浅井春夫の発言 (内閣委員会)
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○参考人(浅井春夫君) 浅井です。立教大学の元教員ですし、それから一般社団法人“人間と性”教育研究協議会の代表幹事をしております。
皆さんにお手元にお配りをしていただいておりますけれども、私は二つの柱で、DBSをめぐる、日本版のですね、この課題、問題点を、一つは私なりに考えることを言いたいと。それからもう一つは、包括的にこの問題に取り組んでいくときに、予防的な機能も持っている包括的性教育ということに対してずっと後ろ向きな姿勢を取ってきた国の姿勢というものは、思い切って改善しないといけないんじゃないかというふうに思います。
三人の先生方がお話しされたように、日本版DBSを考える枠組みとしては、これは一つは、性暴力の前科がある人を子供たちに関わる仕事に就くことを制限すると、これDBSでやります。
二つ目は、子供に関わる職場で、子供の人権を尊重し、性暴力は許さないという意識変革と職場環境を整備すると。現場での性加害も少なくありません。学校もそうです、養護施設においてもそういう問題もあります。暴力の発見と対応策ということも、これ本当に研究的な要素も含めて考えなくてはいけない課題だと。
三つ目に、被害児童へのケアと支援の体制づくりと。
四つ目は、先ほど福井先生が話されたように、子供への性暴力、人権侵害を行った人への援助と支援体制の整備というのが四つ目です。
そして、五つ目に、性暴力の予防と、性暴力と暴力に対する子供の対応能力の形成をどうしていくかということが問われているんではないかというふうに思います。
このレジュメの方に目を向けていただきたいと思いますが、一番目の日本版DBSの仕組みに関する問題点についてと。これ、本当に大事なことだと思っていますけれども、しかし、それを推進する体制が、条件が整備されているかと。制度はつくって魂が入らないと、その魂、何なのかということも考えなくてはいけない。
例えば、イギリスは、DBSに関連する組織の職員が、専門職員が千二百六十五名という直近のところでの状況であります。これを私たちはイギリスから学ぶというけれども、どのぐらいの人たちがこのDBSの対象に上がってくるのかと。いわゆる犯罪歴についての申請を各現場からすると、そこで上がってくる人数どのぐらいなのかと考えたときに、このイギリスの人口の日本は倍です、それから、子供人口について言えば一・五倍、これ、十四歳まででイギリスは整理をしておりますけれども、こういうことを考えると、本当に機能させるということができるのかということが条件の問題として問われているというふうに思います。これ、是非とも検討していただきたいというふうに思います。
二つ目に、性犯罪歴を持つ特定性犯罪事実該当者というこのデータを集約、管理し、必要に応じて開示する仕組みを構築というときに、率直に言って、今、二段構えで、義務規定を持っているところと認定制度と。それから、認可外の保育施設なども、もうそういう認定を取るというような条件になかなか行き着かない、もう大変な労働環境の中で仕事をされていると。もうそういう意味でいうと、現場、この三重構造、三つのレベルにもう切り分けられるという状況になります。
そうすると、何が問題かというと、認定より義務を課せられているところには初めからそんな提出をしないわけですね。そうすると、そこではなくて、ほかの自分の前歴が分からない、そういうところに行こうと、これ当然そういう判断が働くというふうに思います。
そのときに、日本のように、この義務規定を持っているところと、認定をそれも取るという形で努力をするところと、なかなかそうでないところというふうになったときに、子供の人権という観点でいうと、いろんな条件の中で、もう初めから義務規定があるところに行ける子供とそうでないところ、これ、こども基本法から見ても、これ格差が生まれるじゃないですか、皆さん。
こういうことに対して、私たちは、この大きな、まあブラックボックスとは言いませんけれども、今、国会の方ではざるとかざる法というふうな言葉がいろいろはやっておりますけれども、その一方では、ざるは一定のものはすくえると、でも全てがすくえるわけではありません。それから、もう一方ですね、これほとんどざあざあで、ざるの機能さえ果たせないような状況が続く可能性だって持っている。この仕組みを考えないといけないんじゃないかと。
皆さん方はもう御承知のように、もうイギリスは、どの職場、どの職業においても、子供と接するということについては、それは全部が対象になるということにしているわけですね。したがって、それは事業体の、公立とか民間という規模の問題ではなくて、性格の問題ではなくて、そうやっているわけです。それはなぜかといったら、子供の人権は平等にみんなに保障しなけりゃならないからです。そういうことを、私たちは、イギリスの一つの手本として学ぼうというのであれば、是非ともその点を改善をしなくちゃいけないんじゃないかというふうに思っております。その点については、二ページの三、片括弧三のところで書いているところを読んでいただければというふうに思います。
それから、犯罪歴を性犯罪歴に限定することも本当に検討を要する課題、問題ではないかと。つまり、暴力とかあるいは心理的な虐待とか、そういうものとセットになって性暴力が行われるという現実も現場の状況ではあります。そうであるとすれば、その性犯罪だけに限定していいのかどうかということも私たちはもう一度考えて、次のステップをどう考えていくかということ、今すぐもう法律をここで変えてもらおうと言っているわけではなくて、そういう展望のない中でいたらいけないんではないかということをここでは言いたいと思います。
