大橋弘の発言 (資源エネルギー・持続可能社会に関する調査会)
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○参考人(大橋弘君) 先生方、こんにちは。東京大学公共政策大学院に所属しています大橋弘と申します。経済学を専門としております。
本日は、このような貴重な場をいただきましたので、資源エネルギーの新たな局面と我が国への影響について申し述べたいと思います。
我が国を取り巻く資源エネルギーにおいて、三つの相互に絡み合う環境変化があるものと思います。
一つは、地政学的なリスクの高まりです。
具体的には、二〇二一年秋頃から始まり、ロシアのウクライナ侵攻によって深刻化した輸入資源価格の高騰があります。
二つ目は、脱炭素化の加速化です。
我が国は、二〇五〇年に向けてカーボンニュートラル、すなわち温室効果ガスの人為的な発生による排出をネットでゼロに均衡させることを目的にしています。同時に、二〇三〇年には二〇一三年度比で四六%を超えるCO2削減を目指しており、この目標も相当にハードルが高いと受け止められているものと思います。
三つ目は、電力、ガスというエネルギーのシステム改革であります。
電力のシステム改革は、二〇二〇年に一旦の終了を見ております。この電力システム改革が終了して二年がたった今、システム改革の影響がさきの地政学的なリスクと脱炭素化の流れと相まって、我が国の国民経済に対して深く影響を及ぼし始めています。
本日は、資源エネルギーの調達に大きなインパクトを与えているエネルギーの自由化、特に、電力のシステム改革を起点として、国民に不可欠なエネルギーを取り巻く環境変化についてお話ができればと思います。
電力は三つのEのバランスによって成り立っていると言われます。三つのEとは、安定供給、経済性、そして環境適合性です。環境適合性は脱炭素とも呼ばれていると思います。電力政策では、この三つのEを頂点とする正三角形が望ましいとされています。
システム改革では、この三つのEの中でも経済性に強く比重を置いた自由化を目指してきました。結果として、正三角形の三つのEというよりは、経済性が主軸で、脱炭素と安定供給は中心からやや遠くにあったという点で、二等辺三角形に近い形になっていたというふうに思われます。
経済性の観点では、電力システム改革は何を目指していたかというと、端的には、卸電力取引市場、これはスポット市場とも呼ばれ、電力の実需給が行われる前日に取引が確定する短期市場ですけれども、この市場における流動性を高めるということを目的にしていたと言えます。それまでは、東京や関西といった各供給エリアの中で電力の実需給が完結していました。
そうした姿から、連系線での電力のやり取りを通じて全国大で効率的に発電設備を稼働させることで短期市場での価格を低廉化させることを目指してきました。短期市場での価格を基軸に据える政策を選択したと言えます。この点では、今も電力政策の根幹として堅持され続けているというふうに思います。
システム改革の取組後、二〇二〇年冬までは電力価格は高まることがありませんでした。東日本大震災という国民の記憶から決して消え去ることのない惨事の後、電力の供給力が必ずしも十分にない中でも短期市場の価格は低位に推移していました。
二〇一八年夏の北海道胆振東部地震の際には、エリア全域での停電があるなど、自然災害時での希頻度過酷事象に対する供給力確保に課題が指摘されました。しかし、年に二回行われている電力の需給検証では深刻な供給力不足が指摘されることはなく、安定供給は確保されてきたものと思います。つまり、電力システム改革は成功だったと二〇二〇年冬の時点までは評価されていたというふうに思います。
こうした中で、二〇二〇年度冬の断続的な寒波とLNGの不足によって数か月にわたる需給逼迫が生じ、市場価格が過去に例を見ない水準まで高騰しました。二〇二一年三月には、季節外れの寒波の到来と福島県沖地震による設備故障などの影響により、東日本全域での需給逼迫を回避できない状況となり、史上初の需給逼迫警報を発することになりました。そして現在、私たちは電力価格の大幅な高騰の真っただ中にいます。
