遠藤久夫の発言 (地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員会)

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○遠藤参考人 学習院大学の遠藤でございます。
 本日は、このような発言の機会をお与えいただきまして、ありがとうございます。
 時間も限られておりますので、文書を読み上げるという形で発言をさせていただきたいと思います。お手元に資料として二種類のものが出されておりますけれども、それらを御覧になりながらお聞きいただければと思います。
 まず初めに、資料の一でございますが、これは日本の人口構造の推移を見たものであります。御案内のとおりだと思いますけれども、二〇二五年と二〇六五年を比較いたしますと、四十年間で、七十五歳以上人口、すなわち後期高齢者の割合は一八%から二六%にと上昇しますし、総人口は一億二千二百五十四万人から八千八百八万人に減少します。三割減少するということであります。
 高齢化を伴いながら人口が減少していくということは、言うまでもなく出生数の減少というのが原因でありますが、資料の二から年間出生数と合計特殊出生率の推移を見てみます。
 大きな戦争の後はベビーブームが起きる傾向がありますけれども、日本は一九四七年から四九年にこのベビーブームが起きまして、そのときの出生率は四・三二と高く、四七年は二百七十万人が生まれました。このとき生まれました人たちが親となる一九七一年から七四年には、第二次ベビーブームが起きました。出生率はそのときは二・〇五と低下していたために、七三年の出生数は二百九万人にとどまったわけであります。二〇〇〇年前後は、この第二次ベビーブームの世代が親となる時期なので、出生者数は増加が期待されましたけれども、出生率がその頃は一・三まで低下していたために、第三次ベビーブームは起きませんでした。
 資料三から分かりますように、出生率は二〇〇五年に過去最低の一・二六まで下がりましたが、その後、十年間は上昇しましたが、二〇一五年の一・四五をピークに低下して、二〇二二年には再び最低水準の一・二六まで低下しております。
 資料四から分かりますように、出生率の低下を反映いたしまして、二〇一八年から二〇二二年の実際の出生数は、二〇一七年に推計した出生数を大きく下回っています。これは、出生率がその間、下がったということでありますけれども。ということで、二〇二二年の出生数は七十七万千人ということで、過去最低水準にあるというのが現下の状況であります。
 出生率の低下の要因というのは、未婚率が上昇していることと、夫婦間の子供の数である完結出生児童数の二つの要因によって分けられます。
 資料六から分かりますように、五十歳時の未婚率、これはかつて生涯未婚率と言われたものですけれども、これは一貫して上昇しております。
 資料七は完結出生児数の推移を示したものでありますが、これは興味深いことに、一九七二年から二〇〇二年までの三十年間は、夫婦の間の子供の数というのは二・二人ぐらいで大体安定していたわけですが、二〇〇五年以降減少傾向が見られて、二〇二一年は一・九人と過去最低の水準であるということであります。
 このように、足下の出生率の低下は未婚率の上昇と夫婦間の子供の数の減少を伴っておりまして、ある意味、非常に深刻な状況であるというふうに考えております。
 そもそも、この少子化対策、政策の目的は、出生数の増加あるいは減少の抑制を図ることでありますけれども、このためには、ただいま説明した出生率のほかにもう一つの大きな要素がございます。それは、子供を産む年齢の女性の人口がどのぐらいいるかということであります。仮にこのことをお母さん人口と勝手に呼ばさせていただきますと、出生率の低下が続きますと将来のお母さん人口は減少しますから、たとえ、ある時期出生率が一定になったとしても、出生数は減少していきます。
 ということで、出生率の低下というのは、そのときの出生数を減少させるだけでなく、将来の出生数も減少させることになりまして、加速度的に出生数を減少させることになってまいります。
 資料の五は、二〇四五年までのお母さん人口の推計を見たものです。推計といいましても、二〇四五年の二十五歳の女性というのは二〇二〇年には既に生まれているわけでありますから、この推計というのは非常に精度が高いものであります。過去の出生率の低下の影響でお母さん人口が減少していくことが読み取れると思いますが、すなわち、少子化対策は、遅れれば遅れるほど出生数の回復が難しくなるという時間との勝負だ、そういう政策であることは肝に銘ずる必要があると思います。
