飯尾潤の発言 (政治改革に関する特別委員会)
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○参考人(飯尾潤君) 政策研究大学院大学の飯尾でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
マイクの位置もございますので、座って説明させていただきます。
本日お招きいただきましたのは政治資金改正法の改正案などについて意見を述べよということでございますので、私は政治学者でございまして、日本の政治を中心に研究してまいりました。ただし、政治資金規正法あるいは政治資金を特に専門にしているわけではございません。ただ、政治資金関係は極めて重要な現象でございますので、政治の中で何回も出会ってきたということの中から、日本の政治の在り方に関して、今度の改正案等について思うところを述べさせていただきます。お許しいただきたいと思います。
そこで、まず第一に、政治資金というのはどういうふうに考えるのかということを最初に申し述べて、それぞれの論点に移りたいと思いますが。
政治資金は、政治家、政党が自由な政治活動を展開するために、この世の中、必要なものでございます。ですので、非常にそれは自由に使われるべきものではございますけれども、金の力で政治がゆがめられるとか政策が動かされるというのもよろしくないことでございます。そういうことから考えますと、一定の制限が必要ということでございます。
だから、そういうところでこの法律があるというふうに理解をしておりますが、やや、この法律、規正法のセイが正しいということになっているのは、政治家の方が自ら身を正されるということは、実は政治のスタイルがいろいろだからと。御主張はもちろんいろいろでございますが、スタイルが様々だからということでございまして、支出や収入の構造も違うということでございます。
私の知る限り、例えば政党を例にして、収入を例に取りますと、政党助成法に基づく政党交付金が極めて大きな比重を占める政党もあれば、それを受け取らないとおっしゃる政党もある。あるいは、企業・団体献金を受け取られるという政党もあれば、それがないという政党もあります。あるいは、機関紙収入などが非常に大きな比重を占めるという政党もあれば、そういう非常に限られた比重しかその比重はないということもあります。
これは、多様な意見を集めるためには多様な活動が必要だから、こういうことになっておりますので、比較的それは多様ではあるけれどもそれぞれ認めていくというのが法律の趣旨。しかしながら、その多様性は有権者がそうあるべきかどうかは判断するので、公開するということであります。有権者の中には企業・団体献金はけしからぬという方もおられますけれども、これは支持を決めるときに参考にすると、こういうことでありましょう。
そういうことからすると、公開によって適切性を確保するためにはきちんと公開されないといけないわけでございます。ただ、後の話に少し関係をすることを申しますと、ただし、過度の公開ということで政治参加を阻害するというのもまた問題がある。
例えば、大きな政党とか国民の多数と意見の同じ政党の場合は余りないと思うんですが、少数派の場合であったり少数意見を代表している政党について、例えば普通の人が、隣近所からすると、献金をしたということが分かるとやりにくいという、僅かな献金であってもということはあり得るので、やはり公開の限度額などが設けられているのはその趣旨ではないかと、こういうふうに考えるわけでございます。
そこで、これを前提にいたしまして、今回問題になっていることについて幾つかお話をいたします。
今回このような議論が行われていますのは、ここにもおられて大変恐縮でございますが、自由民主党内で派閥の政治資金パーティーに関してやはり不適切な事案があったということは、これは前提でございます。ただ、そういうときに、今回議論になっています法律の改正が必要だというふうになっていますが、少しそこで考えないといけないのは、私のように研究しておりますと、政治資金規正法はしばしば改正されている法律でございます。事件のたびにいろいろ改正される。
しかし、よく考えると、その事件というのは今ある法律が守れなかったということであって、ところが、また事件が起こると、新しい規制を設けるとますます守りにくくなると、こういう問題があって、まず考えないといけないのは再発防止ということでございますが、今回の事案で大変深刻だと思うのは、長年にわたって不正が明らかにならなくて、時効になってしまっても分からないところがあると、こういうことでございます。