成功したはずの電力システム改革がなぜ今、エネルギー危機に対応できていないのか、あるいは対応できていないように見えるのか、この点を理解するには、電力システム改革の成功がどのようにもたらされたのか、その原因に立ち返る必要があります。
二〇一六年、小売全面自由化によって七百社超の小売事業者が新たに参入しました。この新電力の数は、海外と比較しても、人口比で見て桁が二つぐらい多いほどの数字ではないかと思います。電力という現在の技術では貯蔵できず制御の難しい商品市場にこれだけの企業が新たに参入できた訳は、スポット市場における電力価格が安価だったことにあります。
市場価格が安価であった背景には、電力システム改革において大手電力に対して課した非対称規制の存在があります。その一つとして、電力市場への限界費用玉出しという自主的と称される取組があります。大手電力、すなわち旧一般電気事業者に対して、発電電力を燃料費相当、つまり限界的な発電費用で電力市場に供出することとし、価格に固定費用を乗せないこととして監視の対象としたということです。
また、二〇一七年からは一般送配電事業者に再生可能エネルギーの買取り義務が課せられ、太陽光パネルから発電された電気がほぼゼロ円で電力市場に投入され始めました。
こうした規制強化を通じて、卸電力取引市場では発電電力の三割以上が取引されるまでに流動性が高まりました。これまでのように相対契約を結ぶことで、供給力を事前に確保しなくとも短期市場で安価に電気が手に入るようになったのです。この結果、スポット市場で電気を調達して小売市場に転売する新電力の参入が七百社を超えるまで伸長したというふうに思われます。
自ら供給力を事前に確保せず、短期市場での調達に依存するビジネスモデルが広がることは、電力システムの観点で二つの問題をはらんでいました。
一つは固定費の問題です。スポット市場における限界費用の玉出しでは、発電時の燃料費を回収できても、固定費を回収することはできません。もっとも、こうした懸念に対応すべく、二〇二四年からは固定費を回収するための容量市場が開始されることになっています。
しかし、容量市場で落札できないと商業的に電力供給をすることができなくなってしまうことから、まずは電力供給ができる権利を獲得するためにゼロ円で入札する事業者が相当数いることが既に開催された容量市場の入札結果から分かっています。つまり、容量市場は必ずしも固定費回収が完全に行われる場にはなっていないものと推察されます。
また、脱炭素化の流れから、休止や廃止を決断する火力発電が後を絶たない状況となっています。さきの国会で休廃止火力の事前届出制が導入されましたが、供給力の状況を把握することにとどまり、休廃止を止めるまでには至っていません。
これが、スポット市場での取引が拡大することに伴う第一の問題です。
第二の問題は、燃料調達に対する影響です。
自由化前においては、我が国の燃料調達は資源国との長期相対契約が主でした。大手電力は、自らの供給エリアで必要とする燃料を安定的な価格で、五年や十年といった長い期間にわたって資源国から調達をしていました。
小売全面自由化が始まり、多くの新電力が燃料費相当で電力を市場調達し、しかし、大手電力は固定費を乗せた形で新電力と競争を行う中で、新電力は大手電力から多くの市場シェアを獲得するようになりました。事前に電力を相対契約で発電事業者と契約する相対契約の価格は、安定的ながらも市場価格よりも高い価格でしたので、たくさんの新電力は相対契約を嫌って市場調達に走ることになりました。
この傾向が決定的になったのは、二〇二〇年四月の石油先物価格がマイナスになるという史上かつてない事象がきっかけになりました。この事象はコロナ禍における特有のものだったと考えられますが、長期相対契約の販売量が見込めない中、我が国は資源国との長期相対契約を更新せず、順次終了することになったのです。
同時に、脱炭素化と再エネの後押しから石油や石炭火力に対する風当たりが強まり、代わって資源調達においてLNGへの傾斜が強まることになりました。石油や石炭といった備蓄ができる燃料を使う電源が休廃止するようになり、備蓄できないLNGに対して、しかし長期契約が細る中で、スポットでの高値での調達圧力が強まってしまったところに、我が国における燃料調達の脆弱性が露呈した形になったと思われます。
