田村貴昭の発言 (財務金融委員会)
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○田村(貴)委員 ちょっとよく分からなかったんですけれども。
ちょっと歴史を振り返っていきたいというふうに思います。
岩田規久男前日銀副総裁は、二〇一三年十月二十七日、シンポジウムの挨拶で次のように述べています。高橋財政は、公定歩合引下げと国債の日銀引受けによる金融緩和政策を推進、当初、過度な円高が是正されるとともに、物価水準の方向が下落から上昇に転じ、景気回復とデフレからの脱却に成功、こういう旨の発言を挨拶で述べておられます。
高橋是清は、一九三五年に、これ以上日銀による国債引受けを続けるとハイパーインフレになると考え、日銀の国債引受けも止めようとしたが、軍事支出の増加を要求する軍部の反感を買い、青年将校によって暗殺されました。
岩田氏は、高橋暗殺後に、日銀の国債引受けが悪用され、ハイパーインフレを引き起こしたと話しています。つまり、ハイパーインフレを起こしたのは高橋財政でなく、その後の国債引受けにあったということであります。
質問です。
植田総裁、一旦中央銀行が国債引受けを始めると、これを止めるのは困難である、戦前の教訓はここにあると思いますけれども、総裁の御認識をお伺いします。