西野太亮の発言 (東日本大震災復興特別委員会)

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○西野委員 ありがとうございます。
 二〇二〇年の十二月、震災からちょうど十年で全て完了したということで、今お答えをいただきました。関係者の皆様方、本当に御苦労があったというふうに思いますので、改めて敬意を申し上げたいというふうに思います。
 一方で、震災から十年というのは遅いじゃないかというような見方もあるんだろうというふうに思いますけれども、実は、一〇〇%完了したのが二〇二〇年でありまして、もう二〇一七年には九〇%を超えているわけです。恐らく最後の数年間は、一部、本当に複雑な問題でなかなか前に進まなかった、そういったところがあるのかなというふうに思っております。
 例えば、防災集団移転促進事業、こういったところは、移転先の候補地が見つかったとしても、そこの相続人の所在地が分からなかったりして、その人たちを捜している間に時間がかかったりとか、あるいは、事業を進めている中で重要文化財が見つかってしまって事業をストップせざるを得なかったとか、様々な事情があるんだということ、民主主義国家ですから、一つ一つ丁寧にプロセスを踏んでいかなければこうした事業を進めることができないということだというふうに思いますので、有権者の皆様、そして市町村の皆様方にもそういったことも御理解いただければというふうに思います。
 それから、その中の議論の一つですけれども、防潮堤をめぐる議論も大きなものがあったというふうに思います。震災直後は十五メートルの防潮堤とか二十メートルの防潮堤とか、こういったものをしっかり建てて、津波の被害を絶対起こしたくないというような被災者の意識が強かったんですけれども、被災から数年たつとやはり景観も大事だというような意見も出てきたと思います。
 その景観も大事だという意見に対しては、それは震災を経験していない部外者が、市民団体みたいな人たちが言っているだけだというような情報も飛び交ったりして、この防潮堤の議論というのは非常に錯綜した、混迷を極めたという記憶があるんですけれども、実は、この町づくりを進める上で防潮堤の議論というのは非常に重要だというふうに考えておりまして、防潮堤を太いものを造る、高いものを造ることによって絶対津波を来させないんだという防潮堤を造るのであれば、それこそ海沿いに町づくりを進めればいいかもしれませんし、景観を重視して、もう防潮堤を諦めるということであれば、高台に造らなくちゃいけないかもしれない。
 その間の中間点として、完全に津波を食い止めることはできないけれども、十分、二十分、津波を遅らせることができるという考え方であれば、その高台と海沿いの中間地点に町づくりを再建するという考え方もあると思いますので、防潮堤の考え方一つで町づくりの移転先が変わるということで、これも大きな影響を与えたというふうに思います。
 そこで、我々が知っている限りで当時議論になっていた防潮堤の整備の仕方、どのように整理されているのかということについてお伺いできればと思います。

発言情報

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発言者: 西野太亮

speaker_id: 17151

日付: 2024-03-22

院: 衆議院

会議名: 東日本大震災復興特別委員会