電力システム改革において、我が国は欧米、特に欧州から多くの経験を学んで制度設計をしてきました。しかし、安定供給の観点から我が国と欧米が大きく異なる点があり、その点についての認識を改めて確認する必要があります。
特に大きな違いは燃料調達にあります。欧米では天然ガスはパイプラインでの供給が一般的であるのに対して、我が国はLNGの形で調達せざるを得ないということです。パイプラインの調達であれば、短期市場での価格変化に対応して瞬時にガスを発電所に送ることができますが、LNGでは調達に二か月以上掛かることになります。我が国では、市場価格に対して燃料調達を機敏に反応させることが困難なのです。
つまり、電力システム改革以降、政策の基軸としてきたスポットという短期市場の価格では、安定供給を確保することが困難であることが明らかになってきているということだと思います。
全国大でのシステムの効率化という短期的な目標と燃料調達を踏まえた安定供給の達成という中長期的な目標は同じ政策ツールで達成できるものではなく、異なる目標に応じて異なるツールを使い分ける必要があるということだと思われます。
同様のことは脱炭素の取組についても言えます。脱炭素は、二〇二〇年で貫徹した電力システム改革では議論されておらず、買取り制度という電力システムの外側での制度化によって普及が促進されました。
固定価格買取り制度は、市場価格とは関係なく適正利潤の観点で買取り価格を決めるもので、一種の総括原価方式に近い方法です。短期の市場価格とは異なるこうした政策を取ったからこそ、当初の予想を覆すスピードで再エネ普及が進んだのだと思います。
もっとも、再エネの普及は、調整力という採算性が必ずしも高くない電源を必要とする事態を引き起こしており、電力システムに追加的な負担を生んでいます。再エネが主力電源化する中で、再エネを市場に統合する動きがありますが、再エネの予測誤差からくる電力システムへのコスト負担をどのように適正化するか、方策を考える必要があります。
脱炭素化の観点では、電力においては高度化法に基づく規制があり、また省エネ法がありと、それぞれの業法上の規制が我が国ではあります。しかし、それぞれの業法は各行政担当課の政策目的のために制定されたところがありますが、こうした縦割りの制度では、脱炭素化に向けた電源構成の大改革を進めることは困難であると思われます。
脱炭素化に向けて大きな方向性を見据えながらも、そこに至るまでの移行期、トランジッションをしっかり議論する必要があります。トランジッションをしっかり議論しないと民間投資は付いてこず、思わぬ形で国民負担が発生することになります。
例えば、我が国では、災害時における石油の重要性を認識しつつも、トランジッションにおける石油火力の位置付けを明確にしてこなかったのではないかと思っています。それがゆえに、脱炭素の議論の中で瞬く間に内航船を含めたサプライチェーンに融資が付かなくなり、石油を備蓄しているにもかかわらず、使える石油火力発電所が大きく減少する状況になっているのではないかと思います。
繰り返しになりますが、移行期の政策的な立ち位置をしっかりと国がコミットしないとトランジッションに必要な民間投資が進まず、よって社会的に求められる設備の維持ができません。安定供給上のリスクや資源価格の高騰に対して国民生活を守るための万全の備えをするためにも、トランジッションの議論を避けるべきではないと思います。
もっとも、再エネの導入を急いで進めることで、地政学的なリスクもなくなり、脱炭素化が進むという議論もあると思います。しかし、完全な再エネへの置き換えは現状すぐに達成できるものではありません。
今月に公表された広域系統マスタープランの検討結果によっても、必要投資額は現状分かる範囲で六兆から七兆円、直流送電線の建設も時間的な幅を見る必要があるとのことです。今後も様々な試算が出ると思いますが、完全な再エネの置き換えは相当な不確実性があると見て間違いないと思います。であれば、やはり需要家負担となる価格の高騰などといった万一の事態に対処するためにも、トランジッションにおける安定供給を考えるべきだろうと思います。