それに関して、今回の改正案を拝見しますと、もちろん対策は取っておられるということでございまして、今回の場合、例えば会計責任者、秘書みたいな方が多いと思いますが、の責任が問われるのに政治家の責任が問われていないのは不当だということで、代表者の責任に踏み込む、これ自体は私は賛成でございます。しかしながら、それを厳罰主義と言うのはいかがだろうかと、ちょっと私が思っていることがございます。
なぜかというと、今回の事件でも会計検査の責任者で立件されている、こういう会計責任者はかなり多額の責任者に限られておりまして、そうでないところは立件されない。もちろんこれは検察審査会の問題になっているということですが、実は余りに罰則が重過ぎると処罰しにくい。その範囲とか何かをきちんと確定するための取調べも必要だということで、現状ではかなり罰則が重いために、実は検察にかなりの裁量ができてしまっているのがちょっと問題ではないかなと思っています。
ただ、この法律の立て付けは、公開ということで、公開について怠った者はいきなり刑事罰と、こういうことになっていますが、私自身は、その間にもう少しいろいろ工夫があってもよろしいのではないか。政治資金をその部分国庫に納めるであるとか、政党助成金を制限する、そういう政党には制限するなどの中間の段階、あるいは、後でお話ししますように、是正ということをちゃんと監督機関が命ずるというようなことがあってもよろしいのではないかということで、そういう不正があったことが分かることが大切だと、こういうふうに思っております。
そういう点では、厳罰主義だけではなくてほかの手段も考える、こういうことが重要ではないかというのが第一点、中身についての第一点でございます。
その次に、企業・団体献金についても議論になっているということでございます。それと、とりわけ政治資金パーティーとの関係であります。
企業、団体というのは、もちろん営利企業でございますから、献金をするのは疑わしい目的があるのではないか、こういうことが疑われてもしようがない。ただし、営利企業と個人事業者の区別は曖昧なところがあって、個人事業者は献金ができてしまうということで、よその国では、営利企業の献金をやめると、団体を許しておけば団体献金が増えると。企業は団体を設立してそれで献金する、あるいは、企業の幹部が企業に代わって献金するということですが、実は、有権者の判断を求めるということからいうと、かえって分かりにくくなると。この政党は企業からの献金を受け取ると分かったらこれは支持しないという判断する方にとってみれば、裏に潜る方が問題ではないかと、こう考えます。
そこで、大規模な企業、団体が多額の寄附で強い影響を及ぼすのが問題であって、少額ずつたくさんの会社、実は企業、団体もたくさんございますので、少額ずつたくさん集めるのはさほど問題ではないのではないかと思います。もちろん現行の政治資金規正法は、政党への献金ということは企業、団体よろしいけれども、個人ということ、個人の政治団体にはということをしているわけでございますが、その抜け道とも言えるのが政治資金パーティー、確かに妥協策でございます。
ただし、私の意見からいいますと、妥協策ではあるけれども、政治資金パーティーをやめてしまうとまた代わりの手段が出てくるということから考えると、むしろここに機会を設けてどんな関係があるのかということを明らかにするということが、むしろ資金が管理可能になる、こういうことではないかと思うわけであります。
また、政治参加促進にとって、一定金額や、政治家の話を聞いてみたいから少し高いけれども会費を払って話を聞きに行こうというのは余り不健全なことではないものですから、そういうことに、公開というのは一定の限度があって、少額であれば限度があるというのは、非公開というのは望ましいことじゃないかと思っているんですが、ただし、公開の限度額は相対的なもので、従前二十万円を十万円にしよう、五万円にしよう、今回、衆議院の案では五万円になっていたかと思いますが、そういうふうなことはやはり政党間の合意によって、この程度が世間の常識であるということ、これまでの二十万円が高過ぎるということであれば下げるというのは結構なことではないかと思われます。余りこれが五千円とか三千円になってしまうと私の先ほどの趣旨とは反しますが、五万円ということであれば結構ではないかと思っているわけでございます。
