内田貴の発言 (内閣委員会)
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○参考人(内田貴君) 内田貴と申します。
私は、本法案が準備される過程で、こども家庭庁において設置されました有識者会議の座長を務めさせていただきました。本日は、参考人として意見を述べる機会を与えていただきまして、誠にありがとうございます。
私は法律を専門としておりますので、御審議いただいている法案の内容についての意見を、レジュメがなくて誠に恐縮なのですが、二点にまとめてお話をさせていただきたいと思います。
第一は、今回の法案の意義がどこにあるか、その法案全体の意義について私の意見を申し上げます。第二に、この法案に盛り込まれておりますいわゆる日本版DBS、すなわち前科の照会制度の意義について私の意見を申し上げます。
それでは、まず、第一の法案全体の意義についてでございます。ここでは、この度の法案には二つの点で大きな意義があるということを指摘させていただきたいと思います。
第一の意義は、教育、保育等に従事する事業者に児童対象性暴力を防止する責務、この責務があることを明文で定めたということでございます。具体的には法案三条です。
子供関連の事業を営む事業者がこのような責務を負うということは、道徳的には当然のことと言えます。しかし、それが法律で明示されたことの意義は極めて大きいと思います。この規定の存在により、行政が子供を保護するために非常に動きやすくなったと言えるからです。この法律は事業者に様々な措置をとることを義務付けていますけれども、これもこの原則を法律で定めることで可能になったと言えます。また、今後、こども家庭庁はこの法律の外でも子供に対する性暴力を防止するための総合的な取組をしていかれることと思いますが、その根拠規定ともなります。
次に、第二の意義は、事業者が子供に対する性暴力を防止するためにとるべき措置、防止措置が具体的に明文化されたことでございます。すなわち、法案五条の面談等の実施義務、六条の防止措置を講じる義務の明記、八条の研修の実施義務などです。
統計から判断しますと、日本の性犯罪の約九割は初犯であると言われます。これは、言い換えれば、子供に対する性暴力を防止する上で、前科を確認して前科のある者を職場から排除したとしても、効果が期待できるのは約一割の部分であり、性暴力の防止において持ち得る効果は限られているということです。やはり、初犯を防止するための措置を講ずることこそが子供の保護という観点からは実効的に意味があると言えます。
特に、第五条が、性暴力の端緒、すなわちそのおそれがないかどうかを早期に把握するための措置として面談等の措置を実施することを義務付けていることは重要であると思います。この面談は、実際に性暴力が行われた後で実施するのでは意味がありませんから、何かあったときの相談とは別に、事業者から積極的にコミュニケーションを取って性暴力等の端緒を発見するためのものだと思います。そして、そこで得られた情報に応じてしかるべき措置を講ずることが求められると思います。
他方で、そのような措置というのは、そのしかるべき措置の内容に応じて単に性暴力を防止するためだけに意味を持つわけではないと思います。
例えば、保育園に子供を預けている親御さんの中には、男性の保育士が女児と、女の子と接することだけでも懸念を抱く方がいます。これはこの法律が想定している児童対象性暴力等が行われるおそれというのとは違いますけれども、その懸念は親の気持ちとして全く理解できないというわけではありません。その一方で、誠心誠意保育のために能力を発揮したいと考えている男性保育士からしますと心外であると感じることもあるだろうと思います。
このような場合、例えば子供と二人きりにならないように職場の環境を整えるとかカメラを設置するといった措置は、単に性暴力を未然に防ぐという防止措置として意味があるだけではなく、それと同時に、そのような男性保育士からすると、過剰に親に懸念を持たれることを心配することなく、もっと伸び伸びと保育に専念できるという効果も期待できると思います。つまり、適切な予防措置を講ずることは、親にとっても教職員や保育士にとっても、双方にとって有益な方策となり得るのではないかと思います。
今回の法案には、以上のような防止措置のほか、何らかの性犯罪や犯罪まで行かなくとも不適切な行為が行われた場合に、子供の保護、そして支援の措置を講ずる義務がセットとして規定されており、言わば子供を性暴力等から守るための政策のパッケージが組み込まれています。これが本法案の大きなメリットですが、このメリットを生かすためにはそのような体制を取れる事業者を対象とする必要があり、そのような体制が取れない個人事業者は認定の対象から外されるということになります。
しかし、これは今回の法案の欠陥ではないと思います。今回の法案の目的は、子供に対する性暴力等を防止する上での様々な措置を事業者に義務付けるとともに、そのような措置を講じた事業者の見える化を図り、認定のマークによって保護者が安心して安全な事業者を選択できるようにすることにあると思います。
これに対して、認定を受けられるような規模ではない事業者、とりわけ個人事業者は、別途利用者の信頼を勝ち取るための努力をすることが期待されます。例えば、個人事業者たちが同業者たちの団体をつくって認定を受けられるような体制を整えれば、その団体を認定事業者とすることも考えられます。また、たとえ認定制度に乗ることが困難な場合も、個人事業者が利用者の信頼を勝ち得られるような実績や工夫について積極的に情報を公開して安心と信頼を勝ち取っていくということも考えられます。このような動きが個人事業者の中に出てくるとすれば、それはこの法律がもたらす良い効果と言っていいのではないかと思います。
次に、本法案に含まれておりますいわゆる日本版DBS、すなわち前科の照会制度の意義について私の意見を申し上げます。
ここでは二つの指摘をさせていただきたいと思います。
まず第一に、どのような前科をどのような期間について照会できるようにするかを判断する際には、対立する二つの原則のバランスを取る必要があるということです。一方の原則は、言うまでもなく子供を性暴力等から守るという原則であり、極めて重い価値を持っています。他方で、これと比較考量すべき原則があります。それは、前科のような個人情報をみだりに知られないという原則であり、プライバシー権に関わる価値と言えます。
