吉野巌の発言 (経済産業委員会)

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○吉野参考人 おはようございます。マイクロ波化学の吉野です。今日はよろしくお願いします。
 お手元のパワーポイントの資料を使いながらお話ししたいと思います。
 当社は二〇〇七年にできた大学発のベンチャー企業なんですが、ここまで十数年事業をしておりまして、その間に感じたことを今日は皆さんにお話ししたいなというふうに思っています。
 まず、マイクロ波とはというところと、それから我々が事業をやっていく上で三つ壁があったんですが、その三つの壁が何だったのかということ、それからファイナンスとIPO、この三つ、お話ししたいと思っております。
 まず、マイクロ波とは何かという前に、この絵なんですけれども、これは一九〇〇年の、当時のパリ万博のときに出展された化学工場の絵なんですね。その次のページを見ていただきますと、これは最近の日本の、多分、四国の化学プラントです。この二つを見比べていただくと、実は百年以上たっているんですけれども、余り変わっていないことが分かります。
 絵も、ちょっとこのすごく小さいところを見ると、実は馬車が走っていまして、人が移動する手段というのは一九〇〇年当時は馬車だったものが、内燃機関、フォードさんがT型フォードを売り出して、一九〇八年ですね、それから最近は電気自動車ということで、二つの非連続のイノベーションが起きているんですが、化学産業というのは、この百年以上ほとんど変わっていない。重厚長大とか言われていますけれども、エネルギーをたくさん使って、土地をたくさん使い、CO2をたくさん出している、そういう産業であります。
 私たちはそれを、皆さん、どの家庭にもある電子レンジに使われているマイクロ波を使って変えていこう、そういう会社です。
 では、そもそもマイクロ波というのは何なのかというところなんですけれども、電波です。ですから、レーダーですとか、あるいは最近ですと5Gの基地局だとか、あるいは電子レンジとかに使われています。これを私たちは物づくりのエネルギーの伝達手段として使っていこうというふうに考えています。
 皆さん、中学のときの理科の授業を思い出していただくと、科学の実験をするときに、下にバーナーみたいなものを置いて科学実験をしたと思うんですけれども、実は、今の化学プラントは、それと余り変わっていないです。
 外部から間接的に全体にエネルギーを伝えている、この左側の赤いやつですね、これが今の化学産業です。これに対して、電磁波、マイクロ波を使ってエネルギーを伝達すると、これは全く真逆、直接内部からターゲットしたところにエネルギーを伝えることができる、こういう方法になります。
 では、どんないいことがあるのかというところなんですが、三つございます。一つは、これを使ったプロセス革新ということで、省エネ、高効率、コンパクトなプロセスを提供する。それから二つ目は、全く違った方法でエネルギーを伝えるので、これまでだとなかなか作れない素材を作ろうというのが二つ目。それで三つ目が、最近非常に我々お客様から引き合いいただいているんですが、脱炭素、カーボンニュートラルです。
 このカーボンニュートラルのところをもう少し詳しくお話ししますと、そもそも、このマイクロ波は何でいいのという前に、実は電気が安くてきれいになってきています。なかなか日本はまだそこまでいっていないんですが、グローバルに見ていくと、電力というのは、太陽光とか風力というのがどんどんどんどん広まってきている。かつ、これは安くなってきているので、電気を使ってカーボンニュートラルを実現しようというのが世界の潮流になっているかと思うんです。電気自動車がその例で、物づくりの世界においても、このマイクロ波を使って、電気を使って脱炭素をやっていこうというところであります。
 では、どれくらいいいことがあるのかというのが十一ページ目なんですけれども、そもそも、ターゲットしたところにエネルギーを伝えることができるので、全体を加熱せずに部分にエネルギーを伝えることで、エネルギー消費を半分ぐらい減らせるというのがございます。もう一つは、これをリニューアブルな電気と組み合わせることで、場合によっては九割ぐらいCO2を削減することができる、そういう技術であります。
 電気というのは、皆さん、家庭を考えていただくと、IHのヒーターが家にあったり、電気ポットがあったりとかあって、それこそ、電化についてもいろいろな手段があるんですが、そもそも、IHも電気のヒーターも、間接的にエネルギーを伝えるという部分では従来の方法と全く同じで、直接エネルギーを物質に伝えることができるのは実はマイクロ波だけなので、電化というのが実はすごく、電化という中でもマイクロ波というのが実はいいんじゃないかというふうに我々は思っています。
 ここまでお話しすると、そんないい技術が何で世の中に広まっていないんだというのはよく御質問を受けるんですが、それは、実は我々三つの壁があると思っていました。実際ありました。