これまでの全国大でのシステムコスト最小化という短期的な視点は依然として重要です。しかしながら、我が国の燃料調達における現況や再エネ導入を含む脱炭素へのトランジッションを考えてみたときに、中長期的な観点での政策の判断軸を短期的な市場の仕組みに加えて入れていく必要があり、それが次なる改革に求められる点だと思います。
その点で、長期脱炭素オークションは期待ができます。しかし、この仕組みの問題は、電源間の競争を促すことによって本当に最適な電源配置ができるのか、誰も責任が取れない仕組みになっている点にあると思います。この仕組みの問題は固定価格買取り制度においても共通しており、我が国では、結果として小規模の太陽光に偏重する形での再エネ導入が進んだと指摘できると思います。
単純な市場原理だけで再エネがベストミックスで入るわけではなく、それと同様に、単純な市場原理だけで安定供給が保てるわけではありません。この点で、これまでの経済性に重きを置いた二等辺三角形の電力システムを正三角形に持っていくための中長期的な観点での政策判断が必要だというふうに思います。
新たに中長期的な政策判断を政府で行うに当たって、幾つか留意すべき事項があると思います。政策議論を進める過程でのガバナンスの問題です。
東日本大震災後、電力システム改革では、経済産業省の外局になる資源エネルギー庁で議論が行われ、経済性の観点から大きな絵が描かれました。そこで出された結論である価格シグナルに基づいて電力システムを形成するという大きな方向性の下に、行政内の様々な場で制度設計が進むことになりました。今では、資源エネルギー庁、電力・ガス監視等委員会、電力広域的運営推進機関などにおいて複層的に審議会や研究会が開催され、それぞれの制度設計の議論が複雑に重なり合っています。
様々な会議体が乱立するメリットは多数で多様な意見を吸い上げることにあると思いますが、しかし、互いに分権的に議論された結果がどのように我が国の電力システムに統合されるのか、誰も制度設計に責任を持てなくなっているのが実情ではないかと思います。市場メカニズムをうまく使うためにも、電力システムにおける政策立案のガバナンスが求められると思います。現在、複数の機関や部局に散らばっている、散らばって議論されている場を統廃合し、互いの整合性を確認する場が必要です。これは、事業を行う、あるいは行おうとしている民間事業者が痛切に感じていることだと思います。
今回、脱炭素の観点では、GX実行会議という場が設けられ、司令塔の役割を果たしました。これまで資源エネルギー庁内の三つの部局に分散し、また、経済産業省だけでなく環境省や農林水産省など各省に散らばっていた脱炭素に係る取組を包括的にまとめることができたものであり、今後、温暖化対策や関税交渉など国際的な交渉を行う上でも大いに評価ができる取組の端緒を築いたものではないかと思います。
次は、このGXでの取組を安定供給の観点から行うべきときが来たと思います。安定供給とはいえ、ここには脱炭素における移行、トランジッションの議論が入ってくることになりますので、必ずしも安定供給が脱炭素と切り離されて議論されるわけではありません。また、これまでシステム改革が取り組んできた短期市場価格による経済性の達成という視点も引き続き重要ではあります。
しかし、短期の市場価格に政策の基軸を据えたこれまでのシステム改革の議論が制度設計における責任主体の曖昧さを生んでいること、さらに、我が国における燃料調達の特殊性に照らしたときに、トランジッションにおける安定供給の観点から、設備産業としての安定的な事業運営が困難になる事態が生じていること、こうした点はしっかり踏まえるべきだと思います。
必要なのは、短期市場価格から切り離した中長期的な観点で政策判断を行う場であり、多数に分散し過ぎた制度設計の議論を統括する司令塔だと思います。脱炭素に向けて、移行期における安定供給をしっかり守るために、そしてその恩恵が価格の安定という形で消費者に行き渡るようにするために、今まさに取り組むべき課題だと考えます。
以上で意見陳述の方を終了させていただきます。御清聴、誠にありがとうございました。