 そのような重要な少子化対策でありますけれども、実は少子化対策は非常に難しい側面があると思います。以下は私の私見でありますけれども、少子化対策の難しさを少しまとめてみました。
 第一に、出生率の低下は複雑な要素が絡んでいるために、高い確率で出生率を上昇させるという対策、政策、いわば政策の特効薬、このようなものはなかなか見つけられないということであります。所得と未婚率はある程度関係があることは知られていますが、それだけで説明がつかず、社会観であるとか家族観とか、そのような様々な要素が絡んでいるので、経済対策だけでは限界があるという側面も否めないというふうに思います。
 また、他の政策が少子化対策の効果を弱める可能性もあります。例えば、女性の社会進出は我が国にとって極めて重要な政策です。しかし、女性の経済的自立は、もしかすると未婚率を上昇させる可能性もないとは言えません。あるいは、女性がキャリアを形成することによって晩婚化、晩産化することによりまして、夫婦間の子供の数が減る可能性も否定できないわけであります。
 しかし、何よりも少子化対策で重要な点は次のものだと思います。
 少子化対策の効果あるいは便益は、結婚を考えている世代であるとか子育ての世代にはある程度実感できますけれども、大多数のそうでない世代には便益が直接的に実感できないということがあるのではないかと思います。少子化対策の重要性は理屈では理解しているものの、我が事としての実感が乏しく、費用を負担してまで推進することに対して消極的な人が多いのではないかというふうに思います。
 少子化対策により、国内市場の縮小が抑制されて経済成長の下支えになるんだとか、生産労働人口の減少が抑制されて高齢者の経済的、肉体的な支え手の減少が抑えられる、これらのことは全くそのとおりです。将来の日本を考えると、極めて重要な政策であります。しかし、そうはいっても、二十年以上先の話でしょうとか、あるいは、これで将来の私の所得が下がらないとか介護の支え手が減らないという保証はあるの、このように思ってしまうかもしれません。つまり、このような直接的な便益が実感できないという人が多いということもこの政策の難しさだと思います。
 これを二〇〇〇年に導入された介護保険と比較いたしますと、当時は、長寿化を反映しまして、親の介護問題や将来の自分の介護問題に不安を持つ人たちが非常に多かったため、介護保険の導入によりその便益は自分に返ってくることを多くの国民が実感できました。そのため、新たな保険料を負担してでも制度の導入を歓迎しました。
 このように、日本の将来を考えると少子化対策は極めて重要であるにもかかわらず、そこから得られる便益の多くが国民に実感できないというのがこの対策の大きな課題だと思います。
 さらに、少子化対策は、デリケートな問題を含むために、進め方にも工夫が必要であります。
 少子化対策は大変重要なのですが、その重要性を余り声高に言いますと、戦前の産めよ増やせよに通じて、国民の反発を招きかねません。子供のいる世帯といない人、あるいは既婚者と未婚者の分断を生み出す可能性もあります。
 高齢社会を幸せに生きるため、介護保険によって介護の社会化を進めましょうという力強いメッセージを介護保険導入時には出されたわけですけれども、そのようなことがなかなかやりづらいという面も一つあるということです。
 このように、特効薬がない、国民へのアピールには工夫が要る、政策効果を実感できる人が限られているというような理由で、将来の日本を考える非常に最重要課題である少子化対策でありますけれども、今のような理由があるので、場合によっては政治的にも先送りしたいテーマなのかもしれません。
 実際先送りされてきた感もありまして、第二次ベビーブームが結婚、出産を行う年齢になってお母さん人口が多かった二〇〇〇年ですが、この前後に大規模な少子化対策が取られていたら今日の状況は変わっていたかもしれません。当時は介護保険導入という高齢者対策が精いっぱいであって、少子化対策までは手が回らなかったのかもしれません。
 しかし、何もしなければ出生数が自律反転するものではなく、対策が遅れれば遅れるほど、これまでの少子化の影響でお母さん人口は減っているので、少子化の回復は更に困難になるというのは事実であります。その意味で、少子化対策は時間との勝負であるというふうに考えます。