 一つ目は大型化の壁ですね。実は、一九八〇年代ぐらいから、マイクロ波というのは化学産業によって結構使われていました。電子レンジを使って実験すると簡単にできるので、マイクロ波というのは非常に面白い技術だよねと。それで、論文もたくさん出ていたんですけれども、実は波なので制御するのが非常に難しくて、なかなか、ラボでは、研究所では面白いんだけれども、大きくするのは難しい。人によってはオカルトケミストリーとかいって、ばかにされたような時代が非常に長く続いていたんです。
 今日は技術の話を余りしませんが、私はそこに二〇〇七年の創業時からチャレンジをして、どこにどういうふうにマイクロ波を当てるかというマイクロ波のデザイン、反応系デザイン、それから、シミュレーションにスーパーコンピューターを使ったシミュレーション技術を使って、トライ・アンド・エラーを繰り返しながら、二〇〇七年の創業で、二〇一四年に大型化に成功することができました。
 では、大型化に成功したら、この技術を使ってもらえるのかと思って、いろいろなメーカーさんに行って、我々ちっちゃな会社ですから、大型化に成功したので使ってくれというお話をすると、大体どのメーカーさんも、いや吉野君、非常に面白い、我々はイノベーションをするんだ、イノベーションというのが我々の会社の目標なんだという話をされます。大体こういう話をするときは経営層に行くんですけれども、その後、吉野君、このプラントはどこにあるんだねという御質問を大体受けて、御社が第一号ですと言うと、大体そこで止まってしまうということが何度もあって、このまま行くと会社が潰れてしまうなということで、実績ってやっぱり要るんだということで、実績の壁を越えていこうと。
 これはちょうど二〇一三、四年ぐらいなんですけれども、全員に反対されたんですが、そのとき、私自身は実は研究者でもエンジニアでもなくて、元々商社にいたんですけれども、それとパートナーの研究者で、誰も工場を造ったことがなかったんですが、工場をとにかく造ろうということで、大阪の住之江というところに、世界初の大規模なマイクロ波の工場を建てることに成功しました。
 これで大型化に成功し、実績ができて、事業ができるかというところまで行ったんですけれども、三つ目の壁ということで、事業化の壁に直面しました。
 元々、実は二〇〇七年に会社を立ち上げたときには、ちょうどその頃原油が高騰して、今と似たような状況で、原油がなくなるんじゃないかと。それで、バイオエネルギーが結構ブームになっているときで、今度は食品の値段が上がって、豆腐が食べられなくなるんじゃないかというような時代でした。
 そういうときに、我々自身は、では、バイオ燃料をこのマイクロ波を使って作ろうということで、「バック・トゥー・ザ・フューチャー」じゃないですけれども、ごみになる油から、廃油からバイオディーゼルを作ろう、小型の装置で作ろうということで、まずは、実は、この地産地消で、工場に聞きに行くと、どの工場の皆さんも困っていて、いや、軽油の値段が上がって困るんだよという話をいただいていたので、工場に我々の装置を入れて地産地消でやったらビジネスとして成り立つんじゃないかということで二〇〇七年に立ち上げたんですが、やはり、いろいろお話をしていくと、皆さん、よく分からないものを自分の工場に置きたくないということが分かって、では集中生産をしよう、どこか一か所に油を集めて作ったらいいんじゃないかというところで始めたんですけれども、釈迦に説法ですが、やはりエネルギー政策は国策でもありますし、食べ物を輸入している日本が、その食べ物のごみでも使ってエネルギーというのはなかなか割に合わないなということで、なかなかバイオエネルギーの市場が立ち上がらず、どうしようかと考えているときに、今度は、あるお客さんから化学品を作りたいんだというお話をいただいて、ちょうどそのお話に飛び乗って、化成品の製造販売というのを我々始めました。
 これはこれで結構大変で、やはりメーカーの経験がない我々が物を作るのはなかなか大変で、これをずっと続けるのかと思って、今度は合弁ということで、ちょっとパートナーと一緒にやろうということで、パートナーと一緒にやったんですが、これもなかなかうまくいかず、なかなか物づくりは大変だなということで、最終的に、このときに得た技術をプラットフォームにして、GAFAとかはITの世界で、物づくりのプラットフォームってつくれないのか、技術のプラットフォームをつくれないのかということで、これを、お客さんがこういうことをしたいんだと言ってきたら、研究からエンジニアリングの工場を造るところまで我々自身が全て提供するというプラットフォーム型の事業に変えようということを、ちょうど二〇一七、八年ぐらいに転換して、ここまで来ました。