そういう点で、今回むしろ問題だと思われたのは、例えば派閥のパーティーの場合は、政治資金パーティーの場合は多くの議員の方がたくさんの企業にお願いに行くとその中には重なりがあって、結果として同一の企業がたくさん寄附をしておられたことが表になっていなかったということは大問題でございます。そういう点でいうと、むしろ寄附者の名寄せなど確認手段を整備して、ちゃんと法律の趣旨が徹底するようにするということが必要ではないかと思っているわけでございます。
ただ、このことをするためには、実は、現行の体制少し弱いのではないかと思います。現行の体制では総務省の選挙部が政治資金を監督しておりますけれども、政治家あるいは政党から預かった資料をそのまま公開するということになっています。それは、彼らの権威がやや弱く、なぜかというと、議院内閣制の下で政党政治家である大臣の下で働く、やはりそういう官僚たちにとっては政治の世界は口出しがしにくいという問題があって、そういう点でいうと、独立機関、監督機関の独立性不足という問題があるので、やはりそれは考えた方がよろしいのではないか。とりわけ今回考えたいのは、公開という手段だけではなくて、監督機関が申告内容を精査して是正を求めるというふうな機能を持たせた方がよろしいのではないか、ただ、これをするためには専門能力とともに高度の独立性が必要だということでございます。
そういう点では、外国の例では、議会に置かれる国会の機関、ただし日本にはそういう機関ほとんどございません。あるいは、会計検査院、人事院のように、行政機関のようではあるけれども少し内閣から独立している、あるいは内閣の下に置かれても独立性の高い委員会など。ただし、いずれの場合も重要なのは、形ばかり置くことではなくて、きちんと検査能力を備えたような規模の人員を備えていて権威を持つと、この両方が必要ではないかと思われるわけであります。
そういうことが私の法案についての意見でございますけれども、最後に、少しこの政治資金改革の議論の仕方について付け加えさせていただきたい。
先ほど申し上げたように、政治資金規正法はしばしば改正されていますが、問題に応じて改正されているのでやや全体像が見えなくなっているのではないか、あるいは関係の制度との整合性が取れなくなっているのではないかということがあります。
これは、例えば、調査研究広報滞在費でしょうか、これは国会法に基づく費用だと思います。これは国費であって、しかも目的がある程度限定されているのに使途の公開が不十分だと、こういうことです。逆に言うと、寄附金で賄われる一般の政治資金は寄附者は別に公開しなくてもよいと、こう考えて寄附している可能性もあります。
ところが、政治団体について、政治家に関連する政治団体ではもう全て領収書は公開というふうになっていまして、私は、これは推測でありますけれども、長年国費の方の改革が進まなかったのは、政治資金の方の、寄附の方のやっぱり公開性が厳し過ぎるのではないかと思われまして、そこなので、やっぱり使い勝手の良いお金をのかしたいという観点があった可能性がありまして、そういう点からいうと、やはり全体をバランスを取って改革を進めるべきだということです。ただし、こういう問題は実は政党によって有利、不利がたくさんございますので、まあ国会、日本の国会は与野党の対立ということが中心ですが、これは実は政治家皆さんの御自身の問題であるわけですので、政党を超えて共通の了解をして、国民に理解してもらうにはどうしたらいいのかということを考えるべきです。
そこで、最後に、ここは参議院の委員会でございますが、衆議院だと解散ということがございまして、最近、そういううわさもあれば、なかなか落ち着いて議論もできないというふうに私は拝見しております。そういう点では、参議院、選挙はございますが、まだ来年でございます。今回の法案が通過しても、実は法の中には今後の検討課題と書いてあるようなものがたくさん付いていると、こういう状態の中でいうと、それについて、各党それぞれ検討される前に、やはり共通了解をこの場でおつくりになる、こういう積極的な改革案の主導ということを参議院のこの委員会がされるということを強く期待するところでございます。
以上、私の意見でございます。ありがとうございました。