宮路拓馬の発言 (外務委員会)
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○宮路委員 おはようございます。自由民主党の宮路拓馬でございます。
質問の機会をいただき、ありがとうございます。
先般、岸田総理が訪米されて、日本と米国はグローバルパートナーであるということが確認された、非常に有意義なことであったというふうに思っております。
ただ、日本とアメリカは、八十年前は戦火を交えていた状況でありました。戦後は、日米安保条約の下、同盟国として歩みを進めてきた日米関係でありますが、しかし、三十年前、一九八五年前後は、実は日米貿易摩擦ということで、経済戦争と言われるような関係にあったことはまだ記憶に新しいところであります。
先般、隣で経済産業委員会が開催されておりますが、齋藤健経済産業大臣から、当時、通産省において日米自動車摩擦の交渉に担当官として当たられていたときの話を聞く機会がございました。
当時はジャパン・アズ・ナンバーワンと言われるような時代にあって、米国から経済摩擦の問題の解消を強く求められていて、なかなかに厳しい国際交渉が約二年にわたって繰り広げられたという話でありました。
米国は紛れもなく当時も超大国である中で、日米自動車交渉は非常に難航を極めた。そして、米国が最もこだわったのは、米国製の自動車部品等を日本の民間の自動車会社にどれだけ使わせるのか、使うべきなのか、その数値目標をしっかり示せ、そして政府としてコミットメントしろというところが最大の焦点であったというふうにお聞きをしたところであります。
民間に数値目標を設けさせ達成させるというのは、計画経済じゃあるまいし、自由主義経済の下でそれだけは認められないというのが我が国のスタンスであったというふうに聞きました。
そうした中で、しかし、米国は、ありとあらゆる手段を使い、三〇一という米国にとっては切り札とも言える条項を突きつけて、法律を突きつけて、日本に数値目標の設定を迫ったわけでありますが、その際、最後に日本のよりどころとなったのが、実は、当時、OECD各国による日本のスタンスを支持するという姿勢だったというふうに伺いました。つまり、自由主義経済をしっかりと守るためにも、日米自動車交渉における日本のスタンスは支持すべきものであるということを、OECD各国、米国を除く全ての国が支持をした。
そんな中で、OECD各国の中で孤立することを恐れた米国は、最後、妥結というか、妥協というか、数値目標の設定については日本政府に迫ることはなかった、そういう結論だったというふうに伺っております。
三十年前の話になりますが、こうした過去の話を聞いたときに、今回の条約についてはいわゆるマルチの条約だと理解しております。マルチラテラル、多国主義でありますが、昨今、バイラテラル、二国間交渉、はたまたユニラテラル、自国優先主義、自国第一主義、あるいはブロック経済圏志向、そういった内向きな外交姿勢を見せる国が見られるところ、そうはいっても、現下の国際情勢においてもマルチの枠組みは我が国にとって引き続き重要である。それが三十年前の日米自動車交渉が示したところだというふうに思っておりますが、それは現代においても変わるところはないと思っております。
そこで、伺います。
我が国の外交政策、外交戦略上、マルチ外交の枠組みに期待することは何か、現下の情勢において何を期待しているか、外務大臣にお伺いしたいと思います。