安藤光義の発言 (農林水産委員会)
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○安藤参考人 おはようございます。東京大学の安藤と申します。
初めに、このような意見陳述の機会を与えてくださいましたことに対して、心より感謝を申し上げます。
大変恐縮ですが、十五分以内に報告を収めるために、配付していただいた参考資料とは異なる原稿を用意してまいりました。申し訳ございません。
私の報告は、大きく二つに分かれます。最初に、食料自給率をめぐる問題についての歴史を振り返り、整理を行います。危機のときこそ歴史に学ぶ必要があるということです。その上で、基本法検証部会の議論を踏まえながら、今回の基本法改正について、やや批判的に論評させていただきます。私の誤解や誤りがある場合は、どうか御容赦願う次第です。
それでは、最初に、食料自給率の低下について、その歴史を振り返ることから始めたいと思います。
現在問題となっている食料自給率が大きく低下したのは、一九六一年に制定された農業基本法による基本法農政期でした。農業基本法は国の施策として、外国産農産物と競争関係にある農産物の生産の合理化を明記していました。この前提にあるのは、アメリカの小麦、大豆、トウモロコシなどの購入でした。
事実、既に一九五九年の時点で飼料用トウモロコシの輸入は自由化されています。外貨事情の改善を受けて一九六〇年に貿易、為替自由化計画大綱が策定されたときに、農産物も含めた自由化率を四〇%から八〇%に引き上げることが宣言されました。そして、農業基本法が制定された一九六一年に、大豆なたね交付金暫定法によって日本から大豆生産が消えていきます。さらに、一九六四年にはグレーンソルガムの輸入が自由化され、飼料穀物の全面的な輸入依存が確立しました。
言うまでもなくアメリカは日本を自国の農産物のためのマーケットとして捉えていましたが、日本側も、飼料用穀物を肥料や農薬等と同様の生産資材として捉えていたのです。選択的拡大が掲げた畜産三倍の内実はそれでした。
食料自給率の低下は必然だったということです。本当に食料自給率の向上を図ろうとするのであれば、この時点まで遡って歴史の歯車を逆転させなければなりません。しかし、残念ながら、今回の基本法の見直しはそこまで踏み込むことはありませんでした。
今回の基本法改正の背景には、ウクライナ戦争を契機とする世界食料危機、肥料や飼料の価格の高騰がありました。食料安全保障が重要な案件となり、基本法の改正が行われることになったのです。
再び歴史を振り返りますと、食料危機は今回が初めてのことではありません。
一九七〇年代前半に世界穀物危機、アメリカの大豆輸出禁止、さらに第一次石油危機、経常収支の赤字転落などによって食料安全保障が国家的な課題となり、食料自給率の向上が問題とされることになりました。
この少し前には、生産過剰となった米の生産調整が始まっていました。減反から転作へと政策は転換され、自給率の低い麦、大豆、飼料作物の生産増大が目指されることになりました。米価も引き上げられました。農業が見直され、農業に対して追い風が吹いたことがあったのです。
しかし、このときの農業の見直しは一時的なもので終わってしまいました。まさに、喉元過ぎれば熱さを忘れるです。それどころか、食料自給率向上のための抜本的な政策の転換は当時も考えられてはいなかったのです。
一九七五年の農政審議会答申「食糧問題の展望と食糧政策の方向」では、今後とも輸入に依存せざるを得ないものについては、その安定的輸入の確保を図る等、総合的食料政策の展開を図るべきとし、中小家畜の生産に必要な飼料穀物、特にトウモロコシ、コウリャンは、その需要量が巨大であることから、需要の大部分はやはり輸入に依存せざるを得ないと記していました。食料自給率低下の最大の要因である、飼料のアメリカからの輸入依存体制に手がつけられることはなかったのです。
今回の食料安全保障をめぐる騒動でも、同じことが繰り返されるのではないでしょうか。そして、そうした歴史の積み重ねの上に現在の私たちがあることを忘れてはならないと思います。
話を現在に戻します。
基本法検証部会の最終答申は、食料、農業、環境、農村の四分野に分けて施策の方向を示し、改正法案も基本的にそれを踏襲しています。食料安全保障の確保、環境と調和の取れた食料システムの確立、農業の持続的な発展、農村の振興の四つです。
ここで違和感が残るのは、みどりの食料システム戦略が、農業ではなく環境に区分されたことです。有機農業の栽培面積の拡大など、これまでの農業生産の在り方を根本から見直し、そこから新たな農村社会を展望することがみどりの食料システム戦略には求められていたと思うのですが、その期待は裏切られる結果となりました。
また、みどりの食料システム戦略が環境に区分されたことで、食料安全保障のための直接支払いという政策は出てこないことになりました。農業に区分されていない以上、農業生産支持のための直接支払いという論理は出てこないからです。食料供給基盤を拡充し、それを支えていく直接支払いの芽は最終答申の段階で摘まれてしまい、その後も復活しませんでした。もし仮に直接支払いが実施されたとしても、イギリスのような環境公共財の供給に見合う支払いしか行われないでしょう。さらに、環境負荷低減推進のため、それが補助金交付のための要件として課されることになりました。
そうではなく、求められているのは、農村の現場からのボトムアップの動きではないでしょうか。上からの改革の強制では、動くものも動きません。これは地域計画の策定についても同様だと考えます。