日本ではこの後者の原則は最高裁判例によって確立されており、最高裁判所は、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有すると判決で述べております。ただ、難しいのは、前者の子供を性暴力等から守るという原則が、被害者が子供であり、しかも生涯にわたる精神的な傷を負わせる重大な被害をもたらすことから無条件に重い価値を持つのに対し、後者のプライバシー権は、過去に犯罪を犯した人のそれを知られないという利益であることから、どうしても子供を保護する方向に判断が傾くということです。前科のある人のプライバシーを保護するために子供を犠牲にしてよいのかと言われると、誰も反論はできません。
とりわけ、子供の保護に大きく傾いたDBS制度を持つイギリスがよく例として挙げられます。ただ、イギリスは、性犯罪に限らず、凶悪犯罪を含む広い犯罪について、子供と接する職種で欠格事由としている上に、そもそも全ての業種で前科の基本チェックができるということになっており、前科情報についての扱い方が我が国と全く異なります。つまり、二つの原則のうち、第二の原則の扱いが全く異なるわけです。
イギリスでは、プライバシー権というのは、包括的な法的権利としては保護されてこなかったと言われています。そのような前提の違いが、DBSの前科情報の扱いの違いを生んでいるものと思われます。したがって、イギリスのDBSをそのままモデルとすることは、日本法の原則との抵触を生じさせてしまうわけです。
とはいえ、たとえ日本ではプライバシーの保護があるにしても、子供の安全を脅かすような事態が生じてはならないことは言うまでもありません。そこで、およそ子供にリスクのある犯罪であれば、器物損壊であれ窃盗であれ、とにかく広く前科に取り込んで通知の対象に含めるべきだという議論が出てくることは、それなりに理解できます。しかし、法律家としては、前科というプライバシー情報をみだりに知られないという権利や、前科があっても更生して社会復帰することを支援するという要請は、現行法が明確に定めていることであり、やはりそれを無視することはできません。
そこで、まず、最低限守るべき人権として、本当は罪を犯していない可能性を否定できない場合、つまり、疑いを持たれただけで実際には犯罪行為をしていない可能性がある人に不当な不利益を課すことは、最低限避けなければなりません。このような判断から、司法の手続で犯罪行為が認定されていない場合、起訴猶予のような場合ですが、そのような人権侵害が起きるという可能性が否定できないために、これは外そうという判断がされています。
また、性的動機により異性の下着の窃盗をするというような人は、確かに子供関連の業務に就いてほしくないと私も思いますけれども、ただ、そのような独立の犯罪類型となっていない犯罪だけを抽出すると、窃盗の中から抽出するというのは極めて困難であり、他方で、だからといって、およそ過去に窃盗を犯した人を一くくりに排除するのも、やはり行き過ぎだと思われます。
また、仮に広範囲に前科のある人を排除するとしましても、結局、再犯の、それによって再犯の可能性のない完全に更生している人の職業選択の自由を制約してしまう反面で、子供に対する性暴力等を防ぐという点では所詮全体の一割程度の再犯を防ぐ効果しかないと言えます。
このことを考慮すると、この部分、その犯罪の類型を広げるよりも、むしろ現場での防止措置を充実することで、子供に対する性暴力等を直接防止する方が実効性があると思われます。そこで、前科を通知する犯罪は、犯罪の類型として、子供に対する性犯罪と直接的な関連のある犯罪類型に限定しているのだと思います。これが、この二つの原則のバランスを何とか取るためのぎりぎりの線ではないかと思います。
なお、前科を通知する期間が刑法三十四条の二の刑の消滅の規定より長くなっています。もしイギリスのように前科の存在が就業の際の欠格事由になりますと、この刑法の規定との整合性がより深刻な問題になり得たと思います。しかし、現在の法案は欠格事由とはしていません。それに、また、特定の業種についての就職の制約となるというだけですので、刑法の規定との抵触はないと私は考えております。
次に指摘させていただきたい第二の点は、どのように合理的な制度も、濫用を防止する必要があるということです。
前科の照会制度を設計しようとする際、前科情報がみだりに拡散しないようにするための方策として容易に考え付く制度は、就労しようとする本人が自分で前科情報を取得して就職先に提出するようにすればよいという制度です。これならば、前科の有無を知っているのは本人ですから、前科がない場合にのみ、ないこと証明を取って、それを就職先に出せば済むからです。
ところが、このような制度を採用しますと、子供関連の業種以外に就職する際にも、雇主から就業希望者に対して、子供関連の仕事に就くと言って、ないこと証明を取ってこいと要求するという、そういう濫用的な実務が生ずるということは容易に予想できます。もしこれが可能になりますと、あらゆる職種で前科がある者が排除されてしまい、罪を償って更生し、社会復帰をしようとする人たちの社会復帰を妨げてしまいます。
そこで、今回の法案では、前科情報の照会ができるのは事業者に限定されています。同様な考慮から、フリーランスなどの個人事業者が自分で自分の前科情報を照会できるということはやはり望ましくないと考えられますので、認定制度を利用できる事業者から個人事業者をこういった観点からも外していると、原則として外しているわけです。
以上、前科の照会制度について二つの指摘をさせていただきましたが、最初にも申し上げましたとおり、性犯罪の九割は初犯であると言われ、前科の照会制度はどのように仕組んだところで一割程度の再犯を防止するために機能するにすぎません。やはり、子供を性暴力から守るには、初犯を防ぐための措置がはるかに重要であると思います。そのような措置に法的根拠を与え、さらにはその法律に基づいたガイドライン等が整備されることで、子供の保護が十全のものになると期待されます。そのような本法案の成立を心から期待したいと思います。
御清聴ありがとうございました。