それから、三ページ目の片括弧五のところでありますけれども、児童対象性暴力等を把握するための措置というのが五条、六条、七条のところにありますが、私、大変気にしているのは、この中での児童対象性暴力等が行われるおそれがあると認められるという、例えば六条のところ、それから五条のところも、おそれという言葉がどうかを、想起する、想起、思い起こす、把握するために、措置として内閣府令でこれから検討されるということであると思いますけれども、七条についても、そうした暴力が行われる疑いがあるということを認めるときはと、これらの用語があります。これ、果たして、現場の方がそれを正確に区分できるんでしょうか、皆さん。
ここのところも、私は非常に気になっているのは、二〇〇三年の七生養護学校で、これ、ここにもおられますけれども、これ本当に、性暴力だけではなくて、過激な性教育という形で現場が攻撃されたわけですよ。そういう形で、この犯罪を持っているかどうかということを疑って、それをまたかなり強く押し出して、強引に疑いを認めると、おそれがあるんだというふうに認定することについては、非常に注意を要する問題ではないかというふうに思います。
そういう点なども含めて、もう一つの問題は、予防ということ抜きにこの問題できないと思います。先ほど福井先生が話されたような様々な課題があります。
その点について、少なくとも、学校のレベルで、あるいはそれぞれの児童福祉関係のところで、包括的性教育という、今、世界のスタンダード、標準となっているこのガイダンスを踏まえながら、どういうふうに、子供たちにも、そして、例えば学校であれば教員、教職員の皆さんに性暴力という問題は何なのかと。この性暴力の背景には、ジェンダー・ベースト・バイオレンスという、ジェンダーによる、ジェンダーの認識による暴力というものが、これは男だったらしようがないじゃないかという認識、こういうものが依然として払拭できていない、改善できていない、こういう問題についても考えなくてはいけないんではないかというふうに思います。
文科省で今やられている生命の安全教育ということですね、これも一歩前進している面があると思います。しかし、最大の問題は、体の学習しないまま生命の安全教育ということを今進められているけれども、一時期、今もそういうことを言う人がいますが、性器の名前を英語で言うから駄目なんだと、それは過激な性教育なんだと言う人たちが国会議員、地方議員の中にもおられたわけです。ここは本当に改善していただきたい。
その四ページのところの真ん中のところに、私たちが投げ付けられた言葉、過激な性教育とか子供をセックス漬けにする過激性教育とか、ここに出しただけでも三十三のものがあります。これだけのことを、マスコミにも、それから国会でも質問されたり議論をして、もう性教育を足止めをすると。先ほど精神医療の分野は四十年遅れたというふうに言われておりましたけれども、我々は少なくとも三十年以上遅れたというふうに思います。これ、もう政策的に遅れさせたと、政治の力で遅れさせたというふうに言わざるを得ないというふうに思っております。
イギリスは、既にDBSシステムを包括的性教育とセットで取り組んでおります。二〇二〇年九月に策定された新ガイドライン、人間関係・性教育及び保健教育という形でですね。まさにこれ包括的な性教育なんですよ。
そういうこととセットで、現場の中で取組ということをやりながら、同時に、それは教員も、この皆さん方の委員会の中でも議論がありましたけれども、これ、教員も性暴力の当事者である、これ内閣府の調査で出ているわけですね。教員自体も自らの行為が性暴力であるんだということを認識できるような研修、それも徹底しないと駄目です。本当にどれだけの子供たちが学校というところで犠牲になっているのかということも私は強調しておきたいと思います。
そして三つ目に、非暴力を貫いて生きる知識、態度、スキルというものをですね、これはまさに同意、それからバウンダリーという境界を越えるということをしてはいけないと、そしてリスペクトという人間関係というものを本当に子供たちが包括的に、コンプリヘンシブに学んでいくということを保障しないといけないんではないかというふうに思います。
私たちは、こういう本も訳して、多くの人たちが読んでいただいて、これにのっとって、参考にしながらやっていきましょうということを提起をしてきました。そして、それは少しずつ広がっております。
こういうものも、もう初めから、これまでのことはある程度水に流しても、私は、必要なことは、ちゃんと、どんな性教育が必要なのかと、DBSを機能させるためにはどういう学校教育が必要なのかということを本気になって議論してもらいたい。そして、いろんなことを、中傷するんじゃなくて、ちゃんと疑問があれば一緒に議論をしましょうと。各政党でもグループの方でも言っていただければ我々幾らでも協力します。ガイダンスの説明もいたします。
そういうことを皆さん方に是非ともお願いをしたいと思いますし、この性暴力の問題はジェンダーに基づく暴力というものの一つであると、重要な課題だ。したがって、このガイダンスという本の中でも、ジェンダー不平等やジェンダー役割のステレオタイプはジェンダーに基づく暴力を引き起こすということを認識すると、このことについてもちゃんと学校で学びましょうと、このことを日本の取組でも位置付けていただきたいなというふうに思います。
以上で終わります。ありがとうございました。