石田昌宏の発言 (厚生労働委員会)

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○石田昌宏君 ありがとうございます。多分、今後の議論で必要になると思いますので、非常に参考になりました。ありがとうございます。
 もう一点あるんですけれども、経済困窮からの自立支援の考え方は、ちょっとざくっとし過ぎかもしれませんけれども、二つ考えられると思うんですけど、本人が努力して経済困窮から脱することができるので、その努力できる環境をつくっていくということと、まあ努力はさておき、支えていくことによって経済困窮から脱すると、大きくその二つがあるんじゃないかというふうに思います。
 このような議論をするときに、非常に難しいんですけれども、よくいろんなところに引用されているのが、安丸良夫さんですかね、歴史思想学者の方が唱えている通俗道徳という考え方だと思うんですけど、つまり、勤勉に働くとか倹約するという普通の人たちが善い行いだと考える行為が、勤勉に働けば豊かになるとか倹約して貯蓄すれば困らないとかといった考え方になって、それがひっくり返って、そうならないのは善い行いをしていないからといういわゆる自己責任論というところにつながっていくという、こういう考え方なんですけれども、言ってみたら、道徳的に正しい行動をすれば成功するとか、努力した人が報われるとか、こういった考え方になるわけです。この通俗道徳に従うのであれば、人は道徳的に生き、努力することを基本にするので、自立支援法は生活困窮者が自立するための努力をできる環境をつくることが大事だということになると思います。
 ただ一方で、人には、人生って偶然があるわけで、努力や道徳を幾ら極めても貧困から脱せられない、脱せられるかどうかは別だという考え方もあると思います。最近の親ガチャとかそういった言葉はこれに類する言葉の一つなのかもしれないなと思っています。とするのであれば、生活困窮者支援は、道徳や努力だけではどうしようもない面を強調して、周囲や社会からの支えこそがまず最初に考えるべきだということになるというふうに思います。
 この通俗道徳をいろいろと調べてみると、元々日本の古来からの考え方ではないというのが安丸さんの論でして、むしろ江戸時代後半から始まった。つまり、市場経済がだんだんだんだんと盛んになっていくと、商人はもうかっていくんだけど地主たちが没落し始めると。そうなると、その没落の理由を自分は道徳的な行いができなかったからだと考えることで、不満が社会じゃなくて自罰的に自分自身に向かう、その結果、社会が安定していくといった考え方だそうです。これ、明治時代にこのことが更に進化したというんですけど、それは、明治時代は財政的に政府がゆとりがなくて貧弱だったために、国民が通俗道徳に従ってきた方が社会不満が抑えられたといった発想のようです。
 こういう見方からしちゃうと、生活困窮者自立支援というのは、努力を背景にした自立を強調するというよりも、生活困窮者の生活を支援する、支え合うといったことにより重きを置いて考えた方がいいのかなとも思われるわけですね。
 このように、どうしても出てくる本人の努力とか道徳みたいな考え方とやっぱり自立を支援していくということについて菊池先生に御教授いただきたいと思いまして、ちょっとお考えを聞かせていただきたいと思います。

発言情報

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発言者: 石田昌宏

speaker_id: 31166

日付: 2024-04-11

院: 参議院

会議名: 厚生労働委員会