井原巧の発言 (経済産業委員会)

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○井原委員 おはようございます。自民党の井原でございます。
 今日は、四名の参考人の先生方、御出席賜りまして、本当にありがとうございました。
 この度、国会に提出された今法案、水素法案とCCS、これは我が国にとりまして本当に重要な法案だというふうに思います。確かに、お話あったように、太陽光、風力発電など再エネの普及は進んでいるわけでありますけれども、そうした電力の低炭素化だけでは対応し切れない、例えば製造業とか化学とか、この分野におきまして、水素やCCSはカーボンニュートラルを実現するためにはまさに今現実にはラストピースとなる技術だろう、こう思っておりまして、誠にこの法案は重要だろう、こう思っております。
 まず佐々木先生にお伺いしたいんですけれども、これは、実は私自身も、十八年ぐらい前になるんですけれども、九州大学工学部にお世話になって、水素について研究したことがございまして、その御縁で質問したいと思います。
 といいますのも、十八年前、ちょうど私はまだ田舎の四国の四国中央市というところの市長でございまして、その町は九万人ぐらいの町だったんですけれども、製紙産業がとにかく集積していて、二〇〇四年の新市発足以来、ずっと紙の生産量は日本一なんですね。ただ、問題は、製鉄、化学に次いで、電力に次いで、CO2の排出量が多い産業を抱えている、こういう町でございました。
 当然、紙を作るためには一トンの紙に百トンの水が要るぐらい水資源を確保しなきゃならないので、ダムを実は三つ造って、一億トンの水を貯水している、そういう町なんですね。
 ところが、景気動向等によって生産調整が当然されますから、完全買水、契約で水を企業が買うんだけれども、時には使わずに海に流す、こういうことがあって、その余剰水を何とか有効活用できないかということで、市と企業とで検討会を当時、十八年前開いたんです。そのときに行き着いたのが水素製造だったんですね。
 どこか取っかかりがないかなということで探すと、日本で最もそのとき進んでいたのが九州大学の工学部だったということで、たしか石原教授という方だったと思いますが、石原教授にいろいろ御指導をいただきました。先進地というか、研究が進んでいたのは、青森県も非常に進んでいたので、石原教授と私どもの市の職員とそして製紙会社の技術者とで、先進地まで行って取り組もうというふうなことをしたことがあります。
 ただ、当時はまだまだ国も全然支援がなくて、製造コスト、供給先、保管や運搬、こういうことが非常に困難でございまして、結果的には頓挫し諦めた、そういう経験がありまして、今回、十八年を経て法案成立に向かっていることは大変私にとっても感慨深いところがございます。
 そこで、佐々木先生にお伺いしたいのは、新たな技術ということでありますから、水素の普及を図っていくためには、何より正しい知識を広く国民一人一人に丁寧に説明していく必要があると思います。そして同時に、水素産業の発展に合わせて、高校や高専、大学等において人材を育成し、地域の新しい産業に育てていくことが重要だと思います。
 これまでリードされてきた、そして最前線で活躍されてきた佐々木先生に、水素についての普及啓発や人材育成、それと確保、そしてその支援の重要性についてお伺いしたいと思います。

発言情報

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発言者: 井原巧

speaker_id: 22249

日付: 2024-03-29

院: 衆議院

会議名: 経済産業委員会