 このことも考えまして、加速化プランに示された少子化対策に対して、私は次のように考えます。
 一つ。極めて重要であるが、いわば、言葉は適切かどうか分かりませんが、不人気である政策、後がないという現実的な視点からそのような政策を実施した決断については高く評価したいと思います。
 また、その仕組みについても、分散化していた少子化対策を体系化したり財源の仕組みを明確にしたことは、対策の連携を取りやすくして政策効果を向上させる意味でも、また透明性を高める意味でも有効だと評価をいたします。
 加速化プランに対する幾つかの批判に対する私の意見を述べさせていただくことで、私の加速化プランに対する考え方を示させていただきます。
 一つ目は、少子化対策の最大原因は未婚化であるが、加速化プランは、夫婦の子供の数、これは先ほど言いました完結出生児童数ですが、これを増やすものに偏っているのではないかという御批判ですが、少子化対策はこの法案だけではないと思います。未婚率と所得は一定の関係があることが示されておりますので、賃上げの推進であるとか、同一労働同一賃金など非正規雇用の労働者の雇用安定、待遇改善などの所得政策と補完的に進めていくことのものと認識しております。
 それから二つ目は、現在は完結出生児数も低下しております、これは先ほど御説明したとおりでありますので、したがって、加速化プランも少子化対策としては有効に機能するというふうに考えることができると思います。
 三番目には、その加速化プランによって子育てのコストが低下するということは未婚率の低下につながらないとは言い切れない話でありますので、そういう意味でも少子化対策としては一定の有効性は持っていると考えます。
 二つ目は、もっと厳しいものでありまして、加速化プランはどこまで少子化対策に効果があるのか疑問である、お金の無駄遣いではないか。
 確かに、少子化対策には特効薬はありません。ないと私は思います。加速化プランは、これまでの少子化対策として行われてきた幾つかのもの、具体的に言うと、若い世代の所得の向上、子供、子育て世帯の支援対象の拡大、共働き、共育ての進展、これらを強化したものであって、これらがどの程度出生率を向上させるのかは現時点では明確には分からないというのは事実であります。しかし、このプラン以外に出生率を向上させる、より明確なエビデンスを持つ対策があるとは私は思えません。あれば、それを教えていただきたいし、実施するべきでありましょうが、それは何なんでしょう。
 いたずらにそれを探すより、時間との勝負という制約条件がありますので、加速化プランを迅速に導入して、中長期的に、PDCAを通じて必要に応じて効果を高めるよう改良していくことが最も有効な対策だと思います。特効薬がない以上、この社会実験的な取組により知見を蓄積していくということは必要だというふうに考えます。
 三番目に、支援金の徴収に医療保険制度を利用することへの疑問であります。
 これにつきましては、医療保険制度が幅広い層、全年齢、事業者も含むということで、負担をするということで、多くの国民によって少子化対策がサポートされるということ。それから、医療保険料の算定は低所得者への配慮が一定程度されているという点も一定の合理性を持つだろうというふうに思います。また、もっといい制度はもしかしたらあるかもしれません。しかし、新しい徴収の仕組みをこれから構築するということは、時間や社会的コストがかかるわけでありまして、時間との勝負ということを考えるとなると、既存の最も適した制度を使うということが適切だと思います。
 以上、結論から申し上げますと、現下の出生数の減少は、将来の日本の高齢化と人口減少に深刻な影響を与えることは明白です。少子化対策は時間との勝負ですから、加速化プランに代表される少子化対策をできるだけ早く導入して、PDCAサイクルを通じて必要に応じて改良を加え、有効性を高めていくことが最も適切な方法だと思います。
 以上をもって私の意見とさせていただきます。御清聴ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 遠藤久夫

speaker_id: 12257

日付: 2024-04-09

院: 衆議院

会議名: 地域活性化・こども政策・デジタル社会形成に関する特別委員会