上田清司の発言 (厚生労働委員会)
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○上田清司君 無所属の上田清司です。
長時間、大臣、御苦労さまです。
実は今、少子化対策が言わば岸田内閣のメインにもなっているところですが、五十年前、一九七四年、田中内閣の頃ですが、この当時、人口抑止政策を打っておりまして、日本人口会議、これ大来佐武郎先生が座長だったんですが、この答申で、当時、子供は二人まで、当時のメディアは、危機感足りぬ日本、抑止の道険しいとか、人口庁をつくれとか、とにかく当時の国連、日本、こういったものは人口を抑止しろという論調だったんです。「成長の限界」、ローマ・クラブのレポートなども影響を与えたのかもしれませんが、それから実は二十年後には、もう日本の政府は方向を転換しました。少子化対策に振りました。その一覧表が資料で提供させていただいております。
一九九四年、ちょうどその田中内閣が人口会議で抑止政策を取った二十年後に、エンゼルプラン、要は子供を増やしましょうという方向転換をしたわけでありますが、以降、二〇〇四年、二〇一〇年、二〇一五年、二〇二〇年と四次にわたって少子化対策大綱を作ってきました。この四次にわたって大綱を作ってきたわけでありますが、この合計特殊出生率を見ても必ずしも成功しておりません。
この成功しなかったことについて、これまで所管でもありましたし、人口問題に関しては厚労省が様々な形で提案をしておりますので、厚労大臣としての所感、考え方を是非お伺いしたいと思います。