 現在は六十以上のプロジェクトが大手の企業さんを中心に動いていまして、主なものを申し上げますと、例えばケミカルリサイクルですね。油、プラスチック、どんどん捨てるんじゃなくて、再利用していこうよということで、プラスチックを原料に戻してもう一回使っていこうということでケミカルリサイクルですとか、あるいは、最近経済安保で非常に話題になっていますが、クリティカルミネラルということで、鉱物、例えばリチウムとかニッケルというものを鉱石から取り出すときにマイクロ波を使うということで鉱山プロセス、あるいは、カーボンニュートラルということで、水素ですとか炭素繊維ですとか、いろんな分野においてこの技術を使ってもらおうということで、プロジェクトをしております。
 そして、三つ目に、じゃ、ここに来る過程で我々はそのお金をどうしてきたのかというところをお話ししたいと思っております。
 もうこれも釈迦に説法ですけれども、よく言われている、死の谷という言葉がよくありますけれども、研究段階はいろいろな、別に日本に限らず、アメリカでもヨーロッパでも国がお金を出してくれるんだけれども、どんどん実用化が近づいてくると、それは民間の仕事でしょうということになって、なかなかお金が出にくくなって、お金が必要なフェーズにこの死の谷に直面して、なかなか会社を立ち上げることができないというのがあるわけです。
 では、我々の場合どうだったのかというのは、その次のページにあるわけですけれども、我々も、ちょうど二〇一四年三月から二〇一五年三月期ぐらいが一つの死の谷だったと思っています。これは、上の棒グラフが集めた資金です。下が、お恥ずかしながら、当期の純利益と書いていますけれども、純損ですね。毎年損を出していました。
 これは非常にパラドックスで、物づくりも含め、特に物づくりがそうだと思うんですけれども、開発がうまくいけばいくほど実はお金が必要になってきて、赤字がどんどん増えていく。そういう中で資金を集めていかなきゃいけないということで、我々自身も、これを見ていますと、ベンチャーキャピタルのお金、それから国からいただいた助成金、あるいは借入れを組み合わせながら何とかこれを乗り越えて、大型化の壁、それから事業化、それから実績の壁を越えてきたというような状況になります。
 そういう中で、二〇〇七年に会社を立ち上げて、いろいろ試行錯誤をしながら、二〇二二年の六月に、当社としてはもう十数年、創業以来十数年なんですけれども、IPOをすることができました。
 現在はカーボンニュートラルに向けた事業を中心に、化学産業というのは非常にちょっと地味な産業ですけれども、いろいろなところにエネルギーだとか素材を提供しているので、我々自身もそれを裏からサポートしていくということで、化学産業そのものを電化、あるいはエネルギーを供給する、あるいは素材を供給するというような形で事業を伸ばしていこうというふうに思っております。
 ちょっと弊社の十数年をお話しさせていただきましたけれども、これをいろいろ振り返ってみたときに、いろいろなことがあったんですけれども、どういうことがあったかなということを考えると、一つは、やはり物づくりなので、技術を証明する、技術を使ってもらう、世の中に出してもらうために、なかなか中途半端なことはできないといいますか、ITの世界だとよく、ミニマム・バイアブル・プロダクト、MVPとか言って、不完全な状態でソフトウェアを出して、それを市場でうまく仮説検証しながら完成させていこうということをしますけれども、物づくりの世界においては、それこそ我々は化学産業で、不完全なものを出すと人が死んでしまいますので、やはり完全なものを作って出さなきゃいけないというところは一つ大きな違いかなと。
 その完全なものを出すときに、例えば我々が最初に出した、住之江に造った工場、あれは多分十億円ぐらいしたんですけれども、十億円のうち、多分マイクロ波に係るところは一億円ぐらいなんですね。あとは、タンクだとか、出荷設備だとか、後処理の設備だとか、全然関係ないところにお金を使わなきゃいけない。このお金は、やはりベンチャーキャピタルというのは非常にハードルレートの高い、リターンを求めるお金ですから、物づくりの世界でそういう工場を造るときに、やはりベンチャーキャピタルのお金だけではなかなか難しかったなと。これはITとの大きな違いかなと思っています。我々自身はそこで、いわゆる助成金ですとか借入れ等、いろいろなことをやりながら何とか工場を造っていったというところが一点。
 それから二点目が、今日のお話にもありましたが、我々、事業モデルも四回、五回変えている、それで大型化もいろいろ、七年かかってようやくできたということで、一回一回の仮説検証にすごい時間がかかるんです。なので、なかなかお金と時間がやはりかかる。これは本当に、ITみたいにぱっと出して一か月とか二か月で検証するというんじゃなくて、工場を造って、出荷して、ああ、駄目だったかということでもう一度やり直すというようなことをやると、一回の仮説検証に三年、四年かかってしまう。これもやはり大きな違いというか課題かなというふうに感じております。
 そういうことで、今日の私のプレゼンテーションを終わらせていただきます。ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 吉野巌

speaker_id: 31067

日付: 2024-04-23

院: 衆議院

会議名: 経済産業委員会