棚橋泰文の発言 (決算行政監視委員会)
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○棚橋委員 ありがとうございました。
まさに今おっしゃったような好循環を生み出せるよう、民間の協力、官民挙げて、さらには政治家と官僚が連携しながら進めていきたいと私も思っております。
その中で、もう一点、私は、日本人のよさというのは、いいものを安く売る、これが日本のサービスだと思っておりましたが、また、そのことに対して、個人的にはそうあってほしいという気持ちがないわけではないんですが、付加価値をつけるというのは、要はいいものは高く売るということでございまして、いいものを安く売るということは、逆に言うと、安売りをして、結局経済が成長しない。やはりいいものは高く売ろう。
そして、失礼な言い方ですが、かつて、昭和の時代ですが、お客様は神様ですとおっしゃった方がいらっしゃったかもしれませんが、お客様は対等な相手であり、この値段で買うのが嫌だったら、どうぞ、お買いにならなくて結構ですと。生活必需品、生きていくためにどうしても必要なものは別にして、やはり売る側が一方的に買う側に奉仕するというような発想、俺は客だぞといってどなるような、大体私と同世代の背広姿の男性が多いんですが、こういう文化は変えていかなきゃいけないと思っております。
その上で、とはいえ、労働人口が減り、そして従属人口が増え、年金、医療、介護のための予算も必要なわけでございますので、そういったものをきちんと確保するためには、労働人口が減っても、一人当たりの付加価値を上げていかなければならない。一人当たりの付加価値というのは何ぞやと聞かれれば、一言で言うと売れる値段ですが、結論だけ言わずに過程を言うならば、やはりスキルだと思っております。
我が国は、伝統的に、戦後、まず高校や大学等を出て、もちろん中学を出て頑張っていらっしゃる方もいらっしゃいますが、そして、企業でOJTで、企業がどちらかといえば実務、仕事に対する教育をして、そして、その企業でスキルを上げて上り詰める、こういうスタイルでしたが、今、御承知のように、二十代を中心に、転職市場が活発化しているという表現を使わせていただきます。
これは無理もないことでございまして、要は、我が国が先ほど申し上げたようなシステムを取れたのは、高度経済成長期には、人が足りなくなるので、とにかく優秀な人材を若いうちに会社の方にできるだけ呼び寄せる。そして、二十代、三十代で一生懸命働いてもらう代わりに、四十代、五十代になれば、多少付加価値が下がってもそれなりの高給を保障する。法律上、契約上にはそのようなことは書かれておりませんが、暗黙の前提があるがゆえに、日本株式会社ということで戦後成長してきた。
このビジネスモデルが、高度経済成長期でもなければ、当然のことながら無理になっておりまして、そこで、若い方々の中で特に優秀な方は、大学を出て、まず、どこかの企業で、キャリアという名前のどこどこ勤務というのをつけ、そして、海外に留学し、また戻ってきて、何とかコンサルタントとして、それを三十前後までに、遅くとも三十五までにやるというのが高い賃金をもらっている方の一つのモデルケースになっております。
しかし、私は、そういう方々はそれでいいでしょうが、ある意味では成長というのは競争ですので、相反するところがあり、矛盾するところがあるんですが、必ずしも両立しないのですが、やはり日本のよさというのは、貧富の差が少ない。その結果、比較的同質的な価値観の中で、典型例は、最近、残念なことに体感治安は悪くなっておりますけれども、とはいえ、実質的に、これだけの人口がありながら、世界で一番治安のいい国と言ってもいい日本人の共通的な価値観。
こういったものを守っていきたいと思う反面、やはり多様な価値観を容認しながら、そして、失礼ですが、その中で特出した技術や能力がある方も大事だけれども、日本においては、やはり真面目に一生懸命頑張っている中間層が今日までを引き上げてきたわけで、そういう方々のスキルアップのために企業、国は何ができるのか。そういう観点から、政府の取組を教えていただければと思います。
なお、これに関する御答弁は要りませんが、例えば、私、先ほども六十一になったと申し上げましたが、この世界にいると、六十一だと年齢的に中堅かなと思うんですけれども、普通の世界では、例えば役所の同期はほぼ退職しておりますし、弁護士もやっておりますので、司法修習所の同期も、ぽつぽつと弁護士業を廃業したり、裁判官を定年になったりしておりますので。
そういった中で、これに関しては厚生労働省の御答弁は要りません、ただ、感じているのは、例えば健康、体育というような知識というのは、実は義務教育課程よりも、六十、七十になったときの方が大事なのではないか。
ここら辺は意識が非常に分かれます、高い方とそうでない方。しかし、健康状態を害したまま長生きすることが果たしてその方にとってベストかというと、当然、健康なまま長生きする方がいいわけですし、そして、意識の違いがあるならば、こういったところにも何らかの形で、そういった、義務教育とは言わないけれども、体育のようなものができないかと個人的には考えてもございます。
ただ、これは例示を挙げただけで、御答弁は不要ですが、先ほど申し上げたように、より積極的な意識改革を持つ中で、スキルアップをするために政府はどのように考えているか。お願い申し上げます。