坂井学の発言 (東日本大震災復興特別委員会)

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○坂井委員 人口が減ってしまった一つに、私は、やはりこの巨大な防潮堤と盛土を中心とした町づくりというのがあったのではないかと思っております。
 私の知っているところでも、この防潮堤を造るのに時間がかかり、盛土を造って、そして、要は家が建てられるようになるまで八年かかったということであります。この八年という数字は、例えば二歳、三歳の子供にしてみると、二歳、三歳で被災をして、どこかに移住をして避難をしていると、その避難先で八年、例えば三歳から十歳、十一歳まで過ごすとなると、その子供にとっては、被災地がふるさとではなくて避難先がふるさとになってしまっているという時間です。
 一方で、釜石の花露辺でありますとか、気仙沼の唐桑という地域などは、防潮堤のない形で町づくりを進めている実例もございます。しかし、私も、その当時、現場で様々お話を聞く中で、やはり行政職員が、例えば、当時避難所にいた方々が防潮堤を造るということに同意をしないと、避難所から仮設に移るのを町で一番最後にしてやるとまで言って防潮堤を認めさせて、この防潮堤の計画に集約をしてきたというような話も私は聞いているところであります。
 そうした結果が時間を遅らせ、そして結果として人口減少になり、今大変、そういった意味で、復興と言えるのかという疑問が呈される状況になっているという事態がありますので、是非、次回このような災害があって同じような状況が生じたのであれば、この巨大防潮堤プラス盛土の町づくりのみならず、そこを、望むところがあればもちろん選択肢として残すべきだと思いますが、そのほかの、二重防御、二重防潮堤というような話もある、多重で防護していくという話もあった、しかし、なかなかそういったものがなく、一律、今被災地はほとんど巨大防潮堤プラス盛土の町づくりになってしまった結果が今の結果につながっていると私自身は感じる面がございますので、幅広い、様々な地元の方々の意見を集約をして、様々なやり方、手法で対応していただくようにお願いをしたいと思います。
 そして、十年以上大槌町と交流してきますと、支援する側、される側というよりは、ある種の交流となってきております。
 先日、十月二十一日でありましたが、大槌町の水産物を神奈川へということで、瀬谷区のメンバーが中心となって、横浜のホテルで大槌町の食材で試食会を、ホテルに協力していただいて試食会なども行って、神奈川県の副知事であるとか、横浜市の副市長、大和の副市長、そして、瀬谷区は二〇二七年に花博もやりますので、花博の事務総長などもおいでをいただいて、大槌町の物産を体験をしていただいたところでございますが、まさしくこういった動きが過疎地において一つの選択肢になり得る、つまり関係人口を増やしていく、そのことによって様々な可能性を広げていくということにつながるんだろうと思っております。
 この関係人口という考え方、もう既に出てきてしばらくたっているわけでございますが、まさしく今、被災地のみならずでありますが、過疎地においても大変重要な取組だと私は考えているところでございます。
 そこで、この関係人口を増やすために、今、二地域居住といったことも進め、言葉が出てきておりますし、実際、実践をしている方々もおられるわけでありますが、様々な話の中で、第二住民制度をつくって、二地域で住民票に登録をされるというような、こういった制度、在り方を提案、提言する方々も出てきております。
 実際に二地域居住を経験をしている人たちの中にも、こういった制度があるとありがたいという声がありますが、総務省さんにこの点についてお伺いをいたします。

発言情報

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発言者: 坂井学

speaker_id: 24099

日付: 2023-11-17

院: 衆議院

会議名: 東日本大震災復興特別委員会