松木けんこうの発言 (環境委員会)

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○松木委員 そうすると、救済が直接ではないと。しかし、そうはいえ、話合いをしていこうということでございますので、それが救済につながるということに十分なっていくわけでございます。是非、そこら辺はしっかりやっていただきたいなというふうに思っております。
 水俣病というのは昭和三十一年に見つかっているんですよね。私は昭和三十四年生まれなんですよ。だから、私より年を取っているというか、長い歴史になってしまった。そして、初めは、チッソというのはなかなかこれを認めなかったんですよね、自分たちが原因だということはなかなか認めなかった。しかし、だんだんだんだんそういうのが分かってきて、昭和四十三年に排水を停止しているんですよね。この間、十二年間あるんですね。この間、垂れ流しにしているんですよ。そして、平成二年、ここでやっとヘドロを含めたものが取り払われることになって、二十二年間かかっているということなので、随分時間がかかるものなんだなということをつくづく思うわけでございます。
 しかし、そうはいえ、チッソの人たちも、自分たちは悪くないというふうにどうも初めは思っていたみたいで、そこで、細川一さんというお医者さんに、自分たちは悪くないということを証明するためにいろいろな研究をさせたんですね。そうしたら、結局、実は自分たちが悪いということが分かっちゃったんですね、この細川医師が。それで、それをなかなかやはり公表することができなかった、そういう歴史もあるみたいですね。非常に残念なことでございますけれどもね。そういう歴史もある。だからといって、もうこいつらが悪い、悪いと僕は言いたくないけれども、そういう歴史はあるんですね。
 そういうことを考えたら、やはりこれは全面的に助けていく方向が必要だなということをつくづく思うんです。
 あと、水俣病というものを初めて公式に謝罪した市長さん、吉井さんという方がいましたね。この方が、五月三十日か三十一日か、数日前にお亡くなりになりました。九十二歳だったそうでございます。
 この方はこう言っているんですよ。対立した場合、強い方が頭を下げなくては解決しない、行政が市民あるいは患者、そういう立場にすり寄っていく、そのことによって物事は解決する、そういうふうにも言われています。
 そして、先ほどお話をした細川一さんというお医者さん、この方は一次訴訟のときに原告団の証人で出ているんですね。そして、チッソが実は途中から、自分たちが原因だということをある程度分かっていたということを証言していくわけですよ。それで、元々これがなかったら、ひょっとしたら、その一次訴訟も原告の方が負けていたんじゃないかというぐらいの話も実はあったんですね。こういう方なんです。
 こういう方が最後にこう言っています。まず、この方は証言してから三か月後に肺がんでお亡くなりになっているんですけれども、最後に、人命は生産より優先するということを企業全体に要望したい、こういうことを言って、最後の言葉ということになっているようでございます。
 何とかやはり、大臣、これは解決をここでつける。いろいろな解決というか、政治的なこともいろいろとやってきたのは事実です。でも、なかなか全面的にはならなかったじゃないですか。もうちょっと健康調査をした方がいいとか、いろいろな話があったと思うんですね。しかし、なかなかそうならなかった。それで、結局、今に至っている。しかし、いよいよこれは最後ですよ。ここでやはり政治決着をつけなきゃいけないし、是非大臣にも頑張っていただきたいというふうに思っておりますけれども、いかがでしょうか。

発言情報

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発言者: 松木けんこう

speaker_id: 25343

日付: 2024-06-04

院: 衆議院

会議名: 環境委員会