赤嶺政賢の発言 (憲法審査会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○赤嶺委員 日本共産党の赤嶺政賢です。
 今月、六月二十三日は慰霊の日であります。住民を巻き込んだ地上戦で、軍民合わせて二十万人以上が犠牲になった沖縄戦から七十九年を迎えました。
 今日は、改めて沖縄の歴史と憲法について述べたいと思います。
 さきの大戦で沖縄は、本土決戦のための捨て石とされました。日本軍は、軍、官、民、共生共死の一体化という方針の下、住民を根こそぎ動員していきました。鉄血勤皇隊やひめゆり学徒隊など、中学生の年齢の少年少女たちまで動員し、男子学徒は戦闘の最前線へ、女子学徒は負傷兵の看護を担わされました。さらに、砲弾が飛び交う中で、ごうに避難している住民に軍の弾薬や食料の運搬を強制したのであります。
 沖縄戦の縮図と言われている伊江島では、乳飲み子を背負った女性にまで米軍陣地に切り込むことを強制しました。石垣島では、住民にマラリア生息地への移動を命じ、宮古島でも、餓死や病死で犠牲になる住民や兵士が相次ぎました。日本軍は、住民を守るどころか、方言をしゃべっただけでスパイだとみなし、更に住民を虐殺する事件が各地で起きました。
 国体護持を至上命題としていた第三二軍は、首里城の地下に構築した司令部が陥落するのを目前にした五月二十二日、多くの住民が避難していた本島南部へ撤退しながら、持久戦を継続することを決めました。狭い地域に住民と兵士が混在する極限状態の下で、住民は、米軍の攻撃だけでなく、日本軍からも砲弾の雨の中をごうから追い出され、泣きやまない赤ちゃんに手をかけることを強要されました。負傷兵に青酸カリが配られ、自決を強要されました。まさに、この世のありったけの地獄を集めたのが沖縄戦でした。
 沖縄だけではありません。戦前の日本は、ありとあらゆる者を軍事に動員して、侵略戦争に突き進み、アジア太平洋地域で約二千万人、日本国民約三百十万人もの犠牲者を出したのであります。
 この痛苦の反省から、日本国憲法は、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、九条で戦争放棄、戦力不保持、交戦権の否認を定め、戦争につながる一切のものを排除することを求めているのです。
 凄惨な沖縄戦を経験し、戦後の米軍の直接統治下で虫けらのように扱われた県民が強く望んでいたのも、九条を持つ平和憲法の下に戻ることでありました。ところが、岸田政権は、この県民の願いに逆行し、南西諸島防衛を名目に再び沖縄を軍事要塞化する動きを強めています。石垣島や宮古島、与那国島、更に本島のうるま市にまでミサイル部隊の配備が進められています。
 政府は、陸自第一五旅団を師団に増強することを計画しており、このための訓練場を県内に新設することまで狙っています。米軍や自衛隊による空港、港湾を使った軍事演習も次々と行われています。
 さらに、日本政府は、米軍の辺野古新基地建設を推し進めるため、戦没者の血がしみ込み、遺骨が眠っている本島南部の土砂を埋立てに使おうとしています。断じて許されるものではありません。
 今、県民が求めているのは、憲法九条を生かした対話による平和外交であります。
 本土復帰から五十年を迎えた二〇二二年に玉城デニー知事が政府に提出した建議書は、政府がアジア太平洋地域において、平和的な外交、対話により緊張緩和と信頼醸成を図り、平和の構築に寄与することを求めています。
 沖縄県が今年三月に発表した地域外交基本方針は、二度と沖縄を戦場にしてはならないと強調し、県が主体的に、太平洋島嶼国との国際協力活動や海外自治体との友好関係を強化し、信頼醸成を図ることを掲げています。
 九条を持つ日本政府こそ、徹底した外交努力によって東アジア地域に対話の枠組みをつくり、軍事的緊張を緩和させることに力を尽くすべきだと改めて強調して、発言を終わります。

発言情報

speech_id: 121304183X00920240606_010

発言者: 赤嶺政賢

speaker_id: 6967

日付: 2024-06-06

院: 衆議院

会議名: 憲法審査会