に回るんだという議論がありましたけれども、商品券も実は今まで使っていた消費に割り当てれば貯蓄ができてしまうというようなことで、回り回って余り効果がないというようなこともあったということです。
 それから、令和に持ち越された課題について簡単にお話ししますと、まず、異次元金融緩和というのが明らかに行き詰まってきているということで、まあ当初は二年で二%ということでしたが、これは七年たっても八年たってもできなかったということですし、長期国債の買入れも、もうだんだん買い入れる種がなくなってきているという限界になっていますし、さらに、円安が最初非常にプラスだったんですけれども、いつまでも円安に頼るわけにはいかない。それから、マイナス金利というのは、これは金融機関の経営にかなりマイナスだということで評判が悪い。それから、長期金利のコントロールというのは、これは教科書的に無理筋だということですね。私が習った教科書では、長期金利というのはマーケットが決めるものであり、規制すべきでもないし、規制もできないというのがオーソドックスな議論であったということです。
 それから、財政について、これはもう申し上げるまでもありませんが、日本の債務残高のGDP比が非常に大きい状態が続いているということで、さらに、このところ非常時型、こういう緊急事態なんだからこういう財政支出が必要だということが次々に起きていて、物価が上がったからガソリンを安くしようとか電力を安くしようと。それから、補正予算も毎年のように編成される。コロナでいろんな費用が必要になる。それから、防衛費も必要だ。最近は、今度は少子化も一生懸命やらなきゃいけないということで、言わば次々にパンドラの箱が開いていって、歳出がどんどん膨らんでいくということが起きています。
 それから三番目は、輸入インフレにどう対応するかということですけれども、これは消費者物価の今後の予想ですけれども、輸入インフレが収まってくると、また二%より下に物価上昇率が行くのではないかというのが大方の予想になっています。
 ただ、これはちょっとなかなか理解するのが、理解していただくのは難しいかと思いますが、これは交易条件が悪くなる、つまり、輸入、我々が日本全体で輸入している物の値段が上がったことによって物価が上がっているので、これは残念ながら、これ自体を防ぐことはなかなか難しいということですね。
 そうすると、この表は、実質賃金、一番左の時間当たり実質雇用者報酬というのが二〇二二年平均で〇・九%減っているんですけれども、これは生産性では〇・六%上がっている。それから、分配率も〇・八%上がる方向に寄与している。しかし、交易条件、つまり輸入物価が上がったことで二・二%マイナスになっている。
 つまり、輸入物価が上がって交易条件が悪くなったことが実質賃金を減らす一番大きな要因であって、それを生産性とか分配率でカバーしているんですけれども、カバーし切れないから実質賃金が下がっているというバランスになっているということです。
 これは、ちょっと説明が複雑なので簡単にしますと、この状況はGDPデフレーターの動きによく表れていて、一番下のGDPデフレーターというのは国内に原因があるインフレ率の動きを表している。国内需要デフレーターという上がっている方は、原因はどこであれ、とにかく物価が上がっているかどうかというのを示している。そうすると、今物価は上がっているんですけれども、国内に原因がある部分はほとんどないということなので、ほとんどが輸入インフレの影響であるということが分かるということです。
 それから最後に、人口問題について簡単にお話ししますと、コロナで人口の変化が十年加速したというふうに言われています。簡単に言うと、これが人口の将来展望と実績なんですが、左の出生数の中位推計というのは国立社会保障・人口問題研究所の推計なんですが、これだと二〇三一年に八十一・一万人だというふうに予想されていたんですが、現実には二〇二一年に八十一・二万人になってしまった。つまり、標準的な予想よりも十年進行が早くなっているということです。
 それからさらに、これ出生率で、人口が減らないためには二・〇七にする必要があるんですが、現実には一番下の一・三〇だと。
 政府の目標は、まずは一・八〇にするという目標を立てていますが、これは希望出生率というふうに言われていまして、結婚したい人が全て結婚して、産みたい子供が全て生まれた場合に一・八になるということなんですが、コロナ後に、これは我々の段階で試算してみると、この希望出生率は一・六ぐらいに下がっているという深刻な状態になっています。
 それと最後に、異次元の少子化対策というのが言われていますけれども、私がもし異次元の少子化対策は何ですかと問われればこの五つだというので、それを御紹介して終わりにしたいと思います。
 一つは、人口政策について新しい目標が必要だと。人口一億人というのも出生率一・八というのも、これはほとんど実現は不可能だということです。
 それから二番目に、少子化関連予算がまだ少ないというのは事実ですけれども、それはやはり効果的な財源を伴う議論である必要がある。
 三番目に、これは少子化が病気なのか、ほかの大きな、より大きな問題があって、それの副作用として少子化になっているのかという議論をしっかりしておいた方がいいということがあります。
 それから四番目に、人口政策について国と地方の役割分担を見直した方がいいということで、地方で少子化対策いろいろやるんですけれども、これは言わば子育て世代の取り合いになってしまって、少子化率、出生率が非常に上がったという自治体が確かにあるんですけれども、それは逆に言うと、周りの自治体は子育て世代がいなくなったので出生率が下がるということになっているということですね。ですから、人口政策はあくまでも国が主体でやるべきだということです。
 それから、最後に五番目、これはなかなか言いにくいんですけれども、今後、相当長い間は日本の人口は減るということは間違いないということなので、人口を増やすというのを当面の目標にするよりは、ある程度人口が減っていっても我々の福祉が損なわれないような社会をまずは目指すということも必要なのではないかというのが私の考えです。
 以上で私の陳述を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。

発言情報

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発言者: 小峰隆夫

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日付: 2023-02-22

院: 参議院

会議名: 国民生活・経済及び地方に関する調査会