松川るいの発言 (外交防衛委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○松川るい君 ありがとうございます。自民党の松川でございます。
今日は、堀井副大臣そして宮澤防衛副大臣ということで、ちょっと、何というのか、グローバルサウスに引き付けた話をしてみたいと思っております。
というのは、今、世界では、ウクライナ戦争、そして中東情勢、また、紛争ではありませんけど、非常に米中が台湾であったり南シナ海をめぐって緊張状態が続いているという、世界の三つのフロントがあると。この中で、例えばロシアに対する制裁決議の結果とか今回のハマス非難決議の結果とかを見ても、やっぱり世界は多極化しているんだろうというふうに我々は思わないといけないんじゃないかと。
なので、いわゆるその米欧とかバーサス中ロではなくて、多くの、全然利害関係が全くそれぞれ違う、グローバルサウスと呼ばれる大きな固まりにはなっていない、ばらばらの固まりの、ばらばらの固まりという言い方がおかしいですけど、そういう国々が非常に重要性を増していると。その筆頭はインドであり、例えばインドネシアであり、ブラジルであり、トルコであり、ASEANであり、いろんなところが入るわけですが、みんなそれぞれ利害が違う、地域も違うということでありまして、日本は、こういう世界の中で、じゃ、米中のそのパワーバランスが拮抗していく中、つまりアメリカだけ頼っていれば済んだ時代がもうはるか昔に終わりつつある中でどういうふうにしていくのかということだと思っております。
そのときに、日米の連携、同盟を強化することは当然として、それに加えて、しっかりクアッドであるとか、それから今回総理もフィリピンとかマレーシアにも行かれたり、フィリピンには十二隻の戦艦も沿岸警備隊に供与をするなどして、様々な形でこういうASEANその他の国にすばらしい外交を戦略的に繰り広げていただいていると思うんです。
今日私が取り上げたいのはASEANなんですが、グローバルサウスってたくさんありますけど、やっぱりインドとASEANは別格だと私は思っております。それはなぜかというと、地図を見れば明らかで、この委員会でも第一列島線連携の話をさせていただいたことがあると思うんですけど、日本も島国ですので、石油は、中東からインド洋を通って、マラッカ海峡を通って、南シナ海を通って、台湾かバシー海峡を通らないと日本にはたどり着かないわけでありますし、多くのバルクの食料であろうと何だろうとも同じでありますので、そういう意味でシーレーン防衛というのが非常に今大事だという観点で、前回、前々回の委員会で、ここに、韓国も同じ立場なんですけど、韓国、日本、台湾、フィリピン、インドネシア、インドにつながるところがとても大事で、それぞれの能力を上げることが日本にとって非常に大事だという話をさせていただきました。
そこでなんですけれども、この今いる世界だけじゃなくて、今から、じゃ、二十年後の世界はどうなっているんだろうかということを考えたときに、明らかにインド太平洋の時代だと思うんですね。インドは中国を人口でもう抜きましたが、何年かという見通しについては差はありますけれども、日本がドイツにGDP抜かれただけじゃなくてインドが抜くだろうという見通しがある。もう一つは、十年から十五年の間、今の経済成長が続けばインドネシアが今度は日本を抜く、そういう経済発展をした国になるだろうと。
で、今度、二〇五〇年までの見通しになると、もはやこれは当たるも八卦になってくるんですけど、そういうインドやインドネシアというのが非常に発展をしていく、こういう地域に我々隣り合っているということでありますので、これまでのその日本の立ち位置、日米同盟があるけれどもアジアの一員であって、これまでの歴史的に培った信頼関係であるとか、アジアの一国である文化的背景とか、まあ立ち位置ですね、これ地理的な部分も含めて、やはりそういう独自性を持った外交というのを展開する必要がある、対米追従じゃ駄目だということだと思っております。
そこでです。今とてもよい外交を展開していただいていると私は本当に高く評価しているんですが、日米韓とかASEANに対する、上川大臣、そして岸田総理ももう十一月に行ってこられた。で、次に、この先にあるのが来月の十二月十六から十八にあります日・ASEAN特別首脳会議でございます。これ、五十周年記念なんですね。実は、済みません、話が長くなって。五十周年なんですけど、一番最初に始めたのは三十周年のときで、二〇〇三年です。私は、その二〇〇三年の三十周年で初めてASEANの国の域外に、つまり東京で特別首脳会議を開催するというときの担当官だったんですね。
そのとき、実は、二〇〇三年って日中は日本の方がGDP二倍ぐらいだったんですよ、まだそのとき。二〇一〇年に抜かれるんです。日本は、ASEANに対して二〇%の、この次のページのこれなんですけど、貿易のシェアを持っておりました。ただ、そのときからもう近々中国に抜かれるのが分かっていたんで、ここは、GDP、つまり経済的影響力ではASEANに対して抜かれる日は、ASEANとの関係で中国に抜かれる日は来るけれども、歴史的なつながりであるとか関係というのにおいて日本は一番信頼感を得ているということを内外に知らせることによってASEANとの連携を強めようという、そういう発想で始めたんですね。
二十年たってどうなったかというと、さっき言ったような経済発展であって、いわゆる途上国に対する支援であった二十年前と違って、もうASEANは分野によっては日本より進んでいるところもあるような部分もありますし、本当に対等なパートナーとして、新しい発想でASEANとの連携というのをこの五十年の節目につくらないといけないんだろうと思っております。
そこで、堀井副大臣にお伺いしたいのですけれども、今回のASEAN五十周年の特別首脳会談において、日本政府としてはどういう戦略で何を達成したいと思っていらっしゃるのか、教えてください。