基本法検証部会では高い密度の検討が行われましたが、結局は既定路線の上を歩いたにすぎなかったように思います。検証部会が始まったのは二〇二二年九月二十七日ですが、その前の九月九日に食料安定供給・農林水産業基盤強化本部が出した「新しい資本主義の下での農林水産政策の新たな展開」では、1スマート技術等の活用による担い手の育成、2輸出促進、3農林水産業のグリーン化、4食料安全保障の強化の四本が柱とされました。
そこでは、スマート技術等の活用による担い手の育成については、多額の投資に備えた資本の充実、アウトソーシングの受け手の育成が、輸出促進については輸出産地の形成、品種等の知財の保護が、農林水産業のグリーン化については環境負荷の少ない持続可能な食料システムの確立が記されていました。食料安全保障の強化については、1小麦、大豆、飼料作物について、輸入依存からの脱却等、生産構造の転換、2国産原材料安定調達のための食品産業と産地の提携、3生産、流通コストを反映した価格形成を促すための枠組みづくりと平時でも食品へのアクセスが困難な社会的弱者への対応の三つが記されていました。
ここからお分かりのように、改正の方向は既にこの時点で示されていたのです。実際、多額の投資に備えた資本の充実は農地法の改正案として反映されましたし、輸出産地と適正な価格形成は基本法の改正案に書き込まれました。社会的弱者への対応はFAOのフードセキュリティーの概念とリンクしながら、国民一人一人の食料安全保障となりました。学者の後知恵にすぎませんが、検討前から見直しの方向は決まっていたということです。
政策体系という点でも気になるところがあります。輸出促進は食料安全保障の中に入れられました。さすがに輸出促進を基本法の基本理念に掲げることはできなかったということでしょう。その結果、食料安全保障という母屋は輸出というひさしに乗っ取られてしまい、全体として食料安全保障の領域が大きい、いびつな政策体系になってしまいました。食料安全保障のためには、農業生産基盤の強化、国内供給力の強化にもっと力を入れるというのが自然な考えだと思います。そして、その供給力の在り方にみどりの食料システム戦略が関連してくるのであれば、スマート農業による生産性の向上だけではなく、持続的なという言葉の象徴とも言える循環、有機という用語が農業分野にもっと書き込まれるべきだったのではないでしょうか。
加えて、基本法改正の後に何らかの政策的な新機軸を期待することはできません。現在の基本法が制定されたときには、麦、大豆の本作化のため転作奨励金が増額され、中山間地域等直接支払制度の創設がそれに続きました。今回の基本法改正でそれに見合うような新機軸となる政策が登場するようには思われません。
例えば、今回の改正のポイントとなる環境負荷低減については、みどりの食料システム法が二〇二二年に制定済みですし、政策はスタートしています。スマート農業も二〇二三年度補正予算で措置され、事業は走っております。基本法改正を待たずして政策は動いているのです。農業を担う者を中小規模農家にまで広げた農業経営基盤強化促進法も改正済みですし、半農半Xのための農地の権利取得の下限面積の撤廃も既に行われています。主要な施策は出尽くしているように私には見えます。
確かに不測時における食料安全保障は大きな変化ですが、合理的な価格形成は先送りとなり、自己資本強化のための農地所有適格法人に対する食品産業等の出資規制の緩和、農業振興地域の運用の厳格化など注目すべき改正も提案されましたが、いずれも新たな予算を伴わないものばかりです。
基本法改正の議論によって農業生産者の間に期待感や高揚感が広がらないのはそのためではないでしょうか。また、賃金上昇が物価上昇に追いつかず、食料品価格の高騰によってエンゲル係数が上昇を続ける中で価格転嫁を打ち出せば、格差拡大で取り残されていると感じている人々から怨嗟の声が上がりかねません。国民一人一人の食料安全保障のための施策の内実は、国民の困窮に応えるものとはなっていないように思います。
最後になります。
基本法検証部会の最終答申の、離農の受皿となる法人の持続的な経営を実現に該当するものとして、農振法や農地法の改正によって、農地の確保、適正利用に係る措置の強化を図る一方、将来にわたって農地の総量を確保し、最大限活用を図るための措置という名目で、懸念払拭措置を講じた上で食品事業者等との連携による出資の柔軟化が図られることになりました。
直接的な狙いは、受皿と法人の経営基盤強化です。しかし、食品産業による農業生産者に対する影響力が強まり、大規模経営の系列化や囲い込みとなってしまう可能性を否定することはできません。
ただし、そうはいいながらも、実際の評価は複雑で難しく、私としても迷うところです。地域の農地や雇用の受皿として活動する農地所有適格法人の中には、生産規模の拡大や経営の多角化に取り組む中で、取引先等からの出資により資本面での増強を図り、更なる投資につなげる事例や、実需者の視点を取り込み経営発展を図る事例があるという記述はそのとおりですし、経営発展のための投資金額は急上昇しており、財務基盤の強化は必須です。農業への参入や契約栽培等により品質のよい原料の確保やバリューチェーンの構築を行い、高付加価値化や農業者への利益還元を実現している事例も間違っていません。
こうした方向は、ある意味、必然なのかもしれません。しかし、食品産業と連携した輸出産地という記述などからすると、農林水産省の顧客は食品産業という印象が全体的に強く、不安なしとすることはできないと考える次第です。
以上で、私の意見陳述を終わります。御清聴くださいまして、ありがとうございました。(拍手)