楠茂樹の発言 (国土交通委員会)
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○楠参考人 よろしくお願いいたします。上智大学の楠でございます。
本日は、このような機会を与えていただきまして、ありがとうございました。
以下、一法律学者として、所見を申し上げます。
建設請負契約は、一つの工事を取っても比較的中長期の契約になりますし、下請関係については、契約が長期にわたり繰り返される継続的な取引関係が一般的と言えます。
中長期的な取引関係において重要な視点は、パートナーシップの構築です。今回の建設業法の改正は、令和三年十二月に政府が公表したパートナーシップによる価値創造のための転嫁円滑化施策パッケージが重要な背景となりました。そして、これに経済界が呼応する形で展開されたパートナーシップ構築宣言、そして、これに向けた一連の取組によって経済界のコンセンサスが形成されたと言えるでしょう。
こうした政策的なトレンドの中で、令和四年の八月、国土交通省に、私が座長を務めた持続可能な建設業に向けた環境整備検討会が立ち上げられました。同検討会の取りまとめが公表されたのが令和五年三月。これを受けて、中央建設業審議会と社会資本整備審議会とが共同で開催した基本問題小委員会で関連するルールの見直し等がなされ、その取りまとめを受けて、政府法案が作成されるに至りました。
建設業法の改正案の内容は多岐にわたりますが、労働者の処遇改善、資材高騰に伴う労務費へのしわ寄せ防止、働き方改革と生産性向上の三つの軸で構成されていますので、これらそれぞれについて所見を申し上げます。
まず、労働者の処遇改善についてですが、どの産業にも共通しますが、とりわけ建設業においては、現場の担い手、働き手の処遇の改善が魅力ある業界の形成に不可欠です。私たちの検討会においても、持続可能な建設業の発展という視点から、単に目先の効率性のみに拘泥せず、長期的視点からその適正な在り方を契約や労務という観点から検討してまいりました。厳しい工期の設定や天候リスクの影響等で労働環境が悪化することも多々あり、とりわけ下請取引においては、交渉力の格差から、需給バランスの変化によるしわ寄せを受けやすい一方で、恩恵を受けにくいという構造的な問題が存在します。この構造こそが魅力ある建設業の形成の阻害要因であります。
建設業は、官公需はもちろんのこと、民需であっても社会基盤形成の基幹産業です。労務環境の改善が最重要課題と考えます。そして、労務環境改善という観点からは、業者としての下請の保護のみならず、会社内部の規律、すなわち確実な賃金の支払いもまた重要になってきます。
下請関係については独禁法の特例法である下請代金支払遅延等防止法が射程となりますが、建設請負契約については建設業法が専属的にこれを扱います。また、建設業法は業法ですので、その中で、受発注者双方に対して、建設工事の完成を請け負う業務たる建設業の健全な発達を促進し、もって公共の福祉の増進に寄与することを目的に、様々な政策的手法を盛り込むことができます。
こういった点を踏まえて、今回の改正法案は、建設業者に対する労働者の処遇確保の努力義務化、国による当該処遇確保に係る取組状況の調査、公表、労務費等の確保と行き渡りのための中央建設業審議会による労務費の基準の作成、勧告、受注者における不当に低い請負代金による契約締結の禁止といった内容のものであり、いずれも建設業法の趣旨に沿った、また時宜にかなった改正であると考えます。
一点注意したいのは、不当に低い請負代金による契約締結の禁止ですが、これは独禁法の不当廉売規制と異なり、賃金の行き渡りの観点から、政策的規制であるということです。言い換えれば、特定の業者が独占的地位を目指して廉売を行うことを問題にする独禁法とは異なり、労務環境軽視につながる廉売、共倒れ的な廉売を防ぐことに狙いがあるものです。
次に、資材高騰に伴う労務費へのしわ寄せ防止でありますが、令和三年の施策パッケージでは、中小企業等が賃上げの原資を確保できるよう、取引事業者の全体のパートナーシップにより、労務費、原材料費、エネルギーコストの上昇分を適切に転嫁できることは重要であるとの認識が示されています。その後も資材や労務費の高騰は深刻で、その影響が中小企業に深刻な影響を与えており、その一つの象徴的な例が建設業と言えます。
費用高騰局面においては、取引事業者間に力の格差が大きいと、中小企業がしわ寄せを受けます。受注者が中小企業であった場合には、発注者は契約を盾に費用負担を拒むと、資材高騰のあおりをもろにかぶることになります。発注者が中小企業の場合、受注者側から費用負担を事後に押しつけられる危険があります。一般論で言えば、請負契約である以上、当初の契約条件どおりでの履行をすることが契約上求められますが、どうしても弱い立場の業者の負担に帰着することになる傾向があります。
このようなゆがみに対して、今触れました施策パッケージ公表後、独禁法を所管する公取委は顕著な動きを見せてきました。こうした資材負担の拒絶、交渉それ自体の拒絶に対して、独禁法上の不公正な取引方法の一類型である優越的地位濫用規制違反のおそれがあることを指摘し、その観点からも、各種調査結果の公表や、問題のある事業者名の公表など、行政処分に至らない段階での様々なアドボカシーと呼ばれる各種の唱道活動を展開してきました。対象となった事業者や業界は、各種ステークホルダーからの厳しい評価も伴い、コンプライアンス活動をこれまで以上に積極的、真剣に取り組むことを求められることになります。この効果は、これまでのところ、大きな成果を上げているのではないでしょうか。
建設業法は、その十八条で「建設工事の請負契約の当事者は、各々の対等な立場における合意に基いて公正な契約を締結し、信義に従つて誠実にこれを履行しなければならない。」と定めており、その後に発注者の地位の不当な利用に係る規制が置かれていることからも分かるとおり、独禁法の優越的地位濫用規制とその趣旨においてパラレルに考えることができますが、法制史的に言えば、一九五三年に独占禁止法が改正され、そこで不公正な競争方法が不公正な取引方法と改められ、優越的地位濫用規制が導入されたわけでありますが、それは一九四九年に制定された建設業法の関係する規定をモチーフにしたという見方もできます。
これら二つの法律は、互いに成長、進化する関係にあると言え、こうした公取委の動きに呼応する形で建設業法も現代的課題に対処すべきであると考えます。
こうした観点から、請負代金や工期に影響を及ぼす事象がある場合の受注者から注文者に通知することの義務化、資材価格変動時における請負代金等の変更方法の契約書の記載事項としての明確化、そして、注文者に対しての、当該リスク発生時の、誠実に協議に応ずることの努力義務化といった内容の、今回提出された建設業法改正法案に賛成いたします。
そして、三つ目の軸である働き方改革と生産性向上について所見を申し上げます。
そのための重要な視点として、従来はワーク・ライフ・バランスのような労働者の生活環境の改善と生産性向上とは別の問題として議論されがちだったと思いますが、この二つは非常に密接にリンクしているのではないかと考えます。
例えば、睡眠時間の確保や適切なインターバルの組み込みは集中力の低下による事故発生のリスクの低下を実現しますし、労働効率の向上にも資するという考え方はアカデミックにも普及しているものだと思います。
意見としては、報酬の確保のためにできるだけ労働時間を短期に集中させたいという声もあるようですが、労働者個人のインセンティブと社会全体への影響を切り離して考える必要もあろうかと思います。完全に自由市場に任せてしまうとトータルで大きな弊害が生じてしまうかもしれない、そういった観点から、労働に関わる諸ルールが設けられる必要があります。
建設業においては、契約の自由に労働環境の在り方を全て委ねてしまうことは、かえって労働者を苦しめることにもなりかねません。もちろん、その在り方の詳細は個別の議論に委ねなければなりませんが、少なくとも、今回の改正法案にあります長時間労働を抑制するための受注者における著しく短い工期による契約締結の禁止については、安全性等労働環境の観点からも、社会基盤整備の観点からも、妥当な改正内容ではないかと思います。
なお、生産性向上の観点からは、ICT技術の活用に関わる現場管理の合理化は当然の要請ですので、併せて提案されております、ICT活用に関連する一連の改正についても、時代の要請であり、その機能面からいっても妥当なものだと考えます。
以上です。どうもありがとうございました